Progress Report 3:生贄王女と簒奪侍女
今回は、すでに書いてある部分の紹介ではなく、まさに書いている部分です。
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試練の四:後宮鎮静
世話係(?)の娘に後宮へ連れ帰られて、その日だけでなく次の日も、エクスターシャは引見されることなく、あてがわれた狭い部屋に引き籠って過ごさなければならなかった。女の園に興味はあった。修道院とは絶対に違う。アルイェットの寄宿舎をうんと豪奢にしたようなものだろうか。女たちは仲良くしているのだろうか。
部屋から出ることは禁じられていない。けれど、黄金の(拷問器具付)貞操帯だけを身に着けた裸身を如何に同性とはいえ、他人の目に晒す恥辱には耐えられない。いや、今のエクスターシャには、同性だからこそという意識が強かった。たいていの場合、男性の目に裸身を晒せば、ほとんど必然に次の事象が生起して――いや、けっしてそれを望むのではないけれど。からかわれるにしろ呆れられるにしろ、あら探しや侮蔑の視線はない。
食事は、タマーシャナが運んでくれる。何度も顔を合わす(二度はふたりきりで馬車にも乗った)うちに、名前を教え合い短い雑談を交わすくらいには親しくなっていた。
だから、食事は問題ない。問題は、飲食に伴なう結果のほうだった。食事どきの他にも様子を見に来てくれるタマーシャナに頼らなければならない。そのために設けられている床下水洗の部屋へは、羞恥を堪えて往還できるけれど。いちいち腰から下の沐浴を準備するには、タマーシャナから下女に指図してもらわなければならなかった。
下女の様子を見ていると、タマーシャナは高い身分の娘らしい。寵姫付きの侍女かもしれない。尋ねてはみたけれど、含み笑いでかわされてしまった。それで、彼女への詮索は打ち切った。それどころではない。
アクメリンが査問団に逮捕されて、今日で十六日。一週間前には、査問団はマライボに滞在していたという。アルイェットからデチカンまでの道程のおよそ三分の一。まだ猶予はありそうだが、急げばマライボからデチカンまで二週間とは掛からないはず。セセイン陛下がどのような手立てを講じてくれるか見当もつかないが、そのための準備に要する期間を考慮すると――アクメリンの命が風前の灯である事実は微塵も揺らがない。
フィションクからの旅路よりも、アルイェットでの寄宿舎暮らしよりも、長く感じられた二日間だった。その間には、ひと月前には夢想すらできなかった自身の変貌ぶりとか、これからの行く末についても、あれこれと考えるところはあったが。
最初の無理難題を見事(だろうか)に解決して三日目の今日、ついにエクスターシャは、首長に引見するを得た。
その日の午後、後宮内にもかかわらず、エクスターシャは『女の封印』を抜去してもらい、入念に沐浴した。股間を自由にされた意味は言われずとも分かるので、剃刀も当てた。そうして。ただの女官よりはずっと豪奢な衣装を与えられて――セセインの前に額づいたのだった。
後宮の中だから宰相の姿はなく、手前には三人の女性が侍っている。この場に居る男性は『夫』だけであるし室内だから、面紗は着けていない。
セセインの左にいる、西方の数え方なら二十代後半か。エクスターシャと並べば頭ひとつは高いだろう女性が、第一寵姫のサナンドオだろう。右側の、冷たい感じのする異国情緒豊かな美女が、第二寵姫のハイビシャナ。サナンドオの横で小さくなっているのが第三寵姫のクリシナットか。
ちなみに、妃でも夫人でもなく寵姫なのは、メスマンが地方の一部族だった頃の屈辱に由来する。当時の正妃が敵の部族に囚われて、敵族長の慰み物にされたり裸で宴席に侍らされたり――今のエクスターシャにしてみれば大したことではないだろうが、妃よりも族長が大いに面目を失して。以来、妃は置かないことにしたという。寵姫は実質的には妃であっても、名目上は愛玩奴隷に過ぎない。奪われようが辱しめられようが処刑されようが、致命的な不面目には至らない。
かつては、この制度を有効悪用した首長もいたという。飽きた使い古しを臣下に賜って、空いた座に若く美しい処女を迎えるという。聖典の定めるところによれば、夫が一方的に宣言するだけで離婚は成立するが、元妻の側から復縁を迫ることも可能だ。臣下の妻にしてしまえば、後顧の憂いがない。
今はその歯止めも設けられていて、正式の寵姫になれるのは、男児を出産した女だけとされている。だから、エクスターシャは第四寵姫候補でしかなかった。
もちろん、エクスターシャはそういった仕組を知っていた。だから、第三寵姫の若さというよりは稚さに驚く。異郷人の正確な年齢は推し測りにくいが、この国でいう人と成ってから三年とは経っていないと見た。エクスターシャよりも若い。ということは、女となってすぐに孕んだのではないだろうか。
そんな想いは、セセインが言葉を発すると同時に掻き消される。
「そなたが如何にして難題を果たしたかは、余の耳にも達しておる。が、その是非を今は問わぬ」
言葉は遠回しな非難だったが、面白がっているように聞こえた。
「次は遥かに困難ぞ。ここにおる女どもは、極めて仲が悪い。余の前では取り澄ましておるが、三人だけにしてみろ。侍女や女官を巻き込んで三つ巴の取っ組み合いをしかねん」
サナンドオは苦笑し、ハイビシャナは表情を動かさず、クリシナットだけが俯いて申し訳なさそうにしている。
「余がそなたに与える次なる難題は、この三人を仲睦まじき間柄にせよ――というものじゃ。どうだ?」
どうだも何もない。せめて、この三人が居ない場で申し付けてほしかった。などとは、おくびにも出せない。
「およばずながら、がんばります。これには、ひにちのくぎりがあるのでしょうか?」
「一か月。ただし、そなたの侍女はリュブリナに到着したそうな。デチカンまでの行程の半ばじゃな」
一か月も経てば、アクメリンは処刑されているだろう。
「どのようなこんなんでも、かならずはたします。できないときは、どのようなばつでも、うけます。ですから、どうか、じじょをたすけるてだてを、いますぐに……」
非処女の身で謁見を願うという、首長への侮辱でも、あの程度の鞭打ちで許された。まさか、命までは取られないだろうという楽観はあった。けれど、命と引き換えてもアクメリンを救うという決意ではあった。
「余は、後払いの商売はせぬ。そなたの国の第一王女が輿入れせぬうちは、正式な同盟を結ばぬのを見ても、分からぬのか」
「おゆるしください。さかあはでした」
引き下がるしかなかった。
「では、三人を融和させること、しかと申し付けたぞ。そのためであれば、三人の居室に自由に立ち入ることを許す」
セセインが退座し、後に三人が続く。すべてを思いのままにする専制君主も、寵姫間の不和を大っぴらに認めるのを厭って、謁見の間に余人の姿はない。ひとり取り残されて、エクスターシャは途方に暮れながら居室へ引き下がった。
とはいえ、日暮れまで途方に暮れているわけにもいかない。不和の原因でもつかめないかと――せっかく人がましいお仕着せも頂いたことだし。まずは、身分の低い者の溜り場、厨房とか洗濯場とか裏庭とかを、渉猟した。
異教徒の人間ゆえに警戒されるかという懸念は、真反対だった。非処女の身でありながら入宮して、しかもいきなり主人直々に言葉を賜る、特別な娘――と思うのが当然だ。恩を売っておいて損はない。
とはいえ、重要な情報の過半はタマーシャナから得られた。
以前はサナンドオとハイビシャナが、それぞれに独立した女主人のように振る舞って、火花を散らすことはあるものの、夫に愛想を尽かされたら、男児の母君とはいえ、後宮から追い出されかねない。それは、セセインにとって不都合ではない。
寵姫は実質的に妃である。いくら君主といえど、君主だからこそ、妻は四人までという戒律は破れない。四人目は、フィションク王女のために残されている。
つまり、どちらを離婚すれば、席が空く。セセインはクリシナットより若い娘を寵姫に据えることも可能となる。
母親が寵姫でなければ、その息子が父の後を襲うことは、まず不可能だ。太子とそれ以外の息子とでは、雲泥の差がある。片や一国の君主と、その御母堂。片や臣下に降って要職に就くことも禁じられた年金生活者と、生涯の寡婦。
今のところは、首長の歳の離れた従弟が太子ということになっているが、実子がそれなりの年齢に達すれば、継承権は移るだろう。長子相続とは限らない。父親である首長の専権とはいえ、息子の資質もさることながら、母親の実家や後宮での勢力も無視はできない。
クリシナットは君主自らが見初めた娘というだけで、家柄は先の二人とは格が違う。息子も幼な過ぎる。将来に生まれる(はずの)フィションク王女の息子にしても、異国の血が混じっていれば、クリシナットよりも目はない。実際問題として、サナンドオとハイビシャナの争いである。これまでは拮抗していた。しかし、夫の寵愛篤いクリシナットを味方に着ければ――勝負は決まったも同然。
つまりは三つ巴ではなく二者の対立で、第三寵姫は被害者あるいは賞品という図式になる。
と、ここまでが見えたときにエクスターシャが思ったのは――サナンドオとハイビシャナが仲良くして、クリシナットを二人の味方にすればいいのに――だった。いずれはモジョリンをめぐって同じ奪い合いが繰り返されるだろうが、ことごとに自分を蔑んできた姉姫の去就など知ったことか。仮に第四寵姫の座を得られなかったとしても、同盟は揺るがない(だろう)。
二人が仲良くすれば、クリシナットもどちらにつくか悩まずに済む。しかし、異教徒の年下の娘の言葉に二人が耳を貸すとも思えない。夫の面前で不仲を暴露されていれば、なおさらだ。言葉が駄目なら身体で――すぐそういう思案が浮かぶのも、寄宿舎で鍛えられたせいではあった。
その線で考えるなら、二人がクリシナットを味方に付ける手段も、そうなるのではないだろうか。となると……まずは攻略される側を攻略しなければならない。
つまり。まずは人参を手に入れて、それを二頭の驢馬の前に放ってやる。二頭が争うようなら、人参を取り上げる。そのためには、人参に紐を着けなければならない。そのやり方は――寄宿舎でカッサンドラに言い寄られた経験が参考になった。あるいは、男たちに指で弄られたり口で舐められた経験も。女に男根はないが、手も口もある。
思い立つやすぐさま、エクスターシャは行動に移った。
その夜。最後の礼拝が終わってから、エクスターシャはクリシナットの居室を訪れた。事前に訪問を告げる必要もないと、君主の御墨付だ。
エクスターシャにあてがわれたのと同じ広さくらいの部屋が四つ、中央の柱と薄い帷幕で仕切られている。そのひとつは湯浴みの場になっている。さすがは寵姫の居室だった。
クリシナットは奥の部屋から出て来て、歓談用の設えられているらしい部屋でエクスターシャを迎えた。
居室にはクリシナットひとりきりで、彼女の息子は居なかった。乳母が面倒を見て、母親は短時間の『面会』しか許されないという。それぞれに背景のある母親の影響を排して、幼時から帝王学を学ばせるためだとは、似たような境遇だったエクスターシャには察しがつく。ともかく、これで、母親ではなく年下の娘と女同士の話ができる。
「あなたは、ほかのふたりから、ねたまれているのですか?」
クリシナットはきょとんとしていたが、三人の妻に注ぐ夫の寵愛の濃淡を尋ねられていると知って、淋しそうに笑った。
「戒律は、すべての妻に同じ愛情を注ぐように定めています。夫は敬虔な信者です」
その言葉と淋しそうな表情とから、寵愛は濃淡ではなく一様に淡いのかと疑った。
「夫は、メスマンの国のすべてを仕切っています。ひとつの部族をまとめるだけでも大変ですのに、今は十を超える部族に命令しなければならないのです」
そのために宰相が置かれているのだし、役人もいる。とはいえ、そういった連中に任せきりにしていては、メスマンが周辺の小国を併呑して覇王の道を歩めるはずがないと――フィションクを反面教師として、理解できた。
「では、よるになっても、へいかは、ここにきてはくださらないのですね」
「誰の寝所も、夫は訪れません。夫が、妻を寝所へ呼ぶのです」
「ごめんなさい。わたしは、このくにのしきたりを、あまりしりません」
セセインが三人の妻の誰も寝所に呼ばない夜が多いとは、見当がついた。
「では、おわかいのに、へいかのてでひらかされたはなを、めでてはもらえないのですね」
精一杯に言葉を飾りながら――エクスターシャは、自分にあてがわれた椅子から立って、クリシナットの座る長椅子に並んで腰掛けた。
クリシナットは無礼を咎めなかった。気を許しているというより、エクスターシャの立ち位置を見極められないのだろう。公衆の面前で素裸を鞭打たれ、しかし破天荒な姿で引見を許され、後宮に部屋を賜りながら女を封印されて。今また、三人の妻の不和を宥める役目をおおせつかっている。
嗜虐という視座に立てば容易に理解できるのだが、それはクリシナットにはない。エクスターシャは、セセインを理解しようとはせず利用することしか考えていない。
エクスターシャはクリシナットの太腿に手を伸ばした。
「おんなのわたしからみても、あなたはかわいらしくて、ついさわってみたくもなるというのに」
なにか気の利いた口説き文句はないものかと、これまでに身体で知った男たちの言葉を思い返してみたが――そもそも、まともに口説かれたことなどないのだった。力ずくで押さえ込まれるか、初手から諦めて脚を開くか。男は本能の赴くままに振る舞い、エクスターシャは男の機嫌を損ねないように演技する。官能の演技は、次第に不要になっていったけれど。ともかく、男たちとエクスターシャとの関係を、異教徒の娘と寵姫との関係に当てはめるのは無理だった。
クリシナットは戸惑いながら、とりあえずはエクスターシャの愛撫(とは、自覚していないだろう)を受け容れている。どこまでおとなしくしていてくれるか危ぶみながら、エクスターシャは裳裾の上からクリシナットへの愛撫を続ける。
「あなたは夫のようなことをなさるのね?」
まったく性感を刺激されていないのか、クリシナットが不思議そうに尋ねる。
子供まで産んでいるはずなのに、性的にはまったく未熟なのかと、エクスターシャは疑って。それはおおいにありそうなことだと、考え直した。エクスターシャでも、海賊どもに犯されるまでは性にまったく無知だった。そのままの状態で、ただひとりだけの男に、せいぜい三日に一度(四十を過ぎた男が三人の妻を平等に扱おうとすれば、それがせいぜいだろう)抱かれているだけだったら、肉の悦びなど知らずに生涯を終えていたかもしれない。
それなら、私が教えてあげなければ。エクスターシャは、使命感のようなものに燃えた。どんなおいしい料理を食べようとも、春のそよ風に肌をくすぐられようとも、昔物語に時が経つのも忘れて聞き入ろうとも――身体に刻まれる屈辱すれすれの快楽には遠く及ばない。あの快感を知らずに生涯を終えるなんて、女として生まれてきた甲斐がない。
基督教においても、同性愛は姦淫よりも厳しく禁じられているが、「恥ずべき情欲」とか「自然の関係を自然にもとるものに変えて」とか、抽象的に過ぎて、何をすべきではないのか、エクスターシャには理解できない。
女同士で手をつなぐのは? 抱き合うのは? 接吻は? 肌をまさぐるのは? 淫裂に口づけるのは? 男女共通の穴に指を挿れるのは?
