Progress Report Final:濡衣を着せられた娘
脱稿しました。きっちり400枚。校訂して数枚は上下するでしょう。

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最終幕 処刑場
文政八年。筋彫お蝶が世を騒がせた寛政五年から下ること三十一年。処刑を前に病死したはずの筋彫お蝶が、突如として城下奉行所に自訴して出た。
誰もが、かの者を狂女と決めつけたのだが。諸肌脱いだ背中には、調書(しらべがき)と寸分違わぬ蝶と楓と糸の筋彫があった。しかも、腰巻まで取ると。世人は知らず調書にのみ記されている揚羽蝶の文様までも鮮やかに。
いったいにどうしたものかと奉行所は上を下への大騒動。これを抑えて冷静に仕切ったのは、先代吟味方惣与力、残谷郷門の四十九日が明けて跡を嗣いだばかりの強門(つよかど)だった。
そもそも、千代の自訴の段取を付けたのが強門だった。
元服してから五年ほどの間、強門は拷問の要諦を父から文字通り身体に敲き込まれている。筋彫お蝶の濡衣ならぬ濡墨を入れられた年増女の目の前で。
お蝶を甚振の稽古台に使ったこともあったし、そもそも強門に男女の営みの手解きをしたのもお蝶だった。
しかし。父の魔羅では悶え狂うお蝶も、強門にはどのように弄ばれようとも歔欷の声ひとつ上げなかった。拷問にしても然り。歯を食い縛って耐えるのみで、ついぞ音を上げた験が無かった。
お蝶が父に責められる場面は、一度しか見ていない。
「この女は尋常一様ではない。されど、邪教の狂信者などは、しばしばこのようになる」
そのときの参考にせよと念押されて……生涯忘れることがないだろう、凄まじい光景であった。
それはともかくとして。
素裸で市中引回のうえ磔刑。それがお蝶の心底からの憧れであり、父の(母も知らぬ)遺言でもあった。
無論、そのような真実はおくびにも出さず。
牢の掛医師まで抱き込んでの計略を見抜けず、病死であれば致し方無しとして獄門晒にも掛けず筋彫お蝶の遺骸を投込寺に捨てさせたのは父の手落であった。当時の医師も鬼籍に入り、今の牢掛医師は別門の人物であれば罪の遡及も叶わぬ。父の無念を些かでも雪ぐには、前例の無い秋霜苛烈な処刑であるべし。
強門の強硬な主張には城代家老も折れざるを得なかった。筋彫お蝶に絡めて貫目屋を闕所にした際の裏の裏まで、残谷郷門ひいては強門が知悉しているからであり、貫目屋からの金煎餅を一件の始末に投じたのも郷門だけだったからである。
牢破りの詳細とか、三十年もの間どこに身を隠していたかなどは、ほとんど追求されなかった。昔のことをほじくり返しても、墓に鞭打つ結果になるだけであろうし、経緯を詮索すれば、さらに罪人を作るだけである。
奉行所としては、三十年遅れて刑を執行するだけという名分を貫くのが、もっとも波風立てぬやり方ではあろう。
こうして、筋彫お蝶の死出の花道は整えられたのだった。
筋彫お蝶が自訴して出て旬日を経ずして、刑は執行された。
定法通りに縛っては背中の刺青が見えにくい。庶民に、この女が紛れも無く筋彫お蝶であると知らしめるため、首の後ろに渡した径七寸の丸太に両手を広げて縛り付けた。五日間を牢で過ごしたというのに、腋窩はつるつるで一本の毛も無いことに、お蝶を縛した小役人は驚いていたが。
腰巻を剥ぎ取ってみれば、こちらも無毛。かつてハナが丹精した結果だ。
しかし、揚羽蝶は花畠の中を舞っているように見えた。というのも、下腹部から太腿にかけて、無数の傷痕がちりばめられていたからだった。
