Progress Report 1:濡墨を着せられた娘
現在は140枚まで進行しています。
第一幕 破れ寺
第一場 拐わかし
三穴姦/蝶乱舞
第二場 全裸捕縛
裸縄掛/刺青晒
第二幕 女囚牢
第一場 吟味前夜
素肌検/牢問答
第二場 苛烈牢問
裸敲問/石抱問 ←裸敲責まで執筆済
廻舞台 若侍苦楽責
牢内掟/吊敲責/海老責/坐禅転
廻舞台 新妓夢現責
駿河問
第三場 虚偽自白
父母流罪/磔刑申渡
廻舞台 熟娘揺木馬
第三幕 拷問蔵
第一場 盗金所在
木馬責/逆吊責/水樽責/男牢入/釘打責/首吊責
第二場 濡衣問答
最終幕 処刑場
過去に何度も描いた責めが多いですが、だって好きなんだもん♡ です。
起承転結はありますが、序破急はなく、ひたすら責め場のヒッパレーです。「引っ張れ」ではなく Hit Paradeです。
では、入墨のシーンを御紹介。
あっと。水は規制文字回避です。
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蝶乱舞
早朝。下腹部の不快に、千代は覚束ない微睡(まどろみ)から引きずり出された。夕刻に拐わかされてこの方、用を足していない。水意は差し迫っていた。
あたりを見回して。男三人と女一人が、枕を並べて寝ている。枕と、布団。千代がふだん使っている夜具に比べれば貧相な物だが、とにかく寒さは凌げる。筵一枚とは大違いだ。
声を掛けようかと迷ったが、鬼を起こすようなものだ。まだ半刻やそこらは我慢できるだろう。
千代は、さらにあたりを見回す。ここは破れ寺だと男のひとりが言っていたが、その通りだった。脇侍は無くなっており、持ち出すには手間の掛かる大きな本尊の千手観音は残っているものの腕がほとんど取れてしまっている。障子の破れに継ぎが当ててあるのは、この者たちの仕業だろうか。とすると、ここは一時凌ぎの場ではなく、根城なのかもしれない。
隠れ家を知った者を、おいそれと解き放ってくれるだろうか。死んでしまいたいと思いながらも、やはり不安は募ってゆく。
「なんだい。もう起きてんのかえ。まあね。あんな目に遭わされてこんな格好にされて、まさかに白河夜船でもあるまいが……おお、寒い」
起き上がった楓は外へ出ようとしかけて、千代を振り返った。
「もしかして、厠へ行きたいんじゃないのかえ」
「はい、お願いします」
何も考えずに返事をした千代だったが、楓の意地悪そうな笑みを見て、嫌な予感を覚えた。果たして。
「銀さん。こいつ、小イ更がしたいとさ。面倒、見てやっとくれな」
男たちは動かない。
「ええい、寝穢いお人だね」
楓が取って帰して銀次を足蹴にした。
「あの……縄を解いてください。場所を教えてもらえば」
「逃げようたって、そうはさせないよ」
「逃げたりはしません」
男に追われて逃げおおせるはずもないのだが。楓は耳も貸さずに銀次を蹴り起こした。
寝惚け眼(まなこ)の銀次が楓の言葉を聞いて、苦笑いする。
「どうせなら、端の二枚にも手伝わせたいんだろ」
「ふふん。男三人に見物されながらの放水(ゆばり)かい。出るもんも出ないんじゃないかね」
「そんときゃ、三人掛かりのときみたいに、抱っこしてシートトトってな」
銀次は二人の乾分を叩き起こして、趣向を説明した。
「へへえ、こりゃいいや。蹴転(けころ)にだって、そんなことすりゃあ、袋叩きにされちまわあ」
三人が千代を取り囲んだ。
「いや……赦してください」
筵を剥ぎ取られて、千代は荒縄で縛られて身動きできない裸身を縮こませる。
「いやあっ、やめて」
肌に手を掛けられて、悲鳴をあげた。
「いいよ、やめておやりな」
楓の言葉に、男たちのみならず千代までが、ぽかんとした。
「そんなに嫌なら、放っとくさ。罰当たりにも、御仏の目の前でお漏らしをしな」
千代は愕然とした。男たちの見世物になりながらの放水を拒んでこのまま放置されれば、いっそう羞ずかしい結果を招いてしまう。
「さあ、どうするんだい」
「…………」
迷いは当然だが、答えも必然だった。
「厠へ……つ、連れて行って……ください」
楓が銀次に目配せすると、たちまちにタツとヤスが千代の身体に取り付いて。乳房をつかみ尻を撫で股間にさえ手を差し入れながら、荒縄を解いた。が、すぐに楓がしゃしゃり出て、千代を改めて後ろ手に縛った。手首を引き上げて縄尻を胸乳の上下にも巻く。
「いつ見ても、鮮やかな腕だな」
「門前の女郎、縛られた縄を覚えるってね。あちきに引導を渡してくれた役人の直伝さ」
へっと口を歪めて。銀次が縄尻を取った。
「そら、立てよ」
千代は立ち上がろうとしたが尻餅を搗いてしまった。目眩がするほどに羞恥を感じていたせいもあるが、腕を使えないので身体の釣り合いを取りにくい。腰を打ちつけたはずみに、あやうくちびりかけた。片膝を立てて、股が開くのを羞じながらもゆっくりと立ち上がった。
「どうも、危なっかしいな。引っ張ってやるぜ」
銀次はさらに荒縄を持ってきて、千代の腰を縛った。後ろで結んで、縄尻を脚の間に通して前へ引き上げ、腰縄に絡めた。
「歩けよ」
つんつんと縄尻を引っ張る。
「あっ……」
歩くどころか、千代は股をすぼめ腰を引いて、たたらを踏んだ。股間を通る荒縄が女淫に食い込んで、無数の針でつつかれるような刺激に困惑したのだ。鋭い痛みは、ある。しかし、それ以上に。くすぐったい疼きがあった。まったく未知の感覚だった。強いていえば、実核を自分でくじったときの甘い疼きに似ていなくもなかった。それほどには尖った疼きではない。女淫全体に広がる疼きだった。
「歩けと言ってるんだぜ」
にやつきながら、銀次は縄をぐいと引っ張った。
「あっ……」
くすぐったい疼きが消えて、無数の針が女淫に突き刺さる激しい痛み。それでも、縄に引かれて千代は足を前へ運んだ。その動きが縄をこねくって、痛みは減らずに、また妖しい疼きが女淫を苛む。
「おおい、転んじまうぜ」
後ろからヤスが千代の肩を支えたが。
「タツ。おまえが尻を押してやれ」
自分は千代の斜め前に立つと、腕を伸ばして乳首をつまんだ。
「俺も引っ張ってやるよ」
乳首を前へ引っ張る。
「やめてください……歩きますから」
訴えに耳を貸す者はいない。千代は股縄を引かれ乳首を引っ張られ尻を押されながら、痛いのかくすぐったいのかも判然としない心地で、本堂の外へ連れ出された。
楓が先に立って、本堂の裏手へ千代を引きずり込んだ。
「厠までは歩けそうもないね。ここで出しちまいな」
「歩きます。お願いですから……」
「ここで小イ更しちまいなって、言ってんだよ。出来ないなら、このまま連れ戻すよ」
銀次が股間の縄を引き抜いて、そのまま縄尻を持った。
「あの……」
「目を放しちゃあ、逃げないとも限らねえ。ちゃんと見ててやるから、さっさと小イ更しちまいな。なんだったら、大のほうもひり出すか」
銀次に言いつけられて、タツが千代の肩を押さえてしゃがませる。
男三人が千代を取り囲み、楓は二間ほど離れて見物している。
千代は観念せざるを得なかった。出さないまま連れ戻されれば、遅かれ早かれ粗相をしてしまう。破れ寺とはいえ御仏の前で粗相をするなど、羞ずかしいだけでなく畏れ多い。
千代は目を閉じて、小水を放とうとした。が……出ない。水意は差し迫っている。なのに、ちょろっと漏れ出る気配すらなかった。朝の冷気に曝された千代の裸身に、いつしか脂汗が滲んでいた。
「しょうがないねえ。手伝ってやるよ」
楓が千代の前にしゃがみ込んで、崩れた髷から簪を抜き取った。逆手に握って、軸の先で千代の女淫をつつく。千代は立って逃げようとしたが、タツに押さえ込まれた。
女淫の上のあたり、小水の出る穴に尖った軸先を突き挿れられて掻き回されて。焼けるようなむず痒さを感じると同時に。頑なに水を堰き止めていた堤にひび割れが走った。
ぷしゃああああ……
「おっと」
楓が飛び退く。破れた堤は、あふれんばかりだった水を勢い良く迸らせて止まらない。
「あああ……」
千代が切なげに呻く。それはこらえていた水意を解き放った安堵か、見物されている羞恥か。
出し終えても、千代はしゃがんだままだった。
「あの……落とし紙を」
銀次がせせら嗤う。
「紙があったところで、手を使えなきゃどうにもなるめえ。俺っちが始末してやるよ」
腰縄の縄尻を最前のように後ろから前へ股間を通した。
「あっ……」
腰を浮かしかけた千代だったが、またタツに押さえ込まれた。
「きひいいいっ……痛い。やめて……」
銀次が縄を前後にしごく。引き回されていたときの何倍もの力で女淫の内側をこすられて、千代は甲高い悲鳴をあげた。
小水で湿った縄でそのまま、銀次は股間を縛った。
「さあ、戻ろうぜ」
縄尻を真上に引っ張って、千代をごぼう抜きに立ち上がらせた。
「ちょいとお待ち」
楓が小水に濡れた簪を千代の髪に巻き付けて、簡単な垂れ髪(今でいうポニーテール)に結った。
これも自分への辱めのひとつだと千代は受け止めたが、いっそうの深謀遠慮があるとは気づくはずもなかった。
股間の痛みと疼きとむず痒さとに惑乱されながら本堂へ連れ戻されて。腰縄と股縄は解いてもらえたものの、後ろ手に縛られた縄尻を柱につながれた。他に身の置き様も無いので、千代は柱に向かって身をくっつけるようにして正座した。
