Progress Report 1:生贄王女と簒奪侍女
タイトルは上記の通りとして、前編、(後編+終章)に長ったらしいのを採用します。暫定方針です。
生贄王女を馴致する七つの暴虐と試練
簒奪侍女に悦虐を刻み込む七つの拷問
競売奴隷に堕ちる生贄王女と簒奪侍女
今回は王女編の「始りの章」から抜粋。冒頭はエロでないのでスルー。
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帆を下ろして停止している商船のすぐ脇に海賊船が並び合わせて、こちらは二本の檣(ほばしら)に上げた三角帆に風をはらみ、船首からほぼ水平に突き出た檣にも帆を張っているというのに、ぴたりと静止している。それが漂躊(ひょうちゅう)という操帆法だとは、エクスターシャが知る由もない。そんなことよりも。
「全滅だわね」
接舷されているのとは反対側を指差して、イレッテがつぶやいた。他の二隻の商船も帆を下ろして停止しており、それぞれに海賊船が接舷している。
為す術もなく見守るうちに、一方の商船がひとつだけ小さな帆を上げて、ゆっくりと動き出した。副大使の座船だ。そちらの船でも乗組員たちは甲板に集められていて、帆に就いている小人数の男たちは海賊の仲間らしい。
商船が海賊船とは反対側に接近して舫綱(もやいづな)で二隻をつなぎ、接舷させた。
「さて、お嬢さん方。あちらに移っていただこうか」
素肌に分厚い腹帯を巻いて長剣をぶっ違いに差した上に、まだ夏の名残も漂う季節だというのに分厚い外套を羽織った男が、海賊にしては慇懃な口調で、しかし有無を言わさぬ迫力があった。頭髪と揉み上げと顎髭とが渾然一体となった(体格まで)熊のような男だった。
二隻の間に渡板が架けられたが、とても歩けそうにない。それ以前に、立っている甲板から渡板に上がるには、裳裾をたくし上げて足を高く踏み出すか、芋虫のように這い上がるしかない。淑女といわず娼婦でも、白昼に殿方の前で出来る所作ではなかった。
それよりも。別の船に移されては、オルガと別れ別れになるのではないか。
「エクスターシャ王女は、どちらにいらっしゃるのですか?」
恐怖を抑えてエクスターシャは、頭目らしい髭面に問うた。
「あちらにいらっしゃられろるぜ」
髭面が海面の遠くを指差した。正大使の座船(か、それに接舷している海賊船か)に向かっているらしい六人漕ぎの短艇が見えた。艫の隅に、色艶やかな衣服を着た女性がこちらに背中を向けて座っていた。亜麻色の髪を見ずとも、その女性がオルガであるのは明白だった。
「王女様を下賤の者どもに突っ込ませる訳にはいかねえからな」
髭面の言葉の意味が今ひとつ理解できなかったが、下賤の者とは海賊の子分だろう。そういった野卑な連中から隔離されるのであれば、それに越したことはない。ひるがえって自分は――というところにまでは、考えが及ばないエクスターシャだった。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさとあっちの船へ乗り移れ」
そんなことを言われても。三人とも動けないでいる。女の慎みは措くとしても、半歩幅もない板の上を渡るなんて恐ろしい。もし足を踏み外したら五歩長以上を転落して、そこは海なのだ。この時代、海を生業としている者でさえ泳げないのが普通だった。
「ええい、まだるっこしい。おまえら、お嬢さん方を担いで運んでやれ」
待ってましたとばかりに、手下どもが三人の乙女に群がる。
「何をする?! やめよ!」
背中に太い腕をあてがわれ足をすくわれかけて、エクスターシャはもがきながら、それでも気品を保つ努力をしながら悲鳴を上げた。侍女でさえ、王女の身体に触れねばならぬときは、おずおずと恭しく羽毛の繊細さを心掛ける。それをいきなり、許しも得ずに、見知らぬ粗野な男に抱き上げられようとしたのだから、狼狽と羞恥と憤りは筆舌に尽くし難い。もっとも、この先に彼女を待ち受けている運命に比べれば、これは最上級の丁重で慇懃な扱いなのではあった。