どこからが神の怒りに触れるのだろうか。
エクスターシャが理解しているのは、クリシナットを手なずけなければ先に進めず、身代わりとなってくれたアクメリンが処刑されてしまうという、それだけが鮮明だった。
エクスターシャはクリシナットの肩を抱いて(逃げられないようにして)、顔を近づけて唇を重ねた。もちろん、舌を差し挿れて貪ったりはしない。
「むうう……?」
クリシナットはエクスターシャを突き放そうとしたが、何も知らずに戸惑っている娘が、命懸けの娘に抗えるはずもない。
エクスターシャは左手でクリシナットを二の腕ごと抱き締めながら、右手を乳房に這わせた。布地越しに鷲掴んで、思っていたよりもずっと豊満なのに驚いた。掌に湿りを感じて、思い当たる。子供を産んでしばらくは(何か月なのか数年なのかまでは知らないが)乳が出る。だから大きいのだ。
クリシナットの襯衣が、はっきりと濡れて。甘い匂いに蒸れる。
「あ……気持ち良い……」
乳が張るとつらいと聞いたことがある。出す物を出す気持ち良さだなと、エクスターシャは不謹慎なことを考えてしまう。でも。尻穴に抽挿される快感も、それと似ているところがある。
性的な後ろめたさを考えずに済む快感を羨ましく思いながら、エクスターシャはクリシナットの前をはだけて乳房を露出させ、そこを自分の脱いだ襯衣で包む。
「こうすればいいのですか?」
赤ん坊への授乳も乳牛の乳搾りも見たことはないけれど、女の本能に従って乳房を根元から先端へと向かって強くしごいた。たちまち、襯衣が濡れていく。
この快感では駄目だ。性的な後ろめたさがあってこそ、他人ではなくエクスターシャを頼るようになる。
エクスターシャは乳房から手を放して、クリシナットの脚を割って裳裾の中に手を滑らせた。
さすがに、クリシナットも抵抗する。
「やめてください。そこに触れていいのはセセイン様だけ……」
抗議の声を口でふさいで。エクスターシャの指が、強引に下穿きの奥へと潜り込む。こういう強引なやり方しか、エクスターシャは知らない。カッサンドラの誘いに乗って、女同士のやり方を学んでおけば良かったと――後悔したところで、気後れするだけだ。
「むううう……む゙ゔゔ」
はっきりと、クリシナットが拒む。しかし、今さら後へは引けない。無理強いにでも快感を教え込んで――そう、男が女を征服するように。
エクスターシャが知っている快感は、女穴の中にはない。淫裂の上端に淫核を探った。
……ない。
エクスターシャは自身のそこしか知らないが、それとはずいぶん様子が違っている。淫裂の合わせ目は、ふだんは小さな肉の塊みたいな感触が指にあるだけだが、気持ち良くなってくると、固く尖ってくる。しかしクリシナットは、むしろ浅くくぼんでいるように感じられた。
それが割礼によるものだとは、エクスターシャは知らない。異教徒の習俗を学んだとき、慎み深い家庭教師も、この問題は避けて通れないと判断して、最小限のことだけは教えてくれている。それによると、包皮をわずかに切除して実核を露出させるというものだった。男性も同じようにして、赤ん坊のときから亀頭を露出させるのだと、もっとずっと婉曲的な言い回しで教わった。長じてから改宗した者は免除されることもあるというが、エクスターシャは、もしもササインが望むなら受け容れるしかないと、国を発つときから覚悟を決めていた。
しかし、まさか――淫核その物を切除するやり方もあるどころか、淫唇を縫い合わせて、初夜に男性が刃物で切り裂いて使えるようにする習俗も一部地域にはあるなど、知るはずもなかった。
だから単純に、生まれつきか怪我による欠損だと思った。生まれつきであろうと怪我であろうと。では、どうやって肉の快感を教え込むか。
エクスターシャにとって、それは自明だった。
指を下にして淫裂を撫で下ろし、身体をひねって上体を押し付ける体勢でクリシナットの腰を浮かし、右手をさらに深く差し入れて会淫の向こうを指でまさぐる。尻の谷間の小さな窪みに指先が達した。
「ひゃあ゙っ……?!」
すっとんきょうな悲鳴を上げて、クリシナットが立ち上がろうとする。それを予期していたエクスターシャは、余裕たっぷりに押さえ込んで。さらに手を尻の奥へとまわす。クリシナットは、エクスターシャの掌の上に尻を落とした形となった。
「やめてください……汚いです」
「あなたに、きたないころなんか、ないです」
自分なら、たとえばモシュタル船長に、こんなふうに言われたい――と思うことを、クリシナットの耳元に囁く。
「それに……きもちいいでしょ?」
囁きながら、尻穴をくすぐる。
「気持ち良くなんか、ない。すぐにやめてください」
クリシナットの声は硬い。本気で厭がっている。それでも、エクスターシャは責め続けるしかない。ここで引けば敵に防御を固めさせて、二度と責める隙を見出だせなくなる。王女としての嗜みを越えて、姉だけでなく兄にも負けまいとして、軍学の初歩までも齧っている第二王女だった。もっとも、軍略に照らせば、余りに準備不足で短兵急な決戦ではあった。
それでも。事ここに至らば突貫あるのみ。エクスターシャは中指の腹を穴に押し付けて、ぐりぐりとくじった。
唾で湿してもいない指は、相手が緊張していれば、たとえ一本でも挿入は不可能に近い。結果、穴の周囲の皺ばかりを刺激する。しかし、結果としてはそれが良かった。実のところ、内部の感覚は鈍いのだ。
「あっ……やめて……いやああああ」
クリシナットは拒絶の言葉を繰り返しながら、その響きは次第に蕩けていく。
いける――と、エクスターシャは判断した。長椅子から降りて、クリシナットを俯せに押し倒す。力は入れず形だけ背中を押し付けている左手から、クリシナットは逃れようとしない。
「あっ……?!」
裳裾を捲り上げるとさすがに両手を突っ張って起き上がろうとしたが、左手に上体の重みを乗せて封じた。手早く下穿きを膝までずらして。エクスターシャは床に膝立ちになって、両手でクリシナットの腰を抱えながら、その尻に顔をうずめた。
男に、尻穴を舐められた記憶はない。けれど、使い方は女穴も尻穴も同じだ。ならば、舐めれば指よりも感じるはず。
初めて見る他人の(でも自分のでも)尻穴は、赤紫のくぼんだ花弁だった。微かな臭いは苦にならない。どころか、芳香にさえ感じられる――のは、エクスターシャも、これからする行為に性的な興奮を禁じ得ないからだろう。
「なにをなさるのですか……ねえ?」
言葉ではなく舌で、クリシナットの問に答えた。かすかに、ぴりっとした苦みを感じたが、それもエクスターシャの興奮を高める。クリシナットのほうは。
「ああっ……なめてらっしゃるの? やめてください。いやあ……あああっ……」
こんなときには拒否の言葉を真に受けたらぶち壊しになる。とは、エクスターシャ自身が身に沁みて知っている。舌で丹念に皺を舐めて。唾を溜めては、くぼみの中心に塗りつける。舌を尖らせてつつくと、そこは柔らかくなっていた。
エクスターシャは顔を上げて、舌のあった箇所に指を突き立てた。今度はたいした抵抗もなく、ずぶずぶと中指が挿入(はい)っていく。
「あああああっ……やめて。ほんとうに、やめてください。人を呼びます!」
いきなり大声を出さなかったことが、クリシナットの心の底の想いを伝えている。同性として、それがエクスターシャにも分かる。エクスターシャは左手でクリシナットの口をふさぎ、右手は下穿きを膝から抜き取って。それを口に詰めた。そして、乳に濡れて重くなった襯衣の袖で、クリシナットを後ろ手に縛った。
絶対専制君主の寵姫に、このような乱暴を働いたとあっては、打ち首は免れない。もしも、クリシナットが訴えれば。
しかし、エクスターシャには分かっている。言葉を封じられ手の自由を奪われては、クリシナットはエクスターシャの乱暴を受け容れるしかない。それを望んだからこそ、「人を呼びます」などと告げたのだ。
果たして。クリシナットは無駄な抵抗をやめた。あらためてエクスターシャが尻穴に指を挿れても、ぴくっと腰を震わせただけで、おとなしく――次は何をされるのかと、期待に胸を震わせている。その証拠に――女穴の縁に、透明な煌めきが滲んでいる。
エクスターシャは、尻穴を指で念入りにくじられた経験はない。男ときたら、すぐに伝家の宝刀を突き立ててくる。エクスターシャを花開かせるにあたってもっとも功績のあったミズン・モシュタル提督といえど、例外ではなかった。
だから、エクスターシャの愛撫は、文字通りに手探りだった。深々と突き挿れ、中で指を曲げて女穴の裏側をつついてみたり。淫核があったはずのあたりを、左手で揉んでみたり。クリシナットの努力は、着実に実を結んでいく。
下穿きを口に捻じ込むときに、つい手加減していたのだろう。クリシナットは簡単に詰め物を吐き出して――しかし、大声は挙げなかった。
「あっ、あああ……いやです。やめて……お願い。虐めないで……」
まるで処女のように可憐に喘ぐクリシナットを、さらに追い上げながら、その声の奥に不満を敏感に聞き取った。
寄宿舎での体験こそなかったが、黄金の貞操帯が、不満の解消に手懸りを与えてくれた。男根の代わりになる物を使えば良い。
そこで、エクスターシャは、もうひとつの戒律に突き当たった。偶像の禁止である。これは、ただ偶像を拝むのを禁じるという緩やかなものではない。彫刻も、肖像画でさえ禁止されている。だからこそ、アクメリンが身代わりとして輿入れする案には成算があったのだが。
模造男根など、どこにも存在しないだろう。みずから木を削って作っても――そんな経験は皆無という問題はさておいても、発覚すれば処罰されるに決まっている。たとえ後宮内にセセインの目と耳が配されていても(いるに決まっている)、この部屋には二人以外の誰も居ないのだから、直接には見聞できない。告げ口は推測によるものとなる。しかし、証拠の品が残れば、そうもいかない。
そんなことをこの場で考えていては、指の動きもおろそかになる。エクスターシャは、この問題をしっかり頭に留めておいて――とにかく、クリシナットを出来るだけ追い上げることに全力を尽くした。
もう、身体を押さえつけなくても、逃げられる懸念はない。クリシナットを長椅子に俯せに寝かせたまま、エクスターシャは位置をずらして、右手で尻穴を激しく愛撫しながら、身体の下に左手を差し込んで、乳房をこちらは優しく揉んだ。
「お願いだから……やめて。なんだか、変……宙に浮かんでるみたい。お尻からおっぱいまで、稲妻が奔り抜けてるみたい。こんなの……初めて」
では、セセインは。寵姫だけで三人。どうせ、他にも手を付けているだろうに。いや、だからこそ。ひとりの少女を女として開花させることなく、蕾を食い散らかしているのだろう。海賊に拐われてほんとうに良かったと――そんなことを考えてしまう。
「もうやめて……おかしいの。まるで……身体が透き通っていくみたいで……」
自分の感じ方とは違うんだなと、エクスターシャは不思議に思った。男は、快感の絶頂で精を放つとき、誰も彼も同じような反応をするというのに。
「だめ、だめ、だめ! 身体が……なくなっちゃうううううう!」
クリシナットが長椅子の上で反り返って――数瞬、塑像のように凝固した。
逝った。けれど、まだ大きな山の中腹にある峠に達しただけに過ぎない。エクスターシャは自身の経験と照らし合わせて、そう判断した。頂上まで追い上げるには、指では無理だろう。なにか、模造男性器に代わる物を、戒律に触れない物を考えよう。
エクスターシャ自身は、セセインを怒らせないという観点からしか、戒律を考えていなけれど。クリシナットには、性感を帳消しにするくらいの重大事だろう。エクスターシャとて、十字架の前で男と媾合うなんて、絶対に出来ない。
半裸のまま長椅子に突っ伏したクリシナットの背中と尻を撫でながら、エクスターシャは、十五分ほどもその場にとどまった。埒を明けるとすぐに部屋を出ていく男に不満をかこっていたから、逝った後の穏やかな戯れはクリシナットの心に沁みるだろう。
やがて、クリシナットが正気を取り戻す。エクスターシャは、彼女の身繕いを助ける。
「あなたの襯衣を汚してしまいました」
クリシナットが、持ち衣装の中から、襯衣だけでなく(ひと揃いになっているからと言って)下着を含めて一式を貸してくれた。ほんとうは譲ってくれると言ったのだが、エクスターシャが断わった。
「きれいにあらってから、かえしにきます」
再訪の口実になる。クリシナットも、嬉しそうに頷いた。
部屋へ戻って落ち着いて考えると、男根の代わりになる物はいくらでもあった。となると、後でセセインに知られても難癖をつけられない品が良い。後宮内で『棒状』の品を容易に入手できる場所は厨房だろう。しかし、人参や胡瓜のような食材はやめておくべきだ。どの宗教でも、食べ物を粗末にすることを禁じている。上の口で食べるよりも下の口で食すほうが、よほど有意義だとは思うが、それを認めてくれる聖職者――こっちの宗教では神学者などいない。
となると、擂粉木か麺棒。使い古して捨てるような物があれば好都合だ。
翌日になって早速、エクスターシャは厨房へ赴いた。寵姫や侍女など身分のある女は寄り付かないから、エクスターシャの訪問は迷惑だったに違いない。
「それは、まだつかえるのですか。すてないのですか?」
仕事の邪魔をされたくないし、機嫌を損じたら罰せられるかもしれないので。じゅうぶん使用に耐える品でも譲ってくれた。エクスターシャはクリシナットの馴致だけでなく、三人の融和についても、考えがまとまりつつあった。ので、擂粉木を二本と麺棒を一本、譲り受けたというか、召し上げた。ついでに、腰掛けるには幅が小さすぎる木箱もひとつ。
この木箱は、大工に細工を頼まなければならない。後宮の外へ出してもらえるか不安はあったが、寵姫でさえ貞操帯と護衛兼見張が付けば許されるのだから、正式な後宮の女ではない自分なら大丈夫だろうと――心配の先取りはやめておいた。
クリシナットに使おうと考えたのは、麺棒だった。ただし、一方的に責めるのではない。自分も少しは愉しみたいという想いはあるけれど、それが主目的ではなく、三つ巴を念頭においてのことだった。
厨房では包丁も借りようとしたが、刃物の持ち出しは厳禁と断わられた。けれど、エクスターシャは困らなかった。世話係ではないものの、頻繁に居室を訪れるタマーシャナに頼むと、すぐに持って来てくれた。この娘も、エクスターシャとは別の意味で、後宮内における特別な存在らしい。なにしろ、君主の間近に侍り、直々に命を受けて動くのだから。もしかすると、セセインの目と耳だろうか。
そんな物騒な人物に刃物だの紐だのを堂々とねだるエクスターシャは、常軌を逸しているのだが。彼女には、彼女なりの覚悟がある。教養を修めているとはいっても、エクスターシャは、しょせん世間知らずの箱入娘である。このひと月ばかりでずいぶんと荒砥に掛けられたけれど、きちんとした刃にはほど遠い。何もかも開けっ広げにしておいたほうが、いっそ、セセインのお目こぼしに与れるかもしれない。それに。事が成らねばアクメリンの命はない。彼女が死ぬときは、エクスターシャも死ぬ。自害は神様がお許しにはならなけれど、最後の最後には、自分の命と引き換えにアクメリンの救出を嘆願する。二人の娘を生かすか、二人とも殺すかを、セセインに選ばせる。
命を棄ててかかれば、怖いものなどない。だからエクスターシャは、タマーシャナの見ている前で堂々と、麺棒の細工に取り掛かった。
エクスターシャが調達して麺棒は、三種類の太さがあったうちのもっとも細い物で、怒張した男根よりはひとまわり細い。握り柄は付いていない。完全な円筒になっている両端の角を丸めて。端から指幅三本分くらいのところを浅く削り込んで、縒った紐を巻きつけた。
ここまでの作業で指に三か所、掌に二か所の切り傷を創ってしまった。さらに、中央には深い溝を彫って、長い紐を二本巻き付けて両端を伸ばす。
「ふふん。なるほどね」