やがて、楓と銀次が連れ立って出て行き、かえって千代は心細さを覚えた。頭目格の二人がいなくなって、乾分二人が図に乗って悪戯を仕掛けてこないかと怯えたのだ。そんな自分を、これほどまでに穢されて今さらと自嘲してもみたが、百の危害を加えられたからといって、新たな一が怖くないはずもなかった。
しかし、千代の不安は杞憂に終わった。ヤスとタツは、膝が当たるほどに近寄って座り込み、しげしげと千代の裸身を眺めたりはするが、手は出してこなかった。野良犬は野良犬なりに、躾けられているらしい。
楓と銀次は半刻ほどで戻ってきた。握り飯やら干物やら、今夜の飲み料らしい一升徳利やらを持ち帰っている。つまりは、ここで煮炊きするほどには住み込んでいないのだが、千代にはどうでもいいことだった。
「おまえも食いなよ」
千代の前に八ツ手の葉が広げられて握り飯が置かれた。水を入れた木の椀も添えられている。
千代は楓を見上げて、憎しみのこもった眼差しを浴びてすぐに目を伏せた。
昨日の昼に軽く湯漬を食したきり、男の精汁の他は一切飲み食いしていないにも関わらず、 飢(かつ)えは感じていない。けれど渇(かわ)きに喉がひりついている。千代は正座したまま上体を折り曲げて、口を椀に近づけた。が、どうにも届かない。
思案した挙げ句、椀を倒さないよう後ろへ下がって、羞じらいを投げ捨てて胡座に座り、椀へにじり寄った。今度は、どうにか椀の縁にかじりつけた。
ずじゅううう。音を立てて水を啜った。甘酒よりも冷やし飴よりも甘露な、干天の慈雨だった。
楓が、ふんと鼻で嗤って、からかってやろうと口を開きかけたが、結局は何も言わなかった。
千代が食べようとしなかった握り飯は、小半時もすると取り上げられて、ヤスとタツが食べてしまった。
――陽はまだ高いから未(み)の刻前か。身なりを整え大きな手提げ箱を携えた男が、案内を乞うこともなく本堂に入ってきた。楓が丁重に出迎える。
「先生、お待ちしておりました。早速に支度を致しますので」
ヤスとタツが、大きな戸板を運び込んで床に置いた。四隅と長手の中程には太い鎹(かすがい)が打ち込まれている。銀次が千代の後ろ手を解いて、戸板の上に俯せにさせた。
「何をするんですか……」
無駄と分かっていても、問い質さずにはいられない。
「ちっとばかし痛い目に遭わすから、暴れない用心さ」
男三人掛かりで、千代の手足を大の字に引き伸ばして、四隅の鎹に縛りつけてゆく。腰にも縄を巻いて、身動きできないようにしてしまった。
新参の男が道具箱と共に、千代の横に座り込んで。顔をしかめた。
「縄の跡が残ってるではないか。あれほど、肌を傷付けるなと言っておいたのに」
「そんなにきつく縛っちゃいませんよ。あちきより五つも六つも若くて肌に張りがあるから、一刻もせずに消えますさ」
着物を脱ぎながら楓が言い返した。腰巻ひとつになって、肌色をした襦袢を着込む。ぴたりと肌に吸い付いて、ちょっと見には裸と変わらない。役者が舞台の上で肌を曝すとき身に着ける肉襦袢だった。
楓が千代の前に立って、背中を見せつけた。
一面に紺色の線で絵が描かれていた。大きな蝶々が翅を広げた図を紅葉の葉が取り巻いて、「乙」の字の角を丸めて横に引き伸ばしたような線が何本か腰のあたりを走っている。川の意匠のように見えるが、線の右端は小さな鼓に繋がっている。
「これと同じ絵柄をおまえの背中に彫ってやるよ」
言葉の意味が分からず戸惑っていた千代だが、肉襦袢を着た役者が諸肌脱ぐと、決まって文身(いれずみ)が露わになるのを思い出した。
「まさか……入墨……」
震える声で尋ねた。
楓が邪悪に微笑んだ。
「その、まさかさ。残念だが、彩(いろ)までは入れないけどね」
「なぜ、そんなことを……」
「さあね。仇討ちに欠かせない手順だってことだけは、教えといてやるよ」
「…………」
昼日中というのに、目の前が真っ暗になった。
操を穢されて嫁にいけなくなったとはいえ、知らん顔をして日々を過ごすことも出来なくはない。しかし入墨などされては、湯屋へ行けないのはもちろん、内風呂さえ使えない。親に見られるのも困るなどという生易しいものではないが、万一にも使用人に気付かれて世間に言い触らされでもしたら、首を括っても追いつかない。
いや、死ぬことすら出来ない。湯灌のときに見つかってしまう。
「いやああああっ……」
千代は声の限りに叫んだ。縄を引き千切ってでも逃れようと、渾身の力でもがいた。
「おとなしくしねえか。銀さん、やっとくれ」
おいきたと、ヤスとタツとで両肩と二の腕を押さえつけ、銀次が馬乗りになる。昨夜から散らかりっぱなしになっている布切れを楓がかき集めに掛かったのだが。
「悲鳴がまったく聞こえないのも風情が無い。縄を噛ますくらいにしてくれ」
この彫師も相当なタマではあった。
荒縄の結び瘤が千代の口に押し込まれ、跳ね上げた垂れ髪とひとまとめに頬を縊った。猿轡と同時に、背中に髪が散るのを防ぐ一石二鳥だった。
「むうう……」
千代は半ば観念して、それでも呻きを漏らしてしまう。
「では、仕事に掛かるか」
彫師が道具箱を広げて矢立を取り出した。楓を千代の向こう側に寝そべらせて、蝶の下絵を千代の背中に写し取っていく。肉襦袢の絵もこの男が描いたものであってみれば、まったくの瓜二つだった。
そして、いよいよ入墨。四本の針先を斜めに揃えた針棒に墨を含ませて、肌に突き刺す。突き刺して、ピチッと刎ねる。
「ひいっ」
嫋やかな悲鳴。指先を針で突いたほうが痛いくらいだと、絶望の中にも微かな安堵を見出した千代だったが。
ピチッ、ピチッ、ピチッ、ピチッ……
何十回と繰り返されるうちに痛みが積み重なっていく。
「くっ、くっ、ひいい……きひいいい」
呻き声が次第に甲高く、悲鳴に変わってゆく。背中は脂汗に濡れて、墨を入れられたところには血が滲んでいる。
彫師も根を詰めている。ひとしきり彫り進めると、手を止めて額の汗を拭う。
その間も、針に傷付けられた肌は痛みを千代に送り続ける。熱を帯びて、背中一面が薄桃色に染まる。
薄桃色の肌に刻み付けられてゆく紺色の太い輪郭。見る者の目を愉しませるが、当人にとっては生き地獄の苦しみ。後に千代が墜とされる真性の生き地獄に比べれば、極楽の安逸といっても足りないくらいなのだが、蝶よ花よと乳母日傘で育てられた箱入り娘にとっては、生まれて初めて直面させられた責め苦だった。
一刻もすると、押さえつけられなくとも身じろぎひとつしなくなって呻き声も途絶え、虚ろに見開かれた目から光は失せて。それでも、さらに一刻の余も入墨は続けられて、ついに大きな蝶が千代の背中に取り憑いたのだった。
「今日は、ここまで。明日はまわりの飾りを彫って、それから三日もすれば傷も落ちつくだろう。暈(ぼか)しも彩(いろ)も無しとは、なんとも勿体無いが」
彫師が千代の背中を拭って、血止めの油を薄く塗っていく。
「夜目にも見分けがつきやすいのは筋彫だとおっしゃったのは、先生じゃないですか」
「む、それはそうだが。ところで、わしはもうひと働きせねばならんかったな」
「ひと遊びの間違いじゃねえですかい」
銀次が、千代の縄を解きに掛かったのだが。
「傷が落ち着くまでは、その娘は縛っておくのが無難だろう。とはいえ、背中には触れぬようにせぬといかん。そこで、こういう趣向は如何かな」
彫師が自分から縄を取って、無抵抗の千代を縛り上げた。俯せのまま脚を正座の形に折り曲げて尻を高く突き出させ、腕を引っ張って手首と足首とをひとまとめに括った。四十八手には無い形だが、名付けるとすれば、理非知らずの裏返し、あるいは緊縛鵯越か。
これなら彫り上げたばかりの絵柄を愛でながら思う存分に腰を遣えると、彫師は自慢して。早速に千代の尻を抱え込んで、いきり勃った魔羅を突き立てた。
千代はわずかに尻を揺すって逃げるような動きをしたが、まだ意識は定かでない。十九とはいえ熟れた女に比べれば人形のような小娘を好き勝手に弄んで、彫師は埒を明けた。
例によって、楓が酢で壺の奥まで洗って子種を始末する。
「このままじゃあ、一人ずつっきゃ出来ないね。銀さんは、どこにするんだい」
「おめえの望みで、ひと通りは突っ込んだが、俺にも間夫(まぶ)の操立てってのがあらあ。とはいえ、お釜は御免だ。食ってねえといっても、溜まるもんは溜まるからな」
三つのうち二つが駄目なら残りは一つだとうそぶいて、銀次は千代の猿轡を解いて身体を立てた。開いた脚をいっそう開かせて、その間に割り込み、口に魔羅をねじ込んだ。
「むぶ……ううう……」
ようやくに千代は正気づいて。無理矢理に奉仕を強いられる。といっても、舐めろしゃぶれとうるさい注文はつかない。女淫と同様、ただ肉穴として魔羅を突き立てられ、中を遮二無二抉られるだけだった。
しかし、喉の奥に精汁を叩きつけられて、それを飲めと強いられたのは、昨日と同じだった。
ヤスは銀次に倣って口唇を使い、タツのほうはごく普通に女穴に突っ込んだ。
昨日まで未通女(おぼこ)だったとはいえ、一日のうちに四人から延べ六回も犯されている。弄られてぬかるんでもいた。多少の違和感があるだけで、タツの図体に似つかわしい逸物をすんなりと受け挿入れてしまう千代だった。