「うるせえな。暴れるんじゃねえ」
パチンと尻を叩かれて、エクスターシャは驚愕のあまり言葉を失った。
そんな様子を面白く思ったのだろう。その男は、いっそうの辱しめを愉しむ。エクスターシャを羽交い締めにして。
「暴れられて落っことしちゃいけねえ。誰か手伝ってくれ」
さっそくに一人が出しゃばって、エクスターシャの脚を――わざわざ開脚させて両脇に掻い込んだ。
仰向けに持ち上げられて、しかしエクスターシャは逆らわなかった。聡明な娘ではある。淫奔女の血を引くと陰で蔑まれながらも王女として毅然と振る舞ってきた、気丈な娘でもある。抗えばしっぺ返しを受けるだけと、すでに悟っていた。とはいえ。
「そのままじゃ裾を踏んづけちまうぜ」
三人目の男がしゃしゃり出ると、甲板に垂れている裳裾を(下穿が露出するまで)下着ごと捲り上げて裾を結び絞った。
「いやあああっ!」
金切り声を上げて当然だった。
エクスターシャは好色の嗤いに囲まれて、渡板の上を運ばれた。
移乗させられた船の甲板に集められている乗組員を掻き分けて、ひと目で貴族と知れる肥った男が海賊どもの前に立った。
「貴様ら、なんということを。そのお方をすぐに下ろせ」
まずい。エクスターシャは、狼狽した。ここで正体をばらされたら、事態がどう転ぶか分からない。少なくとも、良い方向へ動かないのは明らかだ。
「ヤックナン男爵殿!」
エクスターシャは声を張った。突然の、しかも威厳さえ漂う声に、彼女を抱えている手の力が弛んだ。エクスターシャは素早く甲板に立って。裾を元に戻すのも忘れて、なんとか取り繕おうとする。
「エクスターシャ・コイタンス王女殿下は、別の船に連れ去られました。私、オルガ・スムーザンヌは部下の侍女二人と共に、この船に乗せられる運びとなった模様です」
分かってくださいと、目で訴える。
ヤックナンにどのような思惑が働いたのかは分からない。が、詳しい事情を知らないまま、主君の娘の目論見に異議を唱えるべきではないと判断したのだろう。
「そうですか。王女殿下にはお痛わしいかぎりですが、侍女の取りまとめをよろしくお願い致す。オルガ殿」
そんな寸劇の間に、アヘーリアとイレッテも、こちらへ運ばれて来た。彼女たちは無駄に抗ったりはせず――どころか、横抱きにされただけでは不安だとばかりに、抱き上げた男の首根っ子に両手で抱き着いて。余禄とばかりに尻を撫でられても、挑発するように身をくねらせたりした。さすがは、元が娼婦と奴隷女。取り成してくれるはずのオルガが連れ去られたからには、己れの身は己れで守らねばならない。こういった女の自己防衛とは、すなわち男に媚びることだった。
もしも男に逆らえば、どうなるか。
三人と入れ違いに、ヤックナンが向こうの船に乗せ替えられた。
それを見送って、エクスターシャがいっそう恐怖と心細さを募らせながら。ようやく太腿が潮風に曝されているのに気づいた。慌てて裾を元に戻そうとしたのだが、男の手で固く結ばれているので、なかなかほどけない。
悪戦苦闘しているエクスターシャの前に、髭面と同じくらいの巨躯が立ちはだかった。ただし、首から上は髭面と真反対。頭のてっぺんまで禿げているのか剃っているのか。まるきりの海坊主だった。
「さっきからの暴れっぷりといい、貴族様を顎で使うような物言いといい、ちっとばかし灰汁(あく)抜きが要るな」
海坊主はエクスターシャの両手をつかんで頭上に引き抜き、短い縄で手首を重ねて縛った。
「なにを……?!」
抗議する間もあらばこそ。
「おまえら。こいつを袋にして、帆桁に吊ってやれ」
たちまち前後左右から男どもが群がり集まって。羽交い締めにされて。裾の結び目をほどいてくれたのはいいが、そのまま、頭上で縛られているよりも高く捲り上げられてしまった。
さっそく身に付けた処世術で、エクスターシャは羞恥を堪えて抗わない。
