Progress Report Final:昭和集団羞辱史(トルコ嬢)



 一気に脱稿しました。

 前借は返済する端から監視役の亭主が勝手に追い借りして、しかも当時の利息制限法スレスレの年利109%で、増えこそすれ一向に減らない。ので、トルコ嬢としてうんと頑張って愛想を振りまいて演技もして、四か月で30万円ヘソクッて。一気に返済してトンズラする計画です。
 そこで、警察の手入れです。その経緯は本文を読んでいただくとして。
 元々のPLOTでは、口封じというか生身の賄賂というか、ヤクザ組織から生贄にされて、取調室や独房で犯されて(筆者の)気分が乗れば「告発を取り消せ」と拷問されたり男子留置房へ手錠付きで放り込まれたり――の予定でしたが。戦前の特高じゃあるまいし。MOBというかペニス装備キャラ(をい)の動機づけに無理が生じて。連休も終わりにさしかかってきたし(これが一番の理由?)急転直下で端折りました。


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   逮捕寸劇

 苛酷な虐待の影響なのか、帰宅してすぐ葉子は予定より一週間早い生理を迎えた。
「静養と生理休みとをひとまとめに出来て、かえって良かったじゃないか」
 勝雄の無神経な言葉に、ますます葉子の気持ちは離れていった。その反面、トルコ嬢としてこれまで以上に頑張って前借を早く清算しようという決心は、ますます強固になった。
 アルバイトの三日を含めて一週間ぶりに職場へ復帰した葉子を待っていたのは、店長の思いもかけない言葉だった。
「休むのは四日間だけと聞いていたから、昨日と一昨日には予約を入れてあったんだよ。すっぽかした客への詫び料を含めて、追加の罰金が二万円になる。これで、葉子ちゃんの前借は百二十万を超えたね」
 葉子は耳を疑った。最初の前借は百万円だった。それから二か月間働いてきて、借金が増えているはずがない。それを言うと。
「こないだは断わったが、それまでにキミのヒモ亭主には五万円ずつ二回貸している。それから、自腹での接客が十一回あるね。葉子ちゃんの持ち出し分が六万円だ。客が一本しか付かなかった日には、前借分の天引きをしていないしね」
 とっさのことで、暗算が追いつかない。けれど、二か月で少なくとも百本は接客している。二十万円は返済しているはずだ。逆に二十万円も増えているというのは、納得できない。
「借金には利息が付くというのは知っているね。日歩二十銭だから、二か月の利息が十二万円ほどになる」
「…………!?」
 日歩というのは百円に対する一日分の利息だ。百万円なら一日に二千円。二か月分だと十二万円にもなる。
「もう、あいつには勝手に前借させないでください」
 そう訴えるくらいしか、葉子には思いつかなかった。そのせめてもの訴えを、店長は無下に退ける。
「チンピラといっても、菱口組だからね。今は兄貴分とやらだが、本部長なんかが乗り込んできたら、キミも無事じゃ済まないよ」
 そうか。こいつは、ヤクザがわたしたち一家を地獄に突き落としたことを知っているんだ。同じ穴のムジナなんだ――葉子は、暗澹と気づいた。前借の百万円だけじゃない。何年もトルコで働かせて、骨の髄までしゃぶり尽くすつもりなんだ。それを拒んだら――また芸能事務所に連れ込まれるか、残酷なアルバイトを強制されるか。
 一週間前の葉子だったら、絶望していただろう。けれど――トルコ嬢としてうんと頑張って一日でも早く借金を返そうと、一度は決心している。その決心まで翻しはしなかった。
「でも……前借が増えるのは、店長も困るのでしょう?」
 店長が苦い顔をした。
「そりゃあ、限度ってものがあるからねえ」
 その限度というのは、たぶん百二十万円かそこらだろう。
「わかりました。少しでもたくさん返せるよう、これからは頑張ります」
 店長が訝しげに顔を見詰めたほど明るい声で答えて、葉子はベニヤ板で仕切られた待機部屋へはいった。セーラー服に着替えながら、決心を新たにする。
 接客時間は二時間が基本だから、ふつうに頑張っても一日に三本だけど。必死に頑張れば四本はいける。緊縛研究会だか残虐研究会だかでされたことを思えば、この店で客が『詫び料』を払ってする行為くらい、へっちゃらだ。うんと稼げば、千円や二千円をヘソクッても勝雄は気づかないだろう。そうやって百万円を貯めて、店長にたたきつけてやる。それでもヤクザは諦めないかもしれないけれど――どれだけ輪姦されようと焼きを入れられようと、あの土蔵の中よりも非道いことなんて、出来はしない。だって、私を壊したら元も子もないんだから。
 まさか母や弟まで脅しのタネに使われるとは――それ以前に、残虐な拷問でなくても心をへし折る手段は幾らでもあるとは、そこまで思い至るには葉子の人生経験は浅すぎた。