昨日のように入れ替わり立ち替わり、あるいは三人総掛かりといった陵辱にまでは至らず、三人が一回ずつ埒を明けただけで、千代は放置された。手首だけを括られて座った姿で、破れ天井の梁から腕を吊るされたのは、わざと寝転がったり背中を掻いたりして、彫ったばかりの入墨を台無しにされない用心だった。
今度は銀次を見張りに残して、楓と乾文二人が外出(そとで)する。銀次は、まさかに千代を憐れんでのことでもなかろうが、悪戯を仕掛けるどころか視姦にも及ばず、居眠りを決め込む。
千代は、まだ荒縄の猿轡を噛まされたまま、虚ろに床を見つめている。死にたいという想いさえ、とうに涸れ果てていた。
楓たちが戻ってきたのは、陽が没して小半時も過ぎた頃だった。男どもはさっそくに貧相な酒盛りを始めたのだが。
楓が千代の猿轡を解いて、冷めたふかし芋を口に押しつけた。千代はただ口を開けないのではなく、唇を引き結んで、拒絶の意志を露わにした。縛られていようと、飲み食いしなければいずれは死ねる。口をこじ開けて食べ物をねじ込まれようと吐き出してやる。
「そうかい。それじゃあねえ」
楓が短い竹筒を持ってきた。匕首の鞘を突っ込んで、竹の節を突き破る。
「銀さん、手伝っとくれ」
楓が不意打ちに腹を殴り付け、苦悶の形に開いた口に銀次が竹筒を押し込んだ。そのまま仰向かせる。楓が水の入った木椀を片手にふかし芋を齧り、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼して飲み込んでみせてから、千代を脅かす。
「口移しに食べさせてやるよ。水を流し込めば、嫌でも飲み下さずにはいられないよ」
千代は怖気(おぞけ)を震った。いきり勃った魔羅を見せつけられたときのそれではなく、蛆虫や蜈蚣が肌を這うときのような、それ。
「それとも、お上品に食べるかえ」
一も二も無く、千代は首を縦に振るしかなかった。
「そうかい。それじゃあ、お食べ」
目の前にふかし芋が転がされた。しかし、腕を吊られている。口から竹筒が引き抜かれ、銀次の腕から解き放たれても、芋には手が届かない。
「ちっと緩めてやるよ」
縄がすこしだけ緩められて、手を臍のあたりまで下ろせるようになった。
「さっさと食えよ。食わねえと、口移しだぜ」
「でも、手が届きません。もっと縄を伸ばしてください」
「甘ったれるんじゃねえよ。どうやって水を飲んだか思い出しな」
あのときは、胡坐に座って身体を折り曲げて。
同じようにして見たが、あと一寸かそこらが届かなかった。
思い余って、千代は床に身を投げた。吊られた腕を、これまでとは逆に出来るだけ上へ突っ張って。芋虫のように這って、芋にかぶりついた。
「お嬢様の作法は、あちきら下衆とは違って優雅なものだねえ」
楓が高笑いした。
千代は、齧り取った芋をろくに噛まずに、屈辱と共に飲み下したのだが。空っぽだった胃の腑に食べ物が落ちると、浅ましいまでに空腹を感じた。死にたい想いも、裸身を男どもの目に曝していることも忘れて、がつがつと貪り食い、ようやくに人心地の欠片を取り戻したときには、ふかし芋は跡形も無くなっていた。
「そんなにがっついちゃあ、胸焼けを起こすぜ」
水を湛えた木椀を与えられて、それも貪り飲んだ。
千代は改めて腕を高々と吊り上げられて、そのまま捨て置かれた。
その形では眠れないだろうと、仕留められた獣のように手足をひとまとめに括られて板の間に転がされたのは、酒盛りが終わってからだった。親切心からではなく、凍え死なれては困るからと、正絹の襦袢と羽二重の布団しか知らぬ裸身に筵一枚が被せられた。
そのせいよりは入墨の傷が発する高熱で、千代は一晩中悪寒に苦しめられながらも、心労の果てに泥のような惨めな安息へと引きずり込まれていくのだった。
翌朝には、水意に加えて便意にまで促されて目を覚ました。両手は前で縛られて、けれど昨朝と同じに股縄に引きずられて裏手へ連れ出されて。
「屎(ばば)を放(ほ)り出しとくと臭うからね」
排便のための穴を、自らの手で掘らされた。壊れてしまった堤は、そう簡単には修復されない。千代は簪にくじられずとも小水を迸らせ、あまつさえ掘らされた穴もきちんと役立てたのだった。さすがに、後始末に使った縄を股間に通されたときには、嫌悪に顔をゆがませ恥辱の涙をこぼしたのだが。それでも抗いはしなかった。付け加えとおくと、縄の汚れた部分は、もっと縄尻に近いところだった。後で使うときの都合を考えたのだろう。
この日も、午(ひる)過ぎから千代は戸板に大の字に縛り付けられて、蝶を取り囲む五つ葉と腰のあたりを流れる川を彫り込まれたのだが。
「ねえ、先生。あちきの乳首、あざと過ぎませんかね」
肌にぴたりと貼り付いている肉襦袢には深紅の乳首が描かれているのだが、生身のそれに比べると鮮やか過ぎた。
「肌の下に入れる墨だからな」
「でも、これじゃあ夜目にも違いが分かっちまいますよ。同じ色にしちゃあもらえませんか」
「布地に暈しを入れるのは無理だ」
「じゃあ、生身のほうに朱を入れたら、同じ彩になるんじゃありませんか」
彫師が、くくっと嗤った。
「女の憎しみは、とんでもないことを考えつかせるものだな」
「とんでもついでですけどさ。実核にも朱を入れてやっておくんなさいな」
「まさか、女淫まで曝すつもりか」
「まさかですよ。見えないからこそ、色が違ってても構わないんじゃありませんか」
「ほう……」
「どれだけ痛い目に遭わしてやったところで、あちきの受けた痛みの万分の一にも届きませんのさ」
千代は戸板から引き剥がされ、手首足首を縛られて、空中に大の字に磔けられた。ヤスとタツが、両脇に立って腋の下を押さえ込む。
筋彫よりも細いものを三本束ねた針が、千代の乳首に突き立てられた。
「ゔあ゙あ゙っ……い゙あ゙い゙い゙」
くぐもった絶叫が広い本堂に響き渡った。
彫師はちょっと眉をしかめたが、ピチッと針を刎ねた。
倍する絶叫。
ピチッ、ピチッ、ピチッ。彫師は非情に乳首を深紅に染めていく。
「いぎゃあっ……ゆういえ……いお、おおいええ」
いっそ殺して。泣き叫ぶ千代を、楓は食い入るように凝視(みつめ)ている。五つも六つも年下の同性の苦悶に、復仇の念だけではない昏い愉悦を見出だしているのかもしれなかった。
小さな乳首への朱入れは、双つ合わせても半時とはかからなかった。千代は全身汗みずく。叫び過ぎて喉が破れたのか、頬を縊る荒縄に血が滲んでいた。
しかし、これまでの激痛は露払いにしか過ぎない。凄惨な阿鼻叫喚は、これから始まる。
ずっと押さえつけているのは腕が疲れるからと、千代の後ろに戸板が横ざまに立てられて、足首と腰が縛り付けられた。だけでは不足と、膝の上にも縄が巻かれて、隅の鎹に繋がれて。上体を如何によじろうとも腰から下は微動だにしなくなった千代の股間に、針を持たない彫師の手が伸びた。
「皮を被ってちゃ、やりづらいな。痛くすればするほど、良かったんだな」
とは、もちろん楓への問い掛け。
「それじゃ、こうしようかい」
彫師は無雑作に包皮を剥くと、二本の針で大淫唇の上縁に縫い付けた。
「ひい……」
一昨日だったら魂消(たまぎ)るような悲鳴を引き出していただろう残虐に、千代は微かに啼いただけだった。
いよいよ、彫針が剥き出しの実核に向かう。
千代は顔を背けて目蓋を固く閉じ、荒縄の猿轡をきつく噛み締めている。
ぷつっと針が突き立った瞬間。
「ま゙あ゙も゙お゙お゙っ」
血しぶきと共に絶叫を吐き出し、全身を硬直させた。
ピッ、ピッ、ピッと。小豆の半分もない小さな肉蕾に朱の針が突き立っては柔肉を刎ねていく。
「かはっ…………」
悲鳴を上げようにも、千代は息を吸うことすら出来ず、四肢を震わすばかり。虚空を掻き毟る手が縄をつかむと、渾身の力で我が身を引き上げて針から逃れようとする。
実核は乳首よりも小さく、ひとつしかない。小半時のさらに半分も掛からずに朱入れは終わった。と同時に千代は気を失っていた。遅すぎた安息だった。
「おのれでしたこととはいえ、月の障りさながらでは、興も殺がれる。このまま帰らせてもらうよ」
彫師はもうひと働きをせずに帰って行った。
「違えねえ。俺も願い下げだ。それよりも、お糸。おめえを可愛がってやろうじゃねえか」
腰巻に肉襦袢姿の楓を押し倒しに掛かる銀次。
「待っとくれよ。あっちの二人は、どうするんだい」
嫌とは言わないが、乾分の目を気にする楓。
「姐さん、お気遣いなく。俺らは、月の障りだろうが金山寺味噌だろうが、屁の河童でさあ」
二人は千代から戸板を引っ剥(ぺ)がして、宙で大の字に磔けられている血まみれの裸身に、前門のタツ後門のヤスとばかりに取りついたのだが。
「ちゃんと起こしてからにしな。木偶人形じゃ面白くないだろ」
面白くないのはヤスとタツではなく楓なのだが。それでも言いつけには従って。頬をビンタしたり乳房をつねったり。それでも目を覚まさないとなると、煙管を持ち出して鼻から煙を吹き込んで。
咳き込みながら意識を取り戻した千代に、二人係りで裏表の立ち鼎(たちかなえ)。楓には面白くなかったろうが、目を覚ましても心は死んだまま。千代はまったくの木偶人形だった。