傷痕は、脇腹から乳房にかけても夥しい。ただ、背中と内腿だけは、刺青を損なわぬように配慮されていた。もっとも、揚羽蝶の胴にあたる淫唇はその限りではない。というより、喧嘩で敗れた雄鶏の鶏冠のように綻び傷付いていた。
「こ、これは如何に……」
「へっ。三十年前、先代の惣与力の旦那に、さんざん痛め付けられたからねえ」
訝しがる小役人に、ふてぶてしく答えるお蝶。三十年前の古傷か、せいぜい一年前の傷痕かを見分けられるのは、金創医か吟味方の古株くらいであろう。古株は、惣与力の足を掬うようなことを言う筈も無い。
牢屋敷を抜けて、城下奉行所の不浄門から外へ引き出される。
高札は前日に立てられたというのに、道は人で埋まっていた。それを六尺棒で押し戻して保たれている小さな場所に、検視の役人と下人が三人。
「筋彫お蝶こと、貫目屋喜平が娘、千代。癸丑(みずのとうし)に四件の押込を働き、御縄になり死罪申し付けられしに破牢せしものなり。このたび自訴いたしたること真に神妙なれど、その罪軽からず減刑には及ばず。よって本日、市中引回のうえ磔獄門に処するもの也」
みずから検視役を願い出た残谷強門が、音吐朗々と御仕置書を読み終えると。二人の下人が千代の裸身を抱え上げて裸馬に乗せた。余計な丸太を背負っているから釣合の勝手は違うは、丸太が邪魔になるはで、すくなからずもたついたのだが。おかげで野次馬どもは、筋彫の紋白蝶だけでなく極彩色揚羽の御開帳まで、たっぷりと見物出来た。
城下町を隅から隅まで引き回される間、千代は馬上で陶然と目を閉じていた。この世の見納めなど、している暇は無い。馬の背にかぶせられた筵が淫唇をチクチクと刺激して、馬の歩みがそれを倍加する。今生最後の愛撫だった。
大木戸をくぐって街の外へ出て。お蝶は馬から降ろされた。刑場までの半里は、おのれの足で歩かされる。これが、全裸に続く秋霜苛烈の二つ目だった。
奉行所前の出立を見ていない野次馬は、ここで初めて太腿の揚羽蝶に気づく。
「うへえ、こりゃまた」
「筋彫の二つ名は返上しなくちゃならねえな」
「しかし、まあ……ぎりぎりってとこだね」
「なんだよ、そのぎりぎりというのは」
「考えてもみろよ。しわくちゃの婆が刺青じゃあ、興醒めもいいとこだ。ところが、どうだ。五十と聞いちゃいるが、姥桜のちょい手前。まだまだ見応えがあるじゃねえか」
「そう言やそうだ。そんなに乳も垂れちゃいないし、尻だってまん丸だな」
女は灰になるまで女だと喝破したのは、大岡越前守忠助の御母堂であったが。千代がせいぜい四十を出るや出ずの肢体を保っているのは、これは郷門の丹精の結果ではあっただろう。前の甚振の傷が乾けばすぐに次の甚振。そのときの郷門は、決まって越中褌ひとつであった。甚振の最中か直後かには、必ず三穴のいずれかを貫いた。女は、女として使われることで、女を保ち続けるのである。
しかし、それにしても。死の床に就く直前、古希の歳まで男であり続けた郷門も、たいしたものではあったが。話を、今に戻そう。
「歩きませい」
びしり。六尺棒に尻を敲かれて、お蝶は蹌踉と歩み始める。
大勢の見知らぬ人たちにまで素裸を見られている。首から下は無毛の裸身に蝶の入墨を纏わり付かせて。有るべきものが無く、無い筈のものが有る。その倒錯を思うと、早くも薄桃色の靄が微かに千代を包み始める。
歩みが滞るごとに六尺棒で尻を敲かれるのも心地好い。
一刻ちかくを掛けて刑場に到着したとき、お蝶の股間はしとどに濡れていた。遠目にも、それが失禁でないことくらいは分かる。いったいに、これはどういうことなのかと首を傾げる野次馬も少なくないが、しかし、裸を見られて興奮する女がいることくらいは知らぬでもない。さすがは筋彫お蝶、土壇場に臨んでも淫乱至極。三十年のうちには、諸肌脱ぎの急ぎ働きに尾鰭が付いて、さまざまな伝説と化していた。手下の三人が総掛かりとか。それはそれで、内実は真反対でも、その通りでもあるのだが。