 葉子は娼売妓として生まれ変わった。先輩に手練手管を教わって、自分でも客の反応を観察しながら工夫して。じきに、待機室に戻る暇もないくらいの売れっ妓になった。群を抜いて若い少女が、店の名に恥じないくらいに献身して、甘えたり拗ねたり、しかも結局は客の要求をたいていは(詫び料をもらったうえで)受け容れるのだから、人気が出ないはずがない。
「うわあ、ものすごく太い(長くはないけれど)。収まるかしら」
「(細くて短いけれど)カチカチだあ。こんなの、恐いです」
「やだ……気持ち良すぎる。やめてください。いやああ……やめちゃ、いやだあ」
「手押し車? 体育でするみたいのを……やだあ、エッチイ。ここじゃ狭いから、廊下に出ましょうよ。受付までそのまま行って、追加料金を払ってくださいね」
「三千円もいただいて――飲むんですか。それはサービス料に……別のやつってオシツコですかあ? そんなこと(今日は)したことないけど、献身的で淫乱な女子生徒ですもの、仕方ないですわね」
 逆に乙女(ではないが)の小水を所望する客もいた。股間にむしゃぶりつく変態もいれば、しゃがませて(あるいは立たせて)放水させる物好きもいた。飲まされるよりも、こちらのほうがずっと羞ずかしかった。
 それ以上の行為は、個室に臭いがこもるからと店側で禁止していた。大小にかかわらず、動物の持ち込みも禁止だった。もしも許されていれば――葉子は、それさえも拒まなかったかもしれない。
 葉子がずっと無毛を続けているのも、人気の理由だった。年齢よりもさらに幼く見えて、それを好む客が多かった。年齢にこだわらない客も、無毛の淫埠を押し付けられて喜んだ。銭湯では羞ずかしい思いをしなければならなかったけれど。
「伸びてきたら、チクチクして痛いって夫が言うんです」
 不都合は勝雄に押しつけた。パイパンのせいもあって、葉子がトルコで働いていることも近所に知られてしまったが、「売女」「恥知らず」という自分への陰口よりは、「女に貢がせているグウタラヤクザ」という勝雄への悪口のほうが心地よかった。
 短い期間だったが、女子校で女同士のややこしい付き合いも経験している葉子は、先輩に憎まれたり疎まれたりしないよう気をつかってはいたが。必死にヘソクリを貯めようとしているのだから散財はできない。高価な贈り物を配ったところで、「小生意気なガキ娘が」と逆効果にもなりかねない。
 葉子が考え付いたのは、セーラー服を待機室に残しておくことだった。憎まれていたら、次の日には汚されているか切り裂かれているか。そして、毎日同じ服で出勤する。仕事用の下着は清潔で質素でも色っぽいものを毎日取り換えるけれど、通勤にはブラジャーを着けずパンティではなくくたびれたズロースを穿いた。
「いくら稼いでも、全部取り上げられるんです。一度ハンドバッグの底に千円札を隠したことがあったんですけど、ひっくり返して調べられて……」
 乳房に食い込んだ指の痕を見せたら、同情してもらえた。葉子の話は事実ではあったが、勝雄が不審に思うほど少ない金額を渡して、持ち物検査をするように仕向けたというのが真実だった。日払いの中からくすねた金はスカートの裏に縫い付けた隠しポケットで持ち運んで、日中に店の近所の郵便局で貯金している。印鑑は部屋の隅に隠して、通帳は郵便局で預かってもらっている。紙きれ一枚の預かり証くらいは、どうにでも隠せる。
 同じ部屋で暮らす以上、勝雄の夫として当然の要求は拒めなかった。むしろ積極的に応えて、仕事で覚えたテクニックも駆使した。
「なんだかんだ言っても、女ってやつは嵌めて満足させてやりゃあ従順なものですね」
 葉子の前で兄貴分にそんなことを吹くまでに、勝雄は油断していた。もっとも、「嵌めて満足させる」だけでもなかった。料理も洗濯は葉子のほうから禁令を出していたが、部屋の掃除くらいは(ヤクザとしての務めや仲間を引き連れての遊びの合間に)していた。どれだけ女房が身を粉にして稼いでいても家事全般は女の務めだとふんぞり返っている男に比べれば、爪の先くらいにはましだったかもしれない。
 勝雄にしてみればご機嫌取りのつもりだったろうし、葉子もわかりきったうえで本心を見透かされまいと迎合していたのだが。
 そんな見せかけの平和が四か月ばかり続いてヘソクリも三十万円に近づいていたとき。葉子の未来を完膚なきまでに破壊する事件が起きた。
 そのイチゲン客は、別の組織のヤクザかと思うくらいに強面(こわもて)でごつい体格だった。
「自分で脱ぐから。キミも早く支度しなさい」
 客はとっととパンツきりの半裸になって、洋服は自分でハンガーに吊るした。
「ずいぶんと若いね。まさか、未成年じゃないだろうね」
 羞じらいを装いながらセーラー服を脱ぐ葉子に、ベッドに腰掛けた客が尋ねた。
