Progress Report Final:赤い冊子と白い薔薇
実生活上の大変動とかは、サブブログ[戦闘詳報]にまかせておいて。
ここでは、あくまで妄想大宇宙の与太話に徹しましょう。
自宅待機のお陰様をもちまして(それでも愚痴る)平日午後2時に脱稿しました。540枚に2か月半もかかりました。更生やら表紙絵やらで、あと1週間はかかるでしょう。前後編に分けるにしても、月刊濠門長恭を維持できない計算です。
今回は、最終部分を御紹介。
けっこう実社会においては危険な炎上しそうなことも書いていますが。あくまでも妄想ですので、そこのところ、よろしく。
========================================
・女教師の告白
「恵……気軽に呼び捨てる資格なんか、わたしには無いわね。瀬田さん。ほんとうに、ごめんなさい。この通り謝ります」
そう言うと、ユリは恵に向かって土下座した。
「お姉様……いきなり、どうなさったんですか!?」
混乱を引きずっていた恵は、ますます混乱する。
「実は、わたしは特高警察の狗、いえ、御主人様のお言葉を借りれば牝犬なの」
「あの……わかるように説明してください」
恵は自然と、ユリに向かい合って座る形になった。
ユリは頭を上げて――しかし目は伏せたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「わたしは、あなたくらいの歳頃から、いいえ、物心ついてからずっとかもしれない。被虐というものに憧れてきました。結婚まで貞操を護るなんて、これっぽっちも考えていなかったの。それどころか。暴漢に襲われて、力ずくで穢されたい。それも一人や二人ではなく、いきなり何人もの男たちに……女の操だけでなく、穴という穴を犯されたい。ほんとうにそんな目に遭ったら必死で抵抗するけれど……貞操を護るためではなく、縛られて抵抗できなくされるため。もしかしたら、それでも暴れて、殴られたりするのも素敵。そんなことばかり考えてた。ゴム紐の褌を考えついたのは、尋常学校を卒業してすぐの頃だったわ」
(………………!!)
恵の心は混乱から驚愕へとうつろっていった。しかし、そんな破廉恥な妄想に耽っていた女学生時代のユリを軽蔑する気持ちにはなれなかった。女性同士の性愛も、被虐への憧れも、世間の常識からすれば、どちらも異常なのだ。
「……わたしのような女は、初潮前でさえも、見る人が見るとわかるものなのね。遠縁の親戚を通じて、わたしを養女にもらいたいという方が現われたの」
「それが、あの……今のお屋敷の?」
「いいえ。あのお方は、御主人様のお友達の部下に過ぎません。下宿代として週に一度は抱かれていましたが、至極まともな人です」
まともというところを、ユリは強調した。
――昨今の、『なんでも有り』な風潮。あるいはライトSMをセックスの前戯くらいに考えているノーマルな人種には思い及ばないことだろうが。昔風にいえば異常性愛にのめり込んでいる者は、けっして自分が正常だとは思っていない。二つ眼の国では、三つ眼はあくまで異常なのだ。そして。三つ眼は、自分が少数者であることに屈折した矜持を抱いている。その他大勢ではない、パンピーではないという、いわば『選ばれし者』の誇りを。そういった意味も含めて、近年の性的多様性への寛容には疑問を抱かざるを得ない。これはもちろん、同性愛の門に一歩だけ足を踏み込んだものの結局は異性愛を基本としている筆者の、百人にひとりくらいのレベルでのSMプレイを実践したにすぎない、基本的にはノーマルの端っこあたりに生息している筆者の偏見に過ぎない。この小説に限らず、筆者が語るのはしょせん妄想(ファンタジー)である。
閑話休題。
