Progress Report 2:Extra Sensory Penetration
結局。時給千円の居眠りタイムでは、スマホでチマチマと書いています。切貼とか検索置換(真面目に書かないとハネられる)とかできない(機能的には出来るかもしれんが、わしゃ知らん)し、鉤括弧とか句読点が全角半角チャンポったり。でもまあ、無料マンガばかり読み耽るよりは建設的です。
今回は、ジャンヌ・ダルクらしい女性のパートの前半部。
教理問答とか男装の罪とか、史実を下敷きにした丁稚揚げがあります。
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<<聖女火刑
味方に倍する敵軍が突進してくる。浮足立った味方は命令を待たずに、てんでに後退を始めた。
「総崩れだ! ジャンヌ、我らも撤退しよう」
副官が馬を寄せて、うろたえた声で訴えた。
駄目だ。追撃を受ければ歩兵は蹂躙されて、壊滅的打撃を受ける。
「旗印を渡しなさい」
声よりも早く、私は旗印を従卒からひったくっていた。
私の背丈の三倍ほどの、細長い純白の麻布。最後の審判の座に就く御主と、百合の花を持つ天使たち。この旗印を掲げて進む限り、御主の祝福と威光は私の上にある。
「者ども、踏みとどまれ! 武器を執って突き進め!」
私は馬上で旗印を力のかぎりに振り回した。しかし、私の声は兵士たちの耳に届かない。
錐の先のように突出した私の部隊に、前方から左右から敵兵が怒涛のごとく押し寄せてくる。
御主に盾突く不信心の輩ども!
私の魂に御主の怒りが満ち溢れる。怒りが雷光となって、私の全身を包む。
「止まれ! 退がれ!」
敵に向かって叫んだ。御主の怒りが目に見えない壁となって、敵兵の前に立ちはだかった。御主の怒りに打たれて、バタバタと敵兵が倒れる。
「者ども、私に続け!」
片手で手綱を握り、旗印を槍のように脇に掻い込んで、私は馬腹を蹴った。
「ジャンヌ殿に続け!」
副官が怒号して、すくなくとも私の部隊だけは立ち直った。振り返ると、鋭い三角陣形になって、私に追従している。
私の眼前で敵は、モーゼの奇跡のごとく左右に割れて打ち倒れる。
私は手綱を絞って、歩兵が追いつくのを待った。もはや、敵に背を向けている味方はひとりもいなかった。武器を振りかざし、分厚い壁となって敵に向かって突き進んでいる。
「神の御名の下に!」
「神はジャンヌと共にあり。ジャンヌは我らと共にあり」
「ジャンヌ! ジャンヌ! ジャンヌ!」
鯨波が天をどよもす。
他部隊からも馳せ参じた騎兵を集めて、敵の退路を断つべく、旗印を押し立てて襲歩で敵中に突っ込んでいった。敵を分断して駆け抜ける。
散り散りになった敵兵を薙ぎ払って、馬を止める。馬首を巡らして殲滅戦に突入しようとしたとき、新手の部隊が目の前に押し寄せてきた。
(な……?)
あろうことか、騎兵どもは槍ではなく長身の十字架を私に向けている。
馬鹿な……御主は私と共にあらせられるはず。御主を騙る傲慢な者どもには、たちどころに神罰が下るに決まっている。
しかし敵は雷に打たれることもなく、整然と私たちを包囲にかかった。
「止まれ……退がれ……」
私は敵に向かって叫んだが、その声から御主の怒りは去っていた。
騎兵の後ろから、私に向かって矢が放たれた。これまでは槍の届く距離から射たれてさえ掠りもしなかった敵の矢が、三本も我が身に当たった。二本は甲冑で弾いたが、最後の一本は腿当ての隙間から太腿を貫いた。
乗馬にも数本の矢が突き刺さった。乗馬が甲高くいなないて棹立ちになる。
あっと思ったときには馬から転げ落ちていた。
「ジャンヌ殿っ……!」
数騎が私をかばって取り囲んだが、軍神たる私の不覚に彼らも浮足立っていた。騎士たちは押し寄せる敵に蹴散らされて、あるいは屍と化して――私は、ひとり敵中に取り残された。
何本もの十字架が、私に突きつけられた。
御主の恩寵が速やかに失われていくのを、私は感じる。
もはや私はオルレアンの救世主ではなく、聖女でも軍神でもなかった。それでも……敵に怯える哀れな小娘にまで墜ちたくはない。地に打ち伏したまま顔を上げて、敵を睨みつけた。けれど私の眼光は(すでに内心で悟っていた通りに)敵を打ち倒すどころか、わずかな畏怖の念すらも与えなかった。
「魔女め。聖なる十字架の前には邪悪な力も振るいようがあるまい」
「なにを言うか。おまえらこそが、悪魔の申し子ではないか」
太腿に刺さった矢は落馬のさいに抜けて、傷口が鏃に抉られて出血がズボンを濡らしている。痛みはあまり感じないけれど、私は打ちのめされていた。軍靴に踏みにじられた聖なる旗印を見ても、怒りは沸き上がると同時に立ち消える。
「引っ立てろ」
ひときわ見栄えの良い甲冑に身を固めた男が、わらわらと集まってきた歩兵に命じる。
私は腕をつかまれ肩を押さえつけられて、草を地面から引き抜くように立たされた。
「いや、待て」
敵将が、わたしを眺めて唇を薄くゆがめた。
「女のくせに男の形(なり)をしておるとは……これも魔女の明白な証ではあるが。我らまで神の怒りに触れるやもしれぬ。甲冑と衣服を剥ぎ取れ」
歩兵どもが寄ってたかって、それでもどこか怯えたような態度で、私の身体から甲冑を引き剥がした。そこで歩兵どもの手が止まったのだが。
「ズボンもだ。女がズボンを穿くなど、神をも畏れぬ所業だ」
私自身、このことについては不安を感じていた。けれど最初のうちは、女だからと見下げられないためには男装もやむを得なかった。そして兵士たちの信頼と尊敬と畏怖とを得たときには、軍神ジャンヌと男装は不可分の関係になっていた。
教会の赦しはもらっている。殺すなかれという根本的な御教えに背かざるを得ない戦の場に限ってではあるけれど。それでも、後ろめたさは残っていた。
だから――ズボンを引き下げられても、私は抗議せずに恥辱に耐えた。しかし。
「なんと、下穿きまで男物か。それもだ」
捕虜になったとはいえ、譲れぬところはある。男でさえ、腰を丸裸にされては恥辱に耐えかねるだろう。
「やめろ。女を辱しめるなど、それが騎士のすることか」
私は敵将を糾弾した。が、何の役にも立たなかった。
兵士どもは鼻息も荒く、私の下穿きを毟り取った。
「いやああっ……」
私は卑しい農民の娘ではあるが、裸体を曝すことは御主の教えに背くということくらいはわきまえている。そして、たいがいの男どもは乙女の裸身に怪しからぬ欲情を煽られるということも。私は取り押さえられている身をよじって、すこしでも股間を隠そうとした。それがいけなかったのかもしれない。
「この期におよんで、悪あがきをするな。そうだ、いっそシャツも脱がしてしまえ。素裸に剥かれれば、いかな魔女とて諦めもつくだろう」
鎧を剥がしたときに倍する数の手が伸びてきて――たちまち素裸にされてしまった。羽交い絞めにされていては乳房も、もっと羞ずかしいところも、手で隠すことすらできない。
恥辱は、それだけでは終わらなかった。両手を後ろにねじ上げられて、革紐で縛られてしまった。さらに腰には太い縄を巻かれて、縄の端が敵将の馬につながれた。
「止血くらいはしておいてやれ」
私のシャツが引き裂かれて、太腿の傷口を縛った。
「追撃戦は本隊だけでじゅうぶんだな。我らは引き揚げるぞ。敵を殲滅するよりも、この魔女のほうが、よほど価値がある」
騎兵の整列を待って、敵将がゆっくりと馬を進める。
縄に曳かれて、私も歩かざるを得ない。一歩ごとに恥辱がつのり、矢傷の痛みが強くなっていく。
「あっ……」
つまずいて、地面に手を突くこともできず、私は無様に転がった。そのまま引きずられる。地面に剥き出しの肌をこすられる。
「痛いっ……待ってくれ」
敵将は馬の歩みを止めない。私を振り返ると、薄く嗤って馬腹を軽く蹴りさえする。ずるずると引きずられて、胸に鋭い痛みが奔る。痛みから逃れようともがくと身体が裏返って、背中と尻が地面にこすりつけられる。
「お願い、待って……ください!」
屈辱にまみれて懇願して。ようやく馬が止まった。
「早く立て。つぎは待ってやらんぞ」
私は不自由な身体をひねって立ち上がった。口惜しさと怒りに唇を噛んだのは、ふたたび歩きだしてからだった。
――敵の陣営に引き込まれて、そこが終着ではなかった。檻車が待っていた。
しかし、そこへ押し込められたのではない。手足を広げた姿で、鉄格子に縛りつけられたのだ。両肩を強く引っ張られる。鎖に引っ張られているせいだろう、自分で木の枝にぶら下がったときよりも、肩の負担を大きく感じる。もっとも、そんなお転婆をしたのはずっと小さなころだったから、比較にはならないかもしれない。いや、そんな感慨に耽っているときではない。このような無法は、断固として糾弾しなくては。
「なぜ、このような真似をする。乙女を辱しめるのがイングランドの作法か?!」