ずっと見ていたタマーシャナは、エクスターシャの目論見を見破って、いつもの嘲笑めいた微笑を浮かべる。
「いちおう忠告してあげるけど。肌と肌とが触れ合うのは、好ましいことじゃないよ」
性的接触のことを言っているのだと、エクスターシャは理解した。
「ありがとうございます。なにか、くふうをしてみます」
また厨房へ行って、小さな壺の木蓋をもらった。これに穴を明けて、麺棒の真ん中に縛り付けた。
その夜。やはり夜の礼拝の時刻が過ぎてから、エクスターシャはクリシナットの居室を訪れた。やはり、クリシナットはひとりだった。
「これを、おかえしします。ありがとうございました」
自分で洗って干して畳んだ衣類を入れた籠をクリシナットの前に置いて。まとめて取り出して。その下には、細工したばかりの麺棒が隠してあった――のは、そのままにしておいた。
昨夜と同じように、クリシナットと並んで長椅子に腰掛けて。もはや言葉は不要。肩を抱きよせて接吻をした。思っていたよりも、クリシナットの身体が固くなっている。彼女にとって、尻穴と姦淫とは結びつかないけれど、接吻はその最初の段階――そういう認識があるのだろうと、エクスターシャは推測した。
ならばと、接吻は早々に切り上げた。クリシナットの襯衣をはだけ、今日はちゃんと用意してきた手拭を乳房にあてがって乳を搾ってやった。クリシナットは心地よさそうに、乳房をエクスターシャの手に委ねている。
「あ、はああ……んん」
ただの気持ち良さではなく、性的な官能の響きが混じっていた。それでも、エクスターシャに身を委ねきっている。日常的な快感と性的な官能の区別がついていないのではなかろうか。
エクスターシャは乳を搾り終えると、みずからも襯衣を脱ぎ胸当も取り去って、上半身裸になった。クリシナットの乳房を軽く愛撫しながら、襯衣を脱がす。
抱き合って、乳首と乳首を擦れ合わせた。男女だったら、こういうことはしない。だから、これは姦淫とは結びつかない女同士の戯れだ。などと説得はしないけれど。クリシナットも行為を素直に受け容れ――ぴくんぴくんと背筋を震わせて、官能の高まりを表出している。
軽く乳首を擦れ合わせる。あるいは、エクスターシャのささやかな乳房で、クリシナットの豊満な乳房を押し潰す。両者の柔らかさと変形の度合いからすると、そういう表現になる。
クリシナットの吐息が甘く蕩けてくると。エクスターシャは戯れを中断して裳裾を脱いだ。さらに下穿きも脱ぐと、素裸を飾る黄金の貞操帯。
「まあ……」
後宮の中庭で百人からの女の見世物にされながら、エクスターシャが女を封じられた場には、寵姫はひとりも立ち会っていなかった。クリシナットが貞操帯を目にするのは、これが初めてだろう。それとも。エクスターシャが身に着けているのは初めて見たとしても、自身が外出するときには、同じような貞操帯を装着された経験はある……のだろう。クリシナットは、すぐに目を逸らした。その自然な目の動きは、羞恥とか嫌悪ではなく気遣いだと、エクスターシャは感じ取った。小さな嘆声は、タマーシャナが馬車の中で言った通り、装着する必要のない場で装着させられていることへの、違和かもしれない。
エクスターシャは、貞操帯などまったく気にしていない振りをしながら、クリシナットも素裸に剥いた。やはり、抵抗はなかった。
エクスターシャに、ふと疑問が生じる。ほんとうに、この行為が姦淫とは無関係だと、この稚い寵姫は思っているのだろうか。それとも。空閨の淋しさを埋めるために、ある程度までは戒律を破る覚悟で臨んでいるのか。
どちらにせよ、今のところはエクスターシャの思惑通りに事が運んでいる。この流れを妨げないことだけを考えよう。
昨夜と同じ手順で、まずは並んで座った体勢で指による尻穴への愛撫。口をふさいだり手を縛る必要はなかった。じゅうぶんに揉みほぐしてから、クリシナットを俯せにして、舌による愛撫と乳房への刺激。
「ああ……お姉様。わらわは……もう」
おや、とエクスターシャは思った。たしかに、エクスターシャのほうが年上だろう。しかしクリシナットは、絶対的支配者の寵姫という、この国の女たちの頂点に立っている。それなのに、エクスターシャをお姉様と(うっかり)呼んでしまう。そこに、この(子を成したとはいえ印象としては)少女の本質が透けているのではないか。エクスターシャは、三人の寵姫が仲睦まじく交わる絵図に若干の修正を加えた。
舌でほぐして潤滑も与えて。指一本を尻穴に挿れて。刺激を与えると同時に、意図して内側の汚れをこそぎ取っては、用意しておいた襤褸布で指を拭う。そのあいだにも、クリシナットの喘ぎ声は高まっていくのだが。
エクスターシャは、ついと立ち上がった。
「ああっ……まだ……」
逝っていないのにという言葉までは、羞ずかしくて口に出せない初心な少女。
エクスターシャが籠から奇妙な道具を取り出すのを、俯せの身をよじって眺めている。
エクスターシャは、麺棒の一端(を巻く紐)に、用意しておいた脂を塗った。室温でも軟らかく、じゅうぶんに潤滑の役を果たす――のは、確かめてある。
あまり無様な姿は(クリシナットが気後れするだろうから)見せたくないけれど、これから何をするかは理解して、出来れば納得して、欲張れば期待してもらいたい。
エクスターシャは後ろ向きになって、しゃがんだ。麺棒を床に立てて片手で支え、そこへ向けて腰を落としていく。
「まあ……?!」
指でくじられるのは二度目でも、そこに男根と同じ大きさの『物』を挿れるなど、考えつきもしなかったのだろう。クリシナットは興味津々の目つき。しかし、そこに羞恥の感情はない――と、見られているエクスターシャには分かる。
うろたえ騒がれるよりは良い。
「はあああああ」
お手本を見せるという意識から、ことさらに大きく長く息を吐いて全身を弛緩させて。麺棒の丸くした先端が尻穴にぴったりの位置で突き当たると、一気に膝の力を抜いた。
めりめりと肉を引き裂く勢いで、麺棒が押し入ってくる。雁首の代わりにと、彫った筋に巻いた紐が、穴の縁を掻き毟って、鋭い(けれど軽い)痛みと、それに十倍する快感と。
「はあああ……んんん」
クリシナットを意識しての喘ぎだったが、演技ではない。男に突っ込まれて手放しの快感を得られるのは、この穴だけだった。口は、自分で唇に触れても何も感じないし、男根を咥えさせられると、如何にも凌辱されている、欲情処理に使われているという惨めさが――それはそれで、胸がきゅんっと締め付けられるような感情も嫌いではないけれど、心の問題であって、肉体的な快感はない。
つまりは、エクスターシャはまだ悦辱のきざはしに足を掛けているだけで、本格的な、あるいは牝としての法悦境である悦虐からは遠いのだが、もちろん当人には分からないことだ。まして――この頃、アクメリン・リョナルデは過酷な拷問のさなかに絶頂を覚えるようになっていたなど、知る由もない。先を急ぎすぎた。アクメリンの物語は後編を待とう。
話を戻す。エクスターシャが、他のこなれた女のように本来の部分で、乱れ悶えるほどの快感に達さないのは、妊娠への不安があるからだと自覚している。イレッテが不妊の方策を施してはくれたけれど、それが迷信に基づくものでないという証拠はない。銀の匙を咥えて生まれる赤ん坊だっているのだから、小さな銅貨にどれほどの御利益があるか、知れたものではない。
それが証拠に……今も女穴に埋め込まれ施錠されている貞操帯の留め金具は、妊娠の心配など皆無だから、全く動かないというのに、今にも引き裂かれそうな痛みよりも、それだけ圧迫される快感のほうが強い。もしも封印されていなければ、この麺棒を挿入するだけでなく抽挿もして、大きな快楽を得られるものか試していただろう。
しかし、麺棒は尻穴でしか試せなかった。その結果は。少なくともエクスターシャにとっては、これしきの太さでは苦痛もなく、それだけ快感も淡かったけれど。クリシナットには、生まれて初めての……苦痛よりも快楽が勝ってくれればいいのだけど。
麺棒の真ん中に取り付けた木蓋が尻につかえて、物足りない深さで麺棒が止まった。エクスターシャには物足りなくても、クリシナットにはじゅうぶんに過ぎるだろう。
尻から硬く短い尻尾を生やした珍妙な姿でクリシナットに近づいて。手を引いて床に誘なった。言葉を添えようとすると「よつんばい」とか「いぬのように」など、相手に惨めさを感じさせてしまうので、無言で身体に触れて――長椅子上体を乗せて膝を突き、尻を突き出した格好にさせる。
そうしておいて。後ろ向きになって四つん這いでクリシナットに近づく。脚を開いて、クリシナットの両脚を間に挟む。さらに後ずさると麺棒が尻に突き当たる。エクスターシャは指先でクリシナットの尻穴を探り当て、そこに麺棒の先を導いた。
「ゆっくりと、いきをすって、はいて、くりかえしてください。すこしだけいたいですが、がまんしてください。きもちよくなります」
クリシナットが深呼吸を始めると、吐き出す瞬間に合わせて尻を突き出した。ぐうっと、柔らかな反発。仕切にしている小壺の木蓋が尻を押し返す。クリシナットは前へ逃れようとしてもがくが、長椅子の背凭れに突き当たって、動けない。
エクスターシャが麺棒の先を握ってわずかにこねくりながら、さらに尻を突き出す。ぐぼっと嵌まり込む感触が、エクスターシャの尻穴に伝わった。
「きゃあっ……」
クリシナットは悲鳴を上げかけて、みずから手を口に当てた。
「痛い……」
居室の外まで声が漏れるのを恐れて、囁くように訴える。
「いれおわったから、いたみは、ちいさくなったでしょう?」
クリシナットは無言。消極的な肯定と、エクスターシャは都合良く解釈する。とはいえ、いきなり抽挿するのは逆効果と考えて。
「こんどは、できるだけ、おしりにちからをいれてください」
ぴくんと麺棒が跳ね(ようとし)て、クリシナットがエクスターシャの言葉に従ったのが伝わった。
エクスターシャは逆に尻穴をできるだけ(物足りない思いに締め付けそうになるのを堪えて)くつろげる。そして、膝を使って身体を前後に揺すった。麺棒はクリシナットに固定されて、エクスターシャの尻穴を深く浅く抉り始めた。
「ああっ……あんんんん」
雁首に相当する溝と紐を、実物より奥に設けたのが良かった。紐が穴の縁を擦るまで尻を引いても、抜け落ちる懸念がない。紐の部分が出入するたびに、毛羽が縁を刺激する。わずかな拡張感が、物足りなさを埋めてくれる。
「あん、あん、あん……いい。逝っちゃいそう」
これまでと同様、演技ではなく誇張だ。
しばらくは、小腹を満たす間食くらいに味わってから。
「こんどは、おしりのちからを、ぬいてください」
男根がわずかに萎えたような感触が、エクスターシャに伝わった。そうしたときにしていたのと同じに。エクスターシャは尻穴をうんとすぼめた。麺棒が膨らんだような錯覚。
尻を前後に揺すっても、麺棒は中で動かない。つまり、クリシナットの中で動いている。
「ああっ……いたい。やめて……」
訴える声の中に、微かな甘美が混じっている。
エクスターシャは麺棒に指をあてがって、尻穴に感じるわずかな引っ掛かりが、まさに紐が出入りする瞬間だと確かめてから。そこを狙って、小刻みに尻を振った。
「あっ……?! あっ……あっ、あっ、あっ……」
クリシナットの喘ぎ声から苦痛の色が薄れて、知り初めた官能が濃くなっていく。
これは……?
目論んでいた通りに事が運んでいるとはいえ、あまりに順調だった。女穴より尻穴が感じる稀有な女として、海賊の間では名を馳せた(?)エクスターシャでも、はっきりとした快感を得たのは、数度の陵辱を経た後だった(と、本人は思っている)。
クリシナットには、自分よりも素質があったのか。
盲目になった者は聴覚が常人より鋭くなる。女として最大の快楽を得られる器官を切除されたクリシナットにも、それと同じような代償作用が生じているとは、エクスターシャの知識と経験では理解できない。しかし、理解できなくても、クリシナットを絶頂へ導くことはできる。
エクスターシャは、自分がどうされたときに感じたかを思い返して、男の動きを現在の体勢に置き換えて――頭は混乱しても、身体は本能に従って動いた。膝を伸ばし気味にして尻を突き上げ、そのまま木蓋に押し返されるまで後ずさった。腸の内側を背中に向かって押されて、内蔵を抉られる感触はエクスターシャの快感とつながらないけれど。クリシナットは女穴の裏側を圧迫されて、そこには快感の塊がひそんでいるはず。
「だめえええっ……なに、これ?!」
はたして。クリシナットの声が稚く裏返った。
正鵠を射たと――エクスターシャの動きが、男の荒腰さながらに激しくなった。こんなに乱暴に突かれては自分でさえも辟易するだろうとは、思い至らない。
しかしさいわいなことに、クリシナットにはエクスターシャを上回る素質があったのだろう。苦痛と恥辱の中に愉悦を見出だしていく。
「あああっ、だめえ! 身体が……消えちゃう! はじけちゃう……!」
外に嬌声が漏れるのも忘れて、クリシナットは絶叫しながら官能の頂きに達した。そのまま、ぐったりと虚空を漂う。
エクスターシャは、男にそんなふうに扱ってほしいと思いながら、ついに今までそうしてもらえなかったことを、クリシナットにしてやった。麺棒はクリシナットから抜去しただけで自分のことは放置して、突っ伏しているクリシナットの背中におおいかぶさって、肩を愛撫して髪を指で梳いてやる。必ずしも姦淫とは結び付かないけれど、ほんのりと官能を掻き立てられる部分への愛撫は、宙たかく砕け散った魂を優しく地上へ降ろしてやる大切な儀式だ。女であれば、誰に教わらずともされずとも、本能的に知っている。
そうやって、エクスターシャは。二度目の総攻撃で絶対君主の第三寵姫を陥落させたのだった。
次は第一寵姫、サナンドオの番だった。セセインが寵姫の不和をあけすけに語ったとき、ハイビシャナがまったく表情を動かさなかったのに比べて、彼女のほうには攻略の取っ掛かりがありそうに思えたからだった。そしてエクスターシャは、ほんの数分のお目通りではあったが、サナンドオはクリシナットとは正反対の性格であるように感じている。
後宮の誰に尋ねても、第一寵姫の内面を窺わせるような打ち明け話はしてくれない。タマーシャナでさえ。となれば、己れの直感に従って――当たって砕けるしかない。砕け散る結末にならぬことを祈りながら。
エクスターシャがサナンドオの居室を訪れたのは、クリシナットを落とした翌日。アクメリンが査問団に連れ去られてから十九日目の夜だった。クリシナットとは違って、侍女が二人も付いていた。人払いを願っても。
「この者たちは、わらわの腹心じゃ。口性無(くちさがな)い雀とは心構えが違う」
その上で。
「なにゆえに、わらわを訪(おとの)うたえ? 口上を聞こうか」
詰問口調に、エクスターシャは逡巡した。心積もりが、ことごとく外れている。しかし。言ってみれば、軍勢は城門に攻め寄せている。兵を引くに引けない。
「はい。クリシナットさまにうかがいましたところ、さんにんのもとに、わがきみは……」
「セセイン陛下は、そなたの夫(つま)ではない。言葉に気を付けよ」
揚げ足取りもいいところだが、異教徒の穢れた女が、寵姫に逆らえるはずもない。
「ごめんなさい。このくにのことばに、なれていません」
やはり、兵を引くしかない。全滅しては再起できない。もしも、これが戦争なら、エクスターシャは判断の遅滞を糾弾されて、処刑されていただろう。しかし、女同士の戦いでは、長っ尻が幸運の女神の後ろ髪を掴むことだってある。
「それで……何を持参したのじゃ?」
「は、はい……」
サナンドオが指摘した通り、エクスターシャは昨晩と同じ籠を提げていた。下着に至るまで貸し与えられているエクスターシャに、寵姫に献上できる品などない。昨夜の小道具に加えて擂粉木も一本。その上に布を掛けているに過ぎない。まさか、寵姫ともあろう高貴な女性が、物欲しげに籠の中身を尋ねるとは、これもエクスターシャの予想外だった。所詮は小娘の浅知恵と無鉄砲。
