Interruption Report 9:裸囚姫牢虐譚(脱稿)

Interruption Report 8 →

 脱稿しました。引き続いて校訂中です。
 最後は、エロ小説としては、まったくの蛇足になりました。そのアカルイミニマム(クライマックスの反対)を長々と御紹介。




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九 復仇

 先触れも無しに訪れた主君を前に、牢役人は困惑していた。
「こやつが、志穂の落ちぶれた姿を是非に見物したいと申しての」
 権十郎は困り顔を作りながら、瞳に宿る嗜虐の色を隠せない。さすがに近臣にまで見せるのをはばかってか、供は近侍の二人と、半日の出陣をねだった亀乃きりだった。
「ははあ」
 いちおうは畏まって相槌を打ち、我が身に火の粉の掛かる話ではなさそうだと安堵して、牢役人は一行を牢獄へ案内した。
 その寸前まで志穂は昼日中から二人掛かりで弄ばれていたのだが、さすがに牢番が取り繕って、木格子の前に座らされている。
「ほほほほほ。垢にまみれ男汁にまみれ、四千石の姫君どころか、蹴転(けころ)でもこうまで惨めではなかろうに」
 蹴転とは、蹴り転がして抱くという――最下級の娼売女を蔑んで謂う言葉である。木枷につながれ竹轡で言葉を封じられ腰巻一枚すら許されずに、日々二十人を超える男どもに二穴を(銭ももらえず)犯されている志穂は、娼売女どころか奴婢よりも惨めな境遇にあった。
「聞くところによると、とっくに天岩戸はこじ開けられたそうな。おお、そうじゃ。権十郎様、この女を慰んではみませぬか」
 権十郎が顔をしかめる。
「蹴転にも劣る女を、われに抱かせるつもりか」
「とはいえ、権十郎様が滅ぼした家の最後のひとりではありませぬか。引導を渡してやるのが筋でありましょう。それとも、天岩戸が怖いのですか」
 いかに愛妾とはいえ、いやそうであるだけに、女に侮られては男が立たぬ。権十郎は亀乃の挑発に乗った。
「さすがに、このままでは権十郎様の鼻が曲がりましょう。お役人殿、風呂はあるのですか」
 屋敷とは名ばかりの役宅にある小さな風呂を至急に立てさせた。
「わらわが、せめても人がましく磨いてやりましょうほどに」
 もはや抵抗も自害も懸念はあるまいと、志穂の裸身から手枷と竹轡が取り除かれた。まさしく。志穂は竹轡に形作られたとでもいうように口を半開きにして、両手を持て余すふうにだらりと垂らして今さらに秘所を隠そうともしなかった。
 そんな志穂を亀乃は湯殿に引きずり込んで、肌にこびりついた垢を、生傷にも容赦せずに竹箆で掻き落としていく。
「囚人どもに嬲られ放題。権十郎様の寵愛を受けていれば、こうまで惨めに堕ちずにすんでいたでしょうに」
 同情を装いながら、言葉の節々に険がある。
 志穂の虚ろな瞳に、熾火がかすかに揺れた。ひと月の余も封じられていた口から、いくらか呂律の回らぬ言葉がこぼれた。
「夫の仇にかららを開いえまれ安逸を求めようとは思いません」
 父の仇と言うべきところを夫の仇と言い換えることで、継母であった女性を真っ向から断罪したのだった。
「獣どもに骨の髄までしゃぶられるほうが良いとでも言うのかえ」
 志穂の瞳に点じられた熾火が、焔(ほむら)となって燃える。
「獣ではありません。皆、柴田の領民です。仇敵に辱しめられるよりは、あの者どもに身を貪られるほうが、はるかにまし……いえ、父の力不足への詫びというものです」