「おまえの惨めな姿を見れば、味方は奮い立つ。敵が望見すれば、さぞや士気阻喪するだろうて」
「くそ……」
頭に浮かんだ忌み言葉は、かろうじて飲み込んだ。
兵士どもの劣情あからさまな視線に見送られて、私は敵の居城へと押送された。道中には一個小隊の兵士が付き添ったが、それは敵襲にそなえてのものではなかった。領民が私に石を投げつけるのを防ぐためだった。しかし、腐った卵や泥土を手にした領民までは追い払わなかったので、城に着くまでに私の全身は汚物にまみれていた。
そういった辱めは、待ち受けている受難の序曲というには、あまりにささやかだったのだと、すぐに私は思い知らされることになる……
檻車ごと水を浴びせられ汚物を洗い流されてから、ようやく私は手足を広げてなにもかもを無防備に曝した恥辱きわまりない磔から解き放たれた。が、すぐに手足に鉄枷を嵌められた。後ろ手にまわされた両手はほとんど動かせず、歩幅も半歩分ほどに制限された。裸身を隠す手段は、なにひとつ与えられなかった。
私が連行されたのは、囚人を閉じ込めておく塔獄だった。
こういった建築物の造りはだいたい同じだ。二階が牢番の詰所で、牢屋はそこから上。そして一階は拷問の場に宛てられている。私は一階の部屋のまん中に、四本の鎖で手足を左右に引っ張られて宙吊りにされた。
「へええ。まるっきりの小娘じゃねえか。こんな餓鬼に俺たちゃボロクソにやられてたのかよ」
「餓鬼はねえだろ。乳も尻もじゅうぶんに女だぜ。まあ、ここまで脚をおっひろげても具が見えないてのは、餓鬼っぽいかもな」
見張に残った二人の雑兵が、好き放題を言う。言うだけなら知らん顔でやり過ごせるのだが。
「けど、やっぱり餓鬼だぜ。乳なんざ片手でじゅうぶんだ」
私を子供だと評した男が、胸に手を伸ばしてくる。
「やめろ! 私にさわるな」
薄汚い手から逃れようとしても、ぴんと張った鎖が動きを封じる。これまで男に一指も触れさせなかった乳房が、無雑作にわしづかみにされた。男の指が柔肉に食い込み、小さな稲妻のような痛みが胸を貫く。
「やめろ……!」
おぞましさに身を震わせながら叫んだ。
「うわっち……!?」
男があわてて手を引っ込めた。掌と私とを見比べる。
「なんだ、今のは? 焼けた鉄を握ったみたいだった……」
「魔女だ。やっぱり、こいつは魔女なんだ」
悪しき者には、私の力が魔女の仕業に思えるかもしれない。しかし、これは御主の力なのだ。私は……失われていた御主の護りが身内に蘇るのをかすかに感じていた。
しかし。
「何事だ、さわがしい」
重い鉄の扉が開いて、赤く染まった陽の光の中から数人の人影が現われた。先頭は司祭の法服をまとった太り肉の男。フード付きのみすぼらしい長衣に身を包んだ侍祭とおぼしき二人。その背後から、そのまま夜会に出てもおかしくない派手な衣装の――おそらく城主だろう。小姓らしき少年を従えている。
「あ、いえ……この女、怪しげな術を使いまして……」
「分かっておる。どうせおまえが怪しからぬ振る舞いに及んだのであろう」
司祭が、手にしていた大きな十字架を私に突きつけた。
「神の御業の前には、悪魔の力など封ぜられる。去れ、悪魔よ!」
一喝されて……御主の護りがたちどころに消え去るのを、私は感じた。
馬鹿な。御主は、この男に味方されるのか??
城主とおぼしき男が、私の間近に立った。疑わしそうに、けれど淫らがましい光を瞳に宿して、私の裸身を頭のてっぺんから爪先まで(とくに乳房と股間は入念に)眺める。
「こやつを魔女として処刑すれば、敵は大義名分を失い、戦わずして降参するかもしらんな。だが……魔女であるという確たる証はあるのか」
「戦場で見せた数々の妖かし。されど十字架に取り囲まれて消え失せた魔力。じゅうぶんな証拠でありましょう」
司祭の言葉にも、城主は疑わしそうな表情を崩さない。
「戦場からの報告は、ともすれば大仰になりがちだ。わずか十数人の夜襲を数百騎を越える強襲と誤認して、千人が敗走した事例もある」
「ごもっともですな。では、本人に尋ねてみましょう」
城主と入れ代わって、司祭が私の前に立った。
「汝は魔女か? 悪魔と契約して力を得たのか?」
「違う。私は魔女ではない」
「貴公はふざけておるのか」
城主が呆れ顔で司祭を詰った。
「はい、そうですと答えるわけがなかろう」
こればかりは、私も同意見だった。この男は馬鹿なのか。それとも、人を疑うことを知らぬ底抜けのお人好しなのか。敵方のはずの相手が善良にさえ思えてくる。
「では、汝は不可思議な力を神から授かったというのか?」
司祭は城主に構わず質問を重ねてきた。
私は返答に窮した。十字架を携えた騎士団に捕らわれる前だったら、確信を持って質問を肯定していただろう。けれど、今は……
「分かりません」
私は力無く首を横に振った。
「もしも御主が力をくださっているのでしたら、それがいつまでも続きますように」
御主に見放されたとは思いたくない。
「もしもそうでないのなら、御主が力を与えてくださいますように」
それこそが、私の痛切な祈りだった。
司祭が聖職者にあるまじき大きな舌打ちをして、後ろに下がった。
「なかなか悪知恵の働く魔女ですな」
「どういう意味だ?」
「神の恩寵は、人間にはうかがい知れぬものです。神から力を与えられたなどと広言すれば、それこそが悪魔と契約を交わした証拠となるのです」
それは詭弁だと思う。人間には御主の計画をうかがい知ること叶わぬのは『ヨブ記』ひとつ取っても明らかだ。けれど、陽の光も雨の恵みも御主の恩寵であることくらい、子供でも知っている。
「今の問答を記録したのか?」
出入口の横に置かれた小さな机に座っている侍祭を、司祭が振り返った。
「はい。一切を書き残すのが決まりですから」
「む……これからは、それがしの指図を待ってから記するように、な」
都合の悪いことは握りつぶすということか。この肥満漢を好人物だと思った私が愚かだった。こいつは、何がなんでも私を魔女に仕立てるつもりなのだ。
「本人の自白が得られぬからには、誰の目にも明らかな証拠を探すしかありませぬな」
もうひとりの侍祭が、背負っていた木箱を床においた。箱の中は何段にも仕切られている。そのひとつから、司祭が長い針を取り出した。針というよりは、握り柄のついた細い金串だ。
「魔女の身体には、悪魔と契約を交わした印が刻まれております。その部分は、針で刺しても痛みを感じませぬ」
「わざと痛がるのではないのか」
「そのようなしたたかな魔女には、次なる手段が控えております。しかし、審問の手順を略すわけには参りませぬ」
木箱を背負っていた侍祭が、すでに身動きできなくなっている私を羽交い締めにした。司祭は針を右手に持ち、左手で私の裸身をまさぐる。
私はおぞましさに鳥肌を立てながら、目は針先からはなせない。
「うむ。この黒子が怪しい」
まわりの者にも聞かせながら、司祭はあちこちに針を突き立てる。
私は大袈裟に聞こえない程度に、素直に痛みを訴えた。我慢すれば魔女と決めつけられるのだから、そうするしかない。
「なかなかに正体を現わさぬな。ここは、どうだ」
そこには黒子も痣もないというのに――司祭は右の乳房をつかむと、乳首に針を突きつけた。まさか、男に比べればずっと大きくて色もまわりの肌と異なっている乳首そのものを悪魔の刻印とでも疑っているのだろうか。
じわあっと針先が乳首の先端をくぼませて……ぷつっと、貫いた。
「きひいいいっ!」
痛みを訴える声ではなく、悲鳴をあげた。肌に突き刺さる感覚ではなく、脳天まで稲妻が突き抜ける――腕や尻を刺されるのとは異質の激痛だった。
司祭は反対側の乳首にも、同じように針を突き刺した。胸板に達するほどに深く。私は、ふたたび悲鳴を絞り出される。
「ふうむ。ここでもないとすると……」
司祭の左手が腹の上を滑って、股間に達した。
「あっ……?!」
割れ目の縁をなぞられて、悪寒と痺れとが綯い混ざったような不思議な感覚が腰を震わせた。割れ目が左右に押し広げられる。司祭の指が、割れ目を抉るようにして上に動いた。
「ひぐっ……?!」
さっきと同じ、いや数倍もの不思議な感覚が今度は背筋を翔け昇った。
「え……?」
くりんくにゅんと、割れ目の頂点あたりを指がほじくる。
「おや? こんなところに小さな突起が隠れておったぞ。これこそ……」
あっと思った。用を足した後で、そこを水で洗ったり枯草で拭ったりするとき、びくっと腰が震えることがある。ちょうど、そこのあたりだ。そう思い至ったとき……
乳首とは比べものにならない太い稲妻が、腰の一点を貫いた。
「ぎゃはあああっ……!!」
全身が爆ぜたように感じた。実際には侍祭に羽交い締めにされているので、肝心の箇所は針から逃れられず、手足に鉄枷が食い込んだだけだった。ぴいんと張りつめている鎖が、ぎしぎしと軋んだ。