「わたしを養女に引き取ってくださった方は、わたしの処女だけを残して、ありとあらゆる淫らな残虐な行為を教えてくださった。御主人様は――浜村も言っていたでしょう。女囚への捕縛術とか拷問術を研究して実践している古武術研究会の会長さんだったの。わたしが受胎可能な身体になったとき、その会合でお披露目されて……御主人様にはわたしの妄想を打ち明けて、いえ白状させられていたから、縄酔いの中で理想的な『初めて』を体験できたわ。最初から気を遣ってしまったの。ああ、お実核とかお尻の穴で気を遣るのは、とっくに覚えていたけれど」
ユリの声は、一世一代の手柄話を吹聴するかのように誇らしげだった。
恵は――驚愕を深めるばかり。そして。腰の奥で熔けた鉛のような塊りがだんだん大きくなってくるのを自覚していた。
会長――ユリの主人は、彼女に高等教育を授けた。女学校から女子師範学校に進ませて教員免状を取得させた。それは、高い教養とマナーを身に着けた女性を辱めるという目的だけではなく……
「うんと若い女囚を手に入れるという目的もあったのね。でも、わたしを女学校に潜入させるとなると、さすがに御主人様のツテだけでは難しかった」
そこで、古武術研究会の賛助会員である浜村を通じて、特高警察と手を組んだ。
先に述べた通り、特高警察の者に娘を嫁がせようという親は滅多にいない。とはいえ、貧乏農家や孤児院から引き取った娘では、あまりに世間体が悪い。内助の功も期待できない。
しかし。特高警察に捕まるような不良娘なら、まともな結婚ができるはずもないし、就職もままならない。そんな娘を手元に置いて更生させるとなれば、これは美談だ。女学校中退なら、それなりに教養と躾も身についている。
そうして始まったのが、一連の冤罪逮捕だったのだ。稲枝紗良だけは別であるが――浜村にとっては棚から牡丹餅の心境だったのではないだろうか。
「だからといって、手当たり次第に生徒を陥れてきたのではありません。これだけは、信じてもらいたいの」
ユリが関与していない最初の二人は知らず。山崎華江も川瀬弓子も、将来の不幸が見えていたと、ユリは弁解する。
男女同権論者の華江は、元は士族の親から疎まれていた。昭和の御代になってまで大正初期に廃止された身分にしがみついている家が、世渡り上手なわけもない。華江本人の知らないところで、遊郭への身売り話が進んでいたという。遊郭に売られた娘は、よほどの幸運に恵まれれば金持ちに身請けされることもあるが、たいていは三十前に花柳病にかかって、落ち着く先は無縁寺である。家では奴隷扱いされるとはいえ、上級官吏の奥様に収まるほうが、よほど幸せではないだろうか。
「弓子さんは、実はお兄様のほうが危険思想の持ち主だったのです」
小さなテロリストの組織に属しているという。特高警察も全容をつかみかねて当面は泳がせているが、いずれは一網打尽にされる。家族に関わりのないことと特高警察は承知しているから、弓子も形ばかりの取り調べで釈放はされる。しかし、その後に世間が彼女に辿らせる道は、本人が逮捕されたときと同じになるだろう。下手をすれば、許婚者まで巻き込みかねない。そして弓子が特高警察を逆恨みするのは目に見えている。ならば、先手を打って反抗の芽をつぶし心をへし折って特高警察官の妻にしておけば、四方が丸く収まるのではないだろうか。
「でも、瀬田さん。あなただけは、違ったの。言ったでしょう、同じ性癖の者は相手をきちんと見分けられるって」
最初の授業で恵を見たときから、ユリはその素質を見抜いていたという。
「そんなことはないって、瀬田さんは反発するでしょうけれど……よくよく考えてほしいの。わたしがあなたの手を引いたとき、なぜ素直に倒れ込んだの? ゴム紐の褌をしてあげたとき、羞ずかしがりながらも、心の奥――いいえ、子宮は疼いていなかった?」
まだまだ語りたいことはあるのだろうが、ユリは言葉を封じて、恵の反応をうががう様子だった。
恵は、何分ものあいだ、無表情に黙りこくっていた。
