Progress Report 4:生贄王女と簒奪侍女

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 さて。『檻の中の野生児』を仕上げて、ノクターンノベルス連載も1話進めて、『女神様と王女様といとこの(下)僕』の5月発売準備も終わって、本作の前編も発売されて。
 いよいよ、後編です。実際は3月末から書いていますけど。


 前編で、エクスターシャ王女がアレコレされて、海のもずくにならずに帰りついて……のあたり、後編のヒロインはぼけら~と時を過ごしていたのです。そして。

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  拷虐の一:磔架輓曳

十字架引き回し  退屈な日々が過ぎていった。あれ以来、エクスターシャは二度と訪れなかったが、提督は週に一度くらいは来て、三人の侍女の動静を――きわめて婉曲的に教えてくれた。
 エクスターシャは、最初の宴の夜にひと悶着を起こしたけれど、すぐに男たちと『仲直り』をして、二度と騒ぎを起こすことはなかった。指輪も、提督を通じて返してくれている。もはや不要と思ったのだろう。イレッテとミァーナは、積極的に男たちと『親睦』を深め、身代金が払われようともアルイェットに定住するつもりになりかけている。提督とても、船を襲い財宝を奪い王女たちを誘拐した海賊の仲間どころか頭目なのだから、不都合なことは言わないだろうとは、アクメリンにも分かっている。経済的な困窮の意味も多少は知り、庶民の事情もいくらかは見聞し、三年だけでも年上であれば、エクスターシャよりはよほど、物事の裏を見抜くこともできると己惚れているアクメリンだが、この先に大きな陥穽は無いと楽観していた。
 肝心の解放については。正使のクレジワルド伯爵はメスマンへ向けて解き放ち、副使のヤックナン男爵はフィションクへ向かわせたと、提督から聞いた。フィションクから身代金が届くとしても、それにはまだ日数を要するだろう。即座に身代金を用立てて最短経路を辿れるなら、往復でせいぜい二週間だが、リャンクシーとタンコシタンの勢力圏を迂回すると、ひと月は要する。身代金の額によっては、大急ぎで綸旨税を徴収する必要もあるだろう。一方、メスマンの首都であるアリエザラムまでは、アルイェットから海路で三日と陸路を二日。たとえ王女と侍女を合わせて四人分の金塊でも、メスマンにとってはたわわな林檎の木から一つ二つをもぎ取るくらいの負担ではなかろうか。それがまだ届かない。所詮はメスマンにとって、王女はいささか珍しい奴隷としか見られていないということだろうか。
 ――捕らわれて三週間も過ぎた頃。
フィションクからでもメスマンからでもない、迎えの一団がアルイェットを訪れた。襲ったというべきであろうか。
「フィションク準王国の第二王女、エクスターシャ・コモニレル。フィションク国王の背教容疑について問い質したき事あるによって、証人としてデチカンへの出頭を命じる」
 きらびやかな法服を纏った痩せぎすの男は、みずからを枢機卿キャゴッテ・ゼメキンスと名乗った上で、そのように告げた。背後には部下とおぼしき二人の修道僧、さらに後ろには十人の護衛兵。それだけでも物々し過ぎるのに、枢機卿の隣には、提督に次ぐアルイェットの顔役ともいうべき熊男――パイオーツ号船長のヒゲン・モテワッコまでが、長剣こそ帯びていないが、きちんと襯衣を着た上に、洋上で見たときと同じ外套を羽織って、苦虫を噛み潰して呑み込んだような顔で並んでいる。
 迂闊だったと、アクメリンはほぞを噛んだ。海賊にまで同盟の秘密が漏れているのであれば、西方社会の隅々にまで教会を配している教皇庁の耳に届かぬはずもなかろう。さっさとメスマンへ入っていればともかく、東西の接点ともいうべき港町で二十日の余も足止めされていれば、デチカンの追求が及ばないはずもないのだった。
 どのように処すべきかと、アクメリンは焦燥と不安の中で考えを巡らす。
 おとなしく連行されるか。
 自分はエクスターシャではなく侍女のアクメリンだと暴露するか。しかし、そうすると。エクスターシャは連れ去られ、身代金を持参した迎えの使者は、あわてて一行を追うだろう。そのとき、端女(はしため)ごときは足手まといになるだけ。仮にエクスターシャを奪い返して、改めてメスマンへ送り届けるためにアルイェットに引き返して来るとしても。それには日数が掛かる。
 その間、侍女に過ぎないアクメリンを、海賊どもは放っておかないに決まっている。いや、自分たちを謀った小娘は存分に懲らしめてやれ、となるのではなかろうか。他の三人と違って、海賊たちの気性を文字通り肌身には感じていないアクメリンには、神の使徒よりは荒くれ男どものほうが、よほど怖かった。
 それに。枢機卿は「証人として」と明言した。糾弾されるのはフィションク準王国、ひいては国王である。王女は、国王の背教に巻き込まれた犠牲者――とは、アクメリンの身勝手な理屈に過ぎないのだが。
 この場で騒ぎを起こすよりは、自分がエクスターシャとして連行されるのが良いだろうと、アクメリンは決断した。エクスターシャ姫は、幼馴染でもある私を、決して見捨てないだろう。提督と談判して、私を取り戻す手を打ってくれるのではなかろうか。そのためにも、ここは穏便に事を運んだほうが良策というものだろう。
 アクメリンの理屈は、すべての物事が自分に都合良く運ぶだろうという希望に基づいていたし、それにしても、あちこちに論理の破綻があるのだが――決断を先延ばしにしたいという優柔不断の典型ではあった。アクメリンにしてみれば、王女とすり替わった、その一大決心が人生のすべてを賭けた決断であり、続けざまの二度目など彼女の器量をはるかに超えていたのも確かではあった。
 アクメリンは、身の回りの品々をまとめるわずかな時間を猶予されて後、枢機卿とともに迎えの馬車に乗り込んだ。
 こうして――異教徒への生贄にされた王女とその地位を簒奪した侍女の、淫虐と拷虐への門が開かれ、犠牲者がくぐった後は、後戻り叶わぬよう、固く閉ざされたのだった。