拐わかされて四日目。この日の千代は、腕を吊り上げられて座ったまま、一日を過ごした。たまに縄を緩められたと思えば時雨茶臼の三人掛りで犯され、あるいは鵯越の理非知らずや立ち鼎に縛り直されての二人掛り。楓には駒掛けや茶臼での花菱を三度ばかり。蹴り転がして抱く意から転じた蹴転(けころ)女郎も斯(か)くやという数を、千代は強いられたのだった。
そして五日目。楓はヤスを使いに遣って、午後から傷の様子見に訪れるはずだった彫師を巳の刻過ぎには呼び出した。すでに千代は、戸板に大の字磔。肩と尻に木魚やら銅鑼置台やらを宛がわれて、背中の彫物が触れないようにされている。
「まだ彫物を増やしたいと聞いたのだが」
「立たせて大の字にしてるときに思い付きましたのさ。まるで、名前のまんまに蝶が翅を展げているように見えましてね」
言いながら楓は、ヤスに買って来させた百目蝋燭に煙草盆から切り出した火を移した。
「あちきは、毛抜きやら線香やらでほとんどかわらけになっちまいましたけど」
両手に百目蝋燭を持って、千代の腰のあたりにかざして。熔けた蝋をじゅうぶんに溜めてから、狙い澄まして傾ける。
「ぎびいいいっ」
昨日針に痛めつけられた実核に熱蝋を垂らされて、千代は海老反りになって悲鳴を上げた。
「まだ声が嗄れてるね。ガラガラ声になられちゃあ困る。口をふさいどくれな」
詰め物にしていた布切れはどこへやったっけと、銀次が探しに掛かるのを、楓が止めた。
「前のは、あらかた反故(ほうぐ)にしちまったじゃないか。褌でも詰めてやんなよ」
へっと、銀次がふり返って。
「俺のは今朝がたに替えたばっかだ。できるだけ汚れてるほうが面白えんだろ。ヤス、タツ。おめえらのはどうだ」
三日も着けっ放しのタツに決まって。汚れた部分を結び瘤にして、千代の口にねじ込んだ。抗っても殴られて言うことを聞かされるだけと骨身に沁みている千代は、涙を浮かべながらも素直に猿轡をされてしまう。
男の獣じみた臭い、据えた屎小イ更の汚臭に噎せて、千代はくぐもった嗚咽をこぼした。
それを小気味よく眺めながら、楓は盛大に蝋をこぼし始めた。
「ん゙い゙っ……んん……ん……」
千代の悲鳴は次第に小さくなり、腰も動かさなくなっていったのは、肌に蝋が積み重なって熱さが減じたからだった。じきに、千代の股間は白蝋で埋め尽くされる。
固まりかけている蝋を掌で押さえつけて肌に密着させて。じゅうぶんに冷えてから、一気に引き剥がした。
「んいいいっ……」
千代の腰が跳ねた。熱蝋を垂らされるのとは違う、まさしく生皮を剥がされるような激痛が股間全体に広がった。
蝋を剥がされた後の股間には、淫毛がほとんど残っていなかった。
「ここにも彫物をして欲しいのさ。たっぷり彩(いろ)を着けてやっとくれ」
「おまえさんは脱がないから、どれだけ違っていても構わんという寸法だな」
彫師は、千代に彫物を背負わせる理由を弁えているようだった。
「それで、何の図柄にするんだ」
「決まってるじゃないですか。背中が、チヨとカエデとイトなんだから。ここにも蝶を彫っとくれな」
実核を頭に淫唇を胴体に見立てて、鼠蹊部から内腿にかけて翅を展げた図柄を楓は所望した。
「なんだったら、胴体に彩を入れてくれてもいいんだよ」
「他人の肌だと思って好き勝手を。まあ、こういう趣向も彫師冥利に尽きるってものだが」
善ならぬ悪巧みは急げとばかりに、さっそくに道具箱を広げる彫師。
千代はまたしても、全身を脂汗にまみれさせながら、声にならない悲鳴を褌の猿轡に吐き出す羽目になった。筋彫から彩入まで一気に仕上げたので、千代の苦悶は午(ひる)前から戌(いぬ)の刻近くまで四刻にも及んだ。
せめてもの救いは、いちばん肝心の道具が今夜は使えなくされたせいで、娘としての辱めだけは受けずに済んだことだけだった。
それからさらに六日間、千代は監禁されていた。いっそうの恥辱を与えるためではなく、入墨の養生である。最初の三日ほどは痒みに苛まれた。背中一面もさることながら、後追いで墨を入れられたところは、どこも女の急所である。掻痒の中に妖しい感覚まで忍び入って、これくらいなら、まだしも針を刺されたほうが手放しで泣き叫べるものをと、喉元過ぎれば何とやらに、千代はもどかしさを募らせもした。
その間も日毎に一度は男どもに三つの穴を貪られていた。もちろん、妖しい官能に弄ばれていようとも、それと陵辱とが混淆することなどなかった。
背中の瘡蓋(かさぶた)が剥げ、乳首と実核にどぎつい紅が染み込み、股間の色鮮やかな蝶は瘡蓋が貼り付いたままに傷が落ち着いてきた、拐わかされてから十二日目に、楓たちは姿を消した。
といっても、千代が家まで送り届けられたわけでもない。胡座の間に柱を抱きかかえる形に縛られて、そのまま置き去りにされたのだった。
誰にも見つけられず、このまま飢え死にしても構わない。いや、こんな浅ましい姿を見られるくらいなら、死んでしまいたい。そうは思っても猿轡を噛まされていては、舌を噛むことも出来ない。
――陽も沖天を過ぎた頃。境内に人の気配が動いた。
(お願い、入って来ないで)
一瞬に羞恥が甦ったが、生き恥を忍んででも救けてもらいたい気持ちがなかったといえば嘘になる。
足音がまっすぐ近づいて来て。様子を伺うように戸が引き開けられた。千代は後ろ向きに縛られている。振り向いて相手の顔を確かめる度胸はない。
数瞬、ぴいんと緊張が漲って。
「千代……なのか」
(お父っつぁん……)
世に男は数多(あまた)居れど、今はもっとも会いたくない人だった。
「いあいええ……」
見ないで、来ないで。
しかし。千代の心の叫びが通じる筈もなく。声から我が娘と分かって、駆け寄る喜右衛門。
彼がこの場を探り当てたのは、偶然でも何でもない。
誰にも行方を告げずに娘が姿を消した、その夕刻には貫目屋ではひっそりと大騒ぎになっていた。人目を忍んでの逢引とまでは喜右衛門はともかく、母の妙(たえ)あたりは勘繰りもしたが、まさかに朝帰りするとも思わなかったのだが。翌日に街の木戸が開いても帰って来ない。
自身番への届出はもちろん、月々の付届けを欠かさない同心手伝の親分の手も煩わせ、それでも二日三日経っても消息がつかめず、ついには同心直々の出馬を願った。千代の拉致された先が分からなかったのも道理。貫目屋から十町(約一キロ)ばかり離れた清安寺で姿を見掛けた者がいたばかりに、城下町から静安寺とは真反対の方角へ一里半(約六キロ)も離れた、この南総寺はよもやとさえも思われていなかったのだ。
それが、今日の午の刻すこし前に、童が文を貫目屋に持ってきて、喜右衛門は半信半疑ながらも手代と丁稚にまで駕籠を誂えて駆け付けたという次第だった。
「おまえたちは、外で待っていなさい。戸を閉めるのです」
動転しながらも、娘の無惨な姿を人目に晒すまいとする親心。
何はともあれ、汚れ褌の(とまでは気づかなかったが)猿轡を口から引き出してやり、手首の縄を解いてやろうと身体の位置を変えたとき。
「これは……」
絶句する喜右衛門。真昼の外の明るさに眩んでいた目が本堂の薄暗がりに慣れて、娘の背中一面に刻み込まれた濃紺の紋紋に気づいたのだった。
しかし今は、事の次第を問い質している場合ではない。とにもかくにも、あたふたと縛めを解いて。
小さな両替屋を御家御用達にまで広げた、悪賢くも機転が利き度胸もある喜右衛門。娘に羽織を着せ掛けると、内縁へ駕籠をひとつ上げさせて、後はおのれの手だけで四苦八苦して板の間へ引き込んだ。
羞恥に身を縮込ませている娘を、赤子をあやすようにしながら駕籠へ押し込み、両側の垂れを下ろしてから、駕籠舁き人足を呼び入れた。
手代と丁稚に駕籠脇を固めさせ、自分は先に立って周囲を伺いながら。人目の多い街中を店とくっついた本宅へ連れ帰るのは憚って、城下からすこし離れた寮へ匿った。
それからも、喜右衛門の手配りは抜かりなかった。娘の裸身を見られてはいないが、人足には法外な酒手をはずんで口止めをして帰らせ、自分は娘に付き添い、手代は医者へ、丁稚は女房へと走らせた。
「ともかくも五体満足で戻れたのだ。何をされていようと、命あっての物種です。おまえが幸せになれるよう、わしが万事取り仕切ってやる。決して早まった真似をするんじゃないよ」
傷物にされ肌に消せない烙印を刻まれた娘でも、人並みとはいわないまでもそれなりに女として幸せにしてやる方策を、すでに喜右衛門は考えついていたのかもしれない。しかしそれは、大きな錯誤を前提としていた。
これほどの恨みを買う因がおのれにあるとは、自明だった。そして喜右衛門にとっては、自身を殺されるよりも店を潰されるよりも、娘をこんなふうにされたほうが、はるかに痛恨だった。それだけに、害を為した相手が、復讐は成れりとして、これ以上のことを仕掛けて来ようとは夢にも思っていなかった。
千代を解き放ったのが何よりの証拠だと、喜右衛門は判断したのだった。
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おそらく500枚くらいにはなるでしょう。第三幕は定められた吟味の手順(敲問→石抱→釣り→海老)など関係なく、三国弾正郷門クンが「こやつはどこまで耐えらるか。何故、責問で恍惚となるのか」と探求していくわけですから、濠門長恭クンの気紛れでどんな責めになるか、指先三寸です。第二幕に匹敵する分量(責めの種類と枚数)になるかもしれません。
お楽しみに!