エクスターシャが返答に窮していると。サナンドオが、アルイェットの寄宿舎で男どもを手玉に取っている女さながらに、パチンと指を鳴らした。
侍女のひとりが優雅な身ごなしで、しかし素早く近づいて来て、エクスターシャが慌てるより先に籠を取り上げてしまった。
「ほほほほほ。これかえ? クリシナットを鳴かせた道具は」
麺棒の真ん中に巻かれた紐の端を摘まんで持ち上げ、サナンドオが意地悪く尋ねる。
「昨夜は、この紐を使わなかったようじゃな。何のための紐じゃ?」
この場で使って見せろと――行なうはたやすいが、屈辱きわまりない行為を命じる。おそらく、使い方は分かっているのだろう。蛇のような冷たい眼差しを向けながら、唇は嘲笑に歪んでいる。
「ごめんなさい。よるおそくに、おとれずましたとこを、おわびもうすあげまし」
エクスターシャはしどろもどろに、この場から逃げ去ろうとしたが、侍女に二人掛りで取り押さえられてしまった。
「断わりもなしに退散しようとは、不届きなやつじゃな。女の園と思うて侮るでないぞ。女の衛兵もおれば、この二人のように武芸者もおる」
衛兵の姿は、折りにつけ見掛けている。外へ通じる門の向こう側は普通に男の兵士が護り、こちら側には低い身分の服装だが腰に短剣を帯びた女が立っている。そして、考えてみれば。この国でもっとも高い身分の女性の身近に警護があるのは当然だった。
「もう一度だけ、尋ねるぞよ。この棒に結んである紐は、どのように使うのじゃ。教えてくれぬとあらば、勝手にあれこれ試してみるまで。その後は、金の腰飾りだけで暮らす破目になるぞえ」
侍女のひとりがエクスターシャから離れて、鋏を持って来た。もうひとりの侍女も手を離したが、エクスターシャは身動きできない。
「おおせのとおりに、します」
サナンドオの命令に従うしかなかった。クリシナットを手玉に取ったエクスターシャだが、彼女が生まれた頃にはすでに人と成っていた女を相手では、ひと月やそこらの付け焼刃は無論のこと、若さ故の無謀すらも通じなかった。
紐の使い方を示すだけなら下を脱ぐだけで良いのに、エクスターシャは潔く全裸になった。そのほうがサナンドオを満足させるだろうという、したたかな計算も無くはなかったが、あるいは――人前で素裸を晒すという行為に、昏い愉悦が心の底に芽生えていたのかもしれない。
エクスターシャは侍女から麺棒を受け取ると。
「はしたないまねを、おゆるしください」
この場合は背中を向けるほうが、まだしも無礼の度合が小さいだろうかと迷いながらも、正面を向けてしゃがんで――床に立てた麺棒の上に尻を落とした。
「きひいいっ……」
まったく潤滑をしていなかったと思い出したときには、木蓋が尻に突き当たっていた。それくらいには、度重なる経験で尻穴はこなれていた。
床に垂れている紐の二本を、エクスターシャは腰に巻いて前で結んだ。残りの二本は一本ずつを股の付け根をひと巻きしてから、腰の紐と合わせて結んだ。抜けたり刺さり過ぎを防ぐつもりで付けたのだが、木蓋があればそれ以上は深く挿入(はい)らないし、紐はかえって抽挿の妨げになる。強いて効能を見出だすとすれば、立って歩けることくらいか。
「ほほほ。なんと他愛のない」
はっきりと嘲りの笑いだった。
「このような子供騙しで善がるクリシナットも、子供じゃな。まあ、封鎖割礼が残っている地の出身であれば、処女に許された遊びすら知らずに育ったのであろうな」
話の流れからすれば、『処女に許された遊び』とは尻穴のことだろうと推測できるのだが、エクスターシャは気づかなかった。しかし。すぐに、思い知ることになった。
サナンドオが、握った右手から親指と人差し指を立てた。
侍女が隣の部屋から、大きな宝石箱(と見紛うほどに華美な)を捧げ持って来た。箱を開けると中には――木の枝が転がっていた。良く見ると、大雑把な細工が施されている。L字形に曲がっていて、太さも長さも男根そのもの。先端は丸く削られ、雁首まで刻まれている。一見して木の枝と分かるくらいに樹皮が残されているが、磨かれたように滑らかだった。木肌の部分は先端ほど色が濃い。使い込まれている――と、エクスターシャは正しく見て取った。
「支度をしてくる。帰ってはならぬぞ」
サナンドオは侍女を従えて隣の部屋へ消えた。あらためて引かれた分厚い帷幕が、気配を遮る。
サナンドオの言い付けを無視して、逃げ出すことは出来ただろう。逃げ帰れば、二度目はない。これが試しだとは、エクスターシャも気づいている。けれど。猛獣から逃げれば、噛みつかれない代わりに(肉に)噛みつけない。食うか食われるか。アクメリンと共に生きるか死ぬか。
麺棒を挿れたままなので座ることもできず、ひたすらに佇立してサナンドオを待つ。帷幕が開かれるまでに、せいぜい十分とはかからなかっただろうが、エクスターシャには三十分くらいに感じられた。
「まあ……」
驚きの声を漏らしたほどに、サナンドオの装いが変わっていた。乳房の半ばを包むのがやっとの、細い胸当と、下穿きを着けていないのが一目瞭然の、腰ではなく尻の膨らみに引っ掛かっている紗袴。西方社会の人間が東方の後宮と聞いて想起する女性の姿そのものだった。いや、ひとつだけ大きく異なっている部分があった。股間である。そこには、先程の木の枝が勃起した男根さながらに生えていた。正確には――本物よりも下から生えていて、その上に淫裂が見えている。尻穴に挿入しているのだ。
「剪定した中からこれを探すのに三日、戒律に触れぬ範囲で形を造らせるのに金貨一枚を使ったわえ。厨房の有り合わせで間に合わせようとは、片腹痛い」
エクスターシャの肩を強く押さえ付けて、跪かせるのではなく、床に仰臥させた。
麺棒に尻穴をこじられて、引き攣れる痛みが奔った――のを、エクスターシャは顔に出さないように努めた。
「脚を引き付けて、己れで抱えておれ」
いっそう羞ずかしい姿になるが、尻が浮くので楽になった。
この形は、忘れもしない――処女を奪われた直後に尻穴まで犯されたときの形だった。
エクスターシャの腰に巻かれた紐をサナンドオがほどく。
やはり、そのつもりなのかと、エクスターシャは――自身のことは棚に上げて、歳降った寵姫の淫乱に呆れる。だけで、今さらに恐怖はない。肉棒よりも硬い木の枝に肉のときめきさえ感じる。
とにかくも。思い描いていた構図とはまるきり違うけれど、サナンドオの無聊を慰め肉の繋がりを持つというところまでは目論見の通りになりそうだ。それで懐柔できるかは、かなり悲観的だけれど。
いや、楽観の要素もあるかもしれない。サナンドオは麺棒を一気に引き抜かず――しつこく抜き差ししたりこねくったり、エクスターシャの反応をうかがっている気配。
エクスターシャは、我慢も誇張もしないと決めた。天宮ひと巡り分よりも多く経験を積んだ女には、見破られて機嫌を損ねるだけだ。
しかし、演技するまでもなく。サナンドオは巧みだった。エクスターシャの見様見真似の『男役』どころか、本物の男よりも。サナンドオは女であるから、自身が感じる部分をがそのままエクスターシャの急所となる。麺棒が細いのも、無理をせずともいろんな角度から責められるという長所になる。
たちまちにエクスターシャは官能を燃え上がらせて、本来の目的を――さすがに、忘れたりはしなかったのだが。
「ああっ……もっと、もっと太いのを。お姉さまの、その……」
不意にサナンドオが身を引いた。自分の脚を抱えていたエクスターシャの手を強く払う。
「え……?」
さらに足首を引っ張って横へ投げ出させてから。
ばしん!
二の腕まで使って頬をひっぱたいた。
一瞬にして、エクスターシャは淡い夢心地から引き戻された。
「そのように呼ぶことを、許した覚えはない」
しまったと、思った。クリシナットを思い出して真似をしてみたのだが、サナンドオの矜持はエクスターシャよりよほど高かったのだ。
「この痴れ者めが」
ばしん、ばしんと、両手を使ってエクスターシャの頬をひっぱたいて。馬乗りになって、乳首をつねり上げた。
「いたい……ごめんなさい。ごぶれいを、おゆるしください」
「許さぬ」
生まれて初めて海賊に叩かれたとき以上の衝撃を、エクスターシャは受けた。淫らな要求を拒んだときには、強烈な『躾』を受けた。乳房を握り潰されたり、今のように乳首に爪を立てられたり、もっと敏感な突起まで虐められた。けれど抵抗をやめれば、素直に口(でも股でも)を開けば、許してもらえた。
我を殺して謝って、それでも許してもらえないのなら、どうすれば良いのだろうか。
「そなたのような蛮人には、言うて聞かせても無駄じゃ。穢れた豚には、身体に教え込んでやる」
そんなふうに罵られるのは、たいした屈辱ではない。異なる神を信じている東方の人間は、その戒律に従って、豚を穢れた存在と考えている。彼らにしてみれば、豚肉を平気で(喜んで)食べる西方の人間は救いようのない野蛮人ということになる。
そんなことよりも。「身体に教え込む」ということばに、怯えながらも期待してしまう。男たちがこの台詞を吐くときは、必ず性的な(それほど残虐でもない)折檻が後に続いた。そういう意味では、エクスターシャの目論見から逸脱していない。快楽は諦めて苦痛を甘受しなければならないとしても。
「縄を持て」
奥のへやから、侍女が注文の品を捧げ持ってくる。こちらは、さっき見たと同じ侍女のお仕着せ。
「クリシナットを襯衣で縛ったとか。まったく不調法よのう」
人を縛る縄を居室に用意しているほうが、おかしい。などと反論すれば、猿轡まで持ち出されかねない。
男根そっくりの枝といい、この縄といい――サナンドオ様は、側仕えの女を甚振って孤閨を慰めているのだろうか。そう考えたエクスターシャは、すでにサナンドオに支配されつつあった。内心でも『様』を付けている。しかも、非はセセインにあるとばかりに、孤閨と決めつけている。
だから、俯せにされ背中を膝頭で押さえられ、両腕を背中にねじ上げられても、一切逆らわなかった。相手のほうが頭ひとつ分長身とはいえ、縛られるのを拒もうと思えば、どうにでも抵抗はできたのに。もっとも、サナンドオから逃れても、武芸者の侍女に取り押さえられるだけだが。
「ふむ……きちんと躾をしてやるとなるとのう。ハイビシャナも呼ばずばなるまいの」
不倶戴天の敵の名を、むしろ親しそうにつぶやくサナンドオ。
「ここへお呼びせい。閨の正装でお待ちしておりますと、な」
侍女のひとりが黙って膝を折り、そそくさと出て行った。
「これは、どういうことなのでしょうか?」
「どう、とは?」
「あなたさまと、にばんめのおきさきさまとは、なかがわるかったはずです。なぜ、おまねきになるのでしょうか?」
自分がこれから何をされるかを心配している場合ではない。この二人が不仲ではないとしたら――問題は最初から解決しているではないか。
「そなた、我が夫(つま)の言葉を真に受けておったのか」
「はい。このくにで、もっともいだいなかたのおことばをうたがうなど、できません」
お世辞もなかなかじゃなと、嘲笑するサナンドオ。
「たしかに、わらわとあやつとは、時として取っ組み合いもする。つまり、深い仲違いではないという証しではないか」
言われて、はっとするエクスターシャ。
姉姫の自分に対する態度に思い当たった。淫奔な女の血を引く娘。同じ父を持つとはいえ、まったくの他人。蔑みの目で見られることはあっても、叩かれたりしたことはなかった。まったくの無視。心底嫌い抜いている相手には、そうするだろう。///1st
========================================
最後の『///1st』は、ここまで(書きながら)最初の校訂をしたという意味。目次ジャンプとかENDまでジャンプが使えないスマホ用無料Wordでも、検索で飛べます。のは、まあTipsかいな。
にしても。
2万4千文字。原稿用紙展開だと、だいたい1枚330文字です(実績値)ので、72枚。
9万8千文字書いてきて、ここまで8章のうちの1章(しかも進行中)が、全体の1/4。アンバランスですな。
長さもMonkeyThings, But……(猿事、乍ら)
実は、とんでもないシノプシス変更の真っ最中。ていうか、プロット段階で、このあたりのシーケンスを決めてなかった報いです。
プロットでは……
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試練の四:後宮鎮静
非処女を後宮に入れる→男でも女でもない(宦官に同じ)形に。錠前付き内部拡張ディルド。
第三寵姫は、女子割礼でクリトリス欠損。アナル性感。
試練の三と同じ理屈。
スター結線(?)はSEXでない。擂粉木はペニスでも偶像でもない。
サナ、シャビの順に攻略。3P後に、総掛かりでレネを調教。
========================================
これだけでした。
プロットを忘れて(?)いきなりレネムズコエを攻略したのが逸脱の原因かしら。
あ、登場人物の名前は『名は体を表わす』方針で、いろいろ変えました。
レネムズコエ→クリシナット(クリット無し)
エクスターシャ・コイタンス→エクスターシャ・コモニレル(肛門に入れる)
オルガ・スムーザンヌ→アクメリン・リョナルデ(リョナで)
さらに、さらに。プロットでは想定していなかったタマーシャナが登場しました。最初は名前もない、「侍女よりも低い身分の」「エクスターシャの面倒を見る」娘でしたが。どんどんどんどん役目を押し付けているうちに、重要キャラに成長しました。
実は、男色王子の愛人なのです。男の娘なのです。こやつを後宮に入れておけば、王子も足繁く通ううちに、女にも興味を示すのではないかと。それゆえか、王子が愛人の「少年→青年」を厭ってなのか。ともかく、タマーナシヤなのです。で、縫合手術なのか施錠ピアスなのか、半永久タックです。あやふやな設定部分は、書きながら決めます。
とにかく。エクスターシャがサド女と高ビー女の二人掛りで責められるシーケンスは書いているうちに出てきたというか、展開にあぐねて、筆者の勃つパターンに持ち込んだというか。
しかもしかも。最後でサナンドオが言う通り、二人の間は険悪ではないのです。
あ。この世界というか、メスマン首長国では、代替わりに伴う兄弟殺しは起きない設定です。
ので。実は、サナンドオもハイビシャナも太后になどなりたがってないのです。太后様ともなれば、ハレムで下女をビシバシも顰蹙ですし、再婚もできませんものね。
「しょせん、タマーシャナも男じゃのう。権力からしかものを見ておらぬわ」とか、サナンドオに言わせる予定です。
となると。
母親が寵姫でなければ、その息子が父の後を襲うことは、まず不可能だ。太子とそれ以外の息子とでは、雲泥の差がある。片や一国の君主と、その御母堂。片や臣下に降って要職に就くことも禁じられた年金生活者と、生涯の寡婦。
今のところは、首長の歳の離れた従弟が太子ということになっているが、実子がそれなりの年齢に達すれば、継承権は移るだろう。長子相続とは限らない。父親である首長の専権とはいえ、息子の資質もさることながら、母親の実家や後宮での勢力も無視はできない。
必死に考えたコジツケはなんだったんだと。
「つまりは、クリシナットをどちらが躾けるか可愛がるかという、その争いじゃ」
エクスターシャもタマーシャナもササインも、さらには筆者も、ケチョンケチョンにされちゃいます。
まあ。そこで。
「それなら、いま、おふたりがわたしにされているように、ふたりでクリシナットさまをちょうきょうすればよろしいのでは?」
と、強引にプロットに準拠させます。
今回は、筆者の手の内を明かすというか、創作講座というか。
「なんだ、こいつも右往左往してんのか」と、同病相哀れんでくださるも良し。
「こんなE加減で小説が書けるのか」と、一念勃起してくださるも良し。
本日はシフトOFF。天気そこそこにして風穏やかなり。