 アクメリンが馬車に乗っていられたのは一時間にも満たなかった。港町アルイェットのある半島と大陸とをつなぐ細い道を通り過ぎ、関門を固める守備隊も林の向こうに隠れた草原で、三台の馬車と二十騎の護衛兵が停止――する前に、アクメリンは馬車から蹴り落とされた。
「いつまで姫君を気取っておる。ここな背教者めが。売女にふさわしい姿にしてくれるわ」
 草原に倒れ伏して、あまりの豹変に怯えるしか知らないアクメリンを、後ろの馬車から降りた二人の修道僧が引き起こし、羽交い締めにして衣服を脱がせに掛かる。
 もしも彼女が真正のエクスターシャ王女であったなら。お坊様も所詮は男なのね――と、衣服を破られないようにみずからも身体を動かして協力するか、いっそ手を振り払って衣服を脱ぎ捨てたか。それとも、海賊に捕らわれる前の姫君であったなら、たとえ羽交い締めにされていようとも、眼前の無礼者に平手打ちくらいは与えていただろう。
 しかしアクメリンは、いたずらに身をもがくばかりで、かえって男の狂暴を引き出してしまい――下着に至るまで頭陀襤褸に引き裂かれた。さらには、靴も靴下も奪われて、文字通り一糸纏わぬすがたにされてしまった。女の徴(しるし)を見て三年に満たぬエクスターシャに比べれば無花果と桃ほどにも違うたわわな乳房も、真夏の草原の夕暮れにも似た濃密な亜麻色の叢も、すべてが白日の下に曝される。
 二人の修道僧はアクメリンの裸身を弄んだりはせずに放り出して、馬車の屋根から材木を降ろし、縄で縛り合わせ鎹を打ちつけ、人の背丈の五割増しほどの大きな十字架を組み上げた。両手で胸を隠してうずくまっているアクメリンの背中に十字架を載せ、両手を引き広げて横木に縛りつけた。さらに、胸と腰を縦木に縛りつける。ことに胸は――乳房の上下に縄を巻いて、余った縄尻で脇の下と胸の谷間を縦に縛って乳房を縊り出すという、女をいっそう辱しめ不要の苦痛を与える残虐の対象にされた。
 腰を縛った縄尻は不必要なほどに余っている。その中程を握って、ゼメキンスがアクメリンの尻を叩いた。
「立て、売女」
 その名前はエクスターシャにこそふさわしい。さっきはその微力な救いの手さえ期待していたというのに、海賊どもに従容と嬲られているエクスターシャへの蔑視は、未だアクメリンの裡にあった。
「立たぬか!」
 びしいっと、再び尻を縄で打たれた。再びではない。先ほどのは追い鞭であり、今度は懲罰の鞭だった。
「違います!」
 計算も後々の展開も考慮せず、アクメリンは訴えた。
「私はエクスターシャ王女ではありません。侍女長のアクメリン・リョナルデです。海賊の目を欺くために、入れ替わっていたのです」
 ゼメキンスは振り上げていた手をいったんは止めたが、しばらく考えた後に、渾身の力でアクメリンの裸身を鞭打った。
「きゃああっ……!」
「おまえが侍女であるなら、共犯者となろう。裁きによっては微罪で済むかも知れぬが、罪人に変わりはない。立て。立って、罪を引きずって歩け」
「共犯などと……私は、ただ、国王と父に命令されて、やむなく王女殿下に仕えていただけです」
「申し開きは取調べの場で述べよ。目的の街へ着かねば、取調べも出来ぬぞ」
 恐怖と痛みとに咽び泣きながら、十字架の重みを背負って、アクメリンは蹌踉と立ち上がった。そこへ、下から掬い上げるように、縄が乳房を打った。
「痛いいっ……!」
 ふたたびアクメリンは、がくりと膝を突いた。背中に脇腹に容赦なく縄が叩きつけられる。
「お願い……もう、叩かないでください」
 ゼメキンスは無言で縄を振るい続ける。肉を打つ湿った音が、真夏の青空へ吸い込まれていった。
 ようやくアクメリンが立ち上がったときには、白い裸身の至るところに赤く太い線条が刻まれていた。
 アクメリンが歩き始めても、縄の鞭は止まらない。しかし、その間隔は間延びして、音も格段に軽くはなった。
 ゼメキンスは罪人を追い立てながら修道僧のひとりを呼び寄せ、何事かを命じた。その修道僧は護衛兵の長に命令して――五騎の兵と共に街の方角へ走り去った。事実が侍女と称する女の申し立てる通りなら、当然に本物の王女を捕らえるためだった。
 その間もアクメリンは、縄に追われて街とは反対の方角へ、荒野の彼方に向かって歩かされている。しかし、その歩みは常人の徒歩よりもはるかに遅い。十字架の重さもあるが、その先端が地面を引きずっているせいだった。背中を起こすこともできず、前へ転びそうになるのは、引きずっている十字架の重みで釣り合いが取れている。
 護衛の兵たちも馬を降りて、若い娘が全裸の羞恥に悶えながら、縄で鞭打たれて、よたよたと十字架を引きずるのを、飽くことなく見物している。若い兵にいたっては、アクメリンと同様、前屈みになって歩いている。
 暑い真夏の日射しを浴びて、アクメリンの全身に吹き出る汗は、すぐに乾いて白い塩の粉となる。さながらキャゴットは、その塩を縄ではたき落とす仕事をしているようでもあった。
 一時間と歩かぬうちに、アクメリンは参ってしまった。
「お願いです。すこしの間でいいですから、休ませてください。この十字架を下ろさせてください」
 返答は、無言のしたたたかな縄鞭だった。
「きひいい……」
 掠れた声でか細い悲鳴を上げ――アクメリンは弱々しく足を運ぶ。王女の身の回りの世話をして、ときには王女に代わって重たい荷物(といっても、せいぜいは分厚い書籍や花を活けた花瓶だが)を運ぶとはいえ、淑女である。自身の体重の半分よりも重たい荷物を背負って素足で荒れ地を歩くなど、目も眩むような重労働だった。
 三十分ほどもすると、またもやのろい足取りさえ滞りがちになる。
「水を……せめて、水を飲ませてください」
 真夏の炎天下で肌を焼かれえながら歩けば、体内の水分は急速に失われていく。縄鞭が怖くて我慢をしていたけれど、息をしても喉に貼り付くほどになっている。
「ふむ。罪人とはいえ、いささかは慈悲を垂れてやらねばな」
 まさか叶えられるとは思っていなかっただけに、アクメリンは加虐者に感謝の念さえ抱いた。
 二人の修道僧が十字架を裏返しにして、アクメリンを仰向けに寝かせた。顔の横にゼメキンスが立った。法服の前をくつろげて、魔羅をひり出す。
(…………?!)