「ここでもないとすると……」
司祭と侍祭が位置を入れ替えた。
私は侍祭に抱きすくめられて――司祭は、背中や尻に針を突き刺していく。乳首や股間の一点に比べれば、束の間の安らぎにも似たひと時だった。
「まったく巧妙に隠しておりますな。致し方ありませぬ。他の証拠を探しましょう」
司祭が箱から十字架を取り出した。
違う、十字架ではない。横木が短く下側が長い。木の短剣にも似ているが、刀身にあたる部分が指三本分ほどの太さの丸棒になっている。先端が丸みを帯びて膨らんでいる。
「契約を交わすとき、悪魔は必ず魔女と媾合います。この娘が乙女でなければ……」
「身持ちの悪い阿婆擦れに過ぎぬかも知れんぞ」
わたしには、司祭と城主の会話の意味がさっぱり分からない。
「よほどの確信がなければ、この検査はいたしませぬよ」
私の前に背の低い椅子が置かれて、そこに司祭が座った。彼の顔と私の股間が、同じ高さになった。
司祭が木の短剣を両手で捧げて、尖端を私の股間にあてがった。
「やめてください」
男女の営みについては漠とした知識しか持たぬわたしでも、さすがに司祭の恐ろしい意図を理解できた。
「そんな物を……秘め所に……」
驚愕と羞恥とで、言葉が出てこない。
「さすがは淫乱な魔女だな。張型では物足りぬか」
悪意ある曲解。どころか……
「今の言葉は、しかと書き留めておけ」
侍祭に命じる。
「違う……!」
「男根とは違うが――我慢しろ」
私の抗議には耳も貸さず……
ぎちぎちと、巨大な異物が股間に押し入ってきた。
「うああああっ……痛いいいいっ!!」
喉の奥から獣のような絶叫が迸った。
針で刺される痛みとは、まったく違う。身体を真っぷたつに割り割かれるような、重たく分厚い激痛。それが、いつまでも続く。肉を無理矢理にこじ開けて、奥深くまで貫入してくる。
さらに……内臓を押し上げられるような鈍い不快感。そこでようやく、木剣が止まった。
つぽんと音を立てて、一気に引き抜かれる。
木剣は、血で朱に染まっていた。
それが純潔の証だということくらいは、私も知っている。もしや、これで疑いは晴れたのではなかろうかと――恥辱と悲哀の中にも、私は一縷の希望を託した。
「驚きましたな。悪魔が処女を奪わぬとは」
ちっとも驚いていないと分かる声音だった。
「まずいのではないか? 神に仕える者が乙女の処女性を穢したのだぞ」
傍観していた城主のほうが、余程うろたえている。しかし司祭はけろりとして、とんでもない罪を私に着せた。
「なんという、破廉恥で醜悪な魔女であることか。こやつは、ソドムの罪まで犯したに違いありませんぞ」
ソドムの話は子供でも知っている。けれど、具体的にどのような禁忌を犯したのかは、聖なる書物を読めない私たちには知りようもない。
「おお、そうか。それに違いあるまい」
城主が、大きく頷いた。
「検査をせねばなりませぬ。不浄ではありますが、審問を進めるには必要なことです」
血まみれの凶器を持って司祭が立ち上がると、侍僧が椅子を私の背後へと動かした。司教の姿も背後へと消えた。
いったい、なにをされるのか。尻たぶを侍祭に両手で割り開かれても、まだ見当がつかなかったのだが。排泄の穴に冷たく硬い感触を押し付けられては、悟らざるを得なかった。
「やめてください。仮にも、あなたは御主に仕える身ではありませんか」
司祭が握っている道具が男根を模しているのは、もはや明らかだ。つまり、司祭の姿格好をしたこの男は、排泄穴に生殖器を挿入するという悪魔でさえたじろぎかねない所業を、たとえ真似事とはいえ、してのけようとしている。
そうか。これこそが、ソドムの民が犯した禁忌なのだと、卒然と理解した。教会で聴いた逸話の意味が分かった。天使様が若い旅人に姿を変えて善良なるロトの家を訪れたとき、住民が旅人を出せと押し寄せた。あれは……若い男に、これと同じことをしようと目論んだのだ。ソドムの罪の再現。この瞬間にも、二人まとめて御主の雷(いかづち)に打ち滅ぼされるのではないかしら。
しかし雷は轟かない。
排泄の穴に、先ほど股間に感じたと似た激痛が奔った。いや……割り裂かれるというよりも、排泄の穴全体に亀裂が広がるような、圧迫と激痛とが重ね合わさったような……
「ぎびい゙い゙い゙い゙っ……!!」
しゃがれた悲鳴が喉を震わせた。
けれど、生殖器を犯されたときとは違って、先端の太い部分が押し入ってきたあとは、痛みが薄れた。そのかわりに、どこまでも奥深くまで穿たれていく不快感。
そして。数日間の便秘が一気に解消したような、むしろ快感とともに、凌辱は終わった。
「はあ、はあ、はあ……」
股間と排泄の穴と、二か所とも鈍い痛みがうねっている。どちらにも、太い異物が挿入されたままになっている錯覚。
「実に簡単に挿入りましたぞ。やはり、こちらで悪魔と媾合っておりましたな」
司祭の姿をした男が立ち上がって、顔は見えないが、悪魔の微笑を浮かべているだろうとは、声で分かった。
力ずくで押し込んでおいて簡単とは、それが悪魔と交合した証とは……こいつらは、どうあっても私を魔女に仕立てるつもりなのだ。
「本格的な尋問は明日からということにして、今日は戦勝の祝賀会ですな」
束の間の安息を得た安堵よりは、明日からの尋問の凄まじさを予感して、私は戦慄した。だって……どんなに拷問されようとも、私は魔女であるなどという虚偽を『自白』するつもりは微塵もない。みずからの命が惜しいのではない。私が魔女として処刑されたら、こやつらの目論見どおり、味方は戦意喪失して決定的な敗北を蒙るだろう。
けれど、ただの捕虜として殺されるのだったら――味方は復仇の念に奮い立つことだろう。
ようやくに、私は宙吊りから解放された。といっても、処遇はかえって悪くなった。素裸のまま、鉄枷で後ろ手に扼され、幅広の分厚い革帯を噛まされて、三階の牢獄まで階段を上がらされた。
牢屋のひとつずつは、驚くほど狭い。壁に背をもたせかけて座れば爪先は鉄格子に届くし、壁に沿って身を横たえる広さもない。
最初の見張とは違う、城で雇われている下男らしい二人が、私の見張についた。自由を奪われて狭い檻に閉じ込められた小娘ひとりに、大仰なことだ。しかも、三方の鉄格子には、背丈ほどもある十字架が立て掛けられた。ただ二本の木を組み合わせた物ではなく、御子が磔に掛けられている彫像を嵌め込んだ、聖別された本物の十字架。
なぜ、この者どもは聖物を平然と持ち運べるのだろう。ほんとうに、彼らの上に御主があられて、私は御主から見放されたのだろうか。
牢番の二人を残して、迫害者どもは塔獄から立ち去った。
牢番は、部屋のまん中に置かれた小机に向かい合って座り、頬杖を突いてこちらを眺めている。
私は――下司な男どもの視線に背を向けて、牢獄の隅にうずくまる。それでも、床に流れた恥辱の血までは隠しようがなかった。
牢獄には私しか捕らえられていないというのに、??の臭いが漂っている。垂れ流されたそれが、床に染み着いているのだろう。
――牢番のひとりが何事かを思い出したように立ち上がって姿を消したかと思うと、両手に桶を持って戻ってきた。
「怪我の手当てをしてやる。こっちを向いて脚を広げろや」
そのようなはしたない真似が、できようはずもない。けれど、もうひとりの牢番までが狭い檻の中にはいってきて、私の双つの乳房をつかんだ。
痛い……抗っても無駄と観念して、私は体の力を抜いて男どもに嬲らせる。
立たされて、脚を開かされて。水桶を運んできた牢番が掌に水を掬って、ぴちゃぴちゃと股間を叩く。さらに奥まで手を伸ばして、排泄の穴まで指でまさぐる。男の手が動くたびに、私の身体がぴくっと震える。
恥辱きわまりない狼藉ではあったが、肌にこびりついていた血が洗い流されて、もちろん感謝なんかしなかったけれど、この二人への憎悪までは湧かなかった――この時には。
私は、また床に座らされて。驚いたことに、口を縛っている革帯がはずされた。
「悪魔への祈りなんかするんじゃねえぞ。聖水をぶっかけてやるからな」
男が切子細工の施されたフラスコをかざした。
いっそ頭から浴びせてほしいと思ったのは一瞬。聖水を浴びせられて何事も起こらなくても、それは私が悪魔の手先ではないというだけで、御主の恩寵が未だこの身の上にある証にはならない。そして、何事も起こらなかったという下賤の男どもの証言は黙殺されるに決まっている。
目の前に桶が突きつけられた。そこに湛えられた水を見て、喉が焼けるようにひりついていると気づいた。戦場では水を飲む暇がなかったし、捕らえられてからの行軍、そして処女性の検査に名を借りた拷問では悲鳴をあげ続けていた。
私が桶にかじりつくと、男はそっと桶を傾けてくれた。
水を貪り飲んで、すこしは人心地を取り戻した。