裾は頭上でひとまとめに絞られて縄で括られ、その縄が帆桁に投げ上げられて、そこに結び付けられた。
エクスターシャは視界を奪われ、そこに立ち尽くしているしかない。動こうと思えば動ける。座り込むことも出来る。しかしそうすれば――すでに腰まで捲り上げられている衣服がさらにずり上がって、いっそう肌を曝す破目になる。
袋にしろという言葉だけで、手際良く狼藉をしてのけた男ども。拐った女が抵抗すれば、このようにして灰汁抜きをしてきたのだろう。
素直な女は、それなりに優しく扱われる。
「そっちのお嬢さんたちは船室へ案内してやれ」
海坊主の声だった。
「手ぐらいは出しても構わねえが、魔羅までは出すんじゃねえぞ」
どっと、哄笑と歓声が沸いた。優しく扱われるのも、それなりに屈辱が伴う。もっとも、この二人の娘は屈辱と思わないかもしれないのだが。
アヘーリアとイレッテは、海賊どもとさながら恋人同士のように、腰を抱かれ(別の男に)尻を撫でられ胸を揉まれながら、船倉へと下りて行った――のまでは、エクスターシャはには分からなかったが。
船はなおも止まったままで、こちらの乗組員をあちらの商船へ追いやっている――のが、海賊どもの声と人の動く気配とでわかった。
なぜ、こんなことをするのか。エクスターシャも、じきに知ることになるが。正使と副使をメスマンとフィションクへ向かわせるためだった。人質を取っても、それが相手に伝わらなければ金にはならない。海賊どもにとっては、フィションク王が愛娘を救おうとしようが、メスマンの首長が花嫁を購おうとしようが、同じことだった。
そして、この商船には貢ぎ物が積まれている。洋上で海賊船に積み替えるよりは、船ごと港まで運ぶほうが手っ取り早いし手持ちの船も増える。機動力に富んだ海賊船には仕立てられないが、手持ちの駒が増えて悪いわけがない。
――船が揺れ帆桁が軋んで風向きが変わり、船が動き始めたようだった。
周囲から人の気配が消えて、エクスタターシャはわずかに安堵した。海賊船から乗り移って来た人数は知れている。全員が操船で手一杯なのだろう。
揺れる船の上で足を踏み替えて平衡を保ちながら立ち尽くすエクスターシャは、この先に待ち受けている様々な受難と試練を、まだ知らない。そして、悲惨な結末をも。
========================================
この作品舞台では、さまざまな言語が登場しているはずです。ヨーロッパの各国語、アラビア語(とペルシャ語がどう違うか知りませんが、とにかく蚯蚓がうねくった文字で表記されるやつ)。ヨーロッパ系に関しては、方言扱いにします。
問題はアラビア文字で表記される言語の取り扱い。開き直って、ふつうに日本語表記とします。ただし、第一ヒロインは(後宮に入って一生を過ごすはずですから)国に居るうちから一生懸命に言葉や習俗を学習して(だから、首から下はツルツル)います。ので
「わたしは、エクスターシャいいます。どぞ、かわいがってくださいませぞなもし」
いえ、そこまでふざけませんけど。基本、ひらかな表記です。これに対して、君主セセインは
「うむ。愛い奴じゃ。存分に甚振ってくれようぞ」
いえ、どちらの台詞も本文には登場しません。
この方針でいくと、特定の外国語を依怙贔屓できません。ので、すべて漢字表記です。何が言いたいかというと。
シャツ 襯衣
ズボン 男袴
ハーレムパンツ 女紗袴
タイツ 細袴
スカート 裳裾
ベール 面紗
ブラジャー 胸当
パンティ 下穿、下帯
こういうことです。
とはいえ。「茶巾縛り」とは書けません。洋物です。「駿河問」「座禅転がし」「十露盤責」と同じです。このあたりの感覚は、人それぞれでしょうが、筆者はそうなのです。そして、この書き方でそれなりの雰囲気を出せていると爺が自慰さん。
現在は「人身御供」の章が終わって、今日は紙飛行機とか医者通いとか酒盛り(は、年間365.2422日じゃん)とか。明日から「異教徒の地での冒険」です。