 乙女とはいえ、アクメリンも殿方の淫部を見たことくらいはある。しかし、立小便姿を遠目に指の間から垣間見るのとは違い、真直に見上げるそれは、男の顔をすっぽり隠してしまうほどにも巨大に、そして醜悪に見えた。
「口を開けろ。水を飲ませてやる」
 アクメリンは、逆に口を堅く閉じて顔をそむけた。この状況では、男の悪意を勘違いしようもない。
 ゼメキンスは無言で放水Fc2規制を始めた。筒を持って、正確に口元に水流が当たるようにする。
「んぷ……!」
 飛沫を避けて目も閉じる。
 じょろろろろ……耳の中にまで小便を注がれて、あわてて顔を振ればもろに唇に当たる。
 アクメリンは目も口も閉じ、息を詰めて――どうにか、小便を飲まずに済ませた。のは、一時の気休めでしかなかった。
「うまく飲めぬようだな。おまえたちも、たんと飲ませてやれ」
 おまえたちとは、ゼメキンスに付き従う修道僧と、十五人の兵士たちのことである。
 修道僧の指図で、二人の兵士がアクメリンの顔の両側に立った。これでは、どちらへ顔をそむけても、無論正面を向いても、放水Fc2規制が口元を直撃する。
「肌が破れて血を流しておる。皆で洗ってやれ」
 さらに二人の兵士がアクメリンを挟んで腰のあたりに立つ。残りの兵士どもは、アクメリンを囲む四人の後ろに並んだ。
 四人ずつがアクメリンに尿を浴びせる。十字架に向かって放水Fc2規制するとは畏れ多いと萎縮する兵もいたが。
「穢れた女を清めるのだ。汝らの放つ水は、聖水も同然なるぞ」
 屁理屈にすらなっていないが、基督者の中で教皇に次ぐ高位にある枢機卿の御言葉を疑う不信心者など居なかった。
 アクメリンはアクメリンで。重荷を背負わされ縄鞭で荒野を追い立てられながら、次第に膨らんできた疑念と恐怖とが、その言葉ではっきりと裏付けられた。それは――王女は『証人』としてデチカンへ招請されたのではない。まさしく背教者、焚刑で清められるべき重罪人として連行されているのだ。
「まだ飲まぬのか。強情者め」
 ゼメキンスがあたりを見回して。
「腹を踏めば履物が汚れる。あれを使え」
 路傍に転がっている大きな石を指差した。それだけで修道僧は意図を察して。両手で石を持ち上げて――腰の高さから、アクメリンの腹の上に落とした。
「あぐっ……」
 たまらず呻いて半開きになった口に尿が注ぎ込まれる。
「ら゙ら゙ら゙……」
 吐き出そうとした息が、うがいのような音になった。そして、幾分かは喉を通してしまった。
「げふっ……ら゙ら゙ら゙……」
 おぞましさに悶えながら、それでもわずかに渇きが癒されて……アクメリンは無意識裡に口中の水分を嚥下していた。生温かく微かにしょっぱくえぐい味だが、干天の慈雨でもあった。
 アクメリンが口を開けて小便を受け入れる様を見て、兵士たちがげらげら嗤う。
 髪までぐしょ濡れになったアクメリンを十字架の上に放置して、一行は三十分ほどの休止を取った。その間にアクメリンの裸身は天日で乾いたのだが、どうにも肌が突っ張るように感じられたのは、縄鞭に打たれた名残の疼きなのか、実際に小便の影響なのか。
 そんなことは、荒野の引き回しが再開されれば、気に留めるに値しない瑣末事だった。アクメリンの足取りは、いよいよ重くなって。これ以上は追い立てても無駄とゼメキンスは判断した――のか、デチカンまでの長い道程の初日から痛めつけ過ぎては、差し障りがあると考えたのか。赤ん坊が四つん這いで進むよりも遅く歩むアクメリンに与える縄鞭は、せいぜい十歩に一度、それもかなりに手加減していた。
 とはいえ。屋外で大勢の男に裸身を晒すことも、縄で縛られることも、あまつさえ鞭打たれて追われることも、何もかもが即座に失神しても不思議ではない恥辱であることに変わりはない。この先、自分はどうなるのかという不安さえ、漠然として形が定まらなかった。
 やがて――休止の後に二時間も歩かされた頃、小さな川に差し掛かった。橋は見当たらない。轍の跡が川の中へ消えているところを見ると、徒渉(かち)で渡るのだろう。
 一行は川の手前で止まると、荷馬車から荷物を卸して天幕を張り始めた。夕暮れには間があるというのに、野営の準備だった。
 ようやくに、アクメリンは十字架から解き放たれた。が、それは次の残虐を与える手続きに過ぎなかった。アクメリンは、縄ではなく太い鎖で後ろ手に縛られ、脚も逆海老に折り曲げられて手首につながれた。
「この娘は背教者であるから、当然に魔女の嫌疑もある。それを、この機会に確かめておく」
 魔女は水に浮くと謂われており、このように重たい鎖で縛ってさえ沈まない。自分が司祭だった頃に、この手法で魔女の正体を暴いたこともあると、ゼメキンスは得意気に説明した。
「そんときゃ、重たい鉄の箱に縛りつけたんじゃないですか、ゼメキンス猊下」
 肘から先を軽く上げて尋ねた兵士は、他の者と変わりない服装をしているが、腰に吊るした短剣には装飾を施し、手には指揮杖を握っている。
「ほお、よく分かったな――レオ・モサッド隊長」