ですけど。600枚とかいったら、前後編に分けてリリースするかもです。
DLsite キーワードは、強制 刺青or入墨
第一幕 破れ寺
第一場 拐わかし
三穴姦/蝶乱舞
第二場 全裸捕縛
裸縄掛/刺青晒
第二幕 女囚牢
第一場 吟味前夜
素肌検/牢問答
第二場 苛烈牢問
裸敲問/石抱問 ←裸敲責まで執筆済
廻舞台 若侍苦楽責
牢内掟/吊敲責/海老責/坐禅転
廻舞台 新妓夢現責
駿河問
第三場 虚偽自白
父母流罪/磔刑申渡
廻舞台 熟娘揺木馬
第三幕 拷問蔵
第一場 盗金所在
木馬責/逆吊責/水樽責/男牢入/釘打責/首吊責
第二場 濡衣問答
最終幕 処刑場
過去に何度も描いた責めが多いですが、だって好きなんだもん♡ です。
起承転結はありますが、序破急はなく、ひたすら責め場のヒッパレーです。「引っ張れ」ではなく Hit Paradeです。
では、入墨のシーンを御紹介。
あっと。水は規制文字回避です。
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蝶乱舞
早朝。下腹部の不快に、千代は覚束ない微睡(まどろみ)から引きずり出された。夕刻に拐わかされてこの方、用を足していない。水意は差し迫っていた。
あたりを見回して。男三人と女一人が、枕を並べて寝ている。枕と、布団。千代がふだん使っている夜具に比べれば貧相な物だが、とにかく寒さは凌げる。筵一枚とは大違いだ。
声を掛けようかと迷ったが、鬼を起こすようなものだ。まだ半刻やそこらは我慢できるだろう。
千代は、さらにあたりを見回す。ここは破れ寺だと男のひとりが言っていたが、その通りだった。脇侍は無くなっており、持ち出すには手間の掛かる大きな本尊の千手観音は残っているものの腕がほとんど取れてしまっている。障子の破れに継ぎが当ててあるのは、この者たちの仕業だろうか。とすると、ここは一時凌ぎの場ではなく、根城なのかもしれない。
隠れ家を知った者を、おいそれと解き放ってくれるだろうか。死んでしまいたいと思いながらも、やはり不安は募ってゆく。
「なんだい。もう起きてんのかえ。まあね。あんな目に遭わされてこんな格好にされて、まさかに白河夜船でもあるまいが……おお、寒い」
起き上がった楓は外へ出ようとしかけて、千代を振り返った。
「もしかして、厠へ行きたいんじゃないのかえ」
「はい、お願いします」
何も考えずに返事をした千代だったが、楓の意地悪そうな笑みを見て、嫌な予感を覚えた。果たして。
「銀さん。こいつ、小イ更がしたいとさ。面倒、見てやっとくれな」
男たちは動かない。
「ええい、寝穢いお人だね」
楓が取って帰して銀次を足蹴にした。
「あの……縄を解いてください。場所を教えてもらえば」
「逃げようたって、そうはさせないよ」
「逃げたりはしません」
男に追われて逃げおおせるはずもないのだが。楓は耳も貸さずに銀次を蹴り起こした。
寝惚け眼(まなこ)の銀次が楓の言葉を聞いて、苦笑いする。
「どうせなら、端の二枚にも手伝わせたいんだろ」
「ふふん。男三人に見物されながらの放水(ゆばり)かい。出るもんも出ないんじゃないかね」
「そんときゃ、三人掛かりのときみたいに、抱っこしてシートトトってな」
銀次は二人の乾分を叩き起こして、趣向を説明した。
「へへえ、こりゃいいや。蹴転(けころ)にだって、そんなことすりゃあ、袋叩きにされちまわあ」
三人が千代を取り囲んだ。
「いや……赦してください」
筵を剥ぎ取られて、千代は荒縄で縛られて身動きできない裸身を縮こませる。
「いやあっ、やめて」
肌に手を掛けられて、悲鳴をあげた。
「いいよ、やめておやりな」
楓の言葉に、男たちのみならず千代までが、ぽかんとした。
「そんなに嫌なら、放っとくさ。罰当たりにも、御仏の目の前でお漏らしをしな」
千代は愕然とした。男たちの見世物になりながらの放水を拒んでこのまま放置されれば、いっそう羞ずかしい結果を招いてしまう。
「さあ、どうするんだい」
「…………」
迷いは当然だが、答えも必然だった。
「厠へ……つ、連れて行って……ください」
楓が銀次に目配せすると、たちまちにタツとヤスが千代の身体に取り付いて。乳房をつかみ尻を撫で股間にさえ手を差し入れながら、荒縄を解いた。が、すぐに楓がしゃしゃり出て、千代を改めて後ろ手に縛った。手首を引き上げて縄尻を胸乳の上下にも巻く。
「いつ見ても、鮮やかな腕だな」
「門前の女郎、縛られた縄を覚えるってね。あちきに引導を渡してくれた役人の直伝さ」
へっと口を歪めて。銀次が縄尻を取った。
「そら、立てよ」
千代は立ち上がろうとしたが尻餅を搗いてしまった。目眩がするほどに羞恥を感じていたせいもあるが、腕を使えないので身体の釣り合いを取りにくい。腰を打ちつけたはずみに、あやうくちびりかけた。片膝を立てて、股が開くのを羞じながらもゆっくりと立ち上がった。
「どうも、危なっかしいな。引っ張ってやるぜ」
銀次はさらに荒縄を持ってきて、千代の腰を縛った。後ろで結んで、縄尻を脚の間に通して前へ引き上げ、腰縄に絡めた。
「歩けよ」
つんつんと縄尻を引っ張る。
「あっ……」
歩くどころか、千代は股をすぼめ腰を引いて、たたらを踏んだ。股間を通る荒縄が女淫に食い込んで、無数の針でつつかれるような刺激に困惑したのだ。鋭い痛みは、ある。しかし、それ以上に。くすぐったい疼きがあった。まったく未知の感覚だった。強いていえば、実核を自分でくじったときの甘い疼きに似ていなくもなかった。それほどには尖った疼きではない。女淫全体に広がる疼きだった。
「歩けと言ってるんだぜ」
にやつきながら、銀次は縄をぐいと引っ張った。
「あっ……」
くすぐったい疼きが消えて、無数の針が女淫に突き刺さる激しい痛み。それでも、縄に引かれて千代は足を前へ運んだ。その動きが縄をこねくって、痛みは減らずに、また妖しい疼きが女淫を苛む。
「おおい、転んじまうぜ」
後ろからヤスが千代の肩を支えたが。
「タツ。おまえが尻を押してやれ」
自分は千代の斜め前に立つと、腕を伸ばして乳首をつまんだ。
「俺も引っ張ってやるよ」
乳首を前へ引っ張る。
「やめてください……歩きますから」
訴えに耳を貸す者はいない。千代は股縄を引かれ乳首を引っ張られ尻を押されながら、痛いのかくすぐったいのかも判然としない心地で、本堂の外へ連れ出された。
楓が先に立って、本堂の裏手へ千代を引きずり込んだ。
「厠までは歩けそうもないね。ここで出しちまいな」
「歩きます。お願いですから……」
「ここで小イ更しちまいなって、言ってんだよ。出来ないなら、このまま連れ戻すよ」
銀次が股間の縄を引き抜いて、そのまま縄尻を持った。
「あの……」
「目を放しちゃあ、逃げないとも限らねえ。ちゃんと見ててやるから、さっさと小イ更しちまいな。なんだったら、大のほうもひり出すか」
銀次に言いつけられて、タツが千代の肩を押さえてしゃがませる。
男三人が千代を取り囲み、楓は二間ほど離れて見物している。
千代は観念せざるを得なかった。出さないまま連れ戻されれば、遅かれ早かれ粗相をしてしまう。破れ寺とはいえ御仏の前で粗相をするなど、羞ずかしいだけでなく畏れ多い。
千代は目を閉じて、小水を放とうとした。が……出ない。水意は差し迫っている。なのに、ちょろっと漏れ出る気配すらなかった。朝の冷気に曝された千代の裸身に、いつしか脂汗が滲んでいた。
「しょうがないねえ。手伝ってやるよ」
楓が千代の前にしゃがみ込んで、崩れた髷から簪を抜き取った。逆手に握って、軸の先で千代の女淫をつつく。千代は立って逃げようとしたが、タツに押さえ込まれた。
女淫の上のあたり、小水の出る穴に尖った軸先を突き挿れられて掻き回されて。焼けるようなむず痒さを感じると同時に。頑なに水を堰き止めていた堤にひび割れが走った。
ぷしゃああああ……
「おっと」
楓が飛び退く。破れた堤は、あふれんばかりだった水を勢い良く迸らせて止まらない。
「あああ……」
千代が切なげに呻く。それはこらえていた水意を解き放った安堵か、見物されている羞恥か。
出し終えても、千代はしゃがんだままだった。
「あの……落とし紙を」
銀次がせせら嗤う。
「紙があったところで、手を使えなきゃどうにもなるめえ。俺っちが始末してやるよ」
腰縄の縄尻を最前のように後ろから前へ股間を通した。
「あっ……」
腰を浮かしかけた千代だったが、またタツに押さえ込まれた。
「きひいいいっ……痛い。やめて……」
銀次が縄を前後にしごく。引き回されていたときの何倍もの力で女淫の内側をこすられて、千代は甲高い悲鳴をあげた。
小水で湿った縄でそのまま、銀次は股間を縛った。
「さあ、戻ろうぜ」
縄尻を真上に引っ張って、千代をごぼう抜きに立ち上がらせた。
「ちょいとお待ち」
楓が小水に濡れた簪を千代の髪に巻き付けて、簡単な垂れ髪(今でいうポニーテール)に結った。
これも自分への辱めのひとつだと千代は受け止めたが、いっそうの深謀遠慮があるとは気づくはずもなかった。
股間の痛みと疼きとむず痒さとに惑乱されながら本堂へ連れ戻されて。腰縄と股縄は解いてもらえたものの、後ろ手に縛られた縄尻を柱につながれた。他に身の置き様も無いので、千代は柱に向かって身をくっつけるようにして正座した。