生贄王女を馴致する七つの暴虐と試練
簒奪侍女に悦虐を刻み込む七つの拷問
競売奴隷に堕ちる生贄王女と簒奪侍女
今回は王女編の「始りの章」から抜粋。冒頭はエロでないのでスルー。
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帆を下ろして停止している商船のすぐ脇に海賊船が並び合わせて、こちらは二本の檣(ほばしら)に上げた三角帆に風をはらみ、船首からほぼ水平に突き出た檣にも帆を張っているというのに、ぴたりと静止している。それが漂躊(ひょうちゅう)という操帆法だとは、エクスターシャが知る由もない。そんなことよりも。
「全滅だわね」
接舷されているのとは反対側を指差して、イレッテがつぶやいた。他の二隻の商船も帆を下ろして停止しており、それぞれに海賊船が接舷している。
為す術もなく見守るうちに、一方の商船がひとつだけ小さな帆を上げて、ゆっくりと動き出した。副大使の座船だ。そちらの船でも乗組員たちは甲板に集められていて、帆に就いている小人数の男たちは海賊の仲間らしい。
商船が海賊船とは反対側に接近して舫綱(もやいづな)で二隻をつなぎ、接舷させた。
「さて、お嬢さん方。あちらに移っていただこうか」
素肌に分厚い腹帯を巻いて長剣をぶっ違いに差した上に、まだ夏の名残も漂う季節だというのに分厚い外套を羽織った男が、海賊にしては慇懃な口調で、しかし有無を言わさぬ迫力があった。頭髪と揉み上げと顎髭とが渾然一体となった(体格まで)熊のような男だった。
二隻の間に渡板が架けられたが、とても歩けそうにない。それ以前に、立っている甲板から渡板に上がるには、裳裾をたくし上げて足を高く踏み出すか、芋虫のように這い上がるしかない。淑女といわず娼婦でも、白昼に殿方の前で出来る所作ではなかった。
それよりも。別の船に移されては、オルガと別れ別れになるのではないか。
「エクスターシャ王女は、どちらにいらっしゃるのですか?」
恐怖を抑えてエクスターシャは、頭目らしい髭面に問うた。
「あちらにいらっしゃられろるぜ」
髭面が海面の遠くを指差した。正大使の座船(か、それに接舷している海賊船か)に向かっているらしい六人漕ぎの短艇が見えた。艫の隅に、色艶やかな衣服を着た女性がこちらに背中を向けて座っていた。亜麻色の髪を見ずとも、その女性がオルガであるのは明白だった。
「王女様を下賤の者どもに突っ込ませる訳にはいかねえからな」
髭面の言葉の意味が今ひとつ理解できなかったが、下賤の者とは海賊の子分だろう。そういった野卑な連中から隔離されるのであれば、それに越したことはない。ひるがえって自分は――というところにまでは、考えが及ばないエクスターシャだった。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさとあっちの船へ乗り移れ」
そんなことを言われても。三人とも動けないでいる。女の慎みは措くとしても、半歩幅もない板の上を渡るなんて恐ろしい。もし足を踏み外したら五歩長以上を転落して、そこは海なのだ。この時代、海を生業としている者でさえ泳げないのが普通だった。
「ええい、まだるっこしい。おまえら、お嬢さん方を担いで運んでやれ」
待ってましたとばかりに、手下どもが三人の乙女に群がる。
「何をする?! やめよ!」
背中に太い腕をあてがわれ足をすくわれかけて、エクスターシャはもがきながら、それでも気品を保つ努力をしながら悲鳴を上げた。侍女でさえ、王女の身体に触れねばならぬときは、おずおずと恭しく羽毛の繊細さを心掛ける。それをいきなり、許しも得ずに、見知らぬ粗野な男に抱き上げられようとしたのだから、狼狽と羞恥と憤りは筆舌に尽くし難い。もっとも、この先に彼女を待ち受けている運命に比べれば、これは最上級の丁重で慇懃な扱いなのではあった。