 おや――と思った。ほとんどのイチゲン客は年齢を聞き出そうとするが、未成年という言い方をした客はいなかった。が、それを葉子は深く考えなかった。
「私、結婚してるんですよ。だから、在学中でも成年ですよ」
 実年齢を明かしたも同然だが、それで勃起させる客はいても逆はなかった。しかしこの客のパンツは、ちっとも盛り上がらない。
 葉子は洗面器に湯を掬って、性病判定用のシャンプーを垂らして、カイグリカイグリで泡立てた。
「それじゃ、こちらへどうぞ」
 股間をでろんと垂らしたまま、脚が洗い椅子に座る。
(こん畜生)という内心は隠して、それでもきつめにしごいてやった。さすがに、鎌首をもたげてくる。これなら病気は持ってなさそうだと安心する。
 シャンプーを替えて、最初にスポンジを自分の身体に使って。客に背後から抱きついて乳房を押し付けて(くねらせながら)客の胸から腰までを洗った。泡を塗り直して、体重の半分は自分の脚で支えながら客の腿に尻を乗せて、乳房だけでなく無毛の下腹部まで押しつけながら、スポンジで背中を洗った。
 見た感じでは、客は三十台後半。そのせいか、怒張は葉子の股間を突き抜けるほどには凶棒化しなかった。
 シャワーで泡を洗い流して、二人で浴槽に浸かる。ここまで、客は葉子にされるがままになっていて、助平な要求を持ち出すどころか自分から積極的に動こうともしていない。
 この店に来る客はもちろん富裕層ばかりだが、金はあっても遊び慣れていない客もいることはいる。この男も、そのひとりなのだろう。葉子はシラケるどころか――他の嬢には目もくれないくらいに夢中にさせてやろうと張り切った。当時は、まだエアマットが導入されていない。ベッドの上では、どうしても本番行為が主体になる。浴槽でのイチャツキが、サービスの決め手だった。
 葉子は客と向井合わせになって、膝とか腿ではなく腰にまたがった。そうして、淫毛に女性器をこすりつけた。土蔵で鍛えられて(?)からこっち、この程度の刺激はまったくの快感でしかない。
「ああん……ふううんん……」
 客の耳元で嫋々と喘いだ。七割りは演技だが、三割は実感を強調している。
 それでも、客は葉子の肌に(やむなく触れるだけで)手を伸ばさない。どころか。
「こんなサービスで五千円とは、ずいぶんボッタくるもんだな。もう帰る」
 葉子を押しのけて立ち上がった。浴槽から出て、バスタオルで身体を拭いている。
 ほんとうに、このお客様はトルコ風呂のことを知らないんだろうか。
 葉子もあわてて浴槽から出て、大急ぎで身体を拭いた。
「今までのは、入浴料金分のご奉仕です。サービス料金分は、これからなんです」
 ベッドに身を投げ出して、膝を立てて脚を開いた。
「私を淫らな恋人だと思って扱ってください。息子さんが言うことを聞いてくれないなら、お口で奮い勃たせてあげます」
 軽く腰を浮かして、両手を広げて誘う。
 そこまでされて言われて、葉子の誘いを理解しない朴念仁はいない。客の股間が上段の構えに変じた。
「い、いいんだな。つまり、その……サービス料ってのは、売春のことなんだね」
 じれったくて地団太踏みたくなる気持ちをこらえて、葉子は含羞(はにか)んでみせた。
「そんな野暮は言わないでください。私、お客さんが大好きになったし、お客さんだってそうでしょ。相思相愛の恋人同士が結ばれるのは当然でしょ?」
「というのが建前かね」
 薄く嘲笑を浮かべながら、それでも葉子におおいかぶさってくる。
「ややこしいこと、言わないでください。息子さんは正直ですよ」
 葉子が手を伸ばして怒張を握り、股間へ誘った。そして、先端が淫唇を掻き分けた瞬間。男が、ぱっと身を引いた。ハンガーに掛けてある背広から、金属の環のような物を取り出した。
「売春行為の現行犯で逮捕する」
 直立して宣言したと同時に、葉子をベッドから引き起こして――手錠を掛けた。
「え……?!」
 ピリピリピリ……
 客がドアを開けてホイッスルを短く鳴らした。
 待合室から一人の男が飛び出して、葉子の個室に押し入ってきた。大きな鞄からカメラを取り出して、葉子に向ける。
「いやっ……」
 後ろ向きになって顔を隠そうとしたが、手錠で引き戻された。
 バシャ。バシャ。フラッシュを焚かれた。
 外は大騒ぎになっている。さらに二人の私服刑事と三人の制服警官が店に飛び込んできて。
「警察だ。そのまま、動かないように」
 悲鳴と怒号が交錯し、フロントでは従業員と刑事との揉み合いが始まったている。
「キミは現行犯だからね。何日か泊まってもらうことになるよ」
 裸身に腰縄を打ってから手錠をはずし、セーラー服の上下だけを葉子に投げてよこした。役得のつもりか、パンティはズボンのポケットに突っ込んだ。
「早く着なさい。素っ裸で連行されたいのか」