 ふたりは名前を呼び合うことで身分を超えて、少なくとも兵の前では大っぴらに語れぬ昏い部分を認め合い、同時にモサッドはゼメキンスに一目置かせたのだ。千年より昔のアルキメデスは忘れ去られ、甲鉄船など存在しない世界では、鉄の箱が水に浮かぶなど、無学な庶民には神の奇跡か悪魔の呪いとしか思えないのだ。
 それはさておき。二人の兵士に抱え上げられ川の真ん中へ運ばれても、アクメリンは、これから水中に放り込まれるという恐怖どころではなかった。というのも。水に濡れるのを嫌って裸足になり下半身まで露出した兵士は、ことさらに逸物をアクメリンの肌に擦りつけ、肩を持ったほうの男などは顔をそむけるのを腕で阻んでおいて、亀頭を唇におしつけるなどという荒業にまで及んだ。
 アクメリンは初めて、男のその部分が巨大化するという事実を知った。その驚きとおぞましさが、心の大半を占めていた。だから、不意に宙へ放り出されて。
「きゃああっ……?!」
 ざぶんという水音の後は悲鳴が泡に変じて。無用心に息を吸い込み、鼻の奥に焼けるような痛みを感じて……狼狽して息を吐き、反動で大量の水を呑んでしまった。
 川面に浮かぶ泡の様子で溺れ死なす危険を感じたのだろう、アクメリンはすぐに引き上げられた。
「げふっ、ゔえ゙え゙……」
 水を吐き、肩も腹も波打たせて息を貪るアクメリン。
 その息が治まるのを待って、ゼメキンスが温情あふれる(?)非情を命じた。
「つぎは、息を止められるように合図をしてやれ」
「それじゃ、いくぜ。せーえのお」
 身体を大きく振られて、アクメリンが叫ぶ。
「待ってください!」
 兵士が手を止めた。
「ほんとうに、私は王女殿下ではありません。それに、王女殿下は証人だとおっしゃったではありませんか。背教者とか魔女とか、話が違います」
 事を荒立てずに王女をアルイェットから連れ出す詐術だったろうと、見当はついていた。身代金など払わずに身柄をかっさらうのだ。西方社会全体を後ろ楯に持つ教会の権威とはいえ、その場で対立すれば、守備兵と海賊と合わせて六百人に対して、わずかに二十騎。逮捕連行よりは証人喚問のほうが、無難だろう。
「そうとも。おまえが王女であろうと侍女であろうと、大切な証人だ。教皇聖下とデチカン市民の前で、フィションクの反逆を証言して、それから裁きを受けて罪を贖うのだ」
 聖職者であるわしが虚言を弄するはずもなかろうと、嗜虐をいけしゃあしゃあで上塗りするゼメキンス。
「溺れ死んで魔女でないと証明できれば、いささかは罪も軽くなろう」
 兵士に命じて、アクメリンを水中に投じさせる。
 今度はアクメリンも息を止めていたので――長く苦しむ結果になった。身体を水に浸して洗う習慣さえも、無いに等しい。顔まで水中に没するのは、それだけで恐慌をもたらす。しかも縛られていて、自分では脱せられない。いっそ息を吐き出してしまえば、さっきみたいに引き上げてもらえはしないだろうか。けれど、猊下は溺れ死ねと言われなかっただろうか。試してみるなど、とんでもない。
 などと考えを空回りさせているうちにも息が苦しくなって、見上げる水面の煌めきがすうっと暗くなっていき、頭が激しい痛みに襲われて――結局は大量の泡を吐いて水を吸い込んでしまい、意識を失って後に、おそらく断末魔の痙攣をが起きるのを待って、ぎりぎりを引き上げられたのだろう。
 背中に強い衝撃を受け手て、アクメリンは意識を取り戻した。
「あ……」
 足を投げ出して座っている自分に気づいた。もう、鎖で縛られてはいない。けれど、両腕を強く後ろへ引っ張られて……どんっと、また背中に衝撃があった。
「げふっ……うえええ」
 喉から大きなしゃっくりが飛び出して、その後に嘔吐が続いた。激しく水を吐いて、息を貪って。
 両側から腋の下に腕を入れて引きずられて、大きな樹を背中にして立たされた。手首に縄が巻かれ、樹を背中に抱く形に縛りつけられた。足を開かされて、同じように縛られる。腰にも縄が巻かれて、兵士が手を放しても立った姿のままになった。
 その頃になって、ようやくアクメリンは人心地を(かろうじて)取り戻していた。つぎは何をされるのかと怯える。赦しを乞う無意味さを、早くも悟っていた。
 兵士たちは全裸の娘を無視する態を装いながら(そうでないのは、目の動きで分かった)、夕食の準備を始めた。武具の手入れをする者もいれば、川縁へ行き上半身を裸になって汗を拭う者もいた。
(なんと淫らな……)
 たとえ人目に触れなくても神様が御覧になっている。たとえ身体の汚れを取るためであっても、裸体になることには禁忌の念がつきまとう。それを、この兵士たちは野外で大勢の目に平然と衣服を――そこまで考えて、アクメリンは、おのれがどのような姿にされているかを思い出して、あらためて羞恥に悶えた。と同時に、わずか半日で荒野の最果てまで追い立てられたのだと、思い知った。これからは、これまでの一切の常識が通用しないのだろう。
 やがて食事の仕度が調い、兵士たちがてんでに食べ始める。
 溺れ死ぬ寸前まで追い込まれて、皮肉なことに喉の渇きは去っていた。そうなると、たとえ生まれて初めての重労働で疲労困憊の極にあっても、旨そうな匂いを嗅げば空腹を意識する。物欲しげに兵士たちの食事を眺めていたつもりはなかったのだが、あるいはそうだったのかもしれない。