やがて、楓と銀次が連れ立って出て行き、かえって千代は心細さを覚えた。頭目格の二人がいなくなって、乾分二人が図に乗って悪戯を仕掛けてこないかと怯えたのだ。そんな自分を、これほどまでに穢されて今さらと自嘲してもみたが、百の危害を加えられたからといって、新たな一が怖くないはずもなかった。
しかし、千代の不安は杞憂に終わった。ヤスとタツは、膝が当たるほどに近寄って座り込み、しげしげと千代の裸身を眺めたりはするが、手は出してこなかった。野良犬は野良犬なりに、躾けられているらしい。
楓と銀次は半刻ほどで戻ってきた。握り飯やら干物やら、今夜の飲み料らしい一升徳利やらを持ち帰っている。つまりは、ここで煮炊きするほどには住み込んでいないのだが、千代にはどうでもいいことだった。
「おまえも食いなよ」
千代の前に八ツ手の葉が広げられて握り飯が置かれた。水を入れた木の椀も添えられている。
千代は楓を見上げて、憎しみのこもった眼差しを浴びてすぐに目を伏せた。
昨日の昼に軽く湯漬を食したきり、男の精汁の他は一切飲み食いしていないにも関わらず、 飢(かつ)えは感じていない。けれど渇(かわ)きに喉がひりついている。千代は正座したまま上体を折り曲げて、口を椀に近づけた。が、どうにも届かない。
思案した挙げ句、椀を倒さないよう後ろへ下がって、羞じらいを投げ捨てて胡座に座り、椀へにじり寄った。今度は、どうにか椀の縁にかじりつけた。
ずじゅううう。音を立てて水を啜った。甘酒よりも冷やし飴よりも甘露な、干天の慈雨だった。
楓が、ふんと鼻で嗤って、からかってやろうと口を開きかけたが、結局は何も言わなかった。
千代が食べようとしなかった握り飯は、小半時もすると取り上げられて、ヤスとタツが食べてしまった。
――陽はまだ高いから未(み)の刻前か。身なりを整え大きな手提げ箱を携えた男が、案内を乞うこともなく本堂に入ってきた。楓が丁重に出迎える。
「先生、お待ちしておりました。早速に支度を致しますので」
ヤスとタツが、大きな戸板を運び込んで床に置いた。四隅と長手の中程には太い鎹(かすがい)が打ち込まれている。銀次が千代の後ろ手を解いて、戸板の上に俯せにさせた。
「何をするんですか……」
無駄と分かっていても、問い質さずにはいられない。
「ちっとばかし痛い目に遭わすから、暴れない用心さ」
男三人掛かりで、千代の手足を大の字に引き伸ばして、四隅の鎹に縛りつけてゆく。腰にも縄を巻いて、身動きできないようにしてしまった。
新参の男が道具箱と共に、千代の横に座り込んで。顔をしかめた。
「縄の跡が残ってるではないか。あれほど、肌を傷付けるなと言っておいたのに」
「そんなにきつく縛っちゃいませんよ。あちきより五つも六つも若くて肌に張りがあるから、一刻もせずに消えますさ」
着物を脱ぎながら楓が言い返した。腰巻ひとつになって、肌色をした襦袢を着込む。ぴたりと肌に吸い付いて、ちょっと見には裸と変わらない。役者が舞台の上で肌を曝すとき身に着ける肉襦袢だった。
楓が千代の前に立って、背中を見せつけた。
一面に紺色の線で絵が描かれていた。大きな蝶々が翅を広げた図を紅葉の葉が取り巻いて、「乙」の字の角を丸めて横に引き伸ばしたような線が何本か腰のあたりを走っている。川の意匠のように見えるが、線の右端は小さな鼓に繋がっている。
「これと同じ絵柄をおまえの背中に彫ってやるよ」
言葉の意味が分からず戸惑っていた千代だが、肉襦袢を着た役者が諸肌脱ぐと、決まって文身(いれずみ)が露わになるのを思い出した。
「まさか……入墨……」
震える声で尋ねた。
楓が邪悪に微笑んだ。
「その、まさかさ。残念だが、彩(いろ)までは入れないけどね」
「なぜ、そんなことを……」
「さあね。仇討ちに欠かせない手順だってことだけは、教えといてやるよ」
「…………」
昼日中というのに、目の前が真っ暗になった。
操を穢されて嫁にいけなくなったとはいえ、知らん顔をして日々を過ごすことも出来なくはない。しかし入墨などされては、湯屋へ行けないのはもちろん、内風呂さえ使えない。親に見られるのも困るなどという生易しいものではないが、万一にも使用人に気付かれて世間に言い触らされでもしたら、首を括っても追いつかない。
いや、死ぬことすら出来ない。湯灌のときに見つかってしまう。
「いやああああっ……」
千代は声の限りに叫んだ。縄を引き千切ってでも逃れようと、渾身の力でもがいた。
「おとなしくしねえか。銀さん、やっとくれ」
おいきたと、ヤスとタツとで両肩と二の腕を押さえつけ、銀次が馬乗りになる。昨夜から散らかりっぱなしになっている布切れを楓がかき集めに掛かったのだが。
「悲鳴がまったく聞こえないのも風情が無い。縄を噛ますくらいにしてくれ」
この彫師も相当なタマではあった。
荒縄の結び瘤が千代の口に押し込まれ、跳ね上げた垂れ髪とひとまとめに頬を縊った。猿轡と同時に、背中に髪が散るのを防ぐ一石二鳥だった。
「むうう……」
千代は半ば観念して、それでも呻きを漏らしてしまう。
「では、仕事に掛かるか」
彫師が道具箱を広げて矢立を取り出した。楓を千代の向こう側に寝そべらせて、蝶の下絵を千代の背中に写し取っていく。肉襦袢の絵もこの男が描いたものであってみれば、まったくの瓜二つだった。
そして、いよいよ入墨。四本の針先を斜めに揃えた針棒に墨を含ませて、肌に突き刺す。突き刺して、ピチッと刎ねる。
「ひいっ」
嫋やかな悲鳴。指先を針で突いたほうが痛いくらいだと、絶望の中にも微かな安堵を見出した千代だったが。
ピチッ、ピチッ、ピチッ、ピチッ……
何十回と繰り返されるうちに痛みが積み重なっていく。
「くっ、くっ、ひいい……きひいいい」
呻き声が次第に甲高く、悲鳴に変わってゆく。背中は脂汗に濡れて、墨を入れられたところには血が滲んでいる。
彫師も根を詰めている。ひとしきり彫り進めると、手を止めて額の汗を拭う。
その間も、針に傷付けられた肌は痛みを千代に送り続ける。熱を帯びて、背中一面が薄桃色に染まる。
薄桃色の肌に刻み付けられてゆく紺色の太い輪郭。見る者の目を愉しませるが、当人にとっては生き地獄の苦しみ。後に千代が墜とされる真性の生き地獄に比べれば、極楽の安逸といっても足りないくらいなのだが、蝶よ花よと乳母日傘で育てられた箱入り娘にとっては、生まれて初めて直面させられた責め苦だった。
一刻もすると、押さえつけられなくとも身じろぎひとつしなくなって呻き声も途絶え、虚ろに見開かれた目から光は失せて。それでも、さらに一刻の余も入墨は続けられて、ついに大きな蝶が千代の背中に取り憑いたのだった。
「今日は、ここまで。明日はまわりの飾りを彫って、それから三日もすれば傷も落ちつくだろう。暈(ぼか)しも彩(いろ)も無しとは、なんとも勿体無いが」
彫師が千代の背中を拭って、血止めの油を薄く塗っていく。
「夜目にも見分けがつきやすいのは筋彫だとおっしゃったのは、先生じゃないですか」
「む、それはそうだが。ところで、わしはもうひと働きせねばならんかったな」
「ひと遊びの間違いじゃねえですかい」
銀次が、千代の縄を解きに掛かったのだが。
「傷が落ち着くまでは、その娘は縛っておくのが無難だろう。とはいえ、背中には触れぬようにせぬといかん。そこで、こういう趣向は如何かな」
彫師が自分から縄を取って、無抵抗の千代を縛り上げた。俯せのまま脚を正座の形に折り曲げて尻を高く突き出させ、腕を引っ張って手首と足首とをひとまとめに括った。四十八手には無い形だが、名付けるとすれば、理非知らずの裏返し、あるいは緊縛鵯越か。
これなら彫り上げたばかりの絵柄を愛でながら思う存分に腰を遣えると、彫師は自慢して。早速に千代の尻を抱え込んで、いきり勃った魔羅を突き立てた。
千代はわずかに尻を揺すって逃げるような動きをしたが、まだ意識は定かでない。十九とはいえ熟れた女に比べれば人形のような小娘を好き勝手に弄んで、彫師は埒を明けた。
例によって、楓が酢で壺の奥まで洗って子種を始末する。
「このままじゃあ、一人ずつっきゃ出来ないね。銀さんは、どこにするんだい」
「おめえの望みで、ひと通りは突っ込んだが、俺にも間夫(まぶ)の操立てってのがあらあ。とはいえ、お釜は御免だ。食ってねえといっても、溜まるもんは溜まるからな」
三つのうち二つが駄目なら残りは一つだとうそぶいて、銀次は千代の猿轡を解いて身体を立てた。開いた脚をいっそう開かせて、その間に割り込み、口に魔羅をねじ込んだ。
「むぶ……ううう……」
ようやくに千代は正気づいて。無理矢理に奉仕を強いられる。といっても、舐めろしゃぶれとうるさい注文はつかない。女淫と同様、ただ肉穴として魔羅を突き立てられ、中を遮二無二抉られるだけだった。
しかし、喉の奥に精汁を叩きつけられて、それを飲めと強いられたのは、昨日と同じだった。
ヤスは銀次に倣って口唇を使い、タツのほうはごく普通に女穴に突っ込んだ。
昨日まで未通女(おぼこ)だったとはいえ、一日のうちに四人から延べ六回も犯されている。弄られてぬかるんでもいた。多少の違和感があるだけで、タツの図体に似つかわしい逸物をすんなりと受け挿入れてしまう千代だった。
昨日のように入れ替わり立ち替わり、あるいは三人総掛かりといった陵辱にまでは至らず、三人が一回ずつ埒を明けただけで、千代は放置された。手首だけを括られて座った姿で、破れ天井の梁から腕を吊るされたのは、わざと寝転がったり背中を掻いたりして、彫ったばかりの入墨を台無しにされない用心だった。