 動転したまま、葉子はスカートを穿いてセーラー服を頭からかぶった。襟を整える前に、また手錠を掛けられた。そして、店の外へ引きずり出された。
 入口をふさぐ形で黒塗りの大型乗用車が停まっていた。すでに集まり始めている野次馬の視線を遮っている。素裸で引き出すという刑事の言葉は、実行不可能な脅しではなかったのだ。葉子は後部座席に押し込まれた。すぐに、これも着崩れたセーラー服姿の先輩が二人、押し込まれてきた。制服警官がハンドルを握って、葉子の客を装っていた刑事が助手席に乗ると、すぐに自動車は動きだした。その後に、小型バスのような灰色の車が横付けする。一網打尽という言葉が、葉子の頭に浮かんだ。
「へええ。右ハンドルかあ。国産車にも、こんなごついのがあったんだ」
 初日に葉子の部屋に顔を出した恵美子が、お嬢様言葉は捨てて呟いた。
 刑事が振り返って、恵美子の顔を眺める。
「おまえなあ。逮捕されたんだぞ。ドライブに行くわけじゃないんだからな」
「事情聴取のための任意同行でしょ。売春の容疑だけでは逮捕できないはずじゃん」
 刑事が苦笑した。
「おまえ自身への管理売春という形にもできるんだぞ」
 チッと恵美子が舌打ちして黙り込んだ。
 三人が連行されたのは、繁華街一帯を所轄している分署ではなく、本部警察署だった。セーラー服姿の若い女性がぞろぞろとしょっぴかれているのに、誰もが無関心だった。
 顔写真を撮られて指紋を採取されて、それからすぐに取り調べが始まった。取り調べは葉子を逮捕した刑事が、そのまま担当した。制服警官が部屋の隅の小机に座ってノートを広げている。
「さっきの姉ちゃんが小難しいことを言っていたが、キミは管理売春容疑で逮捕されている。自分に不利になるようなことは、話さないでよろしい」
 そこで記録係を振り返って。
「しばらくノートを閉じていろ。ここからはひとり言だ」
 指を櫛にして、わさわしゃと髪を掻き上げた。
「この春の異動で赴任してきた本部長殿は、世間知らずのボンボンでな。この街にはびこるヤクザを本気で取り締まるつもりらしい。その手始めが資金源のトルコとノミ屋だ。まあ、トルコ嬢が自分で管理売春をしていて、店はまさか売春行為が行なわれていたなんて知らなかった――そういう話なら、七面倒は起こらない。お嬢ちゃんたちも、執行猶予付きの懲役だから一年もおとなしくしていれば職場復帰もできるだろうさ」
 一年も稼ぎがなければ――金食い虫の勝雄は、アルバイトを何度もさせるだろう。それよりも気がかりなことがあった。
「私、お店に百万円の前借があるんです」
「むぐっ」あるいは「ぶふっ」というような音が部屋の隅から聞こえた。巡査の初任給の百倍ちかいから、当然の反応だろう。
「これを返せなくなります」
 ふうむ――と、刑事が腕を組んで天井をにらんだ。大衆相手の水商売では、前借の相場はその十分の一くらいだ。
「そいつは民事だからなあ。警察ではなんとも出来ない」
 うなだれた葉子に同情したのか。若さゆえの正義感からか。記録係の警官が口をはさんだ。
「島田警部殿。店側が前借でこの子を縛っていたのだとしたら、公序良俗に反する契約ですから無効になるんじゃないですか」
「おまえは黙っとれ」
 叱りつけてから。煙草を抜き出して口に咥えた。
「ふうむ……」
 煙を輪にして吹き上げた。
「ボンボンに花を持たせてやるか」
 すぐに煙草を揉み消して、身を乗り出して葉子に向かい合う。
「若いのが言ったことは、間違いじゃない。途方もない前借を押し付けられて、不本意にも売春行為をさせられていたとなると、キミは被害者だ。罪に問われることもない。前借も法律が無効にしてくれる。そう証言するかな?」
 警官がノートを広げるのを目の隅に捕らえて。
「まだ早い。閉じておれ」
 刑事が灰皿から吸殻を取り上げて、また火を点けた。
「いや、別の攻め口もあるな。結婚してると言ったな。だから成年だと。それは民事の話で、だからトルコで働いていいことにはならない。おまえが現役の女子校生と知りながら働かせていたのだとすれば、店長は有罪だ」
「私は中退ですけど……店長は知っています。わざわざ学生証をお客さんに見せろって言ったくらいですから」
「売春防止法と労働基準法。ふたつ揃えば、店長の首をすげ替えるだけじゃすまんな。営業許可を取り消して、店舗そのものを潰せるかもな。本部長殿も、さぞお喜びになるだろうて」
 島田警部は短くなった煙草を灰皿に突っ込んで。思い出したように接ぎ穂の無い話を始めた。
「上の命令で敵方にカチコミ……つまり、敵と大喧嘩をした組員の行く末を教えてやろうか。これは雑談だぞ」
 葉子にも警官にも念を押してから、言葉を続ける。
「自分一人でやりました。親分の命令でもないし、弟分は自分の言いつけに従っただけです。そんなふうにひとりで罪をかぶったやつは、出所してからそれなりの待遇を与えられる。懲役のあいだは、家族の生活費も組が面倒を見る。しかし、組織を売ったやつはドラム缶に詰められて海の底だ。刑務所の中にまで殺し屋が送り込まれることだってある」
