Progress Report 1:売姫三日晒

 軽く百枚は突破するかなとみていましたが。やはり、「70枚を目処」にしたPLOTです。責めシーンが二つと、序盤のサービスがひとつと。そして、何故か「あっさり流す」傾向になってきて――早く次を書きたいという意欲が、悪い方向に流れてますね。

 今回は、序盤のサービスシーンを含む、「序破急」の「序」の部分。「起承転結」の「起承」あたり。わずかに1万文字です。
 この後は怒涛の責めシーンですが、それは次回ということで。

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御陣女郎

 天文八年葉月。穂が実り初めた田圃を横に、異様な集団が道を進んでいる。
 色も艶やかな小袖に藍染の袴、薙刀を携えた若い女人が二人。左の女の小袖は薊の模様、右の女は桜。ともに、髷を結わず前髪をそろえた切禿。頭には二枚の櫛を左右に並べて差している。
 その後ろには、無地の小袖に足元を絞った軽杉(かるさん)袴、腰に小太刀一本を差した若衆姿だが、頭は高々と結った先を横へ広げた唐輪髷(からわまげ)に、櫛は差していない。先を歩く二人よりは明らかに稚い。色小姓とも春を売る妓とも見えるが、それにしては凛とし過ぎている。
 三人に続くのは、山ほどの荷物を背に乗せた牛が五頭と、空荷が二頭。曳いているのは、先頭の二人にも負けない色小袖が八人。二十歳(はたち)前から、せいぜい三十路すこしか。頭は、まちまち。女だてらに茶筅を結った者もいる。この者たちも櫛は二枚だった。
 殿(しんがり)は先頭と同じ切禿に二枚櫛、椿模様の小袖に薙刀と袴。
 数えて十二名の女ばかりだった。
 やがて田圃が切れて狭い荒れ野に出る。荒れ野の向こう端には薄い陣備えが小さな山城を取り囲んでいた。
 陣から三頭の騎馬と五人の足軽が駈け出て来て、たちまちに女人の一行を取り囲んだ。
「おまえら、かような所で何をしておる。いずこへ行く」
 侍大将の形(なり)をした若武者が、馬上から誰何する。女たちはひと目で流浪の民と知れるから、声は険しい。
「わたくしは、この者らの長(おさ)で女郎花(おみなえし)と申します。こたびの戦(いくさ)で秋元様に陣借りをお願い致したく推参いたしました」
 若衆姿が進み出て答えた。
「女の身で推参とな?」
 推参とは本来、助力を頼まれもしないのに戦場に押し掛けることを謂う。勲(いさお)しを挙げて家臣に取り立てられるのが目的である。
 若武者に騎馬を寄せて、胡麻塩を頭に抱いている、この時代であればすでに老骨が、何事かを耳にささやいた。
「なるほど」
 若武者が馬から降りて、女郎花と名乗った若い娘の一間(二メートル弱)ほど前に立った。
「春をひさぐとはいえ戦場(いくさば)に推参するとは、それなりの覚悟もできておろうなッ!」
 言うと同時に野太刀を抜いて、踏み込みながら上段に振りかぶり、真っ向から斬りつけた。
「……!」
 女郎花は逃げるのではなく、身体をひねりながら斜め前に踏み込んだ。
 若武者が肩の高さで野太刀を絞ったとき、女郎花の右手には小太刀が握られて若武者の喉元に突きつけられていた。これも寸止め。
「わははは。おのれの身は護れるようだな」
 若武者は笑いながら刀を納めた。が、次の瞬間。
「むんっ!」
 抜刀と同時に長大な野太刀を片手で水平に薙いだ。先に倍する太刀の速さだった。
 ガキイン!
 女郎花の小太刀は、脇腹の一寸手前で止まった大剣の峰を叩いた。受けが間に合わなかったのだ。つまり、若武者の最初の一撃は小手調べ。女郎花に刀の心得があると見た二撃目は本気だったというわけだ。
「推参を許すぞ」
 今度こそ太刀を鞘に納めながら、若武者が磊落に言った。
「そうだな――あの辺りに陣立てをするがよかろう」
 若武者が指差したのは、本陣の後方あたりだった。
「少なくとも二十間(四十メートル弱)は、陣から隔てろ。あまり近くだと、兵どもが落ち着かん」
「ありがとうございます」
 女郎花も小太刀を納めると、蒼白な顔で礼を述べた。
 そのとき。もうひとりの、これは豪傑を絵に描いたような騎馬武者が、まるでしなやかな虎のように――荷駄を運ぶ牛のそばに立っている茶筅髷の女に背後から忍び寄っていた。不意打ちに抱きすくめようとする。
 女は女郎花にも負けない素早さで身をかわしかけたが、牛に行く手をふさがれて立ちすくみ、そのまま捕らわれてしまった。襟元に手を差し入れられても抗わず、胸乳を揉まれるにまかせている。
「これよりは、御銭(おあし)をいただきますよ」
 言いながら手の甲を抓った。
「これしきで銭はやれぬが。そこの荷駄で小屋掛けをするのだろう。手隙の者を十人ほど貸してやっても良いぞ――構いませぬな」
 最後の言葉は、若武者に向けられていた。若武者は鷹揚に頷いた。
「兵どもには、それなりの謝礼をしてやれよ。それなりの、な」
 御陣女郎を知らなかったわりには、くだけた青年だった。