 ゼメキンスが、炙り肉を刺した木の枝を片手に、アクメリンの前に立った。
「明日は、もっときついぞ。たっぷり食って力を取り戻しておけ」
 炙り肉をアクメリンの口元すれすれに近づける。
 他人の手から食べ物を口に入れてもらうなど、この十年、いや十五年に渡ってなかったことである。しかも相手は近しい人どころか、彼女を虐待している張本人だ。
 アクメリンは迷って、しかし芳醇な肉と香辛料の匂いに鼻をくすぐられて、空腹には勝てなかった。食べておかなければ、ほんとうに倒れてしまうでしょうと、みずからに言い訳をしながら、口を遠慮がちに開けて肉をかじろうとする――と、ゼメキンスはついと手を引っ込めた。
 ゼメキンスは肉を大きくかじり取って、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼しながら。片手をゆっくりと伸ばして、樹に縛りつけられて身もがきもままならぬアクメリンに意図を悟らせながら、乳房をわしづかみにした。
「ん……」
 顔を近づけて、接吻をする形になる。
「……?!」
 アクメリンは顔をそむけたが。いつの間にか樹の後ろへ回り込んでいた修道僧が、顎をつかんで正面を向かせる。
「んんんっ……?!」
 アクメリンは生まれて初めての(父母や兄も含めて)唇への接吻を奪われただけでなく――不用意に薄く開けていた口の中に、咀嚼され唾にまみれた、汚物としか感じられない肉を押し込まれた。
 ゼメキンスが顔を離すと、アクメリンは直ちに汚物を吐き出した。
「この罰当たりが!」
 ばしん!
 顔が真横を向いたほどの痛烈な平手打ち。
「枢機卿である余が聖別した食べ物を吐き出すとは何事ぞ。やはり、おまえは魔女なのか。それなら、相応に扱ってくれるぞ」
 とっくに、そのように扱われている。そうは思ったものの。魔女に待っているのは焚刑だ。その前に、凄まじい拷問に掛けられて余罪をことごとく自白させられるという。海賊どもに犯されるだろうと分かっていながら、エクスターシャを騙してすり替わったのも罪には違いないし、指輪を与えて偽りの安心を抱かせたのも罪だ。自分が侍女にしか過ぎないと分かってもらっても、魔女だと決めつけられれば、この旅路の果てに待っているのは拷問と業火だ。
 ゼメキンスが、残りの肉を頬張った。わざと口を開けて、咀嚼する様を存分に見せつけてから、再び顔を寄せてくる。
 アクメリンは観念して口を開け、その代わりとでもいうように目を固く閉じた。口をふさがれ、生温かい汚物を押し込まれて――吐き気をこらえ、息を詰めて嚥下した。口中に肉の濃厚な美味が残ったのが、むしろ惨めさを強調する。しかし、わずかでも食べ物を口にして、吐き気を凌駕して空腹が募った。枢機卿に替わって修道僧から口移しに咀嚼物を与えられても、もはやアクメリンは拒まなかった。いや、すぐには嚥下せず、みずからも咀嚼して肉の味を堪能したのだった。
 肉だけではなく麺包も水も同じように与えられて――アクメリンは屈辱の夕餉を終えたのだった。
 そうして、新たな恥辱に直面する。
 重荷を背負わされて炎天下を歩かされ、摂取したわずかな水分の何倍もが汗で失われている。しかし、真夏とはいえ夜は冷える。飲まずとも尿は溜まる。
「お願いです」
 アクメリンから二十歩と離れていないところで、わざわざ焚火を半円に囲んでいる七八人の兵士に向かって訴えた。
「ほんのしばらくだけでいいですから、縄を解いてください」
「枢機卿猊下のお指図がなけりゃ、おめえに手は出せねえんだよ」
「チンポもだぜ」
 兵士どもが卑猥に嗤う。
 半畳は無視して、アクメリンは食い下がる。
「では、お取り次ぎを」
「いったい、何をしたいんだよ。子供の使いじゃねえんだ。行ったり来たりはご免だぜ」
「…………」
 アクメリンは唇を噛んだ。が、羞恥に逡巡した末の訴えだった。もはや切迫している。
「……お花を摘みに行きたいのです」
註記:この婉曲表現は、近年になって女性も登山をするようになってから日本で生まれたという説があるが、筆者はこれを採らない。入浴ですら忌避した当時の西欧人は、昭和のアイドルの如くウンチやオシ.コなどしませんといった態を装い、ために便所などを家屋に設けることはなかった。この物語より後年の話にはなるが、かの壮麗なるベルサイユ宮殿なども、花畑は悪臭ふんぷんたるものであったという。
「花遊びなんかしてる場合かよ」
「さすがは王女様であらせらろるぜ」
 焚火の炎が揺れるほどの爆笑。
 この者たちは分かっていると、アクメリンは確信した。分かっていて、羞ずかしい言葉を言わせようとしている。今もって心臓が拍ち続けているのが不思議なほどの恥辱を浮けているというのに、今さら、これしきのことを羞ずかしがっても詮のないことだ――と、絶望を交えておのれを叱咤する。
「おし.こをしたいのです」
 アクメリンは、知る限りのもっとも卑属な言葉を口にした。言い終えたその口から嗚咽が漏れる。さんざんに虐げられ辱しめられて悲鳴を叫び涙を流しても、こんなふうに弱々しく咽び泣きはしなかったのに。
 女の、ことに若い娘の涙に男が弱いのは、洋の東西も時代も問わない。