 店側の違反を告発したら、葉子も同じ目に遭うと脅している。
「まあ、女は幾らでも使い潰しが効くから、タマまでは取られない――おっと、ハナからタマは無かったな」
 警官が苦い顔をした。
 部分的にわからない言葉もあったが、葉子にも意味はわかる。また芸能事務所で引導を渡されるか、前よりも残酷なアルバイトをさせられるか――そして、新たな前借を押し付けられるのだろう。菱田組配下のトルコ店は『献身女学淫』だけではないだろう。それとも、噂でしか知らないけれど、報復の意味で『チョンの間』とかいう最下級の淫売屋へ売られるかもしれない。
「怖くなって、やはり泣き寝入りするか?」
 ふてぶてしい犯罪者を自白に追い込むベテラン捜査官は、すでに葉子の性格を見抜いていて、脅しているようで、その実けしかけている――と、葉子が思い至るはずもなかった。
 どれだけ従順に猫をかぶっていても、必死に稼いでも、またアルバイトをさせられないという保証はない。葉子にしてみれば、超高級トルコ店でも最下級の淫売屋でも、女を踏みにじられる屈辱に変わりはない(性病の危険性までは念頭になかった)。
 自分のことではなく、母と弟の身の上が心配だった。自分が反逆したことで、二人にまで報復が及ぶのではないか。
 同じことなのかもしれない――とも考えた。勝雄は(というよりも背後の花田組は)前借の百万円だけでは勘弁してくれず、さらに三十万円以上(四か月のあいだに十万円も増えていた)を葉子から毟り取っている。母も弟も、それこそ使い潰されるに決まっている。
 もしも勝雄に飼い馴らされていたら、彼の為にも頑張ろうという気になっていたかもしれない。しかし、実際には真逆だった。
「私に前借をさせたのは、夫です。もっと上の人からの指図で、そうしたんです。それは罪にならないんですか」
「既婚者は成人と見做すわけだから、ちょっと難しいかな。脅されてとかなら、話は別だが」
 その言葉が、最後の一押しになった。
「脅されたなんてものじゃありません。いきなり、何人もの男たちに強貫されたんです。引導を渡されたんです……処女だったのに!」
 話しているうちに激情がつのってきた。
「母も同じ部屋で強貫されたんです。売春婦になることを承知するまで、十人でも二十人でも犯してやるって」
 そんなふうにはっきりと覚えているわけではない。わけのわからないうちに、殴られ犯され縛られて監禁された。葉子の記憶では、そうなっている。
「おいおい。そりゃまた別口で立件することになるぜ。もっと上の人間と言っていたな。ヤクザの幹部が婦女暴行となると……菱口組も空中分解だな」
 屈強な男を殺すのは勲章だが、か弱い女を力づくで、まして数を頼んで犯すようなやつは最低のクズだ。建前の部分は多いにしても、そういった筋が通されていた時代だった。幹部が婦女暴行で有罪になったら、組全体が他から相手にされなくなる。
 ――葉子の気持ちが落ち着くまでひと休みとなった。葉子は取調室に留め置かれたまま、島田警部と若い警察官とが席を外して、三十歳前くらいの婦人警察官がケーキとお茶を運んできて、そのまま葉子の前に座った。ケーキは二人分あった。
「悲しいときや辛いときは、甘い物を食べると気がまぎれるわよ」
 いかにも女性らしい勧め方だった。
「……いただきます」
 三角形の生地をバタークリームで包んで苺を乗せたショートケーキ。一家離散して以来、初めて口にする贅沢だった。ケーキのひとつやふたつ、ヘソクリの妨げにはならないけれど、勝雄は辛党だし、ひとりで食べるのはなんだか盗み食いしてるみたいで――自然と遠ざかっていた。濃厚な甘みが口いっぱいに広がっていくうちに、胸の中にあふれていた悲哀が、すこしだけ溶けていくような気がした。
 ――再開された取調で、事の発端が父の使い込みだったことも含めて、葉子は洗いざらいを打ち明けた。もしそのことで父が罪に問われても、仕方のないことだと突き放していた。葉子の供述は、婦女暴行と売春と若年労働と三枚の供述書に分けてまとめられた。終わったときには日が暮れかけていた。
「管理売春についてはキミの嫌疑が晴れたわけではないから、ひと晩はここに泊まってもらうよ」
 独居房に入れられた。夕食はアルマイトの弁当箱で差し入れられた。公費負担で老若男女一律の内容だという。白米のご飯は持て余すくらい多くて、切り身の焼き魚とホウレンソウのお浸しは、付け足しくらいしかなかった。最後は沢庵でご飯を食べて――満腹を通り越してしまった。
 なにもかも一気に決着がついてしまった。そんな思いで、先々への不安は抱えながらも――葉子は半年ぶりに、安らかな眠りに就いたのだった。