今度は銀次を見張りに残して、楓と乾文二人が外出(そとで)する。銀次は、まさかに千代を憐れんでのことでもなかろうが、悪戯を仕掛けるどころか視姦にも及ばず、居眠りを決め込む。
千代は、まだ荒縄の猿轡を噛まされたまま、虚ろに床を見つめている。死にたいという想いさえ、とうに涸れ果てていた。
楓たちが戻ってきたのは、陽が没して小半時も過ぎた頃だった。男どもはさっそくに貧相な酒盛りを始めたのだが。
楓が千代の猿轡を解いて、冷めたふかし芋を口に押しつけた。千代はただ口を開けないのではなく、唇を引き結んで、拒絶の意志を露わにした。縛られていようと、飲み食いしなければいずれは死ねる。口をこじ開けて食べ物をねじ込まれようと吐き出してやる。
「そうかい。それじゃあねえ」
楓が短い竹筒を持ってきた。匕首の鞘を突っ込んで、竹の節を突き破る。
「銀さん、手伝っとくれ」
楓が不意打ちに腹を殴り付け、苦悶の形に開いた口に銀次が竹筒を押し込んだ。そのまま仰向かせる。楓が水の入った木椀を片手にふかし芋を齧り、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼して飲み込んでみせてから、千代を脅かす。
「口移しに食べさせてやるよ。水を流し込めば、嫌でも飲み下さずにはいられないよ」
千代は怖気(おぞけ)を震った。いきり勃った魔羅を見せつけられたときのそれではなく、蛆虫や蜈蚣が肌を這うときのような、それ。
「それとも、お上品に食べるかえ」
一も二も無く、千代は首を縦に振るしかなかった。
「そうかい。それじゃあ、お食べ」
目の前にふかし芋が転がされた。しかし、腕を吊られている。口から竹筒が引き抜かれ、銀次の腕から解き放たれても、芋には手が届かない。
「ちっと緩めてやるよ」
縄がすこしだけ緩められて、手を臍のあたりまで下ろせるようになった。
「さっさと食えよ。食わねえと、口移しだぜ」
「でも、手が届きません。もっと縄を伸ばしてください」
「甘ったれるんじゃねえよ。どうやって水を飲んだか思い出しな」
あのときは、胡坐に座って身体を折り曲げて。
同じようにして見たが、あと一寸かそこらが届かなかった。
思い余って、千代は床に身を投げた。吊られた腕を、これまでとは逆に出来るだけ上へ突っ張って。芋虫のように這って、芋にかぶりついた。
「お嬢様の作法は、あちきら下衆とは違って優雅なものだねえ」
楓が高笑いした。
千代は、齧り取った芋をろくに噛まずに、屈辱と共に飲み下したのだが。空っぽだった胃の腑に食べ物が落ちると、浅ましいまでに空腹を感じた。死にたい想いも、裸身を男どもの目に曝していることも忘れて、がつがつと貪り食い、ようやくに人心地の欠片を取り戻したときには、ふかし芋は跡形も無くなっていた。
「そんなにがっついちゃあ、胸焼けを起こすぜ」
水を湛えた木椀を与えられて、それも貪り飲んだ。
千代は改めて腕を高々と吊り上げられて、そのまま捨て置かれた。
その形では眠れないだろうと、仕留められた獣のように手足をひとまとめに括られて板の間に転がされたのは、酒盛りが終わってからだった。親切心からではなく、凍え死なれては困るからと、正絹の襦袢と羽二重の布団しか知らぬ裸身に筵一枚が被せられた。
そのせいよりは入墨の傷が発する高熱で、千代は一晩中悪寒に苦しめられながらも、心労の果てに泥のような惨めな安息へと引きずり込まれていくのだった。
翌朝には、水意に加えて便意にまで促されて目を覚ました。両手は前で縛られて、けれど昨朝と同じに股縄に引きずられて裏手へ連れ出されて。
「屎(ばば)を放(ほ)り出しとくと臭うからね」
排便のための穴を、自らの手で掘らされた。壊れてしまった堤は、そう簡単には修復されない。千代は簪にくじられずとも小水を迸らせ、あまつさえ掘らされた穴もきちんと役立てたのだった。さすがに、後始末に使った縄を股間に通されたときには、嫌悪に顔をゆがませ恥辱の涙をこぼしたのだが。それでも抗いはしなかった。付け加えとおくと、縄の汚れた部分は、もっと縄尻に近いところだった。後で使うときの都合を考えたのだろう。
この日も、午(ひる)過ぎから千代は戸板に大の字に縛り付けられて、蝶を取り囲む五つ葉と腰のあたりを流れる川を彫り込まれたのだが。
「ねえ、先生。あちきの乳首、あざと過ぎませんかね」
肌にぴたりと貼り付いている肉襦袢には深紅の乳首が描かれているのだが、生身のそれに比べると鮮やか過ぎた。
「肌の下に入れる墨だからな」
「でも、これじゃあ夜目にも違いが分かっちまいますよ。同じ色にしちゃあもらえませんか」
「布地に暈しを入れるのは無理だ」
「じゃあ、生身のほうに朱を入れたら、同じ彩になるんじゃありませんか」
彫師が、くくっと嗤った。
「女の憎しみは、とんでもないことを考えつかせるものだな」
「とんでもついでですけどさ。実核にも朱を入れてやっておくんなさいな」
「まさか、女淫まで曝すつもりか」
「まさかですよ。見えないからこそ、色が違ってても構わないんじゃありませんか」
「ほう……」
「どれだけ痛い目に遭わしてやったところで、あちきの受けた痛みの万分の一にも届きませんのさ」
千代は戸板から引き剥がされ、手首足首を縛られて、空中に大の字に磔けられた。ヤスとタツが、両脇に立って腋の下を押さえ込む。
筋彫よりも細いものを三本束ねた針が、千代の乳首に突き立てられた。
「ゔあ゙あ゙っ……い゙あ゙い゙い゙」
くぐもった絶叫が広い本堂に響き渡った。
彫師はちょっと眉をしかめたが、ピチッと針を刎ねた。
倍する絶叫。
ピチッ、ピチッ、ピチッ。彫師は非情に乳首を深紅に染めていく。
「いぎゃあっ……ゆういえ……いお、おおいええ」
いっそ殺して。泣き叫ぶ千代を、楓は食い入るように凝視(みつめ)ている。五つも六つも年下の同性の苦悶に、復仇の念だけではない昏い愉悦を見出だしているのかもしれなかった。
小さな乳首への朱入れは、双つ合わせても半時とはかからなかった。千代は全身汗みずく。叫び過ぎて喉が破れたのか、頬を縊る荒縄に血が滲んでいた。
しかし、これまでの激痛は露払いにしか過ぎない。凄惨な阿鼻叫喚は、これから始まる。
ずっと押さえつけているのは腕が疲れるからと、千代の後ろに戸板が横ざまに立てられて、足首と腰が縛り付けられた。だけでは不足と、膝の上にも縄が巻かれて、隅の鎹に繋がれて。上体を如何によじろうとも腰から下は微動だにしなくなった千代の股間に、針を持たない彫師の手が伸びた。
「皮を被ってちゃ、やりづらいな。痛くすればするほど、良かったんだな」
とは、もちろん楓への問い掛け。
「それじゃ、こうしようかい」
彫師は無雑作に包皮を剥くと、二本の針で大淫唇の上縁に縫い付けた。
「ひい……」
一昨日だったら魂消(たまぎ)るような悲鳴を引き出していただろう残虐に、千代は微かに啼いただけだった。
いよいよ、彫針が剥き出しの実核に向かう。
千代は顔を背けて目蓋を固く閉じ、荒縄の猿轡をきつく噛み締めている。
ぷつっと針が突き立った瞬間。
「ま゙あ゙も゙お゙お゙っ」
血しぶきと共に絶叫を吐き出し、全身を硬直させた。
ピッ、ピッ、ピッと。小豆の半分もない小さな肉蕾に朱の針が突き立っては柔肉を刎ねていく。
「かはっ…………」
悲鳴を上げようにも、千代は息を吸うことすら出来ず、四肢を震わすばかり。虚空を掻き毟る手が縄をつかむと、渾身の力で我が身を引き上げて針から逃れようとする。
実核は乳首よりも小さく、ひとつしかない。小半時のさらに半分も掛からずに朱入れは終わった。と同時に千代は気を失っていた。遅すぎた安息だった。
「おのれでしたこととはいえ、月の障りさながらでは、興も殺がれる。このまま帰らせてもらうよ」
彫師はもうひと働きをせずに帰って行った。
「違えねえ。俺も願い下げだ。それよりも、お糸。おめえを可愛がってやろうじゃねえか」
腰巻に肉襦袢姿の楓を押し倒しに掛かる銀次。
「待っとくれよ。あっちの二人は、どうするんだい」
嫌とは言わないが、乾分の目を気にする楓。
「姐さん、お気遣いなく。俺らは、月の障りだろうが金山寺味噌だろうが、屁の河童でさあ」
二人は千代から戸板を引っ剥(ぺ)がして、宙で大の字に磔けられている血まみれの裸身に、前門のタツ後門のヤスとばかりに取りついたのだが。
「ちゃんと起こしてからにしな。木偶人形じゃ面白くないだろ」
面白くないのはヤスとタツではなく楓なのだが。それでも言いつけには従って。頬をビンタしたり乳房をつねったり。それでも目を覚まさないとなると、煙管を持ち出して鼻から煙を吹き込んで。
咳き込みながら意識を取り戻した千代に、二人係りで裏表の立ち鼎(たちかなえ)。楓には面白くなかったろうが、目を覚ましても心は死んだまま。千代はまったくの木偶人形だった。
拐わかされて四日目。この日の千代は、腕を吊り上げられて座ったまま、一日を過ごした。たまに縄を緩められたと思えば時雨茶臼の三人掛りで犯され、あるいは鵯越の理非知らずや立ち鼎に縛り直されての二人掛り。楓には駒掛けや茶臼での花菱を三度ばかり。蹴り転がして抱く意から転じた蹴転(けころ)女郎も斯(か)くやという数を、千代は強いられたのだった。
