Progress Repot Final 火竜と翔けたアクメの空

7/21に脱稿しました。
予想外の膨らみが追加されたりして、筆者自身は満足できるものとなりましたが。
客観的に見て、どうにもエロシーンが少ない。
ので、色気ゼロの最終章を掲載しちゃいます。
しつこいですが、エロはありません。
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「東部戦線で捕虜になって、後送される前に脱出したやつの話を聞いたことがある」
戦隊長は生理休暇中の者にまで召集を掛けて、訓示でも作戦命令でもなさそうなことを語り始めた。
「野蛮で血に飢えた赤熊どもは、十歳の女児だろうと六十歳の老婆だろうと、見境なしに犯す。そして殺す。赤ん坊を宙に放り上げて、銃剣で突き刺すような蛮行も珍しくはないそうだ」
あまりの凄惨さに口を押える娘もいた。激しい憤りに駆られて、悔しそうにHe162を振り返る者もいた。
「ところで、米空軍のサバイバルキットの中身を知っているか?」
戦隊長が口調をやわらげて、まるで関係のなさそうなことを言う。
「基本的な部分は我が空軍と同じだが、小さな違いと大きな違いが、ひとつずつある。小さな違いというのは、洋上不時着に備えた品が充実しているという点だ。大きな違いというのは……」
戦隊長は、笑いを含んだ顔で部下の娘たちを見回した。
「ストッキングが二足と口紅が一本、そしてコンドームが一ケースはいっている」
この意味がわかるか――と、戦隊長は、話題にふさわしくな生真面目な顔で、また娘たちの顔を見回す。
「贅沢に慣れたフランス娘なら、こんなプレゼントをもらったら、喜んで股を開くことだろう。我がドイツの貞操堅固な娘は、そんな娼婦のような真似はしない……と言いたいところだが。民間でも物資欠乏は凄まじい」
戦地長の話がどこへ向かおうとしているのか、乙女(でなくなっている者のほうが圧倒的に多いのだが)たちにはまったく見当がつかない。
「この基地は、東部戦線寄りにある。いや、戦線が後退した今は、ソ連軍の脅威に曝されている。そして、きゃつらは英米以上に革新的技術を欲している。明日にでも、基地の接収に乗り込んで来るだろう」
アンナは、明日の運命に恐怖を覚えた。愛機を奪われるだけでなく……
「最後の命令を下す!」
戦隊長が、声を張った。
「DMJG全隊員は、可動機に分乗して西へ飛べ。作戦の目的は、ジェット戦闘機を米軍に引き渡すことである」
ジェット戦闘機は口実に過ぎないと、全員がただちに理解した。ジェット戦闘機といっても、町工場でも作れるパルスジェットだ。Me262やV2誘導ロケットとは比べものにならない。彼女たちを女として最悪の運命から逃れさせること以外に、この作戦の意味はなかった。
「戦隊長たちは、どうするんですか?」
誰かが質問して、全隊員が戦隊長を注視する。
「まさか、男のケツを掘るほど赤熊どもも悪趣味ではあるまい」
どっと湧いた笑いの中で、アンナとロジーナだけは複雑な表情。
「心配はいらん。整備員以外には、すでにベルリンへの転出命令を出してある。まだ残っている連中は、貴様らを追い出したら、ありったけの車両に詰め込んで、後を追わせる。ジェット戦闘機の整備は、誰にでもできるわけではないからな」
戦闘停止命令が出ていても、敵軍はゲリラ的な攻撃を恐れて、戦時下の進軍態勢を解かないだろう。じゅうぶんに逃げ切れる。
「それは、総統の裁可を受けた命令ですか」
敗戦と軍隊の秩序とは別だ。如何なる場合にも撤退を許さない総統が、たとえ女性とはいえ特別に認めてくれるとは、アンナには思えなかった。