 足軽の手伝いもあって、午過ぎに始まった小屋掛けは夕刻には終わった。まずは、十人の足軽たちへの謝礼を済ませてから、三つの槍小屋の戸口に蚊遣りの焚火が置かれた。もうもうと上がる煙が『見世明け』の合図だった。と同時に、出入りする者の姿を曖昧にする働きもある。


未通女長

 ここで、この小規模な城攻めの概要を述べておこう。籠城する大野修理は、女子供を含めて二百ほど。兵の数はせいぜい百といったところか。責める秋元茂親は二百。古来、城を攻めるには三倍の兵が必要とされる。一気に力押しするなら六倍。二倍とあっては、総攻撃をかけても落城はおぼつかない。
 秋元家は三万石と、豪族としては大身である。その気になれば八百は兵を養える。それがわずかに二百なのは、刈り入れ時を真直に控えているからである。八百を動員すれば、稲の刈り手がいなくなる。
 だからこそ、無理押しに城を囲んだのだった。大野領の新米を奪ってしまえば、来年には兵糧に事欠く。そして秋元は肥える。つまり、この戦いは翌年の決戦に備えた前哨戦だった。だからこそ、総大将には当主ではなく、嫡男の茂親が据えられている。
 攻め入った側としては、稲が実り刈り入れが終わるまで居座らねばならない。だから、兵糧も軍資金も潤沢に用意されている。御陣女郎にとっては、宝の山に分け入る心地だったろう。