 投げ遣り、ではなかった。その言葉には、はっきりと志穂の意志が示されていた――のを、亀乃は聞き逃さなかった。
「ほほほ。いまだに姫君のつもりでおるのかえ。ならば、野上に抱かれるくらいなら……」
 亀乃は言葉を切り、正面から志穂の目を覗き込んだ。
「かなわぬまでも一太刀浴びせようとは考えぬのですか」
 ぎくり、と。志穂も亀乃を見詰めた。いまのひと言には、志穂への嘲笑がなかった。ただならぬ気迫がこもっていた。それにつられるように、志穂も咄嗟に心の中に湧き出た言葉で応えた。
「浴びせなどはしませぬ。刺し貫くのみ!」
 小太刀にかぎらず武芸の修練を積んだ者であれば当然の、必殺の気構えである。後年の話になるが。浅野内匠頭が切腹を申し付けられた理由は、殿中での刃傷沙汰の故ではない。刺さずに斬り付けたことを『士道不覚悟』と咎められたのである。刃傷沙汰を理由にすれば喧嘩両成敗で吉良上野介にも処罰が及ぶのを回避する口実ではあったろうが。
 ひと呼吸ふた呼吸と、亀乃が志穂を凝視する。
 いきなり、亀乃が志穂の前に這いつくばった。
「敵を欺くには味方から。これまでの仕打ち、赦せとは申しませぬ。されど、わらわの言葉を信じてくだされ」
 それは、仮初めにも母たる者が子に向けるべき言葉づかいではなかった。
「野上から引き離しておいて救い出す機会を謀ろうとしたが仇となって、かえって志穂殿を辱しめる結果となってしまいました。女の浅知恵でした。されど、此度は用意周到。志穂殿が野上を刺し貫く千載一遇の機会でもあります」
 ここには、牢役人の役宅しかまともな家はない。とはいえ、大台所を別にすればわずかに三部屋。権十郎が志穂を抱くときには、必ずや家そのものから人払いをするであろう。権十郎は豪胆に見えて、おのれの房事を余人に気取られるのを潔しとしない小心なところがある。宿直(とのい)でさえ、一部屋を隔てさせているほどだ。もちろん玄関にも裏口にも警護の者は配するだろうが、それも手薄。権十郎を討ったのちに逃げ出す手はずも整えてある。
 思いもよらなかった言葉を立て続けに浴びせかけられて、志穂は茫然としていた。しかし、心は固まっていた。亀乃を疑う理由がない。我が息子の男を絶たれ、それを逆恨みしているのなら、このまま志穂を牢獄に放置して陵辱の日々を過ごさせれば、まさしく斬首や磔よりも残酷な報復であろう。もしも、志穂には想像も及ばぬ奸計がめぐらされていたところで――父と同じ場所へ行くだけのことだ。それも、今の境遇に比べれば極楽でさえあろう。
 志穂が、強張った顔でうなずく。
「わかりました。継母上(ははうえ)のお計らいに、志穂の命運をお預けします」
 ひさしぶりに、父の後妻を母と呼んだのだった。
 亀乃も顔を上げた。蒼白だった。それを無理に、微笑に変える。
「では、仕上げに取り掛かりましょう。毛筋一本も素振りを見せてはなりませぬゆえ」
 亀乃は湯を汲んで志穂の髪を梳りにかかった。
 実のところ、志穂はまだ戸惑っている。なるほど。権十郎から引き離して救出の機会を探るというのは理に適っている。志穂が男牢に投獄されたのは権十郎の残忍な気まぐれ、亀乃の誤算だったろう。このような手薄な場所に言葉巧みに権十郎を誘い込んだのも計略であろう。しかし。手薄とはいえ、七人もの男に取り囲まれて、どのようにして逃げ出せるというのか。いや、亀乃に言った言葉の半ばは本心であったけれども。何十人もの男に穢された身を生きさらばえられようか。