戦隊長は、わざとらしく帽子を脱いで、胸にそれを当てた」
「総統は行方不明だ。そして、プファイルは生き延びた」
この文脈では、プファイルがDMJG第4中隊を指していないらしいと感じたが、そんな知的な疑問を持ち出す場合ではなかった。
「空軍総司令からは、ジェット戦闘機を処分するようにとだけ、命令を受けている。基地司令官の話術に引っ掛かったわけだが」
すでに地上整備員がHe162全機を列線に押し出し始めている。
「以上だ。編成にこだわらず、準備が調い次第、シュヴァルム単位で出撃せよ。あまり一度に大勢で押しかけると、あちらさんも本気で仕掛けてくるからな」
では、解散――と言いかけた戦隊長をさえぎって、アンナが手を挙げた。
「人数から考えて、二人乗りになります。パラシュートを着けずに、操縦席で重なって座ると思うので、ひとつだけ注意をしておきます。必ず、上に座った者が操縦してください。クッションのない状態で振動に直撃されると、絶対に操縦できません」
怪訝な顔をする者もいたが、思い当たることがあってうなずく娘も少なくなかった。
「よろしい。では、解散」
アンナは私室に引き返して、飛行服に着替えた。そして、しばらく考えてから、柏葉付騎士鉄十字章を首に吊った。敵兵を殺した証しではあるが、エースの証しでもある。敗戦は悔しいけれど、自分の戦いに悔いはなかった。ただ一点を除いては。
もともと狭いコクピットに二人を詰め込むのだから、私物はすべて置いていくしかなかったのだけれど。アンナはためらうことなく、小机の上のマイセン人形を絹布にくるんで空っぽのパラシュート嚢に入れた。
パラシュートは定期的に嚢から出して整備するのだから、その中身がすり替わっていることは、基地の誰もが知っている。司令官も戦隊長も、それを咎めなかった。
パラシュート嚢を手に提げて外へ出ると、この二週間ばかり愛機にしていた機材は、すでに準備が完了していた。
一緒に乗ってくれる?」
アンナは、自分が出撃しなかったときに中隊長を勤めていたエミーリエ・ゲーリケを誘った。
「わたし? いいの?」
問いには、おそらくふたつの意味が含まれていただろう。操縦技量に優れた者同士で相乗りするのは不合理だった。そして、代理を務めて犠牲者を出してしまった自分を許してくれるのか――という。
「最後だもの。わたしがどんなふうに飛ぶか、覚えておいてほしいの」
アンナはエミーリエの答えを待たずに、コクピットに座った。
「上に座ってね、エミーリエ」
エミーリエは不得要領な顔で短い梯子を上って、アンナの上に腰掛けた。脇に置かれたパラシュート嚢のせいで、身体を捻っていなければならないのだが、文句は言わない。
「エンジンを掛けます。送気してください」
手信号ではなく、口で地上員に伝えた。
アンナがエミーリエを抱き締めるようにして操縦桿を握った。
「操縦は、わたしがするんじゃないの?」
「さっき言った言葉は、わたしだけ例外なの。パルスジェットの振動を直接に感じていないと、地上滑走なみの飛び方しか実はできないんだ」
「……ふうん?」
シュヒュウウウウウウウウウウ……
エンジンに空気が吹き込まれる。計器の示度を確認して、アンナが始動ボタンを押す。
ブオッ、ブオッ……ブオオオオオオオ!
咆哮と振動がキャノピーを包んだ。
アンナが手信号でタキシング開始を地上に伝える。
ブオオオオ……ブオッ、ブオオオ……
失火寸前までスロットルを絞って、滑走路に進入。機をセンターライン上に乗せて、スロットルを押し込んだ。
ズヴォオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!