   私刑宣告
 翌朝。早々と目が覚めて、することがないので、ぼんやりと正座していた。騒ぎさえしなければ、胡坐をかこうが逆立ちをいようが自由なのだが、見回りに来た警官も教えてくれなかった。もっとも。姿勢を崩してもいいと言われても、そんな気にはなれなかっただろうが。
 昼前に葉子は取調室に呼ばれた。手錠も腰縄も掛けられなかった。昨日の島田警部ひとりが待っていた。
「すまんが――昨日の調書は、無かったことにする」
「…………?」
「ボンボンは性根が座っとらん」
 吐き捨てるように言う。
「本部長殿の奥様が、習い事の帰りにチンピラどもに囲まれて――何事も起きずに帰宅あそばされたそうだ。そして今朝になって、菱口組関連の捜査は中止というお達しがあった」
 つまり、無罪釈放。と同時に、葉子が告発した事件も、すべて無かったことにされたのだ。
「亭主が迎えに来てるぞ。帰って、たっぷり可愛がってもらえ」
 明日から――いや、今日の午後からでも、男どもに身体を切り売りする日々が再開されるのだ。落胆はしたが。この四か月は、地獄の日々とまではいえなかった。女としては惨めでも、金銭的には――進学しないで就職した同窓生よりも、ずっと恵まれていた。
 四か月で三十万円のヘソクリ。返済した分だけ前借させられても、あと一年で百二十万円(前借の限度だと、葉子は推測している)貯まる。それまでの辛抱だ。そんなふうに自分を慰めながら、警察を出た。
 待っていたのは勝雄だけでなく、兄貴分も本部長もいた。厭な予感がした。
「すまないな」
 付き添ってきた島田警部が耳元でささやいた。
「全員の調書を要求されてな。余計なことまでしゃべってないか、調べるんだろう」
 葉子の三通の調書も渡したと告げられた。本部長が首謀者になって葉子と母を輪姦させたという告発も、強制的に前借をさせられて無理強いに売春をさせられていたという証言も――なにもかも。
「組織を売ったやつはドラム缶に詰められて海の底」
 島田の言葉を思い出して、葉子は立ち竦んだ。逃げようとは考えなかった。追いつかれるに決まっているし、それ以前に――逃げて行く先がない。
 男どものほうから近づいてきて、葉子を取り囲んだ。
「すみませんね。お手数を掛けまして」
 島田に鷹揚に会釈してから、葉子にドスの効いた言葉を浴びせる。
「ふざけたことを歌ってくれたもんだな。十日やそこらは寝込んでもらうぜ」
 二の腕をつかんで、葉子を引っ立てる。
「心配するな。顔にも娼売道具にも――治らないほどの傷は負わせないさ」
 芸能事務所のダンス練習場に拉致されるのか、あの土蔵へまた売られるのか、それとも……これまでの凄惨な体験からも想像できないような残虐で淫惨な折檻をされて。
 いっそ殺して楽にしてほしいとさえ願いながら、葉子は処刑場へ連行されるのだった。