「なにか望みはあるかい? ひもじくはねえか?」
男の声は、憐れみからくる優しさに聞こえた。
「食べ物よりも……着物をください。せめて、腰のまわりだけでも……」
味方の兵士だろうと将軍だろうと、素肌を見られれば羞恥を覚える。まして、この男は味方ではないし、この身は素肌どころではない有様だった。
男が薄い笑みを浮かべた。
嫌な予感が背筋を突き抜けた。
「いいとも。けど、こっちの望みもかなえてほしいぜ」
男が桶を床に置いて、両手を私の肩にかけた。
私は後ろへ逃げて、壁に突き当たった。立ち上がる前に、横ざまに押し倒された。
「張形で生娘を破られたんだってな。本物の味を教えてやるよ」
「やめてっ! 誰がおまえなんかに……むぐうう」
叫んだ口に革帯を押し込まれて、そんなことでひるんだりしない。唯一自由な足で、男を押しのけた。
けれど、ささやかな勝利は一瞬で潰える。もうひとりの男が、後ろから私を引き倒した。
「どうせ、もう傷物になったんじゃねえか。おとなしく姦らせてくれりゃ、約束どおり着物をやるからよ」
布切れの一枚や二枚で身を穢されてなるものか。のしかかってくる男を、また蹴飛ばしてやった。
「優しくしてりゃあ、つけ上がりやがって」
頬桁をしたたかに殴りつけられた。
「やめろって。怪我をさせるなと言われてるだろ」
「ちっ……これなら、かまわねえだろ」
腹に拳骨を突き入れられた。
「ぶぐっ……」
飲んだばかりの水をごぼっと噴き出して、革帯に遮られて激しく噎せた。
その隙に、私は完全に押さえ込まれてしまった。
殴った男が、あわただしくズボンを脱いで、私におおいかぶさってきた。
股間に、模造男根で貫かれたときと同じような痛みを感じた。いや、すこし違う。身体を割り裂かれるような感覚ではない。そこに生じた肉の裂け目を、さらに押し広げられるような鈍痛。
鈍痛が律動する。男の身体が上下に動いている。挿入された男根が私の中を深く浅く抉っている。
「ぐゔゔ、ゔゔ、ゔゔ……」
律動に合わせて、くぐもった呻きが喉から噴き出す。痛みで頭が痺れてくる。
それが何十回と繰り返されて。不意に男が動きを止めて立ち上がった。
膝までずり下げていたズボン下を脱いで、私の足元に座り込んだ。
「約束は守るぜ。手を使えんから、穿かせてやるよ」
私の足首を持ち上げて、ズボン下に足を通す。貞操で購った下着かと思うと、惨めなだけでなく憤怒さえ燃え上がったが、それは裡にこもるだけで力にはならなかった。そして――名誉のためにも男の行為を拒むべきではあったが、裸身を晒す不名誉を蔽うためには、受け容れるしかなかった。媾合いの残滓がズボン下にわだかまって気持ち悪いけれど、それも我慢するしかなかった。
ズボン下を穿かされて。これで、もうひとりの男にまで犯される怖れはなくなった――と思ったのは、私が男の好色と邪淫とを知らなかったからだ。
「さてね。やつだけが愉しんだんじゃ面白くねえな。俺っちは、これを着せてやってもいいんだが……
もうひとりの男は、チョッキを脱いだ。
「ちょっと大きいから、こうすれば……」
肩の合わせ目を手で引き裂いて、後ろ手に扼されている腕の下からチョッキを押し込んだ。身頃を引き上げて、裂いた箇所を肩の上で結び合わせる。
「俺っちは親切だから、前もちゃんとしてやるよ」
革紐を結んで、前身頃を閉じてくれた。腋の下が窮屈だけど、乳房も腹も隠れて――ずいぶんとましな姿(でも不格好)になった。
私は戸惑いながらも、幾分は安心していた。こうやって着せかけてくれるのなら、あらためてズボン下を脱がしたりしないのではないか。
そのとおりだった……のだけれど。
男は、私の口をふさいでいる革帯を取り去ってくれた。
情欲を遂げたほうの男が、聖水のフラスコを手にして、すこし離れたところから成り行きを見守っている。
「俺っちも、さすがにソドムの罪を犯す気にはなれねえ。そこで相談だが、その可愛いお口で俺っちをしゃぶっちゃくれねえか」
意味が分からなくて、私は男を見上げた。
男がズボンをずらして、いきり立った男根を私の顔の前に曝す。
「わかるだろ。これは、そんなに悪い行ないじゃない。気の利いた娼婦なら、黙っていても奉仕してくれるぜ」
わたしは卑しい娼婦なんかじゃない。けれど、これまでの淫惨な体験が、男の要求を理解させた。排泄の穴に挿入するのなら、摂取の穴にも……
「そんなことをされるくらいなら……もぼおお!」
素裸にされるほうが、よほど名誉を保てる――と言いかけた口に、怒張を突っ込まれた。
「あえ……げええっ」
喉の奥まで、模造男根の三倍は太い怒張を突き挿れられて、母音すら発せられなくされた。鼻の奥まで、男の獣めいた体臭が沁み込む。
「いい子だ。ちっとばかり我慢してな」
我慢なんか、できるはずがない。男根を吐き出そうにも、髪の毛をつかまれ頭を押さえつけられて身動きできない。すこしでも汚穢に口が触れぬようにと、私は大きく口を開けて、突然の暴辱に翻弄されるばかり。
「舐めてくれなんてのは……贅沢か」
男は、私の顔に腰を打ちつける。そのたびに上顎をこすられ喉の奥を抉られ舌を押さえつけられる。
「も゙お゙お゙、む゙ゔ……」
頭を立て続けに揺すられて気が遠くなりかけたとき――喉の奥に熱い衝撃を感じた。口の中に魚が腐ったような悪臭が広がる。
男が身を離すと同時に、私は上体を折って、口の中の汚物を吐き出した。
「うえええ、げええ……」
いつまでも吐き気が止まらない。
なのに、この男は無情にも、革帯で私の口をふさいだ。
「明日の朝は、パンか果物を食べさせてやるから……また、頼むぜ」
勝手なことをほざいて、二人は檻から出て行き――見張の椅子に陣取った。
私は、壁に背中をあずけて座って、憤怒の炎を宿して二人を睨みつける。私にできる仕返しは、ただそれだけだった。
二人は面白がって、私に向かってわざと変な顔を作ったりする。まるで子供の睨めっこっだけれど……目を反らせた方が負けだなんて本気で考えていた。
やがて夜の帳が下りて、蝋燭一本の明かりもない牢獄は、闇に溶けていった。二人の牢番は交替で不寝番を務めることもなく、酒を喰らい、あげくに二人そろって居眠りを始める。兵士の経験もないのか、司祭と違って、私を無力な小娘と侮っているのか。
冷たい夜気に体温を奪われながら、私はずっと考え続ける。ほんとうに、私から御主の力は去ったのだろうか。御主は敵に祝福を与えられたのだろうか。
これまでは考えたこともなかったが。イングランドにも教会があり、それは法王猊下に公認されている。つまり、敵も御主に祝福されているのか。
では、なぜ……御主に祝福された者同士が相争うのか。私にはとうてい答を見つけられない問題だ。
私に分かっているのは――たしかに、戦場において御主は私と共にあらせられ、私の怒りに力を与えてくださっていた。いや、御主の怒りが私を憑代として顕現していたのだ。
けれど、敵が聖なる印を押し立てて戦場に臨むと、全知全能の御主といえども一方に与すること能わず、私から力を取り上げられたのではないだろうか。
そうに違いない。敵の司祭もそのことを知っていて、檻を十字架で取り囲んだのだ。
では、十字架が取り払われれば、そして御主に仕える者がこの場にいなければ――私にふたたび力は甦るに違いない。
……辛抱強く、その時を待とう。
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この記事を書いている今の実際の進行状況は、最終章に着手するところです。
最後はダットサンの如く走りますから、明日当たり脱稿するかも。それから推敲校訂で、表紙絵BF丁稚揚げて。
7月リリースですかね。
今回は、ジャンヌ・ダルクらしい女性のパートの前半部。
教理問答とか男装の罪とか、史実を下敷きにした丁稚揚げがあります。
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<<聖女火刑
味方に倍する敵軍が突進してくる。浮足立った味方は命令を待たずに、てんでに後退を始めた。
「総崩れだ! ジャンヌ、我らも撤退しよう」
副官が馬を寄せて、うろたえた声で訴えた。
駄目だ。追撃を受ければ歩兵は蹂躙されて、壊滅的打撃を受ける。
「旗印を渡しなさい」
声よりも早く、私は旗印を従卒からひったくっていた。
私の背丈の三倍ほどの、細長い純白の麻布。最後の審判の座に就く御主と、百合の花を持つ天使たち。この旗印を掲げて進む限り、御主の祝福と威光は私の上にある。
「者ども、踏みとどまれ! 武器を執って突き進め!」
私は馬上で旗印を力のかぎりに振り回した。しかし、私の声は兵士たちの耳に届かない。
錐の先のように突出した私の部隊に、前方から左右から敵兵が怒涛のごとく押し寄せてくる。
御主に盾突く不信心の輩ども!