「分かった、分かった。枢機卿猊下にお願いしてきてやるよ」
 兵士のひとりが立ち上がって、馬車の近くに張られた天幕へと向かった。すぐに戻って来たが、その表情から娘への憐愍は消えていた。
「猊下が仰せのことにゃあ、庭園には花だけでなく噴水も付き物だってよ」
 アクメリンだけでなく兵士どもも、怪訝な顔になったが。
「つまり、おめえが噴水台になれとさ」
 一拍を置いて、遠慮がちな嗤いが起きた。
「へっへっへえ。王女様の立ち小便か。さぞや見事な噴水を拝めるだろうぜ」
 先ほどの陽気な嘲笑とは違って、淫湿にくぐもっている。
 放水Fc2規制を他人に見られるなど、裸体とは比べものにならない恥辱である。いずれは決壊すると分かっていても、必死に堪えるしか、為す術を知らないアクメリンだった。
 さらに少しばかり時が過ぎて。すっかり夜の帳(とばり)が下りた荒野に蹄の音が近づいて来て。枢機卿が天幕から姿を現わすと、アルイェットへ派遣した修道僧をアクメリンの前で出迎えた。
「エクスターシャ王女の侍女頭は、確かにアクメリン・リョナルデという娘です」
 では、申し立ては信じてもらえるのだと、エクスターシャへの後ろめたさを感じながらも安堵したアクメリンだったが。
「しかし、今はアルイェットに居りません」
 まさか、騒ぎを知って、幼馴染である私を見捨てて逃げたのでしょうか――と、逆恨みするアクメリンだったが。
「一昨日の大嵐を突いて大頭目が出帆したそうですが、彼の娘は人身御供として連れて行かれたとのことです」
「海の怪物への生贄か。迷信深い連中は度しがたいわい」
 アクメリンは呆然自失。海の藻屑となられては、身の証の立てようがない。
 うおおおおっと、さすがに枢機卿の御前だけに控え目な喚声が湧いた。上から下へと迸る噴水が、ついに出現したのだった。
 絶望のどん底で、アクメリンは羞恥に悶えるどころではない――とは、救いにはならないであろう。
「ふん、したたかな魔女であるな」
 言葉の綾か、本気でアクメリンを魔女に仕立てるつもりか、ゼメキンスが吐き捨てた。
「死者に罪を押しつけようとてか。そのような詐術に誑かされはせぬぞ」
 気が遠くなりかけているアクメリンは、その言葉を否定しなかった。ゼメキンスにしてみれば、罪を認めたも同然だった。
「侍女が死のうが生きようが、知ったことではない。ここに王女が捕らわれており、その身分を明かす品々も揃っておるわ」
 連行(すでに、そんな生易しい扱いではなくなっているが)とはいえ名目は証人喚問であったから、身の回り品を携えることは許されていた。当然にアクメリンは、額冠と首飾と指輪とを身に着けていた。着衣は襤褸屑にされたが、それらの品はゼメキンスの手に渡っている。
 ゼメキンスは、しばらくアクメリンの傷ついた裸身を眺めていたが。
「こやつを歩かせておっては、マライボまで一週間は掛かろう。明日は、ちと工夫してみるか」
 工夫も何も、馬車に乗せるか、辱しめを与えるなら裸身に縄を打って馬の背に縛りつければ済むものを――とは、傍らでゼメキンスの独白を耳にした兵士たちの感想ではあった。

 アクメリンは樹に縛りつけられて、立ったままの一夜を強いられた。極度の疲労がアクメリンを底無し沼のような眠りに引きずり込み、恐怖と不安とがアクメリンを地獄のような現実へ引き戻す。狼の遠吠えなどよりは、野営地の四隅に配された立哨兵のおぼろな影のほうが、よほど恐ろしかった。
 夜が明けるとすぐに、ゼメキンスが様子を伺いに現われた。
「花を摘みたいとか言うておったが、肥料を施す優しさは持ち合わせておらぬようじゃな」
 人糞が肥料に使われるとは知らない貴族令嬢には、言葉の意味が分からなかった。
 それはともかく。朝食も、夕餉と同じ作法を強いられた。ただし今度は枢機卿おんみずからでも修道僧からでもなく、モサド隊長を筆頭に十五人の兵士どもが入れ替わり立ち替わりだった。ひと口ごとに、乳房を揉みしだかれ尻をつかまれ股間を撫でられた。ゼメキンスほどに強く乳房を握り潰す者はいなかったし、なによりも指挿れは厳重に禁止されていたのが、せめてもの慰め――などとアクメリンが思うはずもなかった。
 朝食が終わると、速やかに進発の準備が調えられた。焚火の跡始末と天幕の収納、そしてアクメリンの十字架への磔である。
 その磔は、前日とは趣を異にしていた。手首にだけ縄を巻いて手の幅ほどの長さを余して横木に結びつける。胸は縛らず、腰と縦木も緩くつなぐだけ。そして、三角柱に削られた杭が、縦木へ股間すれすれに打ち込まれた。十字架の上にアクメリンを仰臥させたまま、左右の足首それぞれに長い縄が結ばれる。縄尻は兵士が乗る二頭の馬の鞍につながれた。
「昨日は歩き詰めのうえに、夜も立たせっぱなしで、余もいささか可哀想に思っておる。今日は寝たままで運んでやろう」
 悪意を剥き出しにした猫撫で声に、アクメリンは何をされるか分からないままに戦慄する。
「先頭より順次、前へー進メッ」
 槍を立てた二騎が露払いとなり、その後ろにアクメリンをつないだ二騎が歩き始めるとすぐに、アクメリンは我が身で悪意の正体を知ることとなった。アクメリンの両脚は左右に引き裂かれ斜め上へ引き上げられて、十字架の頭が地面を引きずる。