 敵を封じ込めるのが目的とあれば、兵は暇である。夜には城からの出入りに目を光らせる必要があるので、むしろ働かされる。そして遊女にしても、高価な明かりを灯したくはない。いきおい、申から酉にかけての二刻ほどが稼ぎ時となる。月の障りで休む者もいるから、遊女は十人ばかり。まさかに二百が押し掛けてはこないとしても、女日照りの中の慈雨とあれば、五十人から上は三つの戸口に分かれて並ぶ仕儀となる。
 男たちの中には、藁で編んだ大きな袋を担いでいたり、小さな壺を抱えている者もいた。米やら塩味噌が、ときとしては銭よりも重宝される。
 わいわいがやがや。男を送り出し次の男を迎え入れる遊女の姿を間近に見ながらの品定めをする連中もいる。
 ――雑兵どもが、一斉に固まった。御陣女郎の一行を誰何した三人の武者が、揃って出陣してきたからだった。
 雑兵を蹴散らして、三人が槍小屋の前に立った。出迎えたのは、先頭で薙刀を携えていたうちの一人だった。
「長は空いているか?」
 いるのかではなく、空いているか。女は問いの意味を正しく解した。
「お生憎様。長は商いをしないんだよ。あたしじゃ駄目かい?」
 女が上目遣いに若武者を見る。まさしく鼻毛を読んでいるのかもしれない。
「あたい、桜っていうんだ。ひとつ文字の名前は他に二人しかいないんだよ」
「そういえば、長は三文字の名だったな。意味があるのか?」
「長は格別さね。あたしらひとつ文字の妓(こ)は、色修行をたんと積んでる。蓮華とか文目ってふたつ文字の妓は、家を焼かれた娘とか逃散した百姓とか、地娘ってやつでさ。股をおっ広げて、はいどうぞしか取り柄がないんだね」
「では、柴田康永に絡まれた娘もひとつ文字か?」
「空木のことかい。あの妓は前からの娼売娘さ。けど、新参だからふたつ文字なんだね」
「ふうむ。女郎の寄り合い所帯にしては、仕来りがうるさそうだな」
「女郎だからさ。そんなことより、あたしを買わないのかい?」
「幾らだ?」
 桜は若武者の鼻毛を読みながら、甘える声で、しかしきっぱりと告げた。
「五百文」
「馬鹿な」
 若武者がのけぞった。
「儂は遊女屋を借り切るつもりなどないぞ」
 この当時、女の値段は極端に安かった。五百文はともかく、桜の言う二つ文字の妓は五十文。それも戦場だからこそで、平時の街角なら十文が相場だった。普請に雇われる人足の日当の二割である。
「火が消えるまで付きっ切りで、腰巻まで脱いで相対(あいたい)してあげるんだけど?」
 平安時代あたりのやんごとなき方面は格別として。この時代に限らず江戸時代でも、娼売妓といわず、性交は着衣で手早く済ますのが普通だった。女がみずから全裸になるなど、破廉恥とか卑猥で言い表わせる行為ではなかったのである。そうまで無茶をしなければ断ち切れない過去が、女郎花を含めて、この娘たちにあったとは――いずれ物語られるであろう。
 五百文どころか五十文も惜しんだのか。女郎花でなければ沽券にかかわると思ったのか。若武者は御供の二人を引き連れて陣所へ引き揚げて行った。
 槍小屋の前に活気が戻った。