私の魂に御主の怒りが満ち溢れる。怒りが雷光となって、私の全身を包む。
「止まれ! 退がれ!」
敵に向かって叫んだ。御主の怒りが目に見えない壁となって、敵兵の前に立ちはだかった。御主の怒りに打たれて、バタバタと敵兵が倒れる。
「者ども、私に続け!」
片手で手綱を握り、旗印を槍のように脇に掻い込んで、私は馬腹を蹴った。
「ジャンヌ殿に続け!」
副官が怒号して、すくなくとも私の部隊だけは立ち直った。振り返ると、鋭い三角陣形になって、私に追従している。
私の眼前で敵は、モーゼの奇跡のごとく左右に割れて打ち倒れる。
私は手綱を絞って、歩兵が追いつくのを待った。もはや、敵に背を向けている味方はひとりもいなかった。武器を振りかざし、分厚い壁となって敵に向かって突き進んでいる。
「神の御名の下に!」
「神はジャンヌと共にあり。ジャンヌは我らと共にあり」
「ジャンヌ! ジャンヌ! ジャンヌ!」
鯨波が天をどよもす。
他部隊からも馳せ参じた騎兵を集めて、敵の退路を断つべく、旗印を押し立てて襲歩で敵中に突っ込んでいった。敵を分断して駆け抜ける。
散り散りになった敵兵を薙ぎ払って、馬を止める。馬首を巡らして殲滅戦に突入しようとしたとき、新手の部隊が目の前に押し寄せてきた。
(な……?)
あろうことか、騎兵どもは槍ではなく長身の十字架を私に向けている。
馬鹿な……御主は私と共にあらせられるはず。御主を騙る傲慢な者どもには、たちどころに神罰が下るに決まっている。
しかし敵は雷に打たれることもなく、整然と私たちを包囲にかかった。
「止まれ……退がれ……」
私は敵に向かって叫んだが、その声から御主の怒りは去っていた。
騎兵の後ろから、私に向かって矢が放たれた。これまでは槍の届く距離から射たれてさえ掠りもしなかった敵の矢が、三本も我が身に当たった。二本は甲冑で弾いたが、最後の一本は腿当ての隙間から太腿を貫いた。
乗馬にも数本の矢が突き刺さった。乗馬が甲高くいなないて棹立ちになる。
あっと思ったときには馬から転げ落ちていた。
「ジャンヌ殿っ……!」
数騎が私をかばって取り囲んだが、軍神たる私の不覚に彼らも浮足立っていた。騎士たちは押し寄せる敵に蹴散らされて、あるいは屍と化して――私は、ひとり敵中に取り残された。
何本もの十字架が、私に突きつけられた。
御主の恩寵が速やかに失われていくのを、私は感じる。
もはや私はオルレアンの救世主ではなく、聖女でも軍神でもなかった。それでも……敵に怯える哀れな小娘にまで墜ちたくはない。地に打ち伏したまま顔を上げて、敵を睨みつけた。けれど私の眼光は(すでに内心で悟っていた通りに)敵を打ち倒すどころか、わずかな畏怖の念すらも与えなかった。
「魔女め。聖なる十字架の前には邪悪な力も振るいようがあるまい」
「なにを言うか。おまえらこそが、悪魔の申し子ではないか」
太腿に刺さった矢は落馬のさいに抜けて、傷口が鏃に抉られて出血がズボンを濡らしている。痛みはあまり感じないけれど、私は打ちのめされていた。軍靴に踏みにじられた聖なる旗印を見ても、怒りは沸き上がると同時に立ち消える。
「引っ立てろ」
ひときわ見栄えの良い甲冑に身を固めた男が、わらわらと集まってきた歩兵に命じる。
私は腕をつかまれ肩を押さえつけられて、草を地面から引き抜くように立たされた。
「いや、待て」
敵将が、わたしを眺めて唇を薄くゆがめた。
「女のくせに男の形(なり)をしておるとは……これも魔女の明白な証ではあるが。我らまで神の怒りに触れるやもしれぬ。甲冑と衣服を剥ぎ取れ」
歩兵どもが寄ってたかって、それでもどこか怯えたような態度で、私の身体から甲冑を引き剥がした。そこで歩兵どもの手が止まったのだが。
「ズボンもだ。女がズボンを穿くなど、神をも畏れぬ所業だ」
私自身、このことについては不安を感じていた。けれど最初のうちは、女だからと見下げられないためには男装もやむを得なかった。そして兵士たちの信頼と尊敬と畏怖とを得たときには、軍神ジャンヌと男装は不可分の関係になっていた。
教会の赦しはもらっている。殺すなかれという根本的な御教えに背かざるを得ない戦の場に限ってではあるけれど。それでも、後ろめたさは残っていた。
だから――ズボンを引き下げられても、私は抗議せずに恥辱に耐えた。しかし。
「なんと、下穿きまで男物か。それもだ」
捕虜になったとはいえ、譲れぬところはある。男でさえ、腰を丸裸にされては恥辱に耐えかねるだろう。
「やめろ。女を辱しめるなど、それが騎士のすることか」
私は敵将を糾弾した。が、何の役にも立たなかった。
兵士どもは鼻息も荒く、私の下穿きを毟り取った。
「いやああっ……」
私は卑しい農民の娘ではあるが、裸体を曝すことは御主の教えに背くということくらいはわきまえている。そして、たいがいの男どもは乙女の裸身に怪しからぬ欲情を煽られるということも。私は取り押さえられている身をよじって、すこしでも股間を隠そうとした。それがいけなかったのかもしれない。
「この期におよんで、悪あがきをするな。そうだ、いっそシャツも脱がしてしまえ。素裸に剥かれれば、いかな魔女とて諦めもつくだろう」
鎧を剥がしたときに倍する数の手が伸びてきて――たちまち素裸にされてしまった。羽交い絞めにされていては乳房も、もっと羞ずかしいところも、手で隠すことすらできない。
恥辱は、それだけでは終わらなかった。両手を後ろにねじ上げられて、革紐で縛られてしまった。さらに腰には太い縄を巻かれて、縄の端が敵将の馬につながれた。
「止血くらいはしておいてやれ」
私のシャツが引き裂かれて、太腿の傷口を縛った。
「追撃戦は本隊だけでじゅうぶんだな。我らは引き揚げるぞ。敵を殲滅するよりも、この魔女のほうが、よほど価値がある」
騎兵の整列を待って、敵将がゆっくりと馬を進める。
縄に曳かれて、私も歩かざるを得ない。一歩ごとに恥辱がつのり、矢傷の痛みが強くなっていく。
「あっ……」
つまずいて、地面に手を突くこともできず、私は無様に転がった。そのまま引きずられる。地面に剥き出しの肌をこすられる。
「痛いっ……待ってくれ」
敵将は馬の歩みを止めない。私を振り返ると、薄く嗤って馬腹を軽く蹴りさえする。ずるずると引きずられて、胸に鋭い痛みが奔る。痛みから逃れようともがくと身体が裏返って、背中と尻が地面にこすりつけられる。
「お願い、待って……ください!」
屈辱にまみれて懇願して。ようやく馬が止まった。
「早く立て。つぎは待ってやらんぞ」
私は不自由な身体をひねって立ち上がった。口惜しさと怒りに唇を噛んだのは、ふたたび歩きだしてからだった。
――敵の陣営に引き込まれて、そこが終着ではなかった。檻車が待っていた。
しかし、そこへ押し込められたのではない。手足を広げた姿で、鉄格子に縛りつけられたのだ。両肩を強く引っ張られる。鎖に引っ張られているせいだろう、自分で木の枝にぶら下がったときよりも、肩の負担を大きく感じる。もっとも、そんなお転婆をしたのはずっと小さなころだったから、比較にはならないかもしれない。いや、そんな感慨に耽っているときではない。このような無法は、断固として糾弾しなくては。
「なぜ、このような真似をする。乙女を辱しめるのがイングランドの作法か?!」
「おまえの惨めな姿を見れば、味方は奮い立つ。敵が望見すれば、さぞや士気阻喪するだろうて」
「くそ……」
頭に浮かんだ忌み言葉は、かろうじて飲み込んだ。
兵士どもの劣情あからさまな視線に見送られて、私は敵の居城へと押送された。道中には一個小隊の兵士が付き添ったが、それは敵襲にそなえてのものではなかった。領民が私に石を投げつけるのを防ぐためだった。しかし、腐った卵や泥土を手にした領民までは追い払わなかったので、城に着くまでに私の全身は汚物にまみれていた。
そういった辱めは、待ち受けている受難の序曲というには、あまりにささやかだったのだと、すぐに私は思い知らされることになる……
檻車ごと水を浴びせられ汚物を洗い流されてから、ようやく私は手足を広げてなにもかもを無防備に曝した恥辱きわまりない磔から解き放たれた。が、すぐに手足に鉄枷を嵌められた。後ろ手にまわされた両手はほとんど動かせず、歩幅も半歩分ほどに制限された。裸身を隠す手段は、なにひとつ与えられなかった。