作りためた、本格競技用紙飛行機プロトタイプ各種を飛ばしまくってきます。明日もOFFで、水曜はさいわいに飛行場が閉園ですので、この章を締めくくって、次章突入予定。
ま、2月上旬には前編がTake a Kickです。ケリがつくでしょう。
あ、本人の名誉のために言っときますけど。紙飛行機の大規模な全国大会には二度(一度は地元開催)しか出場経験がありませんが、それは東京だの九州だの北海道まで遠征する(金はともかく)気力が無かったのです。息子も娘も予選突破できなかったし。筆者自身は、各地で行なわれる予選では1位も何度か。最後は、息子が予選通過したので、ジュニア部門最後の年だったので、東京まで遠征しました。
とはいえ、まあ。筆者が専攻(?)している自由機体(=市販キットでなくオリジナル設計)のゴムカタパルト部門で、トップエースは40m上昇50秒滞空@dead airくらいに対して、筆者は30m上昇35秒滞空と、準B級くらいですかしら。
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試練の四:後宮鎮静

部屋から出ることは禁じられていない。けれど、黄金の(拷問器具付)貞操帯だけを身に着けた裸身を如何に同性とはいえ、他人の目に晒す恥辱には耐えられない。いや、今のエクスターシャには、同性だからこそという意識が強かった。たいていの場合、男性の目に裸身を晒せば、ほとんど必然に次の事象が生起して――いや、けっしてそれを望むのではないけれど。からかわれるにしろ呆れられるにしろ、あら探しや侮蔑の視線はない。
食事は、タマーシャナが運んでくれる。何度も顔を合わす(二度はふたりきりで馬車にも乗った)うちに、名前を教え合い短い雑談を交わすくらいには親しくなっていた。
だから、食事は問題ない。問題は、飲食に伴なう結果のほうだった。食事どきの他にも様子を見に来てくれるタマーシャナに頼らなければならない。そのために設けられている床下水洗の部屋へは、羞恥を堪えて往還できるけれど。いちいち腰から下の沐浴を準備するには、タマーシャナから下女に指図してもらわなければならなかった。
下女の様子を見ていると、タマーシャナは高い身分の娘らしい。寵姫付きの侍女かもしれない。尋ねてはみたけれど、含み笑いでかわされてしまった。それで、彼女への詮索は打ち切った。それどころではない。
アクメリンが査問団に逮捕されて、今日で十六日。一週間前には、査問団はマライボに滞在していたという。アルイェットからデチカンまでの道程のおよそ三分の一。まだ猶予はありそうだが、急げばマライボからデチカンまで二週間とは掛からないはず。セセイン陛下がどのような手立てを講じてくれるか見当もつかないが、そのための準備に要する期間を考慮すると――アクメリンの命が風前の灯である事実は微塵も揺らがない。
フィションクからの旅路よりも、アルイェットでの寄宿舎暮らしよりも、長く感じられた二日間だった。その間には、ひと月前には夢想すらできなかった自身の変貌ぶりとか、これからの行く末についても、あれこれと考えるところはあったが。
最初の無理難題を見事(だろうか)に解決して三日目の今日、ついにエクスターシャは、首長に引見するを得た。
その日の午後、後宮内にもかかわらず、エクスターシャは『女の封印』を抜去してもらい、入念に沐浴した。股間を自由にされた意味は言われずとも分かるので、剃刀も当てた。そうして。ただの女官よりはずっと豪奢な衣装を与えられて――セセインの前に額づいたのだった。
後宮の中だから宰相の姿はなく、手前には三人の女性が侍っている。この場に居る男性は『夫』だけであるし室内だから、面紗は着けていない。
セセインの左にいる、西方の数え方なら二十代後半か。エクスターシャと並べば頭ひとつは高いだろう女性が、第一寵姫のサナンドオだろう。右側の、冷たい感じのする異国情緒豊かな美女が、第二寵姫のハイビシャナ。サナンドオの横で小さくなっているのが第三寵姫のクリシナットか。
ちなみに、妃でも夫人でもなく寵姫なのは、メスマンが地方の一部族だった頃の屈辱に由来する。当時の正妃が敵の部族に囚われて、敵族長の慰み物にされたり裸で宴席に侍らされたり――今のエクスターシャにしてみれば大したことではないだろうが、妃よりも族長が大いに面目を失して。以来、妃は置かないことにしたという。寵姫は実質的には妃であっても、名目上は愛玩奴隷に過ぎない。奪われようが辱しめられようが処刑されようが、致命的な不面目には至らない。
かつては、この制度を有効悪用した首長もいたという。飽きた使い古しを臣下に賜って、空いた座に若く美しい処女を迎えるという。聖典の定めるところによれば、夫が一方的に宣言するだけで離婚は成立するが、元妻の側から復縁を迫ることも可能だ。臣下の妻にしてしまえば、後顧の憂いがない。
今はその歯止めも設けられていて、正式の寵姫になれるのは、男児を出産した女だけとされている。だから、エクスターシャは第四寵姫候補でしかなかった。
もちろん、エクスターシャはそういった仕組を知っていた。だから、第三寵姫の若さというよりは稚さに驚く。異郷人の正確な年齢は推し測りにくいが、この国でいう人と成ってから三年とは経っていないと見た。エクスターシャよりも若い。ということは、女となってすぐに孕んだのではないだろうか。
そんな想いは、セセインが言葉を発すると同時に掻き消される。
「そなたが如何にして難題を果たしたかは、余の耳にも達しておる。が、その是非を今は問わぬ」
言葉は遠回しな非難だったが、面白がっているように聞こえた。
「次は遥かに困難ぞ。ここにおる女どもは、極めて仲が悪い。余の前では取り澄ましておるが、三人だけにしてみろ。侍女や女官を巻き込んで三つ巴の取っ組み合いをしかねん」
サナンドオは苦笑し、ハイビシャナは表情を動かさず、クリシナットだけが俯いて申し訳なさそうにしている。
「余がそなたに与える次なる難題は、この三人を仲睦まじき間柄にせよ――というものじゃ。どうだ?」
どうだも何もない。せめて、この三人が居ない場で申し付けてほしかった。などとは、おくびにも出せない。
「およばずながら、がんばります。これには、ひにちのくぎりがあるのでしょうか?」
「一か月。ただし、そなたの侍女はリュブリナに到着したそうな。デチカンまでの行程の半ばじゃな」
一か月も経てば、アクメリンは処刑されているだろう。
「どのようなこんなんでも、かならずはたします。できないときは、どのようなばつでも、うけます。ですから、どうか、じじょをたすけるてだてを、いますぐに……」
非処女の身で謁見を願うという、首長への侮辱でも、あの程度の鞭打ちで許された。まさか、命までは取られないだろうという楽観はあった。けれど、命と引き換えてもアクメリンを救うという決意ではあった。
「余は、後払いの商売はせぬ。そなたの国の第一王女が輿入れせぬうちは、正式な同盟を結ばぬのを見ても、分からぬのか」
「おゆるしください。さかあはでした」
引き下がるしかなかった。
「では、三人を融和させること、しかと申し付けたぞ。そのためであれば、三人の居室に自由に立ち入ることを許す」
セセインが退座し、後に三人が続く。すべてを思いのままにする専制君主も、寵姫間の不和を大っぴらに認めるのを厭って、謁見の間に余人の姿はない。ひとり取り残されて、エクスターシャは途方に暮れながら居室へ引き下がった。
とはいえ、日暮れまで途方に暮れているわけにもいかない。不和の原因でもつかめないかと――せっかく人がましいお仕着せも頂いたことだし。まずは、身分の低い者の溜り場、厨房とか洗濯場とか裏庭とかを、渉猟した。
異教徒の人間ゆえに警戒されるかという懸念は、真反対だった。非処女の身でありながら入宮して、しかもいきなり主人直々に言葉を賜る、特別な娘――と思うのが当然だ。恩を売っておいて損はない。
とはいえ、重要な情報の過半はタマーシャナから得られた。
以前はサナンドオとハイビシャナが、それぞれに独立した女主人のように振る舞って、火花を散らすことはあるものの、夫に愛想を尽かされたら、男児の母君とはいえ、後宮から追い出されかねない。それは、セセインにとって不都合ではない。
寵姫は実質的に妃である。いくら君主といえど、君主だからこそ、妻は四人までという戒律は破れない。四人目は、フィションク王女のために残されている。
つまり、どちらを離婚すれば、席が空く。セセインはクリシナットより若い娘を寵姫に据えることも可能となる。
母親が寵姫でなければ、その息子が父の後を襲うことは、まず不可能だ。太子とそれ以外の息子とでは、雲泥の差がある。片や一国の君主と、その御母堂。片や臣下に降って要職に就くことも禁じられた年金生活者と、生涯の寡婦。
今のところは、首長の歳の離れた従弟が太子ということになっているが、実子がそれなりの年齢に達すれば、継承権は移るだろう。長子相続とは限らない。父親である首長の専権とはいえ、息子の資質もさることながら、母親の実家や後宮での勢力も無視はできない。
クリシナットは君主自らが見初めた娘というだけで、家柄は先の二人とは格が違う。息子も幼な過ぎる。将来に生まれる(はずの)フィションク王女の息子にしても、異国の血が混じっていれば、クリシナットよりも目はない。実際問題として、サナンドオとハイビシャナの争いである。これまでは拮抗していた。しかし、夫の寵愛篤いクリシナットを味方に着ければ――勝負は決まったも同然。
つまりは三つ巴ではなく二者の対立で、第三寵姫は被害者あるいは賞品という図式になる。
と、ここまでが見えたときにエクスターシャが思ったのは――サナンドオとハイビシャナが仲良くして、クリシナットを二人の味方にすればいいのに――だった。いずれはモジョリンをめぐって同じ奪い合いが繰り返されるだろうが、ことごとに自分を蔑んできた姉姫の去就など知ったことか。仮に第四寵姫の座を得られなかったとしても、同盟は揺るがない(だろう)。
二人が仲良くすれば、クリシナットもどちらにつくか悩まずに済む。しかし、異教徒の年下の娘の言葉に二人が耳を貸すとも思えない。夫の面前で不仲を暴露されていれば、なおさらだ。言葉が駄目なら身体で――すぐそういう思案が浮かぶのも、寄宿舎で鍛えられたせいではあった。
その線で考えるなら、二人がクリシナットを味方に付ける手段も、そうなるのではないだろうか。となると……まずは攻略される側を攻略しなければならない。
つまり。まずは人参を手に入れて、それを二頭の驢馬の前に放ってやる。二頭が争うようなら、人参を取り上げる。そのためには、人参に紐を着けなければならない。そのやり方は――寄宿舎でカッサンドラに言い寄られた経験が参考になった。あるいは、男たちに指で弄られたり口で舐められた経験も。女に男根はないが、手も口もある。
思い立つやすぐさま、エクスターシャは行動に移った。
その夜。最後の礼拝が終わってから、エクスターシャはクリシナットの居室を訪れた。事前に訪問を告げる必要もないと、君主の御墨付だ。
エクスターシャにあてがわれたのと同じ広さくらいの部屋が四つ、中央の柱と薄い帷幕で仕切られている。そのひとつは湯浴みの場になっている。さすがは寵姫の居室だった。
クリシナットは奥の部屋から出て来て、歓談用の設えられているらしい部屋でエクスターシャを迎えた。
居室にはクリシナットひとりきりで、彼女の息子は居なかった。乳母が面倒を見て、母親は短時間の『面会』しか許されないという。それぞれに背景のある母親の影響を排して、幼時から帝王学を学ばせるためだとは、似たような境遇だったエクスターシャには察しがつく。ともかく、これで、母親ではなく年下の娘と女同士の話ができる。
「あなたは、ほかのふたりから、ねたまれているのですか?」
クリシナットはきょとんとしていたが、三人の妻に注ぐ夫の寵愛の濃淡を尋ねられていると知って、淋しそうに笑った。
「戒律は、すべての妻に同じ愛情を注ぐように定めています。夫は敬虔な信者です」
その言葉と淋しそうな表情とから、寵愛は濃淡ではなく一様に淡いのかと疑った。
「夫は、メスマンの国のすべてを仕切っています。ひとつの部族をまとめるだけでも大変ですのに、今は十を超える部族に命令しなければならないのです」
そのために宰相が置かれているのだし、役人もいる。とはいえ、そういった連中に任せきりにしていては、メスマンが周辺の小国を併呑して覇王の道を歩めるはずがないと――フィションクを反面教師として、理解できた。
「では、よるになっても、へいかは、ここにきてはくださらないのですね」
「誰の寝所も、夫は訪れません。夫が、妻を寝所へ呼ぶのです」
「ごめんなさい。わたしは、このくにのしきたりを、あまりしりません」
セセインが三人の妻の誰も寝所に呼ばない夜が多いとは、見当がついた。
「では、おわかいのに、へいかのてでひらかされたはなを、めでてはもらえないのですね」
精一杯に言葉を飾りながら――エクスターシャは、自分にあてがわれた椅子から立って、クリシナットの座る長椅子に並んで腰掛けた。
クリシナットは無礼を咎めなかった。気を許しているというより、エクスターシャの立ち位置を見極められないのだろう。公衆の面前で素裸を鞭打たれ、しかし破天荒な姿で引見を許され、後宮に部屋を賜りながら女を封印されて。今また、三人の妻の不和を宥める役目をおおせつかっている。
嗜虐という視座に立てば容易に理解できるのだが、それはクリシナットにはない。エクスターシャは、セセインを理解しようとはせず利用することしか考えていない。
エクスターシャはクリシナットの太腿に手を伸ばした。
「おんなのわたしからみても、あなたはかわいらしくて、ついさわってみたくもなるというのに」
なにか気の利いた口説き文句はないものかと、これまでに身体で知った男たちの言葉を思い返してみたが――そもそも、まともに口説かれたことなどないのだった。力ずくで押さえ込まれるか、初手から諦めて脚を開くか。男は本能の赴くままに振る舞い、エクスターシャは男の機嫌を損ねないように演技する。官能の演技は、次第に不要になっていったけれど。ともかく、男たちとエクスターシャとの関係を、異教徒の娘と寵姫との関係に当てはめるのは無理だった。
クリシナットは戸惑いながら、とりあえずはエクスターシャの愛撫(とは、自覚していないだろう)を受け容れている。どこまでおとなしくしていてくれるか危ぶみながら、エクスターシャは裳裾の上からクリシナットへの愛撫を続ける。
「あなたは夫のようなことをなさるのね?」
まったく性感を刺激されていないのか、クリシナットが不思議そうに尋ねる。
子供まで産んでいるはずなのに、性的にはまったく未熟なのかと、エクスターシャは疑って。それはおおいにありそうなことだと、考え直した。エクスターシャでも、海賊どもに犯されるまでは性にまったく無知だった。そのままの状態で、ただひとりだけの男に、せいぜい三日に一度(四十を過ぎた男が三人の妻を平等に扱おうとすれば、それがせいぜいだろう)抱かれているだけだったら、肉の悦びなど知らずに生涯を終えていたかもしれない。
それなら、私が教えてあげなければ。エクスターシャは、使命感のようなものに燃えた。どんなおいしい料理を食べようとも、春のそよ風に肌をくすぐられようとも、昔物語に時が経つのも忘れて聞き入ろうとも――身体に刻まれる屈辱すれすれの快楽には遠く及ばない。あの快感を知らずに生涯を終えるなんて、女として生まれてきた甲斐がない。
基督教においても、同性愛は姦淫よりも厳しく禁じられているが、「恥ずべき情欲」とか「自然の関係を自然にもとるものに変えて」とか、抽象的に過ぎて、何をすべきではないのか、エクスターシャには理解できない。
女同士で手をつなぐのは? 抱き合うのは? 接吻は? 肌をまさぐるのは? 淫裂に口づけるのは? 男女共通の穴に指を挿れるのは?