 三つの槍小屋のうちの二つは屏風でそれぞれ四つに区切られて、八人いるふたつ文字の妓が一本五十文の線香を立てて、小半時刻みの商売に励んでいた。月の障りになっている妓も、子種塞ぎの草を詰めれば男に分かりはしないと、しんどい身体に鞭打っている。残るひとつの小屋は、壁と同じ筵で三つに隔てられて、そのひとつでは、椿という女が五百文の客を相手に素裸になって奔放な性技を繰り広げている。
 そして、三つの槍小屋が弧を描いて並んだ奥の、いっそう小さな小屋では、長の女郎花と桜、薊の三人が憩っているのだが。
 周囲から筒抜けも同然に聞こえてくる妓たちの嬌声に、女郎花ひとりが頬を染めてうつむいている。四面楚歌ならぬ三面艶歌だった。そして。正座の習慣がない時代にあって、女郎花は行儀よく片膝を立てて座しているが、両側に侍る桜と薊は、長に身を添わすようにして、裾を乱し脚を投げ出した横座り。三人とも袴は脱いでいるから、小屋の中もそれなりに妖しい光景ではあった。
 やがて、女郎花が腰をもじつかせて。小さな声を漏らす。
「桜、薊……妾(わらわ)は、もう、もう……」
 みなまでは言わさず。薊が横ざまに女郎花の口を吸い、胸元に手を差し入れる。立膝の裾を桜が割って、白い太腿を剥き出しにする。
「ああ……」
 薊はすがりついてくる女郎花を筵の上に仰臥させて、帯に手を掛ける。前をはだけて胸乳を夕暮れの薄明に晒す。さらに下まではだけると、女郎花は腰巻を着けていなかった。代わりに、幅六寸ほどの布の両端に紐を縫い付けた、もっこ褌を着用している。これは、袴を穿かずに激しく動いたときも隠し所が露わにならぬための心得――では、ない。いずれは子を成すという女の生き方を捨てた覚悟であった。だからこそ、男ではなく女を相手に夜を過ごしている。しかし、女の生き方を捨てはしても男に成りおおすつもりもない。だから、年長の女に対しては受け身の一方だった。
 薊と桜は立ち上がると、もっこ褌一丁の女郎花に背を向けて、手早く素裸になった。女郎花を挟んで左右に側臥して薊が女郎花と抱き合い、互いに唇を貪り胸をまさぐる。たとえ双児を生んでも余裕に乳を飲ませられるだろうという豊満な薊の乳房に比して、女郎花のそれは晒布を巻けば容易に美青年に化けられるだろうくらいに小ぶりだった。薊の手が乳房から離れて背中を抱きしめ、乳房で乳房を押し潰しこねくる。小城に攻め寄せる大軍の風情だった。
 桜は体の上下を入れ替え、女郎花の片膝を腰に乗せる形となって、開かれた太腿の間に後ろから顔を突っ込み、股間に舌を這わせた。
「ひゃうんっ……」
 すでに綻んでいる蕾の雌蕊(めしべ)をくすぐられて、女郎花がしゃっくりのような悲鳴、いや嬌声をこぼした。桜は蕾を啄ばみ、さらには音を立てて啜り、熟れた木通(あけび)のように口を開いている女その物にかぶりついた。
「ああっ……里乃……いえ、桜。腰が、腰が……切ない」
「遠慮はいりませぬ。もっと乱れてよろしいのですよ、小夜姫様」
 こういった妓であれば源氏名を使うのは常套であるが、それにしても諱名に『姫』を付けるとは――この者たちの素性の曰因縁(いわくいんねん)がうかがわれる。しかし、しばらくは当人たちが名乗る源氏名で物語を進めていこう。
 二人掛りで攻められて、しかし女郎花も防戦一方ではない。下になっている手を薊の股間へ伸ばし、もう一方の手で桜の尻を抱き寄せ下腹部を自分の上に乗せると、顔をねじって股間にむしゃぶりついた。
「あんんっ……いちだんと上達なされました。もし粗相をしましても、お赦しを」
 たちまちに桜の淫唇が、唾にしては粘っこい汁にまみれてゆく。
 しかし股間だけを見ると、三人の年齢が逆転している。薊と桜の秘所は無毛。目を近づけて仔細に見れば、剃っていると分かる。
 食うに困って街角に立つ地娘はともかく。これを生業と定めた遊女は、股間の手入れに余念が無い。無毛にする者、形よく整える者。娼売道具に香を焚き込める者もいる。
 しかし女郎花は、早春の萌え初める風情ではあるが、これといった手入れをしていない。その萌え初めた春草も、今はしとどに濡れている。
 小屋の戸口に垂らした筵が、遠慮がちに持ち上げられた。
「五百のお客が、ひとり」
 鼠地に黄色い蝶を古風な飛び模様に散らした小袖の前をはだけて乳房を半ばこぼした女が、言葉短く声を掛けて、すぐに引っ込んだ。
「あらま。五百文とあっちゃ、行かなくちゃね」
 急に蓮っ葉な口調になって、薊が三つ巴の輪から抜けて立ち上がった。どうせ脱ぐのだからと素肌に小袖を引っ掛け、帯を締めるのではなく巻き付けただけで、小屋から出て行った。
 二人に翻弄され、乱れに乱れていた女郎花も、うっそりと身を起こす。
「今宵は、もうやめにしておきましょう。銭も稼がず痴れ事にうつつを抜かしていては、皆に申し訳が立ちませぬ」
「それは料簡違いですよ」
 桜も身を起こして、素裸のまま筵の上に座り直す。もっこ褌を締めて小袖を着付けにかかっている女郎花を、痴情の余韻も留めぬまっすぐな目で見つめる。
「昔のことは申しませぬが、あなたという要がおられてこそ、扇も開くというものです。それでも心苦しいのであれば、女郎花殿は一座の用心棒とでも思し召せ」
 女郎花は、かえって顔を曇らせた。
「あの武者には、まるきり太刀打ちできませなんだ」
「まさか、荒武者と一騎打ちするわけでもありますまい」
 桜、薊、椿の三人は薙刀の心得があるとはいえ、振り回してもおのれが怪我をしないというくらいの腕でしかない。しかし女郎花の小太刀なら、付け焼刃の調練を受けただけの雑兵など束にして軽くあしらえる。
「それは、そうですが。あれだけの器量に、あれだけの腕前となると……」
「おや。珍しくも殿方に気を惹かれましたか」
 桜が、半分はからかう。
「まさかに。けれど、あの御仁。拵えから見ても、もしや総大将の秋元茂親ではありますまいか」
「ああ、それなら話は分かります」
 桜は、先刻の素見(ひやかし)の一件を伝えた。寄せ手の総大将なら、女郎の総大将とでなければ一戦を交える気にならぬでしょうと――もちろん軽口であった。