私が連行されたのは、囚人を閉じ込めておく塔獄だった。
こういった建築物の造りはだいたい同じだ。二階が牢番の詰所で、牢屋はそこから上。そして一階は拷問の場に宛てられている。私は一階の部屋のまん中に、四本の鎖で手足を左右に引っ張られて宙吊りにされた。
「へええ。まるっきりの小娘じゃねえか。こんな餓鬼に俺たちゃボロクソにやられてたのかよ」
「餓鬼はねえだろ。乳も尻もじゅうぶんに女だぜ。まあ、ここまで脚をおっひろげても具が見えないてのは、餓鬼っぽいかもな」
見張に残った二人の雑兵が、好き放題を言う。言うだけなら知らん顔でやり過ごせるのだが。
「けど、やっぱり餓鬼だぜ。乳なんざ片手でじゅうぶんだ」
私を子供だと評した男が、胸に手を伸ばしてくる。
「やめろ! 私にさわるな」
薄汚い手から逃れようとしても、ぴんと張った鎖が動きを封じる。これまで男に一指も触れさせなかった乳房が、無雑作にわしづかみにされた。男の指が柔肉に食い込み、小さな稲妻のような痛みが胸を貫く。
「やめろ……!」
おぞましさに身を震わせながら叫んだ。
「うわっち……!?」
男があわてて手を引っ込めた。掌と私とを見比べる。
「なんだ、今のは? 焼けた鉄を握ったみたいだった……」
「魔女だ。やっぱり、こいつは魔女なんだ」
悪しき者には、私の力が魔女の仕業に思えるかもしれない。しかし、これは御主の力なのだ。私は……失われていた御主の護りが身内に蘇るのをかすかに感じていた。
しかし。
「何事だ、さわがしい」
重い鉄の扉が開いて、赤く染まった陽の光の中から数人の人影が現われた。先頭は司祭の法服をまとった太り肉の男。フード付きのみすぼらしい長衣に身を包んだ侍祭とおぼしき二人。その背後から、そのまま夜会に出てもおかしくない派手な衣装の――おそらく城主だろう。小姓らしき少年を従えている。
「あ、いえ……この女、怪しげな術を使いまして……」
「分かっておる。どうせおまえが怪しからぬ振る舞いに及んだのであろう」
司祭が、手にしていた大きな十字架を私に突きつけた。
「神の御業の前には、悪魔の力など封ぜられる。去れ、悪魔よ!」
一喝されて……御主の護りがたちどころに消え去るのを、私は感じた。
馬鹿な。御主は、この男に味方されるのか??
城主とおぼしき男が、私の間近に立った。疑わしそうに、けれど淫らがましい光を瞳に宿して、私の裸身を頭のてっぺんから爪先まで(とくに乳房と股間は入念に)眺める。
「こやつを魔女として処刑すれば、敵は大義名分を失い、戦わずして降参するかもしらんな。だが……魔女であるという確たる証はあるのか」
「戦場で見せた数々の妖かし。されど十字架に取り囲まれて消え失せた魔力。じゅうぶんな証拠でありましょう」
司祭の言葉にも、城主は疑わしそうな表情を崩さない。
「戦場からの報告は、ともすれば大仰になりがちだ。わずか十数人の夜襲を数百騎を越える強襲と誤認して、千人が敗走した事例もある」
「ごもっともですな。では、本人に尋ねてみましょう」
城主と入れ代わって、司祭が私の前に立った。
「汝は魔女か? 悪魔と契約して力を得たのか?」
「違う。私は魔女ではない」
「貴公はふざけておるのか」
城主が呆れ顔で司祭を詰った。
「はい、そうですと答えるわけがなかろう」
こればかりは、私も同意見だった。この男は馬鹿なのか。それとも、人を疑うことを知らぬ底抜けのお人好しなのか。敵方のはずの相手が善良にさえ思えてくる。
「では、汝は不可思議な力を神から授かったというのか?」
司祭は城主に構わず質問を重ねてきた。
私は返答に窮した。十字架を携えた騎士団に捕らわれる前だったら、確信を持って質問を肯定していただろう。けれど、今は……
「分かりません」
私は力無く首を横に振った。
「もしも御主が力をくださっているのでしたら、それがいつまでも続きますように」
御主に見放されたとは思いたくない。
「もしもそうでないのなら、御主が力を与えてくださいますように」
それこそが、私の痛切な祈りだった。
司祭が聖職者にあるまじき大きな舌打ちをして、後ろに下がった。
「なかなか悪知恵の働く魔女ですな」
「どういう意味だ?」
「神の恩寵は、人間にはうかがい知れぬものです。神から力を与えられたなどと広言すれば、それこそが悪魔と契約を交わした証拠となるのです」
それは詭弁だと思う。人間には御主の計画をうかがい知ること叶わぬのは『ヨブ記』ひとつ取っても明らかだ。けれど、陽の光も雨の恵みも御主の恩寵であることくらい、子供でも知っている。
「今の問答を記録したのか?」
出入口の横に置かれた小さな机に座っている侍祭を、司祭が振り返った。
「はい。一切を書き残すのが決まりですから」
「む……これからは、それがしの指図を待ってから記するように、な」
都合の悪いことは握りつぶすということか。この肥満漢を好人物だと思った私が愚かだった。こいつは、何がなんでも私を魔女に仕立てるつもりなのだ。
「本人の自白が得られぬからには、誰の目にも明らかな証拠を探すしかありませぬな」
もうひとりの侍祭が、背負っていた木箱を床においた。箱の中は何段にも仕切られている。そのひとつから、司祭が長い針を取り出した。針というよりは、握り柄のついた細い金串だ。
「魔女の身体には、悪魔と契約を交わした印が刻まれております。その部分は、針で刺しても痛みを感じませぬ」
「わざと痛がるのではないのか」
「そのようなしたたかな魔女には、次なる手段が控えております。しかし、審問の手順を略すわけには参りませぬ」
木箱を背負っていた侍祭が、すでに身動きできなくなっている私を羽交い締めにした。司祭は針を右手に持ち、左手で私の裸身をまさぐる。
私はおぞましさに鳥肌を立てながら、目は針先からはなせない。
「うむ。この黒子が怪しい」
まわりの者にも聞かせながら、司祭はあちこちに針を突き立てる。
私は大袈裟に聞こえない程度に、素直に痛みを訴えた。我慢すれば魔女と決めつけられるのだから、そうするしかない。
「なかなかに正体を現わさぬな。ここは、どうだ」
そこには黒子も痣もないというのに――司祭は右の乳房をつかむと、乳首に針を突きつけた。まさか、男に比べればずっと大きくて色もまわりの肌と異なっている乳首そのものを悪魔の刻印とでも疑っているのだろうか。
じわあっと針先が乳首の先端をくぼませて……ぷつっと、貫いた。
「きひいいいっ!」
痛みを訴える声ではなく、悲鳴をあげた。肌に突き刺さる感覚ではなく、脳天まで稲妻が突き抜ける――腕や尻を刺されるのとは異質の激痛だった。
司祭は反対側の乳首にも、同じように針を突き刺した。胸板に達するほどに深く。私は、ふたたび悲鳴を絞り出される。
「ふうむ。ここでもないとすると……」
司祭の左手が腹の上を滑って、股間に達した。
「あっ……?!」
割れ目の縁をなぞられて、悪寒と痺れとが綯い混ざったような不思議な感覚が腰を震わせた。割れ目が左右に押し広げられる。司祭の指が、割れ目を抉るようにして上に動いた。
「ひぐっ……?!」
さっきと同じ、いや数倍もの不思議な感覚が今度は背筋を翔け昇った。
「え……?」
くりんくにゅんと、割れ目の頂点あたりを指がほじくる。
「おや? こんなところに小さな突起が隠れておったぞ。これこそ……」
あっと思った。用を足した後で、そこを水で洗ったり枯草で拭ったりするとき、びくっと腰が震えることがある。ちょうど、そこのあたりだ。そう思い至ったとき……
乳首とは比べものにならない太い稲妻が、腰の一点を貫いた。
「ぎゃはあああっ……!!」
全身が爆ぜたように感じた。実際には侍祭に羽交い締めにされているので、肝心の箇所は針から逃れられず、手足に鉄枷が食い込んだだけだった。ぴいんと張りつめている鎖が、ぎしぎしと軋んだ。
「ここでもないとすると……」
司祭と侍祭が位置を入れ替えた。
私は侍祭に抱きすくめられて――司祭は、背中や尻に針を突き刺していく。乳首や股間の一点に比べれば、束の間の安らぎにも似たひと時だった。