どこからが神の怒りに触れるのだろうか。
エクスターシャが理解しているのは、クリシナットを手なずけなければ先に進めず、身代わりとなってくれたアクメリンが処刑されてしまうという、それだけが鮮明だった。
エクスターシャはクリシナットの肩を抱いて(逃げられないようにして)、顔を近づけて唇を重ねた。もちろん、舌を差し挿れて貪ったりはしない。
「むうう……?」
クリシナットはエクスターシャを突き放そうとしたが、何も知らずに戸惑っている娘が、命懸けの娘に抗えるはずもない。
エクスターシャは左手でクリシナットを二の腕ごと抱き締めながら、右手を乳房に這わせた。布地越しに鷲掴んで、思っていたよりもずっと豊満なのに驚いた。掌に湿りを感じて、思い当たる。子供を産んでしばらくは(何か月なのか数年なのかまでは知らないが)乳が出る。だから大きいのだ。
クリシナットの襯衣が、はっきりと濡れて。甘い匂いに蒸れる。
「あ……気持ち良い……」
乳が張るとつらいと聞いたことがある。出す物を出す気持ち良さだなと、エクスターシャは不謹慎なことを考えてしまう。でも。尻穴に抽挿される快感も、それと似ているところがある。
性的な後ろめたさを考えずに済む快感を羨ましく思いながら、エクスターシャはクリシナットの前をはだけて乳房を露出させ、そこを自分の脱いだ襯衣で包む。
「こうすればいいのですか?」
赤ん坊への授乳も乳牛の乳搾りも見たことはないけれど、女の本能に従って乳房を根元から先端へと向かって強くしごいた。たちまち、襯衣が濡れていく。
この快感では駄目だ。性的な後ろめたさがあってこそ、他人ではなくエクスターシャを頼るようになる。
エクスターシャは乳房から手を放して、クリシナットの脚を割って裳裾の中に手を滑らせた。
さすがに、クリシナットも抵抗する。
「やめてください。そこに触れていいのはセセイン様だけ……」
抗議の声を口でふさいで。エクスターシャの指が、強引に下穿きの奥へと潜り込む。こういう強引なやり方しか、エクスターシャは知らない。カッサンドラの誘いに乗って、女同士のやり方を学んでおけば良かったと――後悔したところで、気後れするだけだ。
「むううう……む゙ゔゔ」
はっきりと、クリシナットが拒む。しかし、今さら後へは引けない。無理強いにでも快感を教え込んで――そう、男が女を征服するように。
エクスターシャが知っている快感は、女穴の中にはない。淫裂の上端に淫核を探った。
……ない。
エクスターシャは自身のそこしか知らないが、それとはずいぶん様子が違っている。淫裂の合わせ目は、ふだんは小さな肉の塊みたいな感触が指にあるだけだが、気持ち良くなってくると、固く尖ってくる。しかしクリシナットは、むしろ浅くくぼんでいるように感じられた。
それが割礼によるものだとは、エクスターシャは知らない。異教徒の習俗を学んだとき、慎み深い家庭教師も、この問題は避けて通れないと判断して、最小限のことだけは教えてくれている。それによると、包皮をわずかに切除して実核を露出させるというものだった。男性も同じようにして、赤ん坊のときから亀頭を露出させるのだと、もっとずっと婉曲的な言い回しで教わった。長じてから改宗した者は免除されることもあるというが、エクスターシャは、もしもササインが望むなら受け容れるしかないと、国を発つときから覚悟を決めていた。
しかし、まさか――淫核その物を切除するやり方もあるどころか、淫唇を縫い合わせて、初夜に男性が刃物で切り裂いて使えるようにする習俗も一部地域にはあるなど、知るはずもなかった。
だから単純に、生まれつきか怪我による欠損だと思った。生まれつきであろうと怪我であろうと。では、どうやって肉の快感を教え込むか。
エクスターシャにとって、それは自明だった。
指を下にして淫裂を撫で下ろし、身体をひねって上体を押し付ける体勢でクリシナットの腰を浮かし、右手をさらに深く差し入れて会淫の向こうを指でまさぐる。尻の谷間の小さな窪みに指先が達した。
「ひゃあ゙っ……?!」
すっとんきょうな悲鳴を上げて、クリシナットが立ち上がろうとする。それを予期していたエクスターシャは、余裕たっぷりに押さえ込んで。さらに手を尻の奥へとまわす。クリシナットは、エクスターシャの掌の上に尻を落とした形となった。
「やめてください……汚いです」
「あなたに、きたないころなんか、ないです」
自分なら、たとえばモシュタル船長に、こんなふうに言われたい――と思うことを、クリシナットの耳元に囁く。
「それに……きもちいいでしょ?」
囁きながら、尻穴をくすぐる。
「気持ち良くなんか、ない。すぐにやめてください」
クリシナットの声は硬い。本気で厭がっている。それでも、エクスターシャは責め続けるしかない。ここで引けば敵に防御を固めさせて、二度と責める隙を見出だせなくなる。王女としての嗜みを越えて、姉だけでなく兄にも負けまいとして、軍学の初歩までも齧っている第二王女だった。もっとも、軍略に照らせば、余りに準備不足で短兵急な決戦ではあった。
それでも。事ここに至らば突貫あるのみ。エクスターシャは中指の腹を穴に押し付けて、ぐりぐりとくじった。
唾で湿してもいない指は、相手が緊張していれば、たとえ一本でも挿入は不可能に近い。結果、穴の周囲の皺ばかりを刺激する。しかし、結果としてはそれが良かった。実のところ、内部の感覚は鈍いのだ。
「あっ……やめて……いやああああ」
クリシナットは拒絶の言葉を繰り返しながら、その響きは次第に蕩けていく。
いける――と、エクスターシャは判断した。長椅子から降りて、クリシナットを俯せに押し倒す。力は入れず形だけ背中を押し付けている左手から、クリシナットは逃れようとしない。
「あっ……?!」
裳裾を捲り上げるとさすがに両手を突っ張って起き上がろうとしたが、左手に上体の重みを乗せて封じた。手早く下穿きを膝までずらして。エクスターシャは床に膝立ちになって、両手でクリシナットの腰を抱えながら、その尻に顔をうずめた。
男に、尻穴を舐められた記憶はない。けれど、使い方は女穴も尻穴も同じだ。ならば、舐めれば指よりも感じるはず。
初めて見る他人の(でも自分のでも)尻穴は、赤紫のくぼんだ花弁だった。微かな臭いは苦にならない。どころか、芳香にさえ感じられる――のは、エクスターシャも、これからする行為に性的な興奮を禁じ得ないからだろう。
「なにをなさるのですか……ねえ?」
言葉ではなく舌で、クリシナットの問に答えた。かすかに、ぴりっとした苦みを感じたが、それもエクスターシャの興奮を高める。クリシナットのほうは。
「ああっ……なめてらっしゃるの? やめてください。いやあ……あああっ……」
こんなときには拒否の言葉を真に受けたらぶち壊しになる。とは、エクスターシャ自身が身に沁みて知っている。舌で丹念に皺を舐めて。唾を溜めては、くぼみの中心に塗りつける。舌を尖らせてつつくと、そこは柔らかくなっていた。
エクスターシャは顔を上げて、舌のあった箇所に指を突き立てた。今度はたいした抵抗もなく、ずぶずぶと中指が挿入(はい)っていく。
「あああああっ……やめて。ほんとうに、やめてください。人を呼びます!」
いきなり大声を出さなかったことが、クリシナットの心の底の想いを伝えている。同性として、それがエクスターシャにも分かる。エクスターシャは左手でクリシナットの口をふさぎ、右手は下穿きを膝から抜き取って。それを口に詰めた。そして、乳に濡れて重くなった襯衣の袖で、クリシナットを後ろ手に縛った。
絶対専制君主の寵姫に、このような乱暴を働いたとあっては、打ち首は免れない。もしも、クリシナットが訴えれば。
しかし、エクスターシャには分かっている。言葉を封じられ手の自由を奪われては、クリシナットはエクスターシャの乱暴を受け容れるしかない。それを望んだからこそ、「人を呼びます」などと告げたのだ。
果たして。クリシナットは無駄な抵抗をやめた。あらためてエクスターシャが尻穴に指を挿れても、ぴくっと腰を震わせただけで、おとなしく――次は何をされるのかと、期待に胸を震わせている。その証拠に――女穴の縁に、透明な煌めきが滲んでいる。
エクスターシャは、尻穴を指で念入りにくじられた経験はない。男ときたら、すぐに伝家の宝刀を突き立ててくる。エクスターシャを花開かせるにあたってもっとも功績のあったミズン・モシュタル提督といえど、例外ではなかった。
だから、エクスターシャの愛撫は、文字通りに手探りだった。深々と突き挿れ、中で指を曲げて女穴の裏側をつついてみたり。淫核があったはずのあたりを、左手で揉んでみたり。クリシナットの努力は、着実に実を結んでいく。
下穿きを口に捻じ込むときに、つい手加減していたのだろう。クリシナットは簡単に詰め物を吐き出して――しかし、大声は挙げなかった。
「あっ、あああ……いやです。やめて……お願い。虐めないで……」
まるで処女のように可憐に喘ぐクリシナットを、さらに追い上げながら、その声の奥に不満を敏感に聞き取った。
寄宿舎での体験こそなかったが、黄金の貞操帯が、不満の解消に手懸りを与えてくれた。男根の代わりになる物を使えば良い。
そこで、エクスターシャは、もうひとつの戒律に突き当たった。偶像の禁止である。これは、ただ偶像を拝むのを禁じるという緩やかなものではない。彫刻も、肖像画でさえ禁止されている。だからこそ、アクメリンが身代わりとして輿入れする案には成算があったのだが。
模造男根など、どこにも存在しないだろう。みずから木を削って作っても――そんな経験は皆無という問題はさておいても、発覚すれば処罰されるに決まっている。たとえ後宮内にセセインの目と耳が配されていても(いるに決まっている)、この部屋には二人以外の誰も居ないのだから、直接には見聞できない。告げ口は推測によるものとなる。しかし、証拠の品が残れば、そうもいかない。
そんなことをこの場で考えていては、指の動きもおろそかになる。エクスターシャは、この問題をしっかり頭に留めておいて――とにかく、クリシナットを出来るだけ追い上げることに全力を尽くした。
もう、身体を押さえつけなくても、逃げられる懸念はない。クリシナットを長椅子に俯せに寝かせたまま、エクスターシャは位置をずらして、右手で尻穴を激しく愛撫しながら、身体の下に左手を差し込んで、乳房をこちらは優しく揉んだ。
「お願いだから……やめて。なんだか、変……宙に浮かんでるみたい。お尻からおっぱいまで、稲妻が奔り抜けてるみたい。こんなの……初めて」
では、セセインは。寵姫だけで三人。どうせ、他にも手を付けているだろうに。いや、だからこそ。ひとりの少女を女として開花させることなく、蕾を食い散らかしているのだろう。海賊に拐われてほんとうに良かったと――そんなことを考えてしまう。
「もうやめて……おかしいの。まるで……身体が透き通っていくみたいで……」
自分の感じ方とは違うんだなと、エクスターシャは不思議に思った。男は、快感の絶頂で精を放つとき、誰も彼も同じような反応をするというのに。
「だめ、だめ、だめ! 身体が……なくなっちゃうううううう!」
クリシナットが長椅子の上で反り返って――数瞬、塑像のように凝固した。
逝った。けれど、まだ大きな山の中腹にある峠に達しただけに過ぎない。エクスターシャは自身の経験と照らし合わせて、そう判断した。頂上まで追い上げるには、指では無理だろう。なにか、模造男性器に代わる物を、戒律に触れない物を考えよう。
エクスターシャ自身は、セセインを怒らせないという観点からしか、戒律を考えていなけれど。クリシナットには、性感を帳消しにするくらいの重大事だろう。エクスターシャとて、十字架の前で男と媾合うなんて、絶対に出来ない。
半裸のまま長椅子に突っ伏したクリシナットの背中と尻を撫でながら、エクスターシャは、十五分ほどもその場にとどまった。埒を明けるとすぐに部屋を出ていく男に不満をかこっていたから、逝った後の穏やかな戯れはクリシナットの心に沁みるだろう。
やがて、クリシナットが正気を取り戻す。エクスターシャは、彼女の身繕いを助ける。
「あなたの襯衣を汚してしまいました」
クリシナットが、持ち衣装の中から、襯衣だけでなく(ひと揃いになっているからと言って)下着を含めて一式を貸してくれた。ほんとうは譲ってくれると言ったのだが、エクスターシャが断わった。
「きれいにあらってから、かえしにきます」
再訪の口実になる。クリシナットも、嬉しそうに頷いた。
部屋へ戻って落ち着いて考えると、男根の代わりになる物はいくらでもあった。となると、後でセセインに知られても難癖をつけられない品が良い。後宮内で『棒状』の品を容易に入手できる場所は厨房だろう。しかし、人参や胡瓜のような食材はやめておくべきだ。どの宗教でも、食べ物を粗末にすることを禁じている。上の口で食べるよりも下の口で食すほうが、よほど有意義だとは思うが、それを認めてくれる聖職者――こっちの宗教では神学者などいない。
となると、擂粉木か麺棒。使い古して捨てるような物があれば好都合だ。
翌日になって早速、エクスターシャは厨房へ赴いた。寵姫や侍女など身分のある女は寄り付かないから、エクスターシャの訪問は迷惑だったに違いない。
「それは、まだつかえるのですか。すてないのですか?」
仕事の邪魔をされたくないし、機嫌を損じたら罰せられるかもしれないので。じゅうぶん使用に耐える品でも譲ってくれた。エクスターシャはクリシナットの馴致だけでなく、三人の融和についても、考えがまとまりつつあった。ので、擂粉木を二本と麺棒を一本、譲り受けたというか、召し上げた。ついでに、腰掛けるには幅が小さすぎる木箱もひとつ。
この木箱は、大工に細工を頼まなければならない。後宮の外へ出してもらえるか不安はあったが、寵姫でさえ貞操帯と護衛兼見張が付けば許されるのだから、正式な後宮の女ではない自分なら大丈夫だろうと――心配の先取りはやめておいた。
クリシナットに使おうと考えたのは、麺棒だった。ただし、一方的に責めるのではない。自分も少しは愉しみたいという想いはあるけれど、それが主目的ではなく、三つ巴を念頭においてのことだった。
厨房では包丁も借りようとしたが、刃物の持ち出しは厳禁と断わられた。けれど、エクスターシャは困らなかった。世話係ではないものの、頻繁に居室を訪れるタマーシャナに頼むと、すぐに持って来てくれた。この娘も、エクスターシャとは別の意味で、後宮内における特別な存在らしい。なにしろ、君主の間近に侍り、直々に命を受けて動くのだから。もしかすると、セセインの目と耳だろうか。
そんな物騒な人物に刃物だの紐だのを堂々とねだるエクスターシャは、常軌を逸しているのだが。彼女には、彼女なりの覚悟がある。教養を修めているとはいっても、エクスターシャは、しょせん世間知らずの箱入娘である。このひと月ばかりでずいぶんと荒砥に掛けられたけれど、きちんとした刃にはほど遠い。何もかも開けっ広げにしておいたほうが、いっそ、セセインのお目こぼしに与れるかもしれない。それに。事が成らねばアクメリンの命はない。彼女が死ぬときは、エクスターシャも死ぬ。自害は神様がお許しにはならなけれど、最後の最後には、自分の命と引き換えにアクメリンの救出を嘆願する。二人の娘を生かすか、二人とも殺すかを、セセインに選ばせる。
命を棄ててかかれば、怖いものなどない。だからエクスターシャは、タマーシャナの見ている前で堂々と、麺棒の細工に取り掛かった。
エクスターシャが調達して麺棒は、三種類の太さがあったうちのもっとも細い物で、怒張した男根よりはひとまわり細い。握り柄は付いていない。完全な円筒になっている両端の角を丸めて。端から指幅三本分くらいのところを浅く削り込んで、縒った紐を巻きつけた。
ここまでの作業で指に三か所、掌に二か所の切り傷を創ってしまった。さらに、中央には深い溝を彫って、長い紐を二本巻き付けて両端を伸ばす。
「ふふん。なるほどね」
ずっと見ていたタマーシャナは、エクスターシャの目論見を見破って、いつもの嘲笑めいた微笑を浮かべる。
「いちおう忠告してあげるけど。肌と肌とが触れ合うのは、好ましいことじゃないよ」
性的接触のことを言っているのだと、エクスターシャは理解した。
「ありがとうございます。なにか、くふうをしてみます」
