Progress Report 4:昭和集団羞辱史『売春編:ちょんの間』

  昼飯前に掻き揚げました。起きてすぐ朝飯を食べるのが習慣ですから朝飯前は時空的に不可能です。

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文通欄 
「…………?」
 しばらく文面とにらめっこをしていた。なんとなくわかりそうな、しかし意味不明な内容だった。
「こちらから相手のおり所まで出向いて『ごっこ遊び』をしようってことね。でも、売春行為は禁止。その代わり、お釜や尺八で埒を明けてあげるの。お客が希望するなら手コキもあるけど、それだとSMっぽくないでしょ」
「あの……エスエムってなんですか?」
 冒頭のローマ字で、その2文字だけが強調されていることと関係があるのだろうか。
「相手を虐めて性的に興奮するのをサドと言うの。逆に虐められて興奮するのがマゾ。現に、あたいも明美さんもマゾだよね」
 なるほどと、半分だけ思い当たった。勝江さんは縛られて陶然となっていたし、竹尺で叩かれてあそこが洪水になっていた。でも、わたしは……
 同じかもしれない。縛られて相手の言いなりになっていたほうが楽チンだと思っていたけれど、それでまったく興奮しなかったとは言い切れない。
 そして男性は……
 縛られている明美や勝江を見て、すごく勃起させていた客を何人も思い出せる。
「アルバイトと書いてるけど、ほんとうはアドバルーンなの。これで何人もお客が見つかるようなら、卒業後はこれを仕事にしようと思っている。あたいが経営者で、女子従業員第一号も兼ねる。そして……」
 勝江が、まっすぐに明美の目を覗き込んだ。
「あなたに共同経営者、そして女子従業員第二号になってもらいたいの」
「…………」
 明美は、長いこと沈黙していた。いまひとつしっくりこなかった女将と勝江の会話が、ジグソーパズルのようにピッタリ噛み合った。
 自分が虐められて性的に興奮するかどうか、まだ自信(?)は無かったけれど。売春行為不可の文言に目が吸い寄せられている。SMを『お仕事』にすれば、法の網の目をくぐるようなきわどいことをしないで済む。世間様に後ろ指を差されることもない……だろうか? きっと、変態女と誹られる。
「お店はどうするんですか?」
 それは、迷いの森をどちらへ進もうか考えるための時間稼ぎだったかもしれない。しかし勝江は、即座に答えた。
「雄二さんに任せるわ。いまのオトウサンは飾り物でオカアサンが万事を仕切っているでしょ。代替わりしたら逆にするだけのことよ」
「それで……雄二さんは承知なんですか」
「あいつってね、こういう世界に棲んでるくせに、それともこういう世界だからかな。すごく義理堅いの。まあ、あたいから夜這いを掛けたんだけどね。娼売を始めるのに生娘じゃどうしようもないって、掻き口説いて。でも、あたいの処女を破ったのは雄二。だから責任は取るって約束してくれたの」
 実際には、そんな単純な話ではないだろうと、それくらいは明美にも推察できる。大きな遊郭(を分割した三つの店)を引き継ぐ娘を嫁にすれば、金銭的にはなんの不満もない生涯が約束される。
 そんな明美の勘繰りを、勝江は否定――したのだろうか。
「今の商売って、御上の意向ひとつで、どうなるかわかったものじゃない。一般女性を進駐軍から護るって名目で始めたRAAなんて、その一般女性を何万人も娼婦に仕立てておいて、一年もしないうちに放り出したでしょ。今だって目をつむってるだけ。いつなんどき片眼を明けないとも限らない」
 しかし、売春ではないSM行為は取り締まれない。いざというときの避難場所になるかもしれない。
「日本が戦争に負けたのは連合軍の物量のせいではないというのが、雄二さんの持論ね。せっかく真珠湾で空母の威力を世界に見せつけておきながら、結局は艦隊決戦主義から脱け出せなかった。インパール作戦だって、無理とわかっても撤退せず遮二無二突き進んで、何万人も無駄死にさせた。こっちが駄目ならあっち。そういう柔軟性がなかったのが最大の原因だそうよ。あたいには、よくわからないけど」