沈黙を続けるということ自体が、ユリの言葉を(なにもかも)受け容れる準備をしているということを暗示していた。看守に怒鳴られる、あるいは懲らしめられるのも恐れずに、声を大にしてユリを非難して当然の――驚天動地の告白だった。それとも、これまでも浜村たちの言葉の端々に、真相の陽炎を垣間見ていたのだろうか。
「それじゃ……あの日にあたしが逮捕されるって、御存知だったんですね」
長い沈黙の果てに恵が紡いだ言葉は、やはり非難の響きを帯びていた。
「そうよ。だから、わざとあんな恰好をさせたの」
ゴム紐褌と輪ゴム乳バンドのことを言っている。
「あんな恰好をしていたら、ワカランチンの荒島だって、さすがに考えるでしょうし。青谷だって愛想を尽かすと思ったの」
ユリが自慢めかせて答えを返した。
「えっ……??」
恵の表情に怒りが浮かびかける。
「ふつうに逮捕させたら、華江さんや弓子さんと同じように扱われて、結局は青谷の妻にされてしまったでしょうね。でも、あなたをまともな男の持ち物になんか、させたくなかった。言ったでしょ。わたしは仲間が欲しかったって。男の人に虐められて、それを身も心も悦ぶ変態の女性――できれば、わたしが可愛がってあげたくなるような、若い娘だったら、申し分ないわ」
「……変態」
恵の表情から怒りの色が薄れた。替わって、晴れやかな羞恥とでもいった色に頬が染まっていく。ユリが変態という言葉に否定や嫌悪と真逆の意味合いを込めていることに、恵もついに気づいたのだった。
「電話で荒島と掛け合ったけれど、埒が明かなかった。御主人様にも相談したのだけれど――それくらい、自分でなんとかしろと。今になって考えれば、わたしも試されていたのかしら」
ユリの企みは成功したといえるだろう。恵は最初から、華江や弓子と同じ責めでは満足しない変態娘として扱われてきた。そして、ユリの思惑通り青谷に愛想を尽かされて――ここに、ユリとふたりきりで監禁されている。
ふたたび、恵は長い黙考に沈んだ。そうして。
「表向きにまかせる――浜村が言っていましたね。あれは、どういう意味なんでしょうか」
思考は将来へと向けられた。
「危険思想の本を持っていた罪で裁判にかけられるという意味よ。もらった相手の名前をついに自白しなかったということまで問題にされれば――そうね、年齢の問題もあるから、刑務所ではなくて矯正院に入れられるかしら。あそこは、すごく厳しいのよ。ここの取調室とは全然違う意味でね」
そこの職員たちは、本気で少年少女を更生させようと熱意を持って指導している。こっそり自慰なんかしていたら、厳しく罰せられる。手枷を着けて独房に入れられることもある。ただし、衣服は脱がされないし乳房を縄で絞られたり股縄を締めさせられるとこは絶対にない。ビンタは日常茶飯だが、ワイヤーを跨がされたり駿河問、ましてブリブリに掛けられることもない。運動会が催されたり慰問団が訪れることもある。けれど恵が慰問を提供する機会は与えられない。性の交わり、まして悦虐などはこの世に存在しないような、規律正しい生活。
「英語教員に仕立て上げられる前に、三か月だけ刑務所の生活を体験させられたわ。気が狂いそうになった。瀬田さんには、あんな体験をさせたくない」
「そのためには、あたしも特高警察の牝犬にならなくてはいけないんですか?」
この文脈での質問は、すでに答えを出しているということにならないだろうか。
「そうね……わたしは九月から遠くの女学校で臨時教員を務めることが決まっているけれど、瀬田さんは……」
「恵って呼んでください、お姉様!」
それが、恵の最終的な返事だった。
・生餌を求めて
「瀬田恵さんは病弱で、進学が遅れていました。ようやく本復したので、二学期からですが復学することになりました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
恵は、一年生の教室を――猟犬さながらの目で見渡した。