トルコ嬢:完

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 さて、これからヒロインはどんなリンチを受けるんでしょうかね(もはや他人事)。
 
鞭打ちにするか

 基本の鞭打ちは、右の画像くらいまでは過酷になるでしょう。

反省させるか

 24時間ぶっ通しで責めるのは(男が)疲れますから、休みも入れましょう。全身有刺鉄線緊縛して、長い針も添えてやりましょう。モザイクだらけになるので割愛しますが、下半身も同じかそれ以上に虐めましょう。

極刑にするか

 治らないほどの傷は負わせないと最高責任者(?)は言っていますが、可愛さ余って嗜虐百倍。
 芸術的な折檻なら商品価値も高まります。これくらいでびびるような客は『献身学淫』には来ません。被虐美であると同時に、稀に来店するマゾ男には女王様の貫禄というものです。右のような『破壊』までは、たぶん突き進まないでしょう。『公女両辱』は西洋中世でしたが、この物語はそれなりに公序良俗が支配しています。それとも、監視役ヒモ亭主が男気(?)を出して、「生涯、俺が飼ってやる」とか?

 さて。推敲校訂は下手投げで吊り出しといて、『浴場編(湯女)』に着手しましょうかしら。
 こちらは、濠門長恭的ハッピーエンドになる予定です。



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