女忍遁走

 秋山勢が陣掛けをしてから半月。御陣女郎が小屋掛けをしてからでも六日が過ぎた。
 槍小屋には口開けの二日目までは五十人ほどが押し寄せたが、以後は午の刻あたりから蚊遣りを焚いても、せいぜい二十人から三十人。雑兵がそうそう銭を持っているはずもないし、兵糧から何やかやをくすねるにしても、つまりは盗みである。上の立場の者は兵への示しもあって、やはり足しげくは通えないから、素裸で付きっ切りの客はせいぜい一人が来るか来ないか。それでも、一日の水揚げはおおむね銭で数えて千五百文。女郎一人頭で百二十文なら腕の良い大工を凌ぐから、不満はない。もっとも、淋の病をもらったり、子流しを繰り返して身体を痛めることを考えれば、割りの良い商売ではないのだが。貧乏農民とくっついて雨の日も炎天下も地べたを這いずり回ったり、小商人(あきんど)の女房に
納まったはいいが亭主の顔色をうかがい、挙句は押し込みに怯えて暮らすよりは、よほど気儘に生きられるのだった。
 それは、戦に狩り出された雑兵も同じかもしれない。国へ戻れば元の小百姓(の次男坊か三男坊か)だが、陣中にあるうちは米の飯にありつけるし、組頭なり侍大将なりが手柄を立てれば、おこぼれの銭をいただける。鄙(ひな)には稀な美女で埒を明けるという、夢のような一夜まで降って湧いた。
 城方は知らず。寄せ手の中で苦衷を託(かこ)っているのは、帷幕の中だけであった。
 ただ糧道を断ち、敵領内の米を奪えば良いのであるが、つまりは城を囲んで守勢にまわっているようなものだった。いっそ焼き払ってしまえば――この地を切り取っても、領民が服従(まつろ)わぬ。
 二百人で城に通じるすべての道を間道まで封じるのは、どうにも数が足りない。もちろん、小人数の出入りがあろうと、米の一俵や二俵が運び込まれようと、それくらいは大勢を傾けるには至らないのだが。
 この数日、寄せ手の側が夜討ちに悩まされていた。手薄な箇所ばかりを狙って、若干の手柄を得るとさっさと城へ引き揚げる。手足ではなくせいぜいが指先だが、それをじわりじわりともぎ取られているようなものだった。ならば、城方の人数も減らしてくれようとこちらが夜討ちを仕掛けると、巧妙に待ち伏せされて、またしても指の何本かをへし折られてしまう。