また厨房へ行って、小さな壺の木蓋をもらった。これに穴を明けて、麺棒の真ん中に縛り付けた。
その夜。やはり夜の礼拝の時刻が過ぎてから、エクスターシャはクリシナットの居室を訪れた。やはり、クリシナットはひとりだった。
「これを、おかえしします。ありがとうございました」
自分で洗って干して畳んだ衣類を入れた籠をクリシナットの前に置いて。まとめて取り出して。その下には、細工したばかりの麺棒が隠してあった――のは、そのままにしておいた。
昨夜と同じように、クリシナットと並んで長椅子に腰掛けて。もはや言葉は不要。肩を抱きよせて接吻をした。思っていたよりも、クリシナットの身体が固くなっている。彼女にとって、尻穴と姦淫とは結びつかないけれど、接吻はその最初の段階――そういう認識があるのだろうと、エクスターシャは推測した。
ならばと、接吻は早々に切り上げた。クリシナットの襯衣をはだけ、今日はちゃんと用意してきた手拭を乳房にあてがって乳を搾ってやった。クリシナットは心地よさそうに、乳房をエクスターシャの手に委ねている。
「あ、はああ……んん」
ただの気持ち良さではなく、性的な官能の響きが混じっていた。それでも、エクスターシャに身を委ねきっている。日常的な快感と性的な官能の区別がついていないのではなかろうか。
エクスターシャは乳を搾り終えると、みずからも襯衣を脱ぎ胸当も取り去って、上半身裸になった。クリシナットの乳房を軽く愛撫しながら、襯衣を脱がす。
抱き合って、乳首と乳首を擦れ合わせた。男女だったら、こういうことはしない。だから、これは姦淫とは結びつかない女同士の戯れだ。などと説得はしないけれど。クリシナットも行為を素直に受け容れ――ぴくんぴくんと背筋を震わせて、官能の高まりを表出している。
軽く乳首を擦れ合わせる。あるいは、エクスターシャのささやかな乳房で、クリシナットの豊満な乳房を押し潰す。両者の柔らかさと変形の度合いからすると、そういう表現になる。
クリシナットの吐息が甘く蕩けてくると。エクスターシャは戯れを中断して裳裾を脱いだ。さらに下穿きも脱ぐと、素裸を飾る黄金の貞操帯。
「まあ……」
後宮の中庭で百人からの女の見世物にされながら、エクスターシャが女を封じられた場には、寵姫はひとりも立ち会っていなかった。クリシナットが貞操帯を目にするのは、これが初めてだろう。それとも。エクスターシャが身に着けているのは初めて見たとしても、自身が外出するときには、同じような貞操帯を装着された経験はある……のだろう。クリシナットは、すぐに目を逸らした。その自然な目の動きは、羞恥とか嫌悪ではなく気遣いだと、エクスターシャは感じ取った。小さな嘆声は、タマーシャナが馬車の中で言った通り、装着する必要のない場で装着させられていることへの、違和かもしれない。
エクスターシャは、貞操帯などまったく気にしていない振りをしながら、クリシナットも素裸に剥いた。やはり、抵抗はなかった。
エクスターシャに、ふと疑問が生じる。ほんとうに、この行為が姦淫とは無関係だと、この稚い寵姫は思っているのだろうか。それとも。空閨の淋しさを埋めるために、ある程度までは戒律を破る覚悟で臨んでいるのか。
どちらにせよ、今のところはエクスターシャの思惑通りに事が運んでいる。この流れを妨げないことだけを考えよう。
昨夜と同じ手順で、まずは並んで座った体勢で指による尻穴への愛撫。口をふさいだり手を縛る必要はなかった。じゅうぶんに揉みほぐしてから、クリシナットを俯せにして、舌による愛撫と乳房への刺激。
「ああ……お姉様。わらわは……もう」
おや、とエクスターシャは思った。たしかに、エクスターシャのほうが年上だろう。しかしクリシナットは、絶対的支配者の寵姫という、この国の女たちの頂点に立っている。それなのに、エクスターシャをお姉様と(うっかり)呼んでしまう。そこに、この(子を成したとはいえ印象としては)少女の本質が透けているのではないか。エクスターシャは、三人の寵姫が仲睦まじく交わる絵図に若干の修正を加えた。
舌でほぐして潤滑も与えて。指一本を尻穴に挿れて。刺激を与えると同時に、意図して内側の汚れをこそぎ取っては、用意しておいた襤褸布で指を拭う。そのあいだにも、クリシナットの喘ぎ声は高まっていくのだが。
エクスターシャは、ついと立ち上がった。
「ああっ……まだ……」
逝っていないのにという言葉までは、羞ずかしくて口に出せない初心な少女。
エクスターシャが籠から奇妙な道具を取り出すのを、俯せの身をよじって眺めている。
エクスターシャは、麺棒の一端(を巻く紐)に、用意しておいた脂を塗った。室温でも軟らかく、じゅうぶんに潤滑の役を果たす――のは、確かめてある。
あまり無様な姿は(クリシナットが気後れするだろうから)見せたくないけれど、これから何をするかは理解して、出来れば納得して、欲張れば期待してもらいたい。
エクスターシャは後ろ向きになって、しゃがんだ。麺棒を床に立てて片手で支え、そこへ向けて腰を落としていく。
「まあ……?!」
指でくじられるのは二度目でも、そこに男根と同じ大きさの『物』を挿れるなど、考えつきもしなかったのだろう。クリシナットは興味津々の目つき。しかし、そこに羞恥の感情はない――と、見られているエクスターシャには分かる。
うろたえ騒がれるよりは良い。
「はあああああ」
お手本を見せるという意識から、ことさらに大きく長く息を吐いて全身を弛緩させて。麺棒の丸くした先端が尻穴にぴったりの位置で突き当たると、一気に膝の力を抜いた。
めりめりと肉を引き裂く勢いで、麺棒が押し入ってくる。雁首の代わりにと、彫った筋に巻いた紐が、穴の縁を掻き毟って、鋭い(けれど軽い)痛みと、それに十倍する快感と。
「はあああ……んんん」
クリシナットを意識しての喘ぎだったが、演技ではない。男に突っ込まれて手放しの快感を得られるのは、この穴だけだった。口は、自分で唇に触れても何も感じないし、男根を咥えさせられると、如何にも凌辱されている、欲情処理に使われているという惨めさが――それはそれで、胸がきゅんっと締め付けられるような感情も嫌いではないけれど、心の問題であって、肉体的な快感はない。
つまりは、エクスターシャはまだ悦辱のきざはしに足を掛けているだけで、本格的な、あるいは牝としての法悦境である悦虐からは遠いのだが、もちろん当人には分からないことだ。まして――この頃、アクメリン・リョナルデは過酷な拷問のさなかに絶頂を覚えるようになっていたなど、知る由もない。先を急ぎすぎた。アクメリンの物語は後編を待とう。
話を戻す。エクスターシャが、他のこなれた女のように本来の部分で、乱れ悶えるほどの快感に達さないのは、妊娠への不安があるからだと自覚している。イレッテが不妊の方策を施してはくれたけれど、それが迷信に基づくものでないという証拠はない。銀の匙を咥えて生まれる赤ん坊だっているのだから、小さな銅貨にどれほどの御利益があるか、知れたものではない。
それが証拠に……今も女穴に埋め込まれ施錠されている貞操帯の留め金具は、妊娠の心配など皆無だから、全く動かないというのに、今にも引き裂かれそうな痛みよりも、それだけ圧迫される快感のほうが強い。もしも封印されていなければ、この麺棒を挿入するだけでなく抽挿もして、大きな快楽を得られるものか試していただろう。
しかし、麺棒は尻穴でしか試せなかった。その結果は。少なくともエクスターシャにとっては、これしきの太さでは苦痛もなく、それだけ快感も淡かったけれど。クリシナットには、生まれて初めての……苦痛よりも快楽が勝ってくれればいいのだけど。
麺棒の真ん中に取り付けた木蓋が尻につかえて、物足りない深さで麺棒が止まった。エクスターシャには物足りなくても、クリシナットにはじゅうぶんに過ぎるだろう。
尻から硬く短い尻尾を生やした珍妙な姿でクリシナットに近づいて。手を引いて床に誘なった。言葉を添えようとすると「よつんばい」とか「いぬのように」など、相手に惨めさを感じさせてしまうので、無言で身体に触れて――長椅子上体を乗せて膝を突き、尻を突き出した格好にさせる。
そうしておいて。後ろ向きになって四つん這いでクリシナットに近づく。脚を開いて、クリシナットの両脚を間に挟む。さらに後ずさると麺棒が尻に突き当たる。エクスターシャは指先でクリシナットの尻穴を探り当て、そこに麺棒の先を導いた。
「ゆっくりと、いきをすって、はいて、くりかえしてください。すこしだけいたいですが、がまんしてください。きもちよくなります」
クリシナットが深呼吸を始めると、吐き出す瞬間に合わせて尻を突き出した。ぐうっと、柔らかな反発。仕切にしている小壺の木蓋が尻を押し返す。クリシナットは前へ逃れようとしてもがくが、長椅子の背凭れに突き当たって、動けない。
エクスターシャが麺棒の先を握ってわずかにこねくりながら、さらに尻を突き出す。ぐぼっと嵌まり込む感触が、エクスターシャの尻穴に伝わった。
「きゃあっ……」
クリシナットは悲鳴を上げかけて、みずから手を口に当てた。
「痛い……」
居室の外まで声が漏れるのを恐れて、囁くように訴える。
「いれおわったから、いたみは、ちいさくなったでしょう?」
クリシナットは無言。消極的な肯定と、エクスターシャは都合良く解釈する。とはいえ、いきなり抽挿するのは逆効果と考えて。
「こんどは、できるだけ、おしりにちからをいれてください」
ぴくんと麺棒が跳ね(ようとし)て、クリシナットがエクスターシャの言葉に従ったのが伝わった。
エクスターシャは逆に尻穴をできるだけ(物足りない思いに締め付けそうになるのを堪えて)くつろげる。そして、膝を使って身体を前後に揺すった。麺棒はクリシナットに固定されて、エクスターシャの尻穴を深く浅く抉り始めた。
「ああっ……あんんんん」
雁首に相当する溝と紐を、実物より奥に設けたのが良かった。紐が穴の縁を擦るまで尻を引いても、抜け落ちる懸念がない。紐の部分が出入するたびに、毛羽が縁を刺激する。わずかな拡張感が、物足りなさを埋めてくれる。
「あん、あん、あん……いい。逝っちゃいそう」
これまでと同様、演技ではなく誇張だ。
しばらくは、小腹を満たす間食くらいに味わってから。
「こんどは、おしりのちからを、ぬいてください」
男根がわずかに萎えたような感触が、エクスターシャに伝わった。そうしたときにしていたのと同じに。エクスターシャは尻穴をうんとすぼめた。麺棒が膨らんだような錯覚。
尻を前後に揺すっても、麺棒は中で動かない。つまり、クリシナットの中で動いている。
「ああっ……いたい。やめて……」
訴える声の中に、微かな甘美が混じっている。
エクスターシャは麺棒に指をあてがって、尻穴に感じるわずかな引っ掛かりが、まさに紐が出入りする瞬間だと確かめてから。そこを狙って、小刻みに尻を振った。
「あっ……?! あっ……あっ、あっ、あっ……」
クリシナットの喘ぎ声から苦痛の色が薄れて、知り初めた官能が濃くなっていく。
これは……?
目論んでいた通りに事が運んでいるとはいえ、あまりに順調だった。女穴より尻穴が感じる稀有な女として、海賊の間では名を馳せた(?)エクスターシャでも、はっきりとした快感を得たのは、数度の陵辱を経た後だった(と、本人は思っている)。
クリシナットには、自分よりも素質があったのか。
盲目になった者は聴覚が常人より鋭くなる。女として最大の快楽を得られる器官を切除されたクリシナットにも、それと同じような代償作用が生じているとは、エクスターシャの知識と経験では理解できない。しかし、理解できなくても、クリシナットを絶頂へ導くことはできる。
エクスターシャは、自分がどうされたときに感じたかを思い返して、男の動きを現在の体勢に置き換えて――頭は混乱しても、身体は本能に従って動いた。膝を伸ばし気味にして尻を突き上げ、そのまま木蓋に押し返されるまで後ずさった。腸の内側を背中に向かって押されて、内蔵を抉られる感触はエクスターシャの快感とつながらないけれど。クリシナットは女穴の裏側を圧迫されて、そこには快感の塊がひそんでいるはず。
「だめえええっ……なに、これ?!」
はたして。クリシナットの声が稚く裏返った。
正鵠を射たと――エクスターシャの動きが、男の荒腰さながらに激しくなった。こんなに乱暴に突かれては自分でさえも辟易するだろうとは、思い至らない。
しかしさいわいなことに、クリシナットにはエクスターシャを上回る素質があったのだろう。苦痛と恥辱の中に愉悦を見出だしていく。
「あああっ、だめえ! 身体が……消えちゃう! はじけちゃう……!」
外に嬌声が漏れるのも忘れて、クリシナットは絶叫しながら官能の頂きに達した。そのまま、ぐったりと虚空を漂う。
エクスターシャは、男にそんなふうに扱ってほしいと思いながら、ついに今までそうしてもらえなかったことを、クリシナットにしてやった。麺棒はクリシナットから抜去しただけで自分のことは放置して、突っ伏しているクリシナットの背中におおいかぶさって、肩を愛撫して髪を指で梳いてやる。必ずしも姦淫とは結び付かないけれど、ほんのりと官能を掻き立てられる部分への愛撫は、宙たかく砕け散った魂を優しく地上へ降ろしてやる大切な儀式だ。女であれば、誰に教わらずともされずとも、本能的に知っている。
そうやって、エクスターシャは。二度目の総攻撃で絶対君主の第三寵姫を陥落させたのだった。
次は第一寵姫、サナンドオの番だった。セセインが寵姫の不和をあけすけに語ったとき、ハイビシャナがまったく表情を動かさなかったのに比べて、彼女のほうには攻略の取っ掛かりがありそうに思えたからだった。そしてエクスターシャは、ほんの数分のお目通りではあったが、サナンドオはクリシナットとは正反対の性格であるように感じている。
後宮の誰に尋ねても、第一寵姫の内面を窺わせるような打ち明け話はしてくれない。タマーシャナでさえ。となれば、己れの直感に従って――当たって砕けるしかない。砕け散る結末にならぬことを祈りながら。
エクスターシャがサナンドオの居室を訪れたのは、クリシナットを落とした翌日。アクメリンが査問団に連れ去られてから十九日目の夜だった。クリシナットとは違って、侍女が二人も付いていた。人払いを願っても。
「この者たちは、わらわの腹心じゃ。口性無(くちさがな)い雀とは心構えが違う」
その上で。
「なにゆえに、わらわを訪(おとの)うたえ? 口上を聞こうか」
詰問口調に、エクスターシャは逡巡した。心積もりが、ことごとく外れている。しかし。言ってみれば、軍勢は城門に攻め寄せている。兵を引くに引けない。
「はい。クリシナットさまにうかがいましたところ、さんにんのもとに、わがきみは……」
「セセイン陛下は、そなたの夫(つま)ではない。言葉に気を付けよ」
揚げ足取りもいいところだが、異教徒の穢れた女が、寵姫に逆らえるはずもない。
「ごめんなさい。このくにのことばに、なれていません」
やはり、兵を引くしかない。全滅しては再起できない。もしも、これが戦争なら、エクスターシャは判断の遅滞を糾弾されて、処刑されていただろう。しかし、女同士の戦いでは、長っ尻が幸運の女神の後ろ髪を掴むことだってある。
「それで……何を持参したのじゃ?」
「は、はい……」
サナンドオが指摘した通り、エクスターシャは昨晩と同じ籠を提げていた。下着に至るまで貸し与えられているエクスターシャに、寵姫に献上できる品などない。昨夜の小道具に加えて擂粉木も一本。その上に布を掛けているに過ぎない。まさか、寵姫ともあろう高貴な女性が、物欲しげに籠の中身を尋ねるとは、これもエクスターシャの予想外だった。所詮は小娘の浅知恵と無鉄砲。
エクスターシャが返答に窮していると。サナンドオが、アルイェットの寄宿舎で男どもを手玉に取っている女さながらに、パチンと指を鳴らした。
侍女のひとりが優雅な身ごなしで、しかし素早く近づいて来て、エクスターシャが慌てるより先に籠を取り上げてしまった。
「ほほほほほ。これかえ? クリシナットを鳴かせた道具は」
麺棒の真ん中に巻かれた紐の端を摘まんで持ち上げ、サナンドオが意地悪く尋ねる。
「昨夜は、この紐を使わなかったようじゃな。何のための紐じゃ?」
この場で使って見せろと――行なうはたやすいが、屈辱きわまりない行為を命じる。おそらく、使い方は分かっているのだろう。蛇のような冷たい眼差しを向けながら、唇は嘲笑に歪んでいる。