「瀬田恵です。二年間も入院していましたが、そのあいだに少しはお勉強もしたつもりです。もしも授業でわからないことがあったら、遠慮なく聞いてください。あたしもわからないことはたくさんありますが、そのときは一緒に考えましょう」
英語の受業は高学年が主体なので、ユリが一年生まで手を広げるのは難しい。そして、嫁候補にするのも高学年が対象だから――恵は、むしろ御主人様子飼いの、別の言い方をすれば古武術研究会用の女囚候補を探すことに専念すればいい。
恵が嗅ぎ当てた少女は、恵と同じように特高警察の厳しい拷問に掛けられて、荒島のような鬼畜趣味の男たちを愉しませてから、古武術研究会の賛助会員のうちでも裕福な(そして残虐な)男の妾奴隷にされて――悦虐の生涯を送ることになるだろう。
七月から八月半ば(その後の二週間は養生に充てられた)までの一か月半、恵は特高警察の拷問が児戯に思えるほどの、残虐だが子宮を蕩かすような、責めに掛けられて女に生まれた至福と悲惨とを味わい尽くして――全国に散らばる六十余人の古武術研究会員すべてに抱かれていた。いや、犯されていた。
今年の年末は、恵が見初めた年下の少女と、古武術研究会の総本部になっている拷問蔵で過ごすことになる。
そのときにうんと虐めてもらうためにも、素質を持った少女を是非見つけ出さねばならない。
恵の心は、小さな子供のように弾んでいた。
だ・れ・に・し・よ・う・か・な。て・ん・じ・ん・さ・ま・の・い・う・と・お・り……
[完]
========================================
画像は、執筆の合間に考えた表紙BFの構図でもご紹介しますか。
荒っぽく切り抜いた画像のコラージュです。ラフスケッチてやつです。
下段のやつは、ひとつの画像をまんま加工したのですが、女体と顔が写真の加工と分かり過ぎるからボツだそうです。

なので、これらの画像(尺度不一)をまとめて丁稚揚げるつもりです。

ここでは、あくまで妄想大宇宙の与太話に徹しましょう。
自宅待機のお陰様をもちまして(それでも愚痴る)平日午後2時に脱稿しました。540枚に2か月半もかかりました。更生やら表紙絵やらで、あと1週間はかかるでしょう。前後編に分けるにしても、月刊濠門長恭を維持できない計算です。
今回は、最終部分を御紹介。
けっこう実社会においては危険な炎上しそうなことも書いていますが。あくまでも妄想ですので、そこのところ、よろしく。
========================================
・女教師の告白
「恵……気軽に呼び捨てる資格なんか、わたしには無いわね。瀬田さん。ほんとうに、ごめんなさい。この通り謝ります」
そう言うと、ユリは恵に向かって土下座した。
「お姉様……いきなり、どうなさったんですか!?」
混乱を引きずっていた恵は、ますます混乱する。
「実は、わたしは特高警察の狗、いえ、御主人様のお言葉を借りれば牝犬なの」
「あの……わかるように説明してください」
恵は自然と、ユリに向かい合って座る形になった。
ユリは頭を上げて――しかし目は伏せたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「わたしは、あなたくらいの歳頃から、いいえ、物心ついてからずっとかもしれない。被虐というものに憧れてきました。結婚まで貞操を護るなんて、これっぽっちも考えていなかったの。それどころか。暴漢に襲われて、力ずくで穢されたい。それも一人や二人ではなく、いきなり何人もの男たちに……女の操だけでなく、穴という穴を犯されたい。ほんとうにそんな目に遭ったら必死で抵抗するけれど……貞操を護るためではなく、縛られて抵抗できなくされるため。もしかしたら、それでも暴れて、殴られたりするのも素敵。そんなことばかり考えてた。ゴム紐の褌を考えついたのは、尋常学校を卒業してすぐの頃だったわ」
(………………!!)