「あう……」
最初の頃はすさまじい苦痛だったが、それにも慣れて、今では痛みの中に潜む快感にもきづいている。
快感と苦痛と。ザラマンダーはわずかにふらつきながら、ぐんぐん加速する。
「まだ、引き起こさないの?」
耳元でわめかれても、さらに一秒を待って引き起こし操作を開始。計器をまともに読めない状況だから、ふだんでも機首上げは遅めにしている。まして、今日は二人乗りだからとアンナは考えたのだが――銃弾を積んでいないから、むしろいつもより軽くなっていることは(地上員にも念押しされていたのに)忘れていた。
「はあああ……あああっ……」
それが無事に離陸した安堵の息ではなく、もっと艶めいているとは、同性のエミーリエにはわかっただろう。
「…………」
エミーリエがなにか言ったが、轟音に掻き消されてアンナには聞こえない。
「え……?」
アンナが戸惑いの声をあげた。
いつもなら、アクメの境界をさまよいながら飛び続けて、接敵と同時に、アドレナリンに蹴飛ばされて空戦アクメの高みに投げ出されるのだが。今日は、いきなりそこまで突き抜けようとしていた。
おそらくは、これがザラマンダーと翔ける最後の空になるだろうという惜別の感情。性的快感に身をゆだねる姿態を戦友の前に晒け出すという、羞恥と幾分の誇らしさ。そういった諸々の常にない精神状態が影響しているのかもしれない――などということは考えずに、アンナはすべてを脱ぎ捨てて宙を翔けた。
「ぶつかる!」
エミーリエの悲鳴。
「だいじょうぶ。最後なんだから、思いっきりこいつを駆ってあげる」
アンナも大声で言い返して、行動を正当化する言い訳も付け足す。
「低ければレーダーに捕まらないし、不意打ちを食らうこともないしね」
地上十メートルまで駆け降りて。もっと低く、農地に点在する家屋をかわしながら飛ぶ自信はあったが、あまりエミーリエを怖がらせてはいけないので、そこで水平に戻した。
「すごい……ほんっとにあなたって、地上と空とでは別人ね」
「ほかの人だったら操縦できなくなるほどの振動が、わたしには五感を高めてくれる」
五分も飛ぶと、基地から連絡があった。
「米軍は、すでにハノーファーの西にまで達している。空軍基地も支配下にあるだろう。そこを目指せ」
「リリエ1、了解。司令官殿も無事に撤収してくださ」
「心配するな。すでに本部小隊と基地防衛隊も、西へ向かっている」
「ロゼ1、了解。お達者で」
「クリザン1、了解。またお会いしましょう」
「プファイル1、了解。さようなら」
しばらく飛ぶうちに、発見されたという連絡がぽつぽつと入電するようになった。
「プファイル2、投降しました。できれば、みんなと同じ基地に連れてってほしいな」
「こちら、ロゼ1。警告射撃を繰り返されてる。速度を落とせないって、わからないみたい。くそ、反撃してやろうか。低空なら、こっちが速いんだぞ」
どちらがジェット戦闘機かわかったものではない。しかし、速度だけで勝負は決まらない。より前に。ロジーナが反撃すれば、他の編隊も同様に見なされる。
が、本気でないことくらい、アンナにはわかっていた。
「しょうがない。エンジンを止めて、不時着する。悪いわね。わたしたちだけ、娑婆で遊んじゃって」
西寄りに不時着して、軍服を脱ぎ捨てればそのまま田舎娘(もしくは町娘)で押し通せる。
ロジーナとの通話をエミーリエにも伝えた。
「もちろん、あなたは任務を全うするんでしょうね」
「当然よ。こんな素晴らしい快楽を教えてくれたんだから。いくら命を持たない機械だからって、見捨てられない」
「へえ……?」
エミーリエは、もっとガチガチの答えが返ってくると予想していたのだろう。アンナの腿の上で、きまり悪そうに尻をもじつかせた。
「……そうか。これが、あなたの秘密だったのね」
空戦アクメの正体を、エミーリエなりに感づいたようだった。
「もしかすると、クラーラ……いえ、なんでもない」
きまずい沈黙。などというものは、パルスジェットの轟音と振動の充満した空間に存在するはずもないのだが。
「もしかすると、同じことができる子が、他にもいるかもね。だけど、男には絶対に真似できないね」
アンナは、エミーリエの言葉を嬉しく受け止めた。世界でただ一人というのは、なんだか自分が人間ではないような気分になってくる。
「だって、男なんて一発射ったらそれっきり。グスタフ自走砲より始末が悪いんだから」
グスタフ自走砲は、実に口径六十センチの臼砲である。射程は短いし鈍重だしで、機動戦には使えない。しかし、エミーリエが言っているのは、発射速度のことだろう。なにしろ、十分に一発しか射てない。生身の男なら、十分に自慢できる連射性能ではあるが。
比喩の巧みさに、アンナは笑った。そして、すぐ心配にもなった。あまりに殺伐としている。軍服を脱いでも『娘』に戻れないのではないかと。