 初日に素見に来ただけの若武者が、今度はひとりで槍小屋を訪れた。前と同じに女郎花を所望したのだが、様子が違っていた。
「儂は秋山茂親じゃ。長と話がしたい」
 買いに来たのなら追い返しもできるが、総大将として女郎の長と相対したいというのだから、これは無碍にはできない。槍小屋に三方を護られた、いわば本丸へと案内する。
 椿が戸口の筵を持ち上げると茂親が先に入って、戸口をふさぐように陣取った。
「あの……」
 茂親が椿を振り返る。
「儂はひとりじゃ。まさか、介添えが居らねば閨の所作もままならぬ未通女の姫君でもあるまいに」
 女郎花が軽くうなずいて、目で椿をうながした。椿は茂親の背に黙礼をして筵を下ろした。
 女郎花は総大将と向かい合って、心を落ち着けようとしている。物の喩えとはいえ、あまりに自分の昔を言い当てられた思いだったのだ。
 心が落ち着かぬうちに、茂親がずけりと核心を衝いてくる。
「おまえたちが小屋掛けをしてからこっち、どうも我らの手の内が城方に漏れておる気来(きらい)がある」
 自分の持ち場しか見ていない雑兵は、まだ気づいていないが。あちこちの組に属する何十人という雑兵から聞かされる寝物語は、女郎花の耳にも届いている。それらを少しく高所から望見すれば、茂親の気来は取り越し苦労ではないように思えてくる。
「とはいえ、今さらにおまえたちを追い出すわけにもいかぬわ。兵どもが悄気(しょげ)て、ますます分が悪くなる」
 女郎花は頭を横にも縦にも動かさず、黙って茂親の話を聴いている。何を求められているか見当がつかないのだから、首肯も反駁もできない。
「これからは、小屋の五間先に昼夜を問わず兵を立てる。この輪から外へ出るときは必ず、組頭かそれに準ずる者を同道させる」
 そこで女郎花の固い顔をじろりと見て、つけ加える。
「厠であろうと野合であろうと、だぞ」
 女郎花は能面をわずかに頷かせた。
「もとより、蚊に食われながら致すのを好む妓はおりません」
 軽口に皮肉で返したのだが、通じたかどうか。
「寄せ手方総大将から女郎の長への申し渡しは、ここまでじゃ」
 茂親は胡坐を掻いたまま、ずいと一尺余りを詰めた。
「ここからは、男と女の話じゃ。おまえは取り分けて若いし見目麗しい。五百とは言わん。一貫文でどうじゃ。見世仕舞まで付きっ切りで腰巻も取るというのを所望するぞ」
「私は身体は売りません」
 女郎花は冷たい声を返した。
「私は剣の腕を妓たちに売っています。でも、秋元様の御陣では、鈍(なまく)らの腕など要らぬでしょう」
「ますます気に入ったぞ」
 糠に釘もいいとこだった。
「そのつんとした鼻っ柱をへし折って、華奢な身体を組み敷いて、あれこれと啼かせてみたいものだが――どうも、女郎どもに総スカンどころか逃散されかねんな」
 いちいち出向くのは面倒だから、気が変わったら昼でも夜でも本陣へ来いと言い置いて――茂親は小屋から立ち去った。
 女郎花は見張の件を、すぐ全員へ伝えた。さらに付け加える。
「足軽の輪から外へ出るときは、ふたり、できれば三人から上に固まりなさい。我らの中に乱破が紛れているなど噂が立てば、今後はどこの御陣に近づくこともかなわぬようになりましょう」
 女郎花は、あえて宙を見据えながら申し渡した。顔を見れば、どうしても空木に目が向いてしまう。
 ひとつ文字の三人は言うに及ばず、ふたつ文字の八人のうち蓮華、文目、小紫、藤袴、青木の五人は一年半前に、女同士助け合い男に翻弄されずに生きようと、一座を結んだときからの仲間であるし、木蓮と菖蒲の二人は加わってから半年が経つ。空木だけはひと月前、河原に小屋掛けして、線香一本十文、付きっ切りなら百文で娼売をしていたとき。強欲な楼主から逃げてきた妓だ。
 乱破が紛れているならおそらくは空木と、女郎花は見ている。空木が騎馬武者に抱きつかれたときの様子を、女郎花も真直に見ている。牛に行く手を遮られる前の身の躱し方は、地娘のそれではない。あるいは、咄嗟に体が動いたものの、怪しまれないために、わざと牛のいる方へ逃げたのではないかと――それは、うがち過ぎであろうが。

 翌朝。またも茂親が小屋を訪れた。自堕落な妓には朝駈けもいいところだったが、さすがに女郎花は衣服をあらためていた。
「今日は蚊遣りをくべるな。焚き火も狼煙もまかりならぬ」
 はっと、表情を引き締める女郎花。蚊遣りの煙に細工をすれば狼煙になる。陣の手薄な方面くらいは伝えられるだろう。そのことにまったく思い至らなかったおのれの不明を慚じたのだった。
 ――その日は、午どころか巳の刻あたりから雑兵どもが門前に市を成す大商いになった。聞けば、五十からの手勢で夜討ちを掛けるという。総勢の四半分である。英気を養っておけと、夜討ちに選ばれた者には百文が下された。下手をすると(上手く行けば)百人からの客が押し寄せる。
 手薬煉(てぐすね)引いて女淫(ほと)に子種塞ぎの草を詰めての大童。薊、桜、椿にも客が着いたが、まさかに店仕舞いまで居座る豪傑はおらず、一刻足らずで五百文は濡れ女淫に粟の大儲け。
「もう、たくさん。下の口からげっぷが出るよ」とは、二つ文字名の十一人打ち揃っての感想だった。ついつい本気を遣ってしまう青木と藤袴は腰を抜かす有り様だった。