恵の心は混乱から驚愕へとうつろっていった。しかし、そんな破廉恥な妄想に耽っていた女学生時代のユリを軽蔑する気持ちにはなれなかった。女性同士の性愛も、被虐への憧れも、世間の常識からすれば、どちらも異常なのだ。
「……わたしのような女は、初潮前でさえも、見る人が見るとわかるものなのね。遠縁の親戚を通じて、わたしを養女にもらいたいという方が現われたの」
「それが、あの……今のお屋敷の?」
「いいえ。あのお方は、御主人様のお友達の部下に過ぎません。下宿代として週に一度は抱かれていましたが、至極まともな人です」
まともというところを、ユリは強調した。
――昨今の、『なんでも有り』な風潮。あるいはライトSMをセックスの前戯くらいに考えているノーマルな人種には思い及ばないことだろうが。昔風にいえば異常性愛にのめり込んでいる者は、けっして自分が正常だとは思っていない。二つ眼の国では、三つ眼はあくまで異常なのだ。そして。三つ眼は、自分が少数者であることに屈折した矜持を抱いている。その他大勢ではない、パンピーではないという、いわば『選ばれし者』の誇りを。そういった意味も含めて、近年の性的多様性への寛容には疑問を抱かざるを得ない。これはもちろん、同性愛の門に一歩だけ足を踏み込んだものの結局は異性愛を基本としている筆者の、百人にひとりくらいのレベルでのSMプレイを実践したにすぎない、基本的にはノーマルの端っこあたりに生息している筆者の偏見に過ぎない。この小説に限らず、筆者が語るのはしょせん妄想(ファンタジー)である。
閑話休題。
「わたしを養女に引き取ってくださった方は、わたしの処女だけを残して、ありとあらゆる淫らな残虐な行為を教えてくださった。御主人様は――浜村も言っていたでしょう。女囚への捕縛術とか拷問術を研究して実践している古武術研究会の会長さんだったの。わたしが受胎可能な身体になったとき、その会合でお披露目されて……御主人様にはわたしの妄想を打ち明けて、いえ白状させられていたから、縄酔いの中で理想的な『初めて』を体験できたわ。最初から気を遣ってしまったの。ああ、お実核とかお尻の穴で気を遣るのは、とっくに覚えていたけれど」
ユリの声は、一世一代の手柄話を吹聴するかのように誇らしげだった。
恵は――驚愕を深めるばかり。そして。腰の奥で熔けた鉛のような塊りがだんだん大きくなってくるのを自覚していた。
会長――ユリの主人は、彼女に高等教育を授けた。女学校から女子師範学校に進ませて教員免状を取得させた。それは、高い教養とマナーを身に着けた女性を辱めるという目的だけではなく……
「うんと若い女囚を手に入れるという目的もあったのね。でも、わたしを女学校に潜入させるとなると、さすがに御主人様のツテだけでは難しかった」
そこで、古武術研究会の賛助会員である浜村を通じて、特高警察と手を組んだ。
先に述べた通り、特高警察の者に娘を嫁がせようという親は滅多にいない。とはいえ、貧乏農家や孤児院から引き取った娘では、あまりに世間体が悪い。内助の功も期待できない。
しかし。特高警察に捕まるような不良娘なら、まともな結婚ができるはずもないし、就職もままならない。そんな娘を手元に置いて更生させるとなれば、これは美談だ。女学校中退なら、それなりに教養と躾も身についている。
そうして始まったのが、一連の冤罪逮捕だったのだ。稲枝紗良だけは別であるが――浜村にとっては棚から牡丹餅の心境だったのではないだろうか。
「だからといって、手当たり次第に生徒を陥れてきたのではありません。これだけは、信じてもらいたいの」
ユリが関与していない最初の二人は知らず。山崎華江も川瀬弓子も、将来の不幸が見えていたと、ユリは弁解する。