 半時ちかくもかけて湯浴みというよりも垢落としを終えて。かつてのような肌が透ける襦袢も身にまとわず、志穂は亀乃の手で権十郎の前に引き具された。
 志穂は目を伏せて、傍目にもわかるほどに身を固くしている。いかに何十人もの男に穢されてきたとはいえ、父の仇に蹂躙されるとなると話は別、なのではあるが。志穂の緊張は、そのことではない。隙を見い出して父の仇を討つ。その決意がもたらす緊張だった。若い志穂には、亀乃のような腹芸はできない。
 権十郎に正対して座った志穂の横に、さり気なく亀乃が居座っている。
「志穂……」
 厳しい声で呼びかけて。志穂の目を捉えると、床の間に立て掛けられている脇差に目線を引っ張る。口からは、まったく別の言葉が発せられた。
「きちんと、権十郎様にご挨拶なさい」
「…………」
 どうすればよいのかと、志穂は目で問いかけたが、亀乃は床の間をぼんやりと眺めたきり。仕方なく平伏して、成り行きにまかせる。
「まったく。あれほど言い含めたのに、しようのない娘ですこと」
 何を思ったか亀乃は小袖を脱いで板の間に敷いた。
「あお向けに寝なさい」
「…………?」
 わけもわからず、亀乃の指図に従う。
 亀乃がにじり寄って。権十郎が言葉をはさむ隙を与えずに、指で秘所を穿った。
「あっ……?」
 思いもかけない仕儀に、志穂はいっそう身を固くする。
 亀乃はぐりぐりと女穴を指でえぐり、引き抜くとその指を宙にかざして見詰める。
「天岩戸はだいぶにこなれていますが、まだまだ。唾で湿したくらいではおぼつきませぬ」
 亀乃が襦袢を脱いで、そのうえに身を横たえた。
「まずは、わらわで存分にお湿りをつけなされ」
「こやつめ……」
 権十郎が苦笑した。
「はなから、これが狙いであったな。志穂は当て馬にされたわけか」
「だって、そうではありませぬか……あ、ああん」
 はしたなくも亀乃は、みずからの指で慰めにかかった。
「お館では御正室様の目をはばかって、ちっとも可愛がってくれぬではありませぬか」
 このひと月で館は倍にも広げられ、周辺には重臣の仮住まいまで建てられた。当分はここを拠点にするべく、権十郎は妻子を館に呼び寄せたのである。同じ屋根の下に正室を住まわせながら愛妾をかまいつけるほどに、彼は磊落ではない。つまり。志穂を嘲笑うと称して亀乃が権十郎を微行に誘い出したのは、そういうことだったのだ――と、権十郎は合点したのだった。
「権十郎様に可愛がっていただけねば、わらわは身を持て余してしまいます」
 脚を開いて腰を浮かし、ぴちゃぴちゃと音を立てるほどの指遣いを権十郎に見せつける。
 ここまでせがまれて腰を上げねば男ではない。権十郎は、それでも焦らすように衣服を脱いで、ゆるゆると亀乃にのしかかった。
 志穂に刺すとどめを残すべく、ゆるゆると腰を動かす権十郎。
 亀乃は下から腰を突き上げ、ひとりで勝手に登り詰めていく。
「あっ、あああ……もっと。もっと激しく、もっと深く突いてくだされ」
「たいがいにせい。柴田の生き残りに引導を渡さねば、ここまで来た甲斐がなかろう」
 立ち上がろうとする権十郎に亀乃が抱きついた。脚を上げて腰に絡める。
「いますこしだけ……あああっ……お乳を……お乳も吸ってくだされ」
 左手は権十郎の背中に巻きつけたまま、右手で頭を乳房に押さえつけた。
 権十郎は苦笑しつつ、亀乃の豊満な乳房に顔を埋ずめた。
 亀乃の顔が権十郎の下から現われて――脇で呆気に取られている志穂に強い眼差しを送った。
 ハッと、我に還る志穂。咄嗟に腰を浮かして床の間に駆け寄る。脇差を手に取って抜き放つ。
 ただならぬ気配に身を起こそうとする権十郎。を、亀乃が渾身の力で絡め取る。両手で頭をいっそう乳房に押さえ込む。
「父の仇!」
 叫んで志穂は脇差を振りかざし、仇敵の首筋に突き立てた。
「ぐおっ……」
 延髄を貫かれた権十郎は乳房にくぐもった呻きを吐いて、ほとんど即座に絶命した。
 無我夢中の中にも志穂は修練の業を忘れず、脇差の切先は亀乃の乳房を一寸ほど貫いたところでピタリと止まっていた。
「あらあら。そのように手荒なことをされずとも……」