「ごめんなさい。よるおそくに、おとれずましたとこを、おわびもうすあげまし」
エクスターシャはしどろもどろに、この場から逃げ去ろうとしたが、侍女に二人掛りで取り押さえられてしまった。
「断わりもなしに退散しようとは、不届きなやつじゃな。女の園と思うて侮るでないぞ。女の衛兵もおれば、この二人のように武芸者もおる」
衛兵の姿は、折りにつけ見掛けている。外へ通じる門の向こう側は普通に男の兵士が護り、こちら側には低い身分の服装だが腰に短剣を帯びた女が立っている。そして、考えてみれば。この国でもっとも高い身分の女性の身近に警護があるのは当然だった。
「もう一度だけ、尋ねるぞよ。この棒に結んである紐は、どのように使うのじゃ。教えてくれぬとあらば、勝手にあれこれ試してみるまで。その後は、金の腰飾りだけで暮らす破目になるぞえ」
侍女のひとりがエクスターシャから離れて、鋏を持って来た。もうひとりの侍女も手を離したが、エクスターシャは身動きできない。
「おおせのとおりに、します」
サナンドオの命令に従うしかなかった。クリシナットを手玉に取ったエクスターシャだが、彼女が生まれた頃にはすでに人と成っていた女を相手では、ひと月やそこらの付け焼刃は無論のこと、若さ故の無謀すらも通じなかった。
紐の使い方を示すだけなら下を脱ぐだけで良いのに、エクスターシャは潔く全裸になった。そのほうがサナンドオを満足させるだろうという、したたかな計算も無くはなかったが、あるいは――人前で素裸を晒すという行為に、昏い愉悦が心の底に芽生えていたのかもしれない。
エクスターシャは侍女から麺棒を受け取ると。
「はしたないまねを、おゆるしください」
この場合は背中を向けるほうが、まだしも無礼の度合が小さいだろうかと迷いながらも、正面を向けてしゃがんで――床に立てた麺棒の上に尻を落とした。
「きひいいっ……」
まったく潤滑をしていなかったと思い出したときには、木蓋が尻に突き当たっていた。それくらいには、度重なる経験で尻穴はこなれていた。
床に垂れている紐の二本を、エクスターシャは腰に巻いて前で結んだ。残りの二本は一本ずつを股の付け根をひと巻きしてから、腰の紐と合わせて結んだ。抜けたり刺さり過ぎを防ぐつもりで付けたのだが、木蓋があればそれ以上は深く挿入(はい)らないし、紐はかえって抽挿の妨げになる。強いて効能を見出だすとすれば、立って歩けることくらいか。
「ほほほ。なんと他愛のない」
はっきりと嘲りの笑いだった。
「このような子供騙しで善がるクリシナットも、子供じゃな。まあ、封鎖割礼が残っている地の出身であれば、処女に許された遊びすら知らずに育ったのであろうな」
話の流れからすれば、『処女に許された遊び』とは尻穴のことだろうと推測できるのだが、エクスターシャは気づかなかった。しかし。すぐに、思い知ることになった。
サナンドオが、握った右手から親指と人差し指を立てた。
侍女が隣の部屋から、大きな宝石箱(と見紛うほどに華美な)を捧げ持って来た。箱を開けると中には――木の枝が転がっていた。良く見ると、大雑把な細工が施されている。L字形に曲がっていて、太さも長さも男根そのもの。先端は丸く削られ、雁首まで刻まれている。一見して木の枝と分かるくらいに樹皮が残されているが、磨かれたように滑らかだった。木肌の部分は先端ほど色が濃い。使い込まれている――と、エクスターシャは正しく見て取った。
「支度をしてくる。帰ってはならぬぞ」
サナンドオは侍女を従えて隣の部屋へ消えた。あらためて引かれた分厚い帷幕が、気配を遮る。
サナンドオの言い付けを無視して、逃げ出すことは出来ただろう。逃げ帰れば、二度目はない。これが試しだとは、エクスターシャも気づいている。けれど。猛獣から逃げれば、噛みつかれない代わりに(肉に)噛みつけない。食うか食われるか。アクメリンと共に生きるか死ぬか。
麺棒を挿れたままなので座ることもできず、ひたすらに佇立してサナンドオを待つ。帷幕が開かれるまでに、せいぜい十分とはかからなかっただろうが、エクスターシャには三十分くらいに感じられた。
「まあ……」
驚きの声を漏らしたほどに、サナンドオの装いが変わっていた。乳房の半ばを包むのがやっとの、細い胸当と、下穿きを着けていないのが一目瞭然の、腰ではなく尻の膨らみに引っ掛かっている紗袴。西方社会の人間が東方の後宮と聞いて想起する女性の姿そのものだった。いや、ひとつだけ大きく異なっている部分があった。股間である。そこには、先程の木の枝が勃起した男根さながらに生えていた。正確には――本物よりも下から生えていて、その上に淫裂が見えている。尻穴に挿入しているのだ。
「剪定した中からこれを探すのに三日、戒律に触れぬ範囲で形を造らせるのに金貨一枚を使ったわえ。厨房の有り合わせで間に合わせようとは、片腹痛い」
エクスターシャの肩を強く押さえ付けて、跪かせるのではなく、床に仰臥させた。
麺棒に尻穴をこじられて、引き攣れる痛みが奔った――のを、エクスターシャは顔に出さないように努めた。
「脚を引き付けて、己れで抱えておれ」
いっそう羞ずかしい姿になるが、尻が浮くので楽になった。
この形は、忘れもしない――処女を奪われた直後に尻穴まで犯されたときの形だった。
エクスターシャの腰に巻かれた紐をサナンドオがほどく。
やはり、そのつもりなのかと、エクスターシャは――自身のことは棚に上げて、歳降った寵姫の淫乱に呆れる。だけで、今さらに恐怖はない。肉棒よりも硬い木の枝に肉のときめきさえ感じる。
とにかくも。思い描いていた構図とはまるきり違うけれど、サナンドオの無聊を慰め肉の繋がりを持つというところまでは目論見の通りになりそうだ。それで懐柔できるかは、かなり悲観的だけれど。
いや、楽観の要素もあるかもしれない。サナンドオは麺棒を一気に引き抜かず――しつこく抜き差ししたりこねくったり、エクスターシャの反応をうかがっている気配。
エクスターシャは、我慢も誇張もしないと決めた。天宮ひと巡り分よりも多く経験を積んだ女には、見破られて機嫌を損ねるだけだ。
しかし、演技するまでもなく。サナンドオは巧みだった。エクスターシャの見様見真似の『男役』どころか、本物の男よりも。サナンドオは女であるから、自身が感じる部分をがそのままエクスターシャの急所となる。麺棒が細いのも、無理をせずともいろんな角度から責められるという長所になる。
たちまちにエクスターシャは官能を燃え上がらせて、本来の目的を――さすがに、忘れたりはしなかったのだが。
「ああっ……もっと、もっと太いのを。お姉さまの、その……」
不意にサナンドオが身を引いた。自分の脚を抱えていたエクスターシャの手を強く払う。
「え……?」
さらに足首を引っ張って横へ投げ出させてから。
ばしん!
二の腕まで使って頬をひっぱたいた。
一瞬にして、エクスターシャは淡い夢心地から引き戻された。
「そのように呼ぶことを、許した覚えはない」
しまったと、思った。クリシナットを思い出して真似をしてみたのだが、サナンドオの矜持はエクスターシャよりよほど高かったのだ。
「この痴れ者めが」
ばしん、ばしんと、両手を使ってエクスターシャの頬をひっぱたいて。馬乗りになって、乳首をつねり上げた。
「いたい……ごめんなさい。ごぶれいを、おゆるしください」
「許さぬ」
生まれて初めて海賊に叩かれたとき以上の衝撃を、エクスターシャは受けた。淫らな要求を拒んだときには、強烈な『躾』を受けた。乳房を握り潰されたり、今のように乳首に爪を立てられたり、もっと敏感な突起まで虐められた。けれど抵抗をやめれば、素直に口(でも股でも)を開けば、許してもらえた。
我を殺して謝って、それでも許してもらえないのなら、どうすれば良いのだろうか。
「そなたのような蛮人には、言うて聞かせても無駄じゃ。穢れた豚には、身体に教え込んでやる」
そんなふうに罵られるのは、たいした屈辱ではない。異なる神を信じている東方の人間は、その戒律に従って、豚を穢れた存在と考えている。彼らにしてみれば、豚肉を平気で(喜んで)食べる西方の人間は救いようのない野蛮人ということになる。
そんなことよりも。「身体に教え込む」ということばに、怯えながらも期待してしまう。男たちがこの台詞を吐くときは、必ず性的な(それほど残虐でもない)折檻が後に続いた。そういう意味では、エクスターシャの目論見から逸脱していない。快楽は諦めて苦痛を甘受しなければならないとしても。
「縄を持て」
奥のへやから、侍女が注文の品を捧げ持ってくる。こちらは、さっき見たと同じ侍女のお仕着せ。
「クリシナットを襯衣で縛ったとか。まったく不調法よのう」
人を縛る縄を居室に用意しているほうが、おかしい。などと反論すれば、猿轡まで持ち出されかねない。
男根そっくりの枝といい、この縄といい――サナンドオ様は、側仕えの女を甚振って孤閨を慰めているのだろうか。そう考えたエクスターシャは、すでにサナンドオに支配されつつあった。内心でも『様』を付けている。しかも、非はセセインにあるとばかりに、孤閨と決めつけている。
だから、俯せにされ背中を膝頭で押さえられ、両腕を背中にねじ上げられても、一切逆らわなかった。相手のほうが頭ひとつ分長身とはいえ、縛られるのを拒もうと思えば、どうにでも抵抗はできたのに。もっとも、サナンドオから逃れても、武芸者の侍女に取り押さえられるだけだが。
「ふむ……きちんと躾をしてやるとなるとのう。ハイビシャナも呼ばずばなるまいの」
不倶戴天の敵の名を、むしろ親しそうにつぶやくサナンドオ。
「ここへお呼びせい。閨の正装でお待ちしておりますと、な」
侍女のひとりが黙って膝を折り、そそくさと出て行った。
「これは、どういうことなのでしょうか?」
「どう、とは?」
「あなたさまと、にばんめのおきさきさまとは、なかがわるかったはずです。なぜ、おまねきになるのでしょうか?」
自分がこれから何をされるかを心配している場合ではない。この二人が不仲ではないとしたら――問題は最初から解決しているではないか。
「そなた、我が夫(つま)の言葉を真に受けておったのか」
「はい。このくにで、もっともいだいなかたのおことばをうたがうなど、できません」
お世辞もなかなかじゃなと、嘲笑するサナンドオ。
「たしかに、わらわとあやつとは、時として取っ組み合いもする。つまり、深い仲違いではないという証しではないか」
言われて、はっとするエクスターシャ。
姉姫の自分に対する態度に思い当たった。淫奔な女の血を引く娘。同じ父を持つとはいえ、まったくの他人。蔑みの目で見られることはあっても、叩かれたりしたことはなかった。まったくの無視。心底嫌い抜いている相手には、そうするだろう。///1st
========================================
最後の『///1st』は、ここまで(書きながら)最初の校訂をしたという意味。目次ジャンプとかENDまでジャンプが使えないスマホ用無料Wordでも、検索で飛べます。のは、まあTipsかいな。
にしても。
2万4千文字。原稿用紙展開だと、だいたい1枚330文字です(実績値)ので、72枚。
9万8千文字書いてきて、ここまで8章のうちの1章(しかも進行中)が、全体の1/4。アンバランスですな。
長さもMonkeyThings, But……(猿事、乍ら)
実は、とんでもないシノプシス変更の真っ最中。ていうか、プロット段階で、このあたりのシーケンスを決めてなかった報いです。
プロットでは……
========================================
試練の四:後宮鎮静
非処女を後宮に入れる→男でも女でもない(宦官に同じ)形に。錠前付き内部拡張ディルド。
第三寵姫は、女子割礼でクリトリス欠損。アナル性感。
試練の三と同じ理屈。
スター結線(?)はSEXでない。擂粉木はペニスでも偶像でもない。
サナ、シャビの順に攻略。3P後に、総掛かりでレネを調教。
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これだけでした。
プロットを忘れて(?)いきなりレネムズコエを攻略したのが逸脱の原因かしら。
あ、登場人物の名前は『名は体を表わす』方針で、いろいろ変えました。
レネムズコエ→クリシナット(クリット無し)
エクスターシャ・コイタンス→エクスターシャ・コモニレル(肛門に入れる)
オルガ・スムーザンヌ→アクメリン・リョナルデ(リョナで)
さらに、さらに。プロットでは想定していなかったタマーシャナが登場しました。最初は名前もない、「侍女よりも低い身分の」「エクスターシャの面倒を見る」娘でしたが。どんどんどんどん役目を押し付けているうちに、重要キャラに成長しました。
実は、男色王子の愛人なのです。男の娘なのです。こやつを後宮に入れておけば、王子も足繁く通ううちに、女にも興味を示すのではないかと。それゆえか、王子が愛人の「少年→青年」を厭ってなのか。ともかく、タマーナシヤなのです。で、縫合手術なのか施錠ピアスなのか、半永久タックです。あやふやな設定部分は、書きながら決めます。
とにかく。エクスターシャがサド女と高ビー女の二人掛りで責められるシーケンスは書いているうちに出てきたというか、展開にあぐねて、筆者の勃つパターンに持ち込んだというか。
しかもしかも。最後でサナンドオが言う通り、二人の間は険悪ではないのです。
あ。この世界というか、メスマン首長国では、代替わりに伴う兄弟殺しは起きない設定です。
ので。実は、サナンドオもハイビシャナも太后になどなりたがってないのです。太后様ともなれば、ハレムで下女をビシバシも顰蹙ですし、再婚もできませんものね。
「しょせん、タマーシャナも男じゃのう。権力からしかものを見ておらぬわ」とか、サナンドオに言わせる予定です。
となると。
母親が寵姫でなければ、その息子が父の後を襲うことは、まず不可能だ。太子とそれ以外の息子とでは、雲泥の差がある。片や一国の君主と、その御母堂。片や臣下に降って要職に就くことも禁じられた年金生活者と、生涯の寡婦。
今のところは、首長の歳の離れた従弟が太子ということになっているが、実子がそれなりの年齢に達すれば、継承権は移るだろう。長子相続とは限らない。父親である首長の専権とはいえ、息子の資質もさることながら、母親の実家や後宮での勢力も無視はできない。
必死に考えたコジツケはなんだったんだと。
「つまりは、クリシナットをどちらが躾けるか可愛がるかという、その争いじゃ」
エクスターシャもタマーシャナもササインも、さらには筆者も、ケチョンケチョンにされちゃいます。
まあ。そこで。
「それなら、いま、おふたりがわたしにされているように、ふたりでクリシナットさまをちょうきょうすればよろしいのでは?」
と、強引にプロットに準拠させます。
今回は、筆者の手の内を明かすというか、創作講座というか。
「なんだ、こいつも右往左往してんのか」と、同病相哀れんでくださるも良し。
「こんなE加減で小説が書けるのか」と、一念勃起してくださるも良し。
本日はシフトOFF。天気そこそこにして風穏やかなり。
作りためた、本格競技用紙飛行機プロトタイプ各種を飛ばしまくってきます。明日もOFFで、水曜はさいわいに飛行場が閉園ですので、この章を締めくくって、次章突入予定。
ま、2月上旬には前編がTake a Kickです。ケリがつくでしょう。
あ、本人の名誉のために言っときますけど。紙飛行機の大規模な全国大会には二度(一度は地元開催)しか出場経験がありませんが、それは東京だの九州だの北海道まで遠征する(金はともかく)気力が無かったのです。息子も娘も予選突破できなかったし。筆者自身は、各地で行なわれる予選では1位も何度か。最後は、息子が予選通過したので、ジュニア部門最後の年だったので、東京まで遠征しました。
とはいえ、まあ。筆者が専攻(?)している自由機体(=市販キットでなくオリジナル設計)のゴムカタパルト部門で、トップエースは40m上昇50秒滞空@dead airくらいに対して、筆者は30m上昇35秒滞空と、準B級くらいですかしら。
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