千代は野次馬の声など聞いていない。薄桃色の雲を踏んで最後の道を進み。縄を解かれて磔柱の上に身を横たえる。手足を大の字に展げられて横木に確りと縛り付けられ、肩から脇の下にも斜め十文字に縄を掛けられて腰も柱に固縛された。
いよいよ、磔柱が押し立てられる。
処刑掛の下人が二人、槍を構えてお蝶と向かい合う。検視役の残谷強門が、斜め正面に立って。
「筋彫お蝶、何か申し残すことは無いか」
作法通りに声を掛けた、そのとき。
お蝶は目を見開き天に向かって、歌うように叫んだ。
「みそとせの、せめらくもつき、あとにゆく……ほとぬれそぼち、やりをまちわぶううう」
辞世の句、であった。
さらに一度、繰り返す。
わああああっと、竹矢来の向こうから歓声が湧いた。直ちには意味を解せぬ者も多かったが、そんなことはどうでもよい。如何にも強かな女賊らしく、死に臨んで音吐朗々と辞世の句を詠んだ。それでじゅうぶんなのであった。
検視役の強門だけは、物心ついてこの方、お蝶が拷問蔵に囚われていることを知っていたし、元服してからは先に述べた通りの深い仲といえば仲であってみれば。辞世の句の意味は、取り違えようもなかった。
強門は深く頷いてから、下人に向かって短く指図を下す。
「やれ」
ぎゃりん。お蝶の目の前で槍が交差されて。引かれた槍が、左右からお蝶の脇腹を突き刺した。
ぶしゅ……
「いぎゃああああっ……」
お蝶が苦悶を絶叫した。
「ありゃありゃありゃ」
穂先を腹中に留めたまま、ぐりぐりと槍が捻じられる。
「ぐああああ……あああっ……いいいいいい」
絶叫の音色が妖しく変じたのが、野次馬にも聞き取れた。
下人が槍を押し上げると、音も無く穂先が肩口に突き抜けた。
槍が引き抜かれ、すぐにまた脇腹を差した。
「うああああ……さとかどさまああああ」
「それまで」
強門が大音声でお蝶の叫びを掻き消した。
「止めの槍は、我が手でくれてやる」
お蝶が感極まって余計なことを口走ってくれては拙いという思いと。意識が確かなうちに女淫を槍で貫いてやろうという、悦虐の千代にとってはむしろ温情と。
小役人が差し出す新たな槍を脇に掻い込んで、強門がお蝶の正面に立った。
お蝶は陶酔から醒めた目で強門を見下ろして。目は口よりも多くを語るのであるが、生まれ落ちてすぐに残谷家の養子となった強門は、それをどのように受け止めたのであろうか。
強門が槍を構えて、お蝶の股間を見上げる。
「参る」
短く言ったのは、剣術の稽古で身に着いた習い性ではあったろう。
ずぶしゅっ……
槍は吸い込まれるように女淫を貫いた。
「あ゙あ゙あ゙っ……い゙い゙、い゙い゙い゙い゙……い゙い゙い゙い゙」
長々と雌叫びを放って。がくりとお蝶の頭が垂れた。
それを見留めて、強門は槍を突き上げて喉まで貫いた。
御定法通りに、お蝶の首は斬り落とされて獄門台に載せられ、骸は磔柱に掛けられたまま野晒にされた。お蝶の係累は既に亡く、白骨はそのまま捨て去られたのだが。強門の手によって、お蝶の喉仏の骨だけは、残谷家累代の墓の脇にひっそりと埋められたのであった。
三十年の責め楽も尽き後に逝く
女淫濡れそぼち 槍を待ちわぶ
筋彫お蝶こと千代 享年五十
[ 完 ]
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最後の最後で衝撃の新事実が明かされましたね。筆者も「まさか」でした。
これくらい、読者諸氏におかれましても読み取れますよね?