 亀乃が声高に叫ぶ。笑いを交えている。
「もそっと優しゅうに扱ってやりなされ」
 外で警護をしている者に聞かせる芝居だった。
 亀乃が死骸の下から這い出す。
「この場でお待ちなさい。けして自害などされますな。必ず救け出します。柴田の家の再興は、おまえ様の……」
 亀乃は惚けたように脇差の突き立った死骸を見下ろす志穂に寄り添って、下腹部を撫でた。
「ここにかかっているのです」
 ぴくんと志穂は身を震わせて、その場に膝を落とした。
「わらわの小袖を着ておきなされ」
 亀乃みずからは襦袢をまとって、奥へと駆け去った。
 ほどなくして戻ってくると。
「おほほほほ……どうじゃ、父の仇に天岩戸をこじ開けられて、なにやら苦しそうじゃわえのお」
 声高な芝居を続けて、志穂にささやく。
「志穂殿も……はしたない声をあげてくだされ」
 わけがわからぬままに。亀乃の気迫に圧されて、声を作った。
「あああっ……悔しい。このような、このような……ああああああっ」
 二穴を犯される屈辱の中で覚えてしまった悦辱。それを思い出して、おのずと声に切ない響きがこもる。
 芝居を続けるうちに、遠くから呼ばわる声がかすかに聞こえてきた。
「牢破りだあ! みいんな逃散しおったぞお! 谷へ逃げたあ! 捕まえてくれえ!」
 亀乃が大きくうなずいた。
「小林様も、うまく事を運んでくれています」
 亀乃の言葉を聞いて、またしても志穂が驚愕する。いったいに、今日は何度驚いたことだろうか。
「小林……勇壮様のことですか?」
「ここに潜り込めたは彼の者だけですが。亡き殿に、ひいては志穂殿に忠誠を誓う者ども十数人が竹川村に隠れております」
 志穂は、もはや驚愕を忘れている。権十郎に身体で取り入った裏で、継母上はこのような権謀術数を巡らせていたのか――と、目まいさえしてきた。
 外でひとしきりあわただしい気配が起こって、それもすぐに消えた。警護に就いていた者の何人かが、囚人の追捕に加わったのだろう。
「では、最後の仕上げです」
 亀乃は志穂をうながして大台所へ向かった。なにしろ役人と五人の牢番雑役に加えて男女三十人ちかい囚人の食を賄うのだから、竈は四つもある。そのひとつで、湿った薪がくすぶっている。薪にしては奇妙な臭いがかすかに漂っていた。
 亀乃は乾いた柴を竈に放り込んで盛大に火を熾し、松明に火を点じた。
「これで、あちこちに付け火をするのです。その騒ぎに乗じて、小林様が飛び込んで来てくれます」
 謀り事の全容がわからぬままに、もはや一蓮托生。志穂は亀乃の指図に従う。障子を燃え上がらせ、茣蓙に油をぶちまけて火を点ける。
「火事だっ……!」
「殿をお救い申せ!」
 扉が蹴破られる物音。
「曲者っ!」
「なれが仕業かッ!?」
 怒号が湧いて、断末魔の絶叫がそれに続く。
「こちらへ!」
 声のした方角――裏口へと、亀乃が志穂を導く。
 返り血を浴びて赤夜叉と化した男が短刀を握って、今しも屋敷へ踏み込もうとしていた。「姫様、ご無事でしたかッ」
 若者は短刀を背後に隠して膝を突いた。
「旬日前には、大変な狼藉をはたらき、誠に申し訳なく……」
 土下座する小林勇壮を、亀乃が叱り飛ばした。
「今は、かようなことをしているときではありませぬ。一刻も早く、姫を村へ落としなされ」
 はじかれたように立ち上がった勇壮に、亀乃は志穂を押しつけた。
「あとは、よろしくお頼み申しますぞえ」
「継母上……?」
 亀乃は義娘の疑問に先回りして答える。
「わらわは、権十郎の配下に救い出してもらいます。こちらに留まれば、なにかと細工もできましょうほどに」
 敵地に留まって、さらに裏工作をはたらくという意味だった。
「でも……」
「押し問答の暇はありませぬ。ささ……早う落ちなされよ」
 言うなり、亀乃は身を翻して火の只中に飛び込んで行った。いや、火を踏み越えて玄関へと向かった。その先には、権十郎の近侍があたふたしているはずだ。
「姫様。おいでなされ」
 勇壮が志穂の手を引っ張って裏口から連れ出した。外には牢役人と近侍のひとりが斃れていた。その屍を踏み越え、勇壮は志穂姫を連れて山道を逆に登り始めるのだった。