――超低空飛行のおかげで、アンナは敵に発見されずに、空軍基地まで辿り着いた。地上からは目撃されてきただろうから、正体不明機として通報されているだろう。上空には少数の戦闘機が、アンナには見えていた。
「こちらの姿を、敵……相手に、はっきりと見せる」
アンナはスロットルをいっぱいに押し込んで、操縦桿をゆっくりと引いた。
パルスジェットエンジンの振動が、さらにアンナを宙高く押し出す。
「うああああああああ……いくううう!」
戦わないのだという意識から、アンナはアクメの歓喜を大声で叫んだ。
そうして。アクメの中で基地のまわりを一周して、遠距離から最終侵入経路に乗った。
万感の思いとともに、スロットルを引き戻して、エンジンスイッチを切った。
ぱたっと轟音が途絶え、キャノピーを外を流れる空気の音が大きく聞こえる。それまでは感じていなかったエミーリエの体重が、ずしりと腿に掛かった。
後方から急速にP51が追いすがってくる。が、すでに複数の降伏例が伝わっているらしく、軸線は合わせてこない。
降伏の意志を明確に示すために、滑走路のはるか手前で着陸脚を出した。左右へのバンクを繰り返すと、P51は左右に分かれて、アンナを取り囲んだ。
「ごめんね、エミーリエ」
「え、なにが……?」
「DMJGはみんな着陸が下手だって思われちゃうかも」
「そうだね。いくら騎士鉄十字章を着けてたって、あなたがエースだなんて信用してもらえないかもね」
ふたりとも、戦いに明け暮れた日々を遠くに感じ始めている。
一発勝負の滑空着陸で、アンナはタイヤ痕で黒く汚れた定点のはるか手前で接地した。ブレーキを遅らせて、どうにか誘導路まで引っ張った。
MPの腕章を付けた兵が、サブマシンガンを肩に担いだまま、呼びかけてきた。
「タキシングできないのは、知っている。降りてきなさい」
こちらが女だと――知っていなかったとしても、顔を見ればわかる。なかなかに紳士的な物腰だった。小学校で教えるような簡単なドイツ語を交えて、英語はゆっくりとしゃべってくれる。個々の単語はわからなくても、全体としてなにを言っているのかは理解できた。
キャノピーを開けて。まずエミーリエが降りる。といっても、踏み台も梯子もない。飛び降りても平気な高さだが、下でMPのひとりが両腕を開いている。
「ま、サービスしてやるか」
肩をすくめてから。エミーリエは男の腕の中に飛び込んだ。
「これは、親友の形見なんです。大切に扱ってください」
交代したMPの手に、マイセン人形を収めたパラシュート嚢を渡して。それが、そっと地上に置かれるのを見届けてから、アンナもMPにサービスしてやった。
「あの機体は、どうなるんですか?」
MPはヘルメットを横に振った。
「俺なんかにゃ、わからんが。V1ミサイルを背中に乗っけて飛んでる飛行機なんかに用は無いって、パイロットの誰かが言ってたっけな」
研究対象にもならなければ、戦利品としての価値もない。遠からずスクラップにされるのだろう。
「そうですか……」
すこしだけ残念に思ったが、クラーラを失ったときの百分の一も、悲哀はなかった。アンナが愛していたのは、He162A-10ザラマンダーそのものではない。それが空を飛ぶときに与えてくれる快感――突き詰めれば、振動なのだったと、あらためて気づく。
「偉いさんがお待ちかねだ。いちおうは捕虜ということになるが、なにしろレディーファーストのお国柄だからね。けっして乱暴なことはしないから、安心していなさい」
そのわりには、有無を言わせぬ態度で二の腕をつかんで、歩くように仕向ける。銃を突き付けられないだけ、ましなんだと、アンナは腹を立てない。
それよりも。アンナはすでに決心を固めていた。ザラマンダーには二度と乗れないとしても。あの振動だけは、絶対に取り戻してみせる。
壊れかけた電気洗濯機が激しく振動する時がある。機械の回転部分に不調が生じるせいだ。あの原理を応用すれば、ザラマンダーと同じような『振動装置』を発明できるのではないだろうか。
アンナはHe162A-10に背を向けた。そして、そのときの彼女にはまだ知る由もなかったが、バイブレーターの女神への道を歩み始めたのだった。
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開き直って、アイキャッチ画像も、色気レスでいきましょう。
紙飛行機マニアの間では『とろつ機』または『とろ機』と呼ばれている、ガチ飛び立体セミスケール紙飛行機です。

オリジナルそのままではなく、垂直尾翼を2倍増積したり、あちこち改造しています。
それでもTAN2×1.2mm□×1m(二重のループにして使います)で、せいぜい10秒台前半。背中の空気抵抗の塊を無くせば、かなり飛びそうですが、それをやっちゃ、He162じゃなくなります。








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