 明美にもわからなかったが、勝江の将来の入り婿も賛成しているということだろう。
「でも……こんな変態的なことを求める男の人って、ごく一部じゃないんでしょうか?」
 その疑問への答えは、すでに明美自身が知っている。『ごっこ遊び』の人気がすべてだ。
 勝江はバッグの中から十通ほどの封書を取り出した。宛名はすべて、先の文通欄にあった『〇△□郵便局留 大和田勝江様』となっていた。現金封筒が三通あった。まさか……?
「雑誌が発売されてたった二週間で、五十通を超える手紙が届いたわ。ここに持ってきたのは……」
 勝江が白封筒から摘まみ出したのは当然だが便箋と――一万円札だった。それも四枚。
「十一通には現金が同封されていたの。こんなふうに交通費込みのもあった」
 もしもこれが詐欺なら大儲けできていたわねと、勝江が小さく笑った。もちろん、そんなことをすれば――雑誌の編集部にはきちんと住所まで教えてあるのだから、すぐに捕まってしまう。変態的な申し出に勇み足をした恥ずかしさに口をつぐむ者も少なくないだろうとまでは、考えが及ばない。
「もちろん、このすべてに応じたりはしないわよ。どういうことをするつもりか、文通で確かめて、双方の予定を突き合わせて――条件が合わなければ、このお金は送り返すけど」
 半月で三十万円以上、あるいは五十通以上。もしかすると、八月は海水浴にも行けないのではないだろうか。そう考えるくらいには、明美は乗り気になっていた。
 娼売女と賎しめられるのと変態女と蔑まれるのと、たいして違いはない。それなら、法律をきちんと守っていると胸を張れるだけ、変態女のほうがましではないだろうか。
 それに。明美に竹尺で叩かれてオーガズムへの道を登りかけた勝江を羨ましく思ったというのは言い過ぎにしても、自分も同じ体験をしてみたいとは、確かに思っていた。絶対に蔑んではいなかった。そのような言葉を口にはしたが、あれは『ごっこ遊び』のお芝居だった。いや、もっと言えば。あるいは自分に向けた言葉だったのかもしれない。
 それに。十万円の前借はちょうど返済を終えたところだ。なにも他の店に鞍替えしようというのではない。実の娘が興す新商売を手伝うのだ。オカアサンもこころよく認めてくれるだろう。
 不安があるとすれば。擂粉木で練習していたという勝江さんでさえ、あんなに泣き叫んでいた『お釜』。自分に我慢できるだろうか。我慢できるだけなら、それに越したことはないが。もし万一……勝江さんみたいに、痛みの中に快感を見い出してしまったら?
 それでもかまわない。すこし軽はずみだった気はしているが、「どんなことがあっても、ついて行きます」とまで誓いを立てている。いまさら、あれは気の迷いでしたなんて言えない。言ったら、勝江さんだけでなく自分自身まで裏切ることになる。
 あけみは封書の山から目をあげて、勝江に正対した。
「わたし、足手まといになるかもしれませんが、オネエサンにどこまでもついて行きます」
 言い切って。なんだか梅雨が明けて青空が広がったような気分になった。

 追記
 勝江が始めたSM援助交際はじきに拠点を構えた本邦初のSMクラブに発展し、六十年を経た令和の現在まで続いている。リイとアゲハは今なお『現役』として活躍しており、美魔女とも八百比丘尼とも恐れられて嘆美されている。

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 『未通海女哭虐~裸の昼と縄の夜』と同じ終わり方になりました。
 
 赤線や 昭和は遠く なりにけり
 なに言ってんだか。
 それにしても本文8万2千文字(原稿用紙247枚)。
 2エピソードで1本にする『昭和集団羞辱史』最長のエピソードです。あと1エピソードも長くなりそうです。

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