十 脱出

 時を戻して。
 牢役人に命じられて風呂を立てた勇壮は、大台所へ行って二本の二合徳利に酒を注ぐと、帯を裂いて薬包を取り出し、その中身を混じた。手早く干物と漬物も見繕い、それらを携えて牢屋へと向かった。
「殿様からの下され物じゃ。おのれひとりが良い目を見るのは可哀そうじゃとの思し召しじゃて」
「あんな使い古しの腐れ女(め)にご執心とは、うちの殿様も変わっておるのう」
「じゃが、ひとり宛て二合とは太っ腹なことよ」
 殿様の思し召しなら仕事のさ中に酔っ払ってもお咎めはあるまいと、牢番ふたりは競い合うように徳利に口をつけたのだが。
「……なんじゃ、こりゃあ?」
 ひとりが、ぺっと酒を吐き出した。
「腐っておるのか?」
 しまったと、勇壮がほぞを噛む。痺れ薬は生薬の臭いがきつい。騙して飲ますにはそれなりの工夫が要る。手落ちだった。
 勇壮は迷うことなく、腰の後ろに差していた短刀を抜いて二人に襲いかかった。
「うおおっ……!」
「なにをするッ?!」
 百人組の大将まで務めた男にとって、鎧も身に着けていない雑兵を仕留めるなど雑作もないことだった。斃した牢番から鍵を奪い取り、まだ何が起きたかわかっていない囚人たちに向かって叫ぶ。
「牢から出してやるぞ。じゃが、それぞれの村へ逃げ帰れば、すぐに捕まり一家眷属にまで禍が及ぶぞ。散り散りになって山へ逃げ込め。峠を越えたら、竹川村を目指せ。柴田の手勢が百も二百も集まっておる。おのれらも加勢せよ」
 わあああっと狭い牢獄が揺れた。百も二百もというのは法螺であるが――志穂姫が匿われていると知れば、それくらいの人数はすぐにでも馳せ参じるだろう。
 勇壮はまず女牢を解き放ち、彼女らを護るよう男衆に言い含めた。
「けして狼藉をはたらくでないぞ。さすれば、志穂姫様もこの場で起きた何も彼もを忘れてくださる。よいな!」
 男衆がシュンとなった。
 勇壮は男牢を開け放ち、皆を追い立てた。それから、役宅への道を半ば引き返して、手頃な岩に腰を据え、屋根を見詰める。
 ――半時の余も過ぎて、薄紫色の煙が立ち昇った。志穂姫が野上権十郎を討ち果たしたという合図だった。勇壮は立ち上がって、両手を筒にしてあらんかぎりの声でおらんだ。
「牢破りだあ! みいんな逃散しおったぞお! 谷へ逃げたあ! 捕まえてくれえ!」
 それから、三町(約三百メートル)の細道を一気に駈けた。
 屋敷の裏手へまわって、またしても計略との齟齬に直面した。総勢は近侍の二人と牢役人と手空きの牢番が二人。牢役人と牢番は牢破りを追って、警護は表と裏にひとりずつになると読んでいたのだが――牢役人も留まっていた。牢番二人よりは、はるかに手ごわい。
 勇壮は物陰に潜んだ。待つほどもなく、小さな屋敷のあちこちから煙が噴き上げた。
 先に牢役人が気づいて叫ぶ。
「火事だっ……!」
 近侍が、玄関口にまで届けと大声を張り上げる。
「殿をお救い申せ!」
 叫びながら裏口を蹴破った瞬間。
 勇壮は短刀を構えて、近侍に突進した。
「曲者っ!」
 牢役人の叫びをかいくぐって、近侍に肉薄する。
「なれが仕業かッ!?」
 振り返りざま、すばやく抜刀しかけた近侍の胸を短刀が貫く。
「ぐおおおっ……!」
 体当たりの反動で向きを変えた勇壮が、牢役人の首を横ざまに薙いだ。
「ぬあああっ……!」
 首筋から太い血潮を迸らせて、牢役人が絶命する。
 全身を朱に染めて、勇壮が裏口から中へ踏み込もうとしたとき。ふたりの女人が、たちこめる煙の向こうから姿を現わした。襦袢だけを身にまとった亀乃と、亀乃に譲られた小袖を羽織って太腿までを剥き出しにした志穂姫と。
 ――その後の場面はすでに記してある。