「痛いいいっ……!」
 引っ張られているのは、アクメリンの裸身である。裸身が足を先にして前へ進むと三角の楔が股間に食い込み、十字架も引きずられる。手首や腰に負担が分散せぬように、そこの縄は緩められている。
「くううう……」
 これまでに経験したことのない異様な痛みに、アクメリンの呻き声は絶えることがない。しかし悲鳴にまで至らないのは――三角柱の稜線が、赤ん坊の小指ほどには丸められているからだった。
 この苦痛がどれほどのものであるかを現代の事物で想像するなら、女児が重たいランドセルを前後に抱えて、テニスコートのぴんと張ったワイヤーに跨がるのと同じくらい――であろうか。
 しかし、十字架の頭部が地面の凸凹に当たる衝撃が加わるし、なにより自分の意思で下りることができない。
 ぽっく、ぽっく、ぽっく、ぽっく……
 ずりっ、ずりっ、ざんっ、ずりっ……
「くっ、くうう、ひいいっ、ひいい……」
 切れ味の悪い鉈を繰り返し股間に打ちつけられているような苦痛が繰り返されるうちに、三角柱が食い込んでくる部位よりも奥のあたりに、微かだが妖しい疼きが灯った。これもまた、アクメリンの知らない感覚だった。
 苦痛は、繰り返されるうちには少しずつ麻痺してくる。麻痺は言い過ぎとしても――冬が到来すれば、寒い寒いと思いながらも次第にそれを受け容れて日常を営むようなものであろうか。
 しかし、腰の奥に生じた疼きは、そうではなかった。微かな疼きはすぐには消えず、むしろ新たな疼きが積み重なっていく。
「くうう……痛いのに? ああっ……んんん」
 苦痛を訴える呻きに戸惑いが混じり、ついには艶がかってくる。
 ゼメキンスを乗せた二頭立ての馬車は、十字架のすぐ後ろを進んでいる。枢機卿ともあろう御方が窓から身を乗り出して、神に背いた女が悶え苦しむ様を熱心に観察いや堪能している。そして、女囚(あるいは背教者もしくは魔女)の表情に苦悶とは異なる色が萌(きざ)したと見て取ると。
「隊長、駆足で進め」
 モサドが号令を発して、馬が駆け始める。
 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ……
「ぎひいいいっ……!」
 アクメリンが悲鳴を上げる。
 馬が人を乗せて休まずに歩き続けられる速さは、人間の小走りよりやや遅い。いわゆる:常歩(なみあし)である。これが速歩(はやあし)を超えて駆歩(かけあし)となると、常人の全力疾走に近い。当然、それだけ強く三角柱が股間に食い込んでくるし、地面から伝わる衝撃も激甚なものとなる。妖しい疼きなど消し飛んで、苦痛だけが十倍にもなる。
「ぎひいいいっ……やめ、あぐっ!」
 赦しを願う叫びが、舌を噛んで途切れた。
「ひいいいいい……」
 激しく頭を揺すられ打ちつけられて、目が回り意識も霞んでゆく。なのに、激痛だけは鮮明だった。
 アクメリンにとってかろうじて救いだったのは、駆歩はせいぜい半時間しか続けられないという馬側の制約だった。馬に体力を使い果たさせると一日の行程に差し障るので、アクメリンが性的な快楽を覚えたことへの懲らしめは、その半分の時間で終わった。
 それでも、アクメリンの股間は三角柱の木肌に擦られて肌が敗れ、血まみれになっていた。
 こんな荒行を続けさせては、女を女にする以前に女でなくなる――などと考えたのかまでは分からないが、馬に休息を与える時間を使って、ゼメキンスは女の:運び方を変更した。
 縄をたるまさず手首を横木に緊縛して二の腕も縛り、脚は閉じさせて足首と太腿を縦木に個縛する。全体に身体がずり上がって、三角柱の杭は股間から離れた。さらに腰も十字架にきつく縛りつける。胸には縄をまわさなかったが、双つの乳房はそれぞれ力まかせに引き伸ばしたうえで根元を長い縄で巻いた。
「くうう……」
 股間に切れ味の悪い鉈を打ちつけられる痛みとは違う種類の鈍痛。これだけなら、(あくまでも)しばらくは耐えられなくもないが――昨日の経験はアクメリンに、その長い縄尻が馬で曳かれるだろうと教えていた。
 果たして。
「先頭より順次、前へー進メッ」
 今度は頭を先にして十字架が、いやアクメリンの裸身が引っ張られる――乳房を介して。
「ぎびひいいっ……痛いいいっ!」
 信じられないほどに乳房が引き伸ばされて、十字架の頭部が持ち上がり、ずりずりと動き始める。
「ぐううう……」
 アクメリンは歯を食い縛って激痛に耐え――られなくても耐えるしかなかった。悲鳴も哀願もゼメキンスには通じない。どころか、いっそうの残虐を付け加えられかねない。昨日からの経験が、それを教えていた。
 いったいに、なぜ私はこんな目に遭わなければならないのだろう。その明白な答を、アクメリンは知っている。王女の身分を簒奪した報いなのだ。
 けれど。もしも。自分が王女ではなく、下級貴族の娘に過ぎないと枢機卿猊下に信じていただければ、赦してもらえるのではないだろうか。そのときは、エクスターシャを売るという良心の呵責に悩むこともない。彼女は海の魔物への生贄にされて、もう地上には居ないのだから。