「まったく巧妙に隠しておりますな。致し方ありませぬ。他の証拠を探しましょう」
司祭が箱から十字架を取り出した。
違う、十字架ではない。横木が短く下側が長い。木の短剣にも似ているが、刀身にあたる部分が指三本分ほどの太さの丸棒になっている。先端が丸みを帯びて膨らんでいる。
「契約を交わすとき、悪魔は必ず魔女と媾合います。この娘が乙女でなければ……」
「身持ちの悪い阿婆擦れに過ぎぬかも知れんぞ」
わたしには、司祭と城主の会話の意味がさっぱり分からない。
「よほどの確信がなければ、この検査はいたしませぬよ」
私の前に背の低い椅子が置かれて、そこに司祭が座った。彼の顔と私の股間が、同じ高さになった。
司祭が木の短剣を両手で捧げて、尖端を私の股間にあてがった。
「やめてください」
男女の営みについては漠とした知識しか持たぬわたしでも、さすがに司祭の恐ろしい意図を理解できた。
「そんな物を……秘め所に……」
驚愕と羞恥とで、言葉が出てこない。
「さすがは淫乱な魔女だな。張型では物足りぬか」
悪意ある曲解。どころか……
「今の言葉は、しかと書き留めておけ」
侍祭に命じる。
「違う……!」
「男根とは違うが――我慢しろ」
私の抗議には耳も貸さず……
ぎちぎちと、巨大な異物が股間に押し入ってきた。
「うああああっ……痛いいいいっ!!」
喉の奥から獣のような絶叫が迸った。
針で刺される痛みとは、まったく違う。身体を真っぷたつに割り割かれるような、重たく分厚い激痛。それが、いつまでも続く。肉を無理矢理にこじ開けて、奥深くまで貫入してくる。
さらに……内臓を押し上げられるような鈍い不快感。そこでようやく、木剣が止まった。
つぽんと音を立てて、一気に引き抜かれる。
木剣は、血で朱に染まっていた。
それが純潔の証だということくらいは、私も知っている。もしや、これで疑いは晴れたのではなかろうかと――恥辱と悲哀の中にも、私は一縷の希望を託した。
「驚きましたな。悪魔が処女を奪わぬとは」
ちっとも驚いていないと分かる声音だった。
「まずいのではないか? 神に仕える者が乙女の処女性を穢したのだぞ」
傍観していた城主のほうが、余程うろたえている。しかし司祭はけろりとして、とんでもない罪を私に着せた。
「なんという、破廉恥で醜悪な魔女であることか。こやつは、ソドムの罪まで犯したに違いありませんぞ」
ソドムの話は子供でも知っている。けれど、具体的にどのような禁忌を犯したのかは、聖なる書物を読めない私たちには知りようもない。
「おお、そうか。それに違いあるまい」
城主が、大きく頷いた。
「検査をせねばなりませぬ。不浄ではありますが、審問を進めるには必要なことです」
血まみれの凶器を持って司祭が立ち上がると、侍僧が椅子を私の背後へと動かした。司教の姿も背後へと消えた。
いったい、なにをされるのか。尻たぶを侍祭に両手で割り開かれても、まだ見当がつかなかったのだが。排泄の穴に冷たく硬い感触を押し付けられては、悟らざるを得なかった。
「やめてください。仮にも、あなたは御主に仕える身ではありませんか」
司祭が握っている道具が男根を模しているのは、もはや明らかだ。つまり、司祭の姿格好をしたこの男は、排泄穴に生殖器を挿入するという悪魔でさえたじろぎかねない所業を、たとえ真似事とはいえ、してのけようとしている。
そうか。これこそが、ソドムの民が犯した禁忌なのだと、卒然と理解した。教会で聴いた逸話の意味が分かった。天使様が若い旅人に姿を変えて善良なるロトの家を訪れたとき、住民が旅人を出せと押し寄せた。あれは……若い男に、これと同じことをしようと目論んだのだ。ソドムの罪の再現。この瞬間にも、二人まとめて御主の雷(いかづち)に打ち滅ぼされるのではないかしら。
しかし雷は轟かない。
排泄の穴に、先ほど股間に感じたと似た激痛が奔った。いや……割り裂かれるというよりも、排泄の穴全体に亀裂が広がるような、圧迫と激痛とが重ね合わさったような……
「ぎびい゙い゙い゙い゙っ……!!」
しゃがれた悲鳴が喉を震わせた。
けれど、生殖器を犯されたときとは違って、先端の太い部分が押し入ってきたあとは、痛みが薄れた。そのかわりに、どこまでも奥深くまで穿たれていく不快感。
そして。数日間の便秘が一気に解消したような、むしろ快感とともに、凌辱は終わった。
「はあ、はあ、はあ……」
股間と排泄の穴と、二か所とも鈍い痛みがうねっている。どちらにも、太い異物が挿入されたままになっている錯覚。
「実に簡単に挿入りましたぞ。やはり、こちらで悪魔と媾合っておりましたな」
司祭の姿をした男が立ち上がって、顔は見えないが、悪魔の微笑を浮かべているだろうとは、声で分かった。
力ずくで押し込んでおいて簡単とは、それが悪魔と交合した証とは……こいつらは、どうあっても私を魔女に仕立てるつもりなのだ。
「本格的な尋問は明日からということにして、今日は戦勝の祝賀会ですな」
束の間の安息を得た安堵よりは、明日からの尋問の凄まじさを予感して、私は戦慄した。だって……どんなに拷問されようとも、私は魔女であるなどという虚偽を『自白』するつもりは微塵もない。みずからの命が惜しいのではない。私が魔女として処刑されたら、こやつらの目論見どおり、味方は戦意喪失して決定的な敗北を蒙るだろう。
けれど、ただの捕虜として殺されるのだったら――味方は復仇の念に奮い立つことだろう。
ようやくに、私は宙吊りから解放された。といっても、処遇はかえって悪くなった。素裸のまま、鉄枷で後ろ手に扼され、幅広の分厚い革帯を噛まされて、三階の牢獄まで階段を上がらされた。
牢屋のひとつずつは、驚くほど狭い。壁に背をもたせかけて座れば爪先は鉄格子に届くし、壁に沿って身を横たえる広さもない。
最初の見張とは違う、城で雇われている下男らしい二人が、私の見張についた。自由を奪われて狭い檻に閉じ込められた小娘ひとりに、大仰なことだ。しかも、三方の鉄格子には、背丈ほどもある十字架が立て掛けられた。ただ二本の木を組み合わせた物ではなく、御子が磔に掛けられている彫像を嵌め込んだ、聖別された本物の十字架。
なぜ、この者どもは聖物を平然と持ち運べるのだろう。ほんとうに、彼らの上に御主があられて、私は御主から見放されたのだろうか。
牢番の二人を残して、迫害者どもは塔獄から立ち去った。
牢番は、部屋のまん中に置かれた小机に向かい合って座り、頬杖を突いてこちらを眺めている。
私は――下司な男どもの視線に背を向けて、牢獄の隅にうずくまる。それでも、床に流れた恥辱の血までは隠しようがなかった。
牢獄には私しか捕らえられていないというのに、??の臭いが漂っている。垂れ流されたそれが、床に染み着いているのだろう。
――牢番のひとりが何事かを思い出したように立ち上がって姿を消したかと思うと、両手に桶を持って戻ってきた。
「怪我の手当てをしてやる。こっちを向いて脚を広げろや」
そのようなはしたない真似が、できようはずもない。けれど、もうひとりの牢番までが狭い檻の中にはいってきて、私の双つの乳房をつかんだ。
痛い……抗っても無駄と観念して、私は体の力を抜いて男どもに嬲らせる。
立たされて、脚を開かされて。水桶を運んできた牢番が掌に水を掬って、ぴちゃぴちゃと股間を叩く。さらに奥まで手を伸ばして、排泄の穴まで指でまさぐる。男の手が動くたびに、私の身体がぴくっと震える。
恥辱きわまりない狼藉ではあったが、肌にこびりついていた血が洗い流されて、もちろん感謝なんかしなかったけれど、この二人への憎悪までは湧かなかった――この時には。
私は、また床に座らされて。驚いたことに、口を縛っている革帯がはずされた。
「悪魔への祈りなんかするんじゃねえぞ。聖水をぶっかけてやるからな」
男が切子細工の施されたフラスコをかざした。
いっそ頭から浴びせてほしいと思ったのは一瞬。聖水を浴びせられて何事も起こらなくても、それは私が悪魔の手先ではないというだけで、御主の恩寵が未だこの身の上にある証にはならない。そして、何事も起こらなかったという下賤の男どもの証言は黙殺されるに決まっている。