 竹川村に落ち延びた志穂姫が馳せ参じた旧臣に奉じられ、扇の要を失ったうえに亀乃の暗躍で紛糾を重ねる野上一族を所領から追い返したばかりでなく、ついには三万石を奪い取って姫御前と呼ばれようになり、さらには(おそらくでっち上げた系図ではあろうが)曽祖父の代に柴田家と分かれた小林勇壮を婿に迎えて、戦乱の世に確固とした地盤を築くのであるが、それは十余年も先の物語である。
 さらに星霜を経て身罷るとき、志穂の脳裏に去来したのは、後半生の戦いの日々であったろうか、幼少時の父母との楽しかった日々であったろうか。あるいは、振り返ってみればわずかに一か月余の凌辱地獄であったかもしれない。
 いずれにしても、関ヶ原の合戦のはるか以前に消滅した一族の歴史を今日に伝える資料は残されていない。
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裸囚姫

 まあ。物語として結構をつけるにはやむを得ぬ仕儀ではありまする。
 結局。この話では実用新案特許『十文字竹轡』半永久的装着可能(食餌可)を描きたかったわけです。
 カミカミグチャグチャした食べ物を口移しというのは、ラブラブカップルでは微笑ましい(かなあ?)光景かもしれませんが。ウェディングドレス姿の花嫁にカレーうどんを食べさせる以上のサディスチックな責めではありましょう。まして、竹筒に注ぎ込めるのは餌とは限らないとなればです。もっとも。同時3穴拷貫できないという致命的欠陥を併せ持ってはいるのです。


 さてさて。さっさと校訂を済ませて3/1発売登録して。
 いよいよ。『筍の悦虐』ショタマゾ大長編に着手しましょう。これまた、実用新案特許許可局局長不許可の責めネタがあります。ていうか、前回の中断以後に思いつきました。


追記
 十章では、痺れ薬を失敗したり、目論見と違って見張りが2人だったりしていますが。計画に齟齬をきたしても、そう簡単に破綻はしないということを示したかったのです。
 野田昌弘宇宙軍大元帥の「新版 スペース・オペラの書き方」でスペオペ的展開の見本として挙げられている柴田錬三郎の「われら九人の戦鬼」で、肝心要の爆薬を持った人物が脱落して、それで計画がオジャンになったという危機管理の粗雑さへのアンチです。
 ほんとうは、もっと派手に齟齬を生じさせて、それでも最初から用意されていた代替案で乗り切った――としたかったのですが。蛇足部分に凝っても詮無いので、チョコフレークひと欠片に留めました。

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