男女同権論者の華江は、元は士族の親から疎まれていた。昭和の御代になってまで大正初期に廃止された身分にしがみついている家が、世渡り上手なわけもない。華江本人の知らないところで、遊郭への身売り話が進んでいたという。遊郭に売られた娘は、よほどの幸運に恵まれれば金持ちに身請けされることもあるが、たいていは三十前に花柳病にかかって、落ち着く先は無縁寺である。家では奴隷扱いされるとはいえ、上級官吏の奥様に収まるほうが、よほど幸せではないだろうか。
「弓子さんは、実はお兄様のほうが危険思想の持ち主だったのです」
小さなテロリストの組織に属しているという。特高警察も全容をつかみかねて当面は泳がせているが、いずれは一網打尽にされる。家族に関わりのないことと特高警察は承知しているから、弓子も形ばかりの取り調べで釈放はされる。しかし、その後に世間が彼女に辿らせる道は、本人が逮捕されたときと同じになるだろう。下手をすれば、許婚者まで巻き込みかねない。そして弓子が特高警察を逆恨みするのは目に見えている。ならば、先手を打って反抗の芽をつぶし心をへし折って特高警察官の妻にしておけば、四方が丸く収まるのではないだろうか。
「でも、瀬田さん。あなただけは、違ったの。言ったでしょう、同じ性癖の者は相手をきちんと見分けられるって」
最初の授業で恵を見たときから、ユリはその素質を見抜いていたという。
「そんなことはないって、瀬田さんは反発するでしょうけれど……よくよく考えてほしいの。わたしがあなたの手を引いたとき、なぜ素直に倒れ込んだの? ゴム紐の褌をしてあげたとき、羞ずかしがりながらも、心の奥――いいえ、子宮は疼いていなかった?」
まだまだ語りたいことはあるのだろうが、ユリは言葉を封じて、恵の反応をうががう様子だった。
恵は、何分ものあいだ、無表情に黙りこくっていた。
沈黙を続けるということ自体が、ユリの言葉を(なにもかも)受け容れる準備をしているということを暗示していた。看守に怒鳴られる、あるいは懲らしめられるのも恐れずに、声を大にしてユリを非難して当然の――驚天動地の告白だった。それとも、これまでも浜村たちの言葉の端々に、真相の陽炎を垣間見ていたのだろうか。
「それじゃ……あの日にあたしが逮捕されるって、御存知だったんですね」
長い沈黙の果てに恵が紡いだ言葉は、やはり非難の響きを帯びていた。
「そうよ。だから、わざとあんな恰好をさせたの」
ゴム紐褌と輪ゴム乳バンドのことを言っている。
「あんな恰好をしていたら、ワカランチンの荒島だって、さすがに考えるでしょうし。青谷だって愛想を尽かすと思ったの」
ユリが自慢めかせて答えを返した。
「えっ……??」
恵の表情に怒りが浮かびかける。
「ふつうに逮捕させたら、華江さんや弓子さんと同じように扱われて、結局は青谷の妻にされてしまったでしょうね。でも、あなたをまともな男の持ち物になんか、させたくなかった。言ったでしょ。わたしは仲間が欲しかったって。男の人に虐められて、それを身も心も悦ぶ変態の女性――できれば、わたしが可愛がってあげたくなるような、若い娘だったら、申し分ないわ」
「……変態」
恵の表情から怒りの色が薄れた。替わって、晴れやかな羞恥とでもいった色に頬が染まっていく。ユリが変態という言葉に否定や嫌悪と真逆の意味合いを込めていることに、恵もついに気づいたのだった。
「電話で荒島と掛け合ったけれど、埒が明かなかった。御主人様にも相談したのだけれど――それくらい、自分でなんとかしろと。今になって考えれば、わたしも試されていたのかしら」
ユリの企みは成功したといえるだろう。恵は最初から、華江や弓子と同じ責めでは満足しない変態娘として扱われてきた。そして、ユリの思惑通り青谷に愛想を尽かされて――ここに、ユリとふたりきりで監禁されている。
ふたたび、恵は長い黙考に沈んだ。そうして。
「表向きにまかせる――浜村が言っていましたね。あれは、どういう意味なんでしょうか」
思考は将来へと向けられた。