作者の意識としては「暗示」ではなく「明示」も同然なのですが。ラノベ慣れしてると、どうなんでしょうか。
閑話働題というんですかしら。「休」の反対語は「働」らしいので。
6/20,21は個人的連休ですので。ここで、BFもPDFもepubも仕上げて。7/15リリースで各販売サイトにぶっ込んで。最近の流れですと、即座に自作に着手でしたが。
ちょい、インターバルを取りましょう。まさか紙飛行機の新作まではしないでしょうが、クリア回数ン十回のヤリコミゲーをまたぞろ「弱くてニューゲーム」するか。そのあいだに自作の構想を航走して、二つくらいが抗争するかもしれませんが、気分一新で好走といきたいものです。
DLSite affiliate キーワードは「磔 処刑」

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最終幕 処刑場
文政八年。筋彫お蝶が世を騒がせた寛政五年から下ること三十一年。処刑を前に病死したはずの筋彫お蝶が、突如として城下奉行所に自訴して出た。
誰もが、かの者を狂女と決めつけたのだが。諸肌脱いだ背中には、調書(しらべがき)と寸分違わぬ蝶と楓と糸の筋彫があった。しかも、腰巻まで取ると。世人は知らず調書にのみ記されている揚羽蝶の文様までも鮮やかに。
いったいにどうしたものかと奉行所は上を下への大騒動。これを抑えて冷静に仕切ったのは、先代吟味方惣与力、残谷郷門の四十九日が明けて跡を嗣いだばかりの強門(つよかど)だった。
そもそも、千代の自訴の段取を付けたのが強門だった。
元服してから五年ほどの間、強門は拷問の要諦を父から文字通り身体に敲き込まれている。筋彫お蝶の濡衣ならぬ濡墨を入れられた年増女の目の前で。
お蝶を甚振の稽古台に使ったこともあったし、そもそも強門に男女の営みの手解きをしたのもお蝶だった。
しかし。父の魔羅では悶え狂うお蝶も、強門にはどのように弄ばれようとも歔欷の声ひとつ上げなかった。拷問にしても然り。歯を食い縛って耐えるのみで、ついぞ音を上げた験が無かった。
お蝶が父に責められる場面は、一度しか見ていない。
「この女は尋常一様ではない。されど、邪教の狂信者などは、しばしばこのようになる」
そのときの参考にせよと念押されて……生涯忘れることがないだろう、凄まじい光景であった。
それはともかくとして。
素裸で市中引回のうえ磔刑。それがお蝶の心底からの憧れであり、父の(母も知らぬ)遺言でもあった。
無論、そのような真実はおくびにも出さず。
牢の掛医師まで抱き込んでの計略を見抜けず、病死であれば致し方無しとして獄門晒にも掛けず筋彫お蝶の遺骸を投込寺に捨てさせたのは父の手落であった。当時の医師も鬼籍に入り、今の牢掛医師は別門の人物であれば罪の遡及も叶わぬ。父の無念を些かでも雪ぐには、前例の無い秋霜苛烈な処刑であるべし。
強門の強硬な主張には城代家老も折れざるを得なかった。筋彫お蝶に絡めて貫目屋を闕所にした際の裏の裏まで、残谷郷門ひいては強門が知悉しているからであり、貫目屋からの金煎餅を一件の始末に投じたのも郷門だけだったからである。
牢破りの詳細とか、三十年もの間どこに身を隠していたかなどは、ほとんど追求されなかった。昔のことをほじくり返しても、墓に鞭打つ結果になるだけであろうし、経緯を詮索すれば、さらに罪人を作るだけである。
奉行所としては、三十年遅れて刑を執行するだけという名分を貫くのが、もっとも波風立てぬやり方ではあろう。
こうして、筋彫お蝶の死出の花道は整えられたのだった。
筋彫お蝶が自訴して出て旬日を経ずして、刑は執行された。
定法通りに縛っては背中の刺青が見えにくい。庶民に、この女が紛れも無く筋彫お蝶であると知らしめるため、首の後ろに渡した径七寸の丸太に両手を広げて縛り付けた。五日間を牢で過ごしたというのに、腋窩はつるつるで一本の毛も無いことに、お蝶を縛した小役人は驚いていたが。
腰巻を剥ぎ取ってみれば、こちらも無毛。かつてハナが丹精した結果だ。
しかし、揚羽蝶は花畠の中を舞っているように見えた。というのも、下腹部から太腿にかけて、無数の傷痕がちりばめられていたからだった。