「うるせえな。暴れるんじゃねえ」
パチンと尻を叩かれて、エクスターシャは驚愕のあまり言葉を失った。
そんな様子を面白く思ったのだろう。その男は、いっそうの辱しめを愉しむ。エクスターシャを羽交い締めにして。
「暴れられて落っことしちゃいけねえ。誰か手伝ってくれ」
さっそくに一人が出しゃばって、エクスターシャの脚を――わざわざ開脚させて両脇に掻い込んだ。
仰向けに持ち上げられて、しかしエクスターシャは逆らわなかった。聡明な娘ではある。淫奔女の血を引くと陰で蔑まれながらも王女として毅然と振る舞ってきた、気丈な娘でもある。抗えばしっぺ返しを受けるだけと、すでに悟っていた。とはいえ。
「そのままじゃ裾を踏んづけちまうぜ」
三人目の男がしゃしゃり出ると、甲板に垂れている裳裾を(下穿が露出するまで)下着ごと捲り上げて裾を結び絞った。
「いやあああっ!」
金切り声を上げて当然だった。
エクスターシャは好色の嗤いに囲まれて、渡板の上を運ばれた。
移乗させられた船の甲板に集められている乗組員を掻き分けて、ひと目で貴族と知れる肥った男が海賊どもの前に立った。
「貴様ら、なんということを。そのお方をすぐに下ろせ」
まずい。エクスターシャは、狼狽した。ここで正体をばらされたら、事態がどう転ぶか分からない。少なくとも、良い方向へ動かないのは明らかだ。
「ヤックナン男爵殿!」
エクスターシャは声を張った。突然の、しかも威厳さえ漂う声に、彼女を抱えている手の力が弛んだ。エクスターシャは素早く甲板に立って。裾を元に戻すのも忘れて、なんとか取り繕おうとする。
「エクスターシャ・コイタンス王女殿下は、別の船に連れ去られました。私、オルガ・スムーザンヌは部下の侍女二人と共に、この船に乗せられる運びとなった模様です」
分かってくださいと、目で訴える。
ヤックナンにどのような思惑が働いたのかは分からない。が、詳しい事情を知らないまま、主君の娘の目論見に異議を唱えるべきではないと判断したのだろう。
「そうですか。王女殿下にはお痛わしいかぎりですが、侍女の取りまとめをよろしくお願い致す。オルガ殿」
そんな寸劇の間に、アヘーリアとイレッテも、こちらへ運ばれて来た。彼女たちは無駄に抗ったりはせず――どころか、横抱きにされただけでは不安だとばかりに、抱き上げた男の首根っ子に両手で抱き着いて。余禄とばかりに尻を撫でられても、挑発するように身をくねらせたりした。さすがは、元が娼婦と奴隷女。取り成してくれるはずのオルガが連れ去られたからには、己れの身は己れで守らねばならない。こういった女の自己防衛とは、すなわち男に媚びることだった。
もしも男に逆らえば、どうなるか。
三人と入れ違いに、ヤックナンが向こうの船に乗せ替えられた。
それを見送って、エクスターシャがいっそう恐怖と心細さを募らせながら。ようやく太腿が潮風に曝されているのに気づいた。慌てて裾を元に戻そうとしたのだが、男の手で固く結ばれているので、なかなかほどけない。
悪戦苦闘しているエクスターシャの前に、髭面と同じくらいの巨躯が立ちはだかった。ただし、首から上は髭面と真反対。頭のてっぺんまで禿げているのか剃っているのか。まるきりの海坊主だった。
「さっきからの暴れっぷりといい、貴族様を顎で使うような物言いといい、ちっとばかし灰汁(あく)抜きが要るな」

「なにを……?!」
抗議する間もあらばこそ。
「おまえら。こいつを袋にして、帆桁に吊ってやれ」
たちまち前後左右から男どもが群がり集まって。羽交い締めにされて。裾の結び目をほどいてくれたのはいいが、そのまま、頭上で縛られているよりも高く捲り上げられてしまった。
さっそく身に付けた処世術で、エクスターシャは羞恥を堪えて抗わない。
裾は頭上でひとまとめに絞られて縄で括られ、その縄が帆桁に投げ上げられて、そこに結び付けられた。