目の前に桶が突きつけられた。そこに湛えられた水を見て、喉が焼けるようにひりついていると気づいた。戦場では水を飲む暇がなかったし、捕らえられてからの行軍、そして処女性の検査に名を借りた拷問では悲鳴をあげ続けていた。
私が桶にかじりつくと、男はそっと桶を傾けてくれた。
水を貪り飲んで、すこしは人心地を取り戻した。
「なにか望みはあるかい? ひもじくはねえか?」
男の声は、憐れみからくる優しさに聞こえた。
「食べ物よりも……着物をください。せめて、腰のまわりだけでも……」
味方の兵士だろうと将軍だろうと、素肌を見られれば羞恥を覚える。まして、この男は味方ではないし、この身は素肌どころではない有様だった。
男が薄い笑みを浮かべた。
嫌な予感が背筋を突き抜けた。
「いいとも。けど、こっちの望みもかなえてほしいぜ」
男が桶を床に置いて、両手を私の肩にかけた。
私は後ろへ逃げて、壁に突き当たった。立ち上がる前に、横ざまに押し倒された。
「張形で生娘を破られたんだってな。本物の味を教えてやるよ」
「やめてっ! 誰がおまえなんかに……むぐうう」
叫んだ口に革帯を押し込まれて、そんなことでひるんだりしない。唯一自由な足で、男を押しのけた。
けれど、ささやかな勝利は一瞬で潰える。もうひとりの男が、後ろから私を引き倒した。
「どうせ、もう傷物になったんじゃねえか。おとなしく姦らせてくれりゃ、約束どおり着物をやるからよ」
布切れの一枚や二枚で身を穢されてなるものか。のしかかってくる男を、また蹴飛ばしてやった。
「優しくしてりゃあ、つけ上がりやがって」
頬桁をしたたかに殴りつけられた。
「やめろって。怪我をさせるなと言われてるだろ」
「ちっ……これなら、かまわねえだろ」
腹に拳骨を突き入れられた。
「ぶぐっ……」
飲んだばかりの水をごぼっと噴き出して、革帯に遮られて激しく噎せた。
その隙に、私は完全に押さえ込まれてしまった。
殴った男が、あわただしくズボンを脱いで、私におおいかぶさってきた。
股間に、模造男根で貫かれたときと同じような痛みを感じた。いや、すこし違う。身体を割り裂かれるような感覚ではない。そこに生じた肉の裂け目を、さらに押し広げられるような鈍痛。
鈍痛が律動する。男の身体が上下に動いている。挿入された男根が私の中を深く浅く抉っている。
「ぐゔゔ、ゔゔ、ゔゔ……」
律動に合わせて、くぐもった呻きが喉から噴き出す。痛みで頭が痺れてくる。
それが何十回と繰り返されて。不意に男が動きを止めて立ち上がった。
膝までずり下げていたズボン下を脱いで、私の足元に座り込んだ。
「約束は守るぜ。手を使えんから、穿かせてやるよ」
私の足首を持ち上げて、ズボン下に足を通す。貞操で購った下着かと思うと、惨めなだけでなく憤怒さえ燃え上がったが、それは裡にこもるだけで力にはならなかった。そして――名誉のためにも男の行為を拒むべきではあったが、裸身を晒す不名誉を蔽うためには、受け容れるしかなかった。媾合いの残滓がズボン下にわだかまって気持ち悪いけれど、それも我慢するしかなかった。
ズボン下を穿かされて。これで、もうひとりの男にまで犯される怖れはなくなった――と思ったのは、私が男の好色と邪淫とを知らなかったからだ。
「さてね。やつだけが愉しんだんじゃ面白くねえな。俺っちは、これを着せてやってもいいんだが……
もうひとりの男は、チョッキを脱いだ。
「ちょっと大きいから、こうすれば……」
肩の合わせ目を手で引き裂いて、後ろ手に扼されている腕の下からチョッキを押し込んだ。身頃を引き上げて、裂いた箇所を肩の上で結び合わせる。
「俺っちは親切だから、前もちゃんとしてやるよ」
革紐を結んで、前身頃を閉じてくれた。腋の下が窮屈だけど、乳房も腹も隠れて――ずいぶんとましな姿(でも不格好)になった。
私は戸惑いながらも、幾分は安心していた。こうやって着せかけてくれるのなら、あらためてズボン下を脱がしたりしないのではないか。
そのとおりだった……のだけれど。
男は、私の口をふさいでいる革帯を取り去ってくれた。
情欲を遂げたほうの男が、聖水のフラスコを手にして、すこし離れたところから成り行きを見守っている。
「俺っちも、さすがにソドムの罪を犯す気にはなれねえ。そこで相談だが、その可愛いお口で俺っちをしゃぶっちゃくれねえか」
意味が分からなくて、私は男を見上げた。
男がズボンをずらして、いきり立った男根を私の顔の前に曝す。
「わかるだろ。これは、そんなに悪い行ないじゃない。気の利いた娼婦なら、黙っていても奉仕してくれるぜ」
わたしは卑しい娼婦なんかじゃない。けれど、これまでの淫惨な体験が、男の要求を理解させた。排泄の穴に挿入するのなら、摂取の穴にも……
「そんなことをされるくらいなら……もぼおお!」
素裸にされるほうが、よほど名誉を保てる――と言いかけた口に、怒張を突っ込まれた。
「あえ……げええっ」
喉の奥まで、模造男根の三倍は太い怒張を突き挿れられて、母音すら発せられなくされた。鼻の奥まで、男の獣めいた体臭が沁み込む。
「いい子だ。ちっとばかり我慢してな」
我慢なんか、できるはずがない。男根を吐き出そうにも、髪の毛をつかまれ頭を押さえつけられて身動きできない。すこしでも汚穢に口が触れぬようにと、私は大きく口を開けて、突然の暴辱に翻弄されるばかり。
「舐めてくれなんてのは……贅沢か」
男は、私の顔に腰を打ちつける。そのたびに上顎をこすられ喉の奥を抉られ舌を押さえつけられる。
「も゙お゙お゙、む゙ゔ……」
頭を立て続けに揺すられて気が遠くなりかけたとき――喉の奥に熱い衝撃を感じた。口の中に魚が腐ったような悪臭が広がる。
男が身を離すと同時に、私は上体を折って、口の中の汚物を吐き出した。
「うえええ、げええ……」
いつまでも吐き気が止まらない。
なのに、この男は無情にも、革帯で私の口をふさいだ。
「明日の朝は、パンか果物を食べさせてやるから……また、頼むぜ」
勝手なことをほざいて、二人は檻から出て行き――見張の椅子に陣取った。
私は、壁に背中をあずけて座って、憤怒の炎を宿して二人を睨みつける。私にできる仕返しは、ただそれだけだった。
二人は面白がって、私に向かってわざと変な顔を作ったりする。まるで子供の睨めっこっだけれど……目を反らせた方が負けだなんて本気で考えていた。
やがて夜の帳が下りて、蝋燭一本の明かりもない牢獄は、闇に溶けていった。二人の牢番は交替で不寝番を務めることもなく、酒を喰らい、あげくに二人そろって居眠りを始める。兵士の経験もないのか、司祭と違って、私を無力な小娘と侮っているのか。
冷たい夜気に体温を奪われながら、私はずっと考え続ける。ほんとうに、私から御主の力は去ったのだろうか。御主は敵に祝福を与えられたのだろうか。
これまでは考えたこともなかったが。イングランドにも教会があり、それは法王猊下に公認されている。つまり、敵も御主に祝福されているのか。
では、なぜ……御主に祝福された者同士が相争うのか。私にはとうてい答を見つけられない問題だ。
私に分かっているのは――たしかに、戦場において御主は私と共にあらせられ、私の怒りに力を与えてくださっていた。いや、御主の怒りが私を憑代として顕現していたのだ。
けれど、敵が聖なる印を押し立てて戦場に臨むと、全知全能の御主といえども一方に与すること能わず、私から力を取り上げられたのではないだろうか。
そうに違いない。敵の司祭もそのことを知っていて、檻を十字架で取り囲んだのだ。
では、十字架が取り払われれば、そして御主に仕える者がこの場にいなければ――私にふたたび力は甦るに違いない。
……辛抱強く、その時を待とう。
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この記事を書いている今の実際の進行状況は、最終章に着手するところです。
最後はダットサンの如く走りますから、明日当たり脱稿するかも。それから推敲校訂で、表紙絵BF丁稚揚げて。
7月リリースですかね。
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