傷痕は、脇腹から乳房にかけても夥しい。ただ、背中と内腿だけは、刺青を損なわぬように配慮されていた。もっとも、揚羽蝶の胴にあたる淫唇はその限りではない。というより、喧嘩で敗れた雄鶏の鶏冠のように綻び傷付いていた。
「こ、これは如何に……」
「へっ。三十年前、先代の惣与力の旦那に、さんざん痛め付けられたからねえ」
訝しがる小役人に、ふてぶてしく答えるお蝶。三十年前の古傷か、せいぜい一年前の傷痕かを見分けられるのは、金創医か吟味方の古株くらいであろう。古株は、惣与力の足を掬うようなことを言う筈も無い。
牢屋敷を抜けて、城下奉行所の不浄門から外へ引き出される。
高札は前日に立てられたというのに、道は人で埋まっていた。それを六尺棒で押し戻して保たれている小さな場所に、検視の役人と下人が三人。
「筋彫お蝶こと、貫目屋喜平が娘、千代。癸丑(みずのとうし)に四件の押込を働き、御縄になり死罪申し付けられしに破牢せしものなり。このたび自訴いたしたること真に神妙なれど、その罪軽からず減刑には及ばず。よって本日、市中引回のうえ磔獄門に処するもの也」
みずから検視役を願い出た残谷強門が、音吐朗々と御仕置書を読み終えると。二人の下人が千代の裸身を抱え上げて裸馬に乗せた。余計な丸太を背負っているから釣合の勝手は違うは、丸太が邪魔になるはで、すくなからずもたついたのだが。おかげで野次馬どもは、筋彫の紋白蝶だけでなく極彩色揚羽の御開帳まで、たっぷりと見物出来た。
城下町を隅から隅まで引き回される間、千代は馬上で陶然と目を閉じていた。この世の見納めなど、している暇は無い。馬の背にかぶせられた筵が淫唇をチクチクと刺激して、馬の歩みがそれを倍加する。今生最後の愛撫だった。
大木戸をくぐって街の外へ出て。お蝶は馬から降ろされた。刑場までの半里は、おのれの足で歩かされる。これが、全裸に続く秋霜苛烈の二つ目だった。
奉行所前の出立を見ていない野次馬は、ここで初めて太腿の揚羽蝶に気づく。
「うへえ、こりゃまた」
「筋彫の二つ名は返上しなくちゃならねえな」
「しかし、まあ……ぎりぎりってとこだね」
「なんだよ、そのぎりぎりというのは」
「考えてもみろよ。しわくちゃの婆が刺青じゃあ、興醒めもいいとこだ。ところが、どうだ。五十と聞いちゃいるが、姥桜のちょい手前。まだまだ見応えがあるじゃねえか」
「そう言やそうだ。そんなに乳も垂れちゃいないし、尻だってまん丸だな」
女は灰になるまで女だと喝破したのは、大岡越前守忠助の御母堂であったが。千代がせいぜい四十を出るや出ずの肢体を保っているのは、これは郷門の丹精の結果ではあっただろう。前の甚振の傷が乾けばすぐに次の甚振。そのときの郷門は、決まって越中褌ひとつであった。甚振の最中か直後かには、必ず三穴のいずれかを貫いた。女は、女として使われることで、女を保ち続けるのである。
しかし、それにしても。死の床に就く直前、古希の歳まで男であり続けた郷門も、たいしたものではあったが。話を、今に戻そう。
「歩きませい」
びしり。六尺棒に尻を敲かれて、お蝶は蹌踉と歩み始める。
大勢の見知らぬ人たちにまで素裸を見られている。首から下は無毛の裸身に蝶の入墨を纏わり付かせて。有るべきものが無く、無い筈のものが有る。その倒錯を思うと、早くも薄桃色の靄が微かに千代を包み始める。
歩みが滞るごとに六尺棒で尻を敲かれるのも心地好い。
一刻ちかくを掛けて刑場に到着したとき、お蝶の股間はしとどに濡れていた。遠目にも、それが失禁でないことくらいは分かる。いったいに、これはどういうことなのかと首を傾げる野次馬も少なくないが、しかし、裸を見られて興奮する女がいることくらいは知らぬでもない。さすがは筋彫お蝶、土壇場に臨んでも淫乱至極。三十年のうちには、諸肌脱ぎの急ぎ働きに尾鰭が付いて、さまざまな伝説と化していた。手下の三人が総掛かりとか。それはそれで、内実は真反対でも、その通りでもあるのだが。
千代は野次馬の声など聞いていない。薄桃色の雲を踏んで最後の道を進み。縄を解かれて磔柱の上に身を横たえる。手足を大の字に展げられて横木に確りと縛り付けられ、肩から脇の下にも斜め十文字に縄を掛けられて腰も柱に固縛された。