エクスターシャは視界を奪われ、そこに立ち尽くしているしかない。動こうと思えば動ける。座り込むことも出来る。しかしそうすれば――すでに腰まで捲り上げられている衣服がさらにずり上がって、いっそう肌を曝す破目になる。
袋にしろという言葉だけで、手際良く狼藉をしてのけた男ども。拐った女が抵抗すれば、このようにして灰汁抜きをしてきたのだろう。
素直な女は、それなりに優しく扱われる。
「そっちのお嬢さんたちは船室へ案内してやれ」
海坊主の声だった。
「手ぐらいは出しても構わねえが、魔羅までは出すんじゃねえぞ」
どっと、哄笑と歓声が沸いた。優しく扱われるのも、それなりに屈辱が伴う。もっとも、この二人の娘は屈辱と思わないかもしれないのだが。
アヘーリアとイレッテは、海賊どもとさながら恋人同士のように、腰を抱かれ(別の男に)尻を撫でられ胸を揉まれながら、船倉へと下りて行った――のまでは、エクスターシャはには分からなかったが。
船はなおも止まったままで、こちらの乗組員をあちらの商船へ追いやっている――のが、海賊どもの声と人の動く気配とでわかった。
なぜ、こんなことをするのか。エクスターシャも、じきに知ることになるが。正使と副使をメスマンとフィションクへ向かわせるためだった。人質を取っても、それが相手に伝わらなければ金にはならない。海賊どもにとっては、フィションク王が愛娘を救おうとしようが、メスマンの首長が花嫁を購おうとしようが、同じことだった。
そして、この商船には貢ぎ物が積まれている。洋上で海賊船に積み替えるよりは、船ごと港まで運ぶほうが手っ取り早いし手持ちの船も増える。機動力に富んだ海賊船には仕立てられないが、手持ちの駒が増えて悪いわけがない。
――船が揺れ帆桁が軋んで風向きが変わり、船が動き始めたようだった。
周囲から人の気配が消えて、エクスタターシャはわずかに安堵した。海賊船から乗り移って来た人数は知れている。全員が操船で手一杯なのだろう。
揺れる船の上で足を踏み替えて平衡を保ちながら立ち尽くすエクスターシャは、この先に待ち受けている様々な受難と試練を、まだ知らない。そして、悲惨な結末をも。
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この作品舞台では、さまざまな言語が登場しているはずです。ヨーロッパの各国語、アラビア語(とペルシャ語がどう違うか知りませんが、とにかく蚯蚓がうねくった文字で表記されるやつ)。ヨーロッパ系に関しては、方言扱いにします。
問題はアラビア文字で表記される言語の取り扱い。開き直って、ふつうに日本語表記とします。ただし、第一ヒロインは(後宮に入って一生を過ごすはずですから)国に居るうちから一生懸命に言葉や習俗を学習して(だから、首から下はツルツル)います。ので
「わたしは、エクスターシャいいます。どぞ、かわいがってくださいませぞなもし」
いえ、そこまでふざけませんけど。基本、ひらかな表記です。これに対して、君主セセインは
「うむ。愛い奴じゃ。存分に甚振ってくれようぞ」
いえ、どちらの台詞も本文には登場しません。
この方針でいくと、特定の外国語を依怙贔屓できません。ので、すべて漢字表記です。何が言いたいかというと。
シャツ 襯衣
ズボン 男袴
ハーレムパンツ 女紗袴
タイツ 細袴
スカート 裳裾
ベール 面紗
ブラジャー 胸当
パンティ 下穿、下帯
こういうことです。
とはいえ。「茶巾縛り」とは書けません。洋物です。「駿河問」「座禅転がし」「十露盤責」と同じです。このあたりの感覚は、人それぞれでしょうが、筆者はそうなのです。そして、この書き方でそれなりの雰囲気を出せていると爺が自慰さん。
現在は「人身御供」の章が終わって、今日は紙飛行機とか医者通いとか酒盛り(は、年間365.2422日じゃん)とか。明日から「異教徒の地での冒険」です。
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