(これは一体に……?)
 妓たちの戦い済んで日が暮れて。槍小屋の内からは、早々と寝息すら聞こえてくる。しかし男どもの戦は、まだ四刻も先の寅の一点。本陣の中に動きはないが、槍小屋の回りは十人の足軽に取り囲まれている。その人配りに女郎花は、明らかな手抜かりを見ていた。
 小屋から五間を隔てて囲んでいるのだから、兵の間隔は四間もある。一人おきに内と外を向いている。しかも、こちらを向いている兵の傍には篝火が置かれていた。これでは明かりに眩惑されて、闇を見透かせない。神出鬼没の乱破といわず女郎花でさえも、包囲をすり抜けるのは容易だろう。
 やはり、我が手で乱破を捕まえねばならぬ。いや、捕まえても寄り手へ引き渡してはならない。乱破は絶対に口を割らぬと聞いている。となると、凄まじい拷問。そして処刑。乱破が女であれば、色責めとやらいうおぞましい仕置も加わる。
(そのような目に遭わされるくらいなら――わたくしなら自害する)
 樹の根元に身を潜めた女郎花は、密かに決意を固めたのだった。
 ――星辰が動いて。亥の刻に掛かろうかというとき。
 槍小屋のひとつに、筵がかすかに動いた。
 おぼろな影が忍び出る。くすんだ赤茶色の塊は、おぼろな物の怪にも見紛う。色小袖を裏返して、柿渋で染めた裏地を表に出し、白い顔と手足に灰をなすりつけた――とまでは、女郎花の潜む場所からは見て取れなかったが。
 女郎花が立ち上がった。
 その気配を感じて、ぎくりとふり返るくすんだ影。
「空木……ですね」
 女郎花は瞬息に間合いを詰めた。腰の小太刀は抜刀している。
 殺すしかない。たとえ短い間でも仲間であった者に、いや誰にせよ、業苦の死を遂げさせたくない。けれど、空木を見逃せば一座が成り立たぬ。ならば――苦しまぬようひと思いに、我が手で。
 女郎花は、空木の首筋を狙って必殺の斬撃を放った。首筋の血脈を断ち切れば、苦しむことなく即座に絶命するという。
 しかし空木は身を沈めて刃を躱し、そのまま転がって横へ逃げた。
 空木の忍び装束と違って、女郎花の無地とはいえ色小袖は、篝火に照らされれば闇夜に目立つ。しかも、大きな動き。さすがに見張の足軽も異変に気づく。内を向いていた五人が、駆け寄ろうとする。
 空木が、女郎花にじゅうぶんな間合いを取って立ち上がる。懐から小さな玉を取り出した。
(焙烙弾!)
 導火線に火を点じられぬうちにと、女郎花は地を蹴った。
 不意に空木が微笑んだ。
「ありがとうね」
 女郎花の殺意と真意とを読み取っての言葉だった。
 空木は玉から伸びている短い紐を引き抜いた。即座に、地面に放り出す。玉はころころと転がって。
 パアン。
 拍子抜けするほど小さな爆発音と同時に。
「あっ……?!」
 いきなり真昼になったかと思ったほどの閃光が闇を切り裂いた。
 閃光が消えたとき、空木の姿も消えていた。
「な、なんだ……」
「曲者だあ!」
 事態を理解できぬままに足軽が喚き交わす。
 桜、薊、椿の三人が、押っ取り薙刀で駆けつける。
「あなたたちは戻りなさい」
 小太刀を納めて、女郎花が三人に命じた。
「乱破を取り逃がしました。御大将へ言上に参ります。道を開けてください」
 これは、女郎花を取り囲んだ足軽に向けて。
 女郎花が陣所へ向かって歩むと、気圧されたように足軽は左右へ引いた。
 篝火に照らし出された女郎花の顔は蒼白に変じている。

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てきとうなの11

 
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