そして五日目。楓はヤスを使いに遣って、午後から傷の様子見に訪れるはずだった彫師を巳の刻過ぎには呼び出した。すでに千代は、戸板に大の字磔。肩と尻に木魚やら銅鑼置台やらを宛がわれて、背中の彫物が触れないようにされている。
「まだ彫物を増やしたいと聞いたのだが」
「立たせて大の字にしてるときに思い付きましたのさ。まるで、名前のまんまに蝶が翅を展げているように見えましてね」
言いながら楓は、ヤスに買って来させた百目蝋燭に煙草盆から切り出した火を移した。
「あちきは、毛抜きやら線香やらでほとんどかわらけになっちまいましたけど」
両手に百目蝋燭を持って、千代の腰のあたりにかざして。熔けた蝋をじゅうぶんに溜めてから、狙い澄まして傾ける。
「ぎびいいいっ」
昨日針に痛めつけられた実核に熱蝋を垂らされて、千代は海老反りになって悲鳴を上げた。
「まだ声が嗄れてるね。ガラガラ声になられちゃあ困る。口をふさいどくれな」
詰め物にしていた布切れはどこへやったっけと、銀次が探しに掛かるのを、楓が止めた。
「前のは、あらかた反故(ほうぐ)にしちまったじゃないか。褌でも詰めてやんなよ」
へっと、銀次がふり返って。
「俺のは今朝がたに替えたばっかだ。できるだけ汚れてるほうが面白えんだろ。ヤス、タツ。おめえらのはどうだ」
三日も着けっ放しのタツに決まって。汚れた部分を結び瘤にして、千代の口にねじ込んだ。抗っても殴られて言うことを聞かされるだけと骨身に沁みている千代は、涙を浮かべながらも素直に猿轡をされてしまう。
男の獣じみた臭い、据えた屎小イ更の汚臭に噎せて、千代はくぐもった嗚咽をこぼした。
それを小気味よく眺めながら、楓は盛大に蝋をこぼし始めた。
「ん゙い゙っ……んん……ん……」
千代の悲鳴は次第に小さくなり、腰も動かさなくなっていったのは、肌に蝋が積み重なって熱さが減じたからだった。じきに、千代の股間は白蝋で埋め尽くされる。
固まりかけている蝋を掌で押さえつけて肌に密着させて。じゅうぶんに冷えてから、一気に引き剥がした。
「んいいいっ……」
千代の腰が跳ねた。熱蝋を垂らされるのとは違う、まさしく生皮を剥がされるような激痛が股間全体に広がった。
蝋を剥がされた後の股間には、淫毛がほとんど残っていなかった。
「ここにも彫物をして欲しいのさ。たっぷり彩(いろ)を着けてやっとくれ」
「おまえさんは脱がないから、どれだけ違っていても構わんという寸法だな」
彫師は、千代に彫物を背負わせる理由を弁えているようだった。
「それで、何の図柄にするんだ」
「決まってるじゃないですか。背中が、チヨとカエデとイトなんだから。ここにも蝶を彫っとくれな」
実核を頭に淫唇を胴体に見立てて、鼠蹊部から内腿にかけて翅を展げた図柄を楓は所望した。
「なんだったら、胴体に彩を入れてくれてもいいんだよ」
「他人の肌だと思って好き勝手を。まあ、こういう趣向も彫師冥利に尽きるってものだが」
善ならぬ悪巧みは急げとばかりに、さっそくに道具箱を広げる彫師。
千代はまたしても、全身を脂汗にまみれさせながら、声にならない悲鳴を褌の猿轡に吐き出す羽目になった。筋彫から彩入まで一気に仕上げたので、千代の苦悶は午(ひる)前から戌(いぬ)の刻近くまで四刻にも及んだ。
せめてもの救いは、いちばん肝心の道具が今夜は使えなくされたせいで、娘としての辱めだけは受けずに済んだことだけだった。
それからさらに六日間、千代は監禁されていた。いっそうの恥辱を与えるためではなく、入墨の養生である。最初の三日ほどは痒みに苛まれた。背中一面もさることながら、後追いで墨を入れられたところは、どこも女の急所である。掻痒の中に妖しい感覚まで忍び入って、これくらいなら、まだしも針を刺されたほうが手放しで泣き叫べるものをと、喉元過ぎれば何とやらに、千代はもどかしさを募らせもした。
その間も日毎に一度は男どもに三つの穴を貪られていた。もちろん、妖しい官能に弄ばれていようとも、それと陵辱とが混淆することなどなかった。
背中の瘡蓋(かさぶた)が剥げ、乳首と実核にどぎつい紅が染み込み、股間の色鮮やかな蝶は瘡蓋が貼り付いたままに傷が落ち着いてきた、拐わかされてから十二日目に、楓たちは姿を消した。
といっても、千代が家まで送り届けられたわけでもない。胡座の間に柱を抱きかかえる形に縛られて、そのまま置き去りにされたのだった。
誰にも見つけられず、このまま飢え死にしても構わない。いや、こんな浅ましい姿を見られるくらいなら、死んでしまいたい。そうは思っても猿轡を噛まされていては、舌を噛むことも出来ない。
――陽も沖天を過ぎた頃。境内に人の気配が動いた。
(お願い、入って来ないで)
一瞬に羞恥が甦ったが、生き恥を忍んででも救けてもらいたい気持ちがなかったといえば嘘になる。
足音がまっすぐ近づいて来て。様子を伺うように戸が引き開けられた。千代は後ろ向きに縛られている。振り向いて相手の顔を確かめる度胸はない。
数瞬、ぴいんと緊張が漲って。
「千代……なのか」
(お父っつぁん……)
世に男は数多(あまた)居れど、今はもっとも会いたくない人だった。
「いあいええ……」
見ないで、来ないで。
しかし。千代の心の叫びが通じる筈もなく。声から我が娘と分かって、駆け寄る喜右衛門。
彼がこの場を探り当てたのは、偶然でも何でもない。
誰にも行方を告げずに娘が姿を消した、その夕刻には貫目屋ではひっそりと大騒ぎになっていた。人目を忍んでの逢引とまでは喜右衛門はともかく、母の妙(たえ)あたりは勘繰りもしたが、まさかに朝帰りするとも思わなかったのだが。翌日に街の木戸が開いても帰って来ない。
自身番への届出はもちろん、月々の付届けを欠かさない同心手伝の親分の手も煩わせ、それでも二日三日経っても消息がつかめず、ついには同心直々の出馬を願った。千代の拉致された先が分からなかったのも道理。貫目屋から十町(約一キロ)ばかり離れた清安寺で姿を見掛けた者がいたばかりに、城下町から静安寺とは真反対の方角へ一里半(約六キロ)も離れた、この南総寺はよもやとさえも思われていなかったのだ。
それが、今日の午の刻すこし前に、童が文を貫目屋に持ってきて、喜右衛門は半信半疑ながらも手代と丁稚にまで駕籠を誂えて駆け付けたという次第だった。
「おまえたちは、外で待っていなさい。戸を閉めるのです」
動転しながらも、娘の無惨な姿を人目に晒すまいとする親心。
何はともあれ、汚れ褌の(とまでは気づかなかったが)猿轡を口から引き出してやり、手首の縄を解いてやろうと身体の位置を変えたとき。
「これは……」
絶句する喜右衛門。真昼の外の明るさに眩んでいた目が本堂の薄暗がりに慣れて、娘の背中一面に刻み込まれた濃紺の紋紋に気づいたのだった。
しかし今は、事の次第を問い質している場合ではない。とにもかくにも、あたふたと縛めを解いて。
小さな両替屋を御家御用達にまで広げた、悪賢くも機転が利き度胸もある喜右衛門。娘に羽織を着せ掛けると、内縁へ駕籠をひとつ上げさせて、後はおのれの手だけで四苦八苦して板の間へ引き込んだ。
羞恥に身を縮込ませている娘を、赤子をあやすようにしながら駕籠へ押し込み、両側の垂れを下ろしてから、駕籠舁き人足を呼び入れた。
手代と丁稚に駕籠脇を固めさせ、自分は先に立って周囲を伺いながら。人目の多い街中を店とくっついた本宅へ連れ帰るのは憚って、城下からすこし離れた寮へ匿った。
それからも、喜右衛門の手配りは抜かりなかった。娘の裸身を見られてはいないが、人足には法外な酒手をはずんで口止めをして帰らせ、自分は娘に付き添い、手代は医者へ、丁稚は女房へと走らせた。
「ともかくも五体満足で戻れたのだ。何をされていようと、命あっての物種です。おまえが幸せになれるよう、わしが万事取り仕切ってやる。決して早まった真似をするんじゃないよ」
傷物にされ肌に消せない烙印を刻まれた娘でも、人並みとはいわないまでもそれなりに女として幸せにしてやる方策を、すでに喜右衛門は考えついていたのかもしれない。しかしそれは、大きな錯誤を前提としていた。
これほどの恨みを買う因がおのれにあるとは、自明だった。そして喜右衛門にとっては、自身を殺されるよりも店を潰されるよりも、娘をこんなふうにされたほうが、はるかに痛恨だった。それだけに、害を為した相手が、復讐は成れりとして、これ以上のことを仕掛けて来ようとは夢にも思っていなかった。
千代を解き放ったのが何よりの証拠だと、喜右衛門は判断したのだった。
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おそらく500枚くらいにはなるでしょう。第三幕は定められた吟味の手順(敲問→石抱→釣り→海老)など関係なく、三国弾正郷門クンが「こやつはどこまで耐えらるか。何故、責問で恍惚となるのか」と探求していくわけですから、濠門長恭クンの気紛れでどんな責めになるか、指先三寸です。第二幕に匹敵する分量(責めの種類と枚数)になるかもしれません。
お楽しみに!
ですけど。600枚とかいったら、前後編に分けてリリースするかもです。
DLsite キーワードは、強制 刺青or入墨
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