 どうすれば信じてもらえるかは、見当もつかない。申し開きは尋問の場で述べろと、猊下はおっしゃった。では、デチカンまではずっと、このような扱いに甘んじなければならないのか。アクメリンは絶望しながらも、はるか彼方に希望が見透かせると――それを信じた、いや、信じたい想いだった。
 それはしかし、希望的観測とすらもいえない。共犯として罪に問うとゼメキンスは明言しているし、それでは極刑が難しいかもしれぬと考えてか、唐突に魔女嫌疑まで持ち出している。そしてなによりも。尋問とは拷問の婉曲表現であることに、アクメリンは思い至っていなかった。
 因縁を遡れば、王女の身分を簒奪した瞬間に、アクメリンの運命は定まっていたのである。
 昼の大休止まで、アクメリンは二時間ほども乳房で引きずりまわされた。馬を速駆けさせられなかったのは幸いというべきか、限度を超える激痛に与えられる恩寵すなわち失神に至らなかったのだからいっそう苦しんだというべきか。
 休息のあいだ、アクメリンは昨夜と同じように樹を後ろ抱きにした立ち姿で縛られていた。兵士たちに目の保養をさせるためか、頻繁に縛り方を変えて、手足の末端で血流が滞って壊死するのを防ぐ目的か――おそらくは、その両方だったろう。あるいは。兵士たちが食事をがっついている様をみせつける意図もあったかもしれない。アクメリンには口移しの水も咀嚼物も与えられなかったのだから。
 兵士たちとは離れて、即席に仕立てられた折り畳みの卓と椅子に着いて二人の修道僧と共に食事を摂ってから、ゼメキンスはアクメリンの身体を(不必要なまで)仔細に調べ始めた。
 乳房をわしづかみにして持ち上げ、下乳に刻まれた縄の痕を指でなぞる。
「ふむ。午後は反対向きに曳いてみるか」
 指を上へ滑らせて、乳頭を指の腹で刺激して、萎縮している乳首を強制的に勃起させ、さらに爪を立てて引き伸ばす。
「くっ……」
 いっそうの残虐を誘引するのを恐れて、アクメリンは声を堪えた。それはそれで。
「ふん。強情な娘だの。ならば、これはどうかな」
 ゼメキンスは手を下げて、アクメリンの股間に指を這わせた。中指で淫裂を浅く穿つと、探るように上へ掘り進めて……
「ひゃあっ……?!」
 恐ろしく鋭くて甘美な感覚が股間の一点を突き抜けて、アクメリンは耐えきれずに悲鳴を上げてしまった。
「ふむ。ますます、魔女の疑いが強まったな」
「え……ひゃうんっ!」
 股間のどこかをつままれたような感触とともに、いっそう鋭い甘美な感覚が爆発した。いや、爆発ではない。
 くにゅんくにゅんと、股間のどこかをこねくられて、快感と呼ぶにはあまりに異質で凄絶な感覚は、嵐が吹き荒れるがごとくに、いつまでも焉むことがなかった。ゼメキンスが発した魔女という単語など、とっくに忘れている。
「うあああ……なに、これ? いやっ、怖い……!」
 男はもちろん、自身の手でさえ悪戯する術(すべ)を知らぬ娘は、そのまったく耕されてはいないがじゅうぶんに肥沃な処女地を、老練な男の手によって一気に開墾されようとしていた――のだが。種子を蒔かれたちまち芽吹いて蕾にまで育ちかけたところで、ゼメキンスは手を引いてしまった。
「…………?」
 気を遣った経験がないだけに、寸前で放り出される惨めさも知らないまま、アクメリンは虚脱して、膝が砕け後ろ手だけで宙吊りにされた形になった。
 瞬前まで股間を嬲っていた指を唇に触れられて、アクメリンは薄く口を開けて、自然とそれを舐めていた。
 アクメリンはゼメキンスに屈したのではない。というよりも。最初から反感も嫌悪も抱いていない。恐怖と畏怖、それだけだった。わけの分からない快感に翻弄されて、アクメリンは朦朧としている。目の前に立つお人は加虐者である以前に、枢機卿猊下である。神の代理人たる教皇聖下に次ぐ尊いお方。祝福のために差し伸べてくださった指に口づけするのは身に余る光栄。と、理屈立てた行為ではない。物心付く前に洗礼を受け、読み書きや裁縫料理といった女の素養を修めるより先に神への感謝と祈りを教え込まれてきた、当時にはありふれた娘であってみれば、無意識裡の所作ではあったろう。
 血の味がして初めて、猊下の指が触れていた部位を思い出して、羞恥が幾分なりともアクメリンに正気を取り戻させた。
 あらためてゼメキンスに、今度は乱暴に股間を穿たれて、ようやくにアクメリンは身をもがいた。が、樹幹にまわされた縄で四肢も腰も縛られていては、指から逃れられるはずもない。そして今度は、甘く凄絶な感覚を掻き立てられることもなかった。指の動きは、股間に食い込んだ三角柱に傷つけられた部分に集中していた。
「痛い……」
 アクメリンが、小さな声で苦痛を訴えた。枢機卿猊下への遠慮というよりも、これまでに受けた仕打ちに比べれば、苦痛も羞恥も、それだけでしかなかった。
 血まみれになった指を口元に突きつけられて、さすがにためらいはしたが、結局は唇に受け容れた。さらに押し込まれて、そのまま動かないので――血の味を舐めて綺麗にもした。引き抜かれた指が乳房を手拭代わりにしたときは、さすがに屈辱を感じたが、アクメリンはそれを黙って伏し目がちに眺