いよいよ、磔柱が押し立てられる。
処刑掛の下人が二人、槍を構えてお蝶と向かい合う。検視役の残谷強門が、斜め正面に立って。
「筋彫お蝶、何か申し残すことは無いか」
作法通りに声を掛けた、そのとき。
お蝶は目を見開き天に向かって、歌うように叫んだ。
「みそとせの、せめらくもつき、あとにゆく……ほとぬれそぼち、やりをまちわぶううう」
辞世の句、であった。
さらに一度、繰り返す。
わああああっと、竹矢来の向こうから歓声が湧いた。直ちには意味を解せぬ者も多かったが、そんなことはどうでもよい。如何にも強かな女賊らしく、死に臨んで音吐朗々と辞世の句を詠んだ。それでじゅうぶんなのであった。
検視役の強門だけは、物心ついてこの方、お蝶が拷問蔵に囚われていることを知っていたし、元服してからは先に述べた通りの深い仲といえば仲であってみれば。辞世の句の意味は、取り違えようもなかった。
強門は深く頷いてから、下人に向かって短く指図を下す。
「やれ」
ぎゃりん。お蝶の目の前で槍が交差されて。引かれた槍が、左右からお蝶の脇腹を突き刺した。
ぶしゅ……
「いぎゃああああっ……」
お蝶が苦悶を絶叫した。
「ありゃありゃありゃ」
穂先を腹中に留めたまま、ぐりぐりと槍が捻じられる。
「ぐああああ……あああっ……いいいいいい」
絶叫の音色が妖しく変じたのが、野次馬にも聞き取れた。
下人が槍を押し上げると、音も無く穂先が肩口に突き抜けた。
槍が引き抜かれ、すぐにまた脇腹を差した。
「うああああ……さとかどさまああああ」
「それまで」
強門が大音声でお蝶の叫びを掻き消した。
「止めの槍は、我が手でくれてやる」
お蝶が感極まって余計なことを口走ってくれては拙いという思いと。意識が確かなうちに女淫を槍で貫いてやろうという、悦虐の千代にとってはむしろ温情と。
小役人が差し出す新たな槍を脇に掻い込んで、強門がお蝶の正面に立った。
お蝶は陶酔から醒めた目で強門を見下ろして。目は口よりも多くを語るのであるが、生まれ落ちてすぐに残谷家の養子となった強門は、それをどのように受け止めたのであろうか。
強門が槍を構えて、お蝶の股間を見上げる。
「参る」
短く言ったのは、剣術の稽古で身に着いた習い性ではあったろう。
ずぶしゅっ……
槍は吸い込まれるように女淫を貫いた。
「あ゙あ゙あ゙っ……い゙い゙、い゙い゙い゙い゙……い゙い゙い゙い゙」
長々と雌叫びを放って。がくりとお蝶の頭が垂れた。
それを見留めて、強門は槍を突き上げて喉まで貫いた。
御定法通りに、お蝶の首は斬り落とされて獄門台に載せられ、骸は磔柱に掛けられたまま野晒にされた。お蝶の係累は既に亡く、白骨はそのまま捨て去られたのだが。強門の手によって、お蝶の喉仏の骨だけは、残谷家累代の墓の脇にひっそりと埋められたのであった。
三十年の責め楽も尽き後に逝く
女淫濡れそぼち 槍を待ちわぶ
筋彫お蝶こと千代 享年五十
[ 完 ]
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最後の最後で衝撃の新事実が明かされましたね。筆者も「まさか」でした。
これくらい、読者諸氏におかれましても読み取れますよね?
作者の意識としては「暗示」ではなく「明示」も同然なのですが。ラノベ慣れしてると、どうなんでしょうか。
閑話働題というんですかしら。「休」の反対語は「働」らしいので。
6/20,21は個人的連休ですので。ここで、BFもPDFもepubも仕上げて。7/15リリースで各販売サイトにぶっ込んで。最近の流れですと、即座に自作に着手でしたが。
ちょい、インターバルを取りましょう。まさか紙飛行機の新作まではしないでしょうが、クリア回数ン十回のヤリコミゲーをまたぞろ「弱くてニューゲーム」するか。そのあいだに自作の構想を航走して、二つくらいが抗争するかもしれませんが、気分一新で好走といきたいものです。
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