「危険思想の本を持っていた罪で裁判にかけられるという意味よ。もらった相手の名前をついに自白しなかったということまで問題にされれば――そうね、年齢の問題もあるから、刑務所ではなくて矯正院に入れられるかしら。あそこは、すごく厳しいのよ。ここの取調室とは全然違う意味でね」
そこの職員たちは、本気で少年少女を更生させようと熱意を持って指導している。こっそり自慰なんかしていたら、厳しく罰せられる。手枷を着けて独房に入れられることもある。ただし、衣服は脱がされないし乳房を縄で絞られたり股縄を締めさせられるとこは絶対にない。ビンタは日常茶飯だが、ワイヤーを跨がされたり駿河問、ましてブリブリに掛けられることもない。運動会が催されたり慰問団が訪れることもある。けれど恵が慰問を提供する機会は与えられない。性の交わり、まして悦虐などはこの世に存在しないような、規律正しい生活。
「英語教員に仕立て上げられる前に、三か月だけ刑務所の生活を体験させられたわ。気が狂いそうになった。瀬田さんには、あんな体験をさせたくない」
「そのためには、あたしも特高警察の牝犬にならなくてはいけないんですか?」
この文脈での質問は、すでに答えを出しているということにならないだろうか。
「そうね……わたしは九月から遠くの女学校で臨時教員を務めることが決まっているけれど、瀬田さんは……」
「恵って呼んでください、お姉様!」
それが、恵の最終的な返事だった。
・生餌を求めて
「瀬田恵さんは病弱で、進学が遅れていました。ようやく本復したので、二学期からですが復学することになりました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
恵は、一年生の教室を――猟犬さながらの目で見渡した。
「瀬田恵です。二年間も入院していましたが、そのあいだに少しはお勉強もしたつもりです。もしも授業でわからないことがあったら、遠慮なく聞いてください。あたしもわからないことはたくさんありますが、そのときは一緒に考えましょう」
英語の受業は高学年が主体なので、ユリが一年生まで手を広げるのは難しい。そして、嫁候補にするのも高学年が対象だから――恵は、むしろ御主人様子飼いの、別の言い方をすれば古武術研究会用の女囚候補を探すことに専念すればいい。
恵が嗅ぎ当てた少女は、恵と同じように特高警察の厳しい拷問に掛けられて、荒島のような鬼畜趣味の男たちを愉しませてから、古武術研究会の賛助会員のうちでも裕福な(そして残虐な)男の妾奴隷にされて――悦虐の生涯を送ることになるだろう。
七月から八月半ば(その後の二週間は養生に充てられた)までの一か月半、恵は特高警察の拷問が児戯に思えるほどの、残虐だが子宮を蕩かすような、責めに掛けられて女に生まれた至福と悲惨とを味わい尽くして――全国に散らばる六十余人の古武術研究会員すべてに抱かれていた。いや、犯されていた。
今年の年末は、恵が見初めた年下の少女と、古武術研究会の総本部になっている拷問蔵で過ごすことになる。
そのときにうんと虐めてもらうためにも、素質を持った少女を是非見つけ出さねばならない。
恵の心は、小さな子供のように弾んでいた。
だ・れ・に・し・よ・う・か・な。て・ん・じ・ん・さ・ま・の・い・う・と・お・り……
[完]
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画像は、執筆の合間に考えた表紙BFの構図でもご紹介しますか。
荒っぽく切り抜いた画像のコラージュです。ラフスケッチてやつです。
下段のやつは、ひとつの画像をまんま加工したのですが、女体と顔が写真の加工と分かり過ぎるからボツだそうです。

なので、これらの画像(尺度不一)をまとめて丁稚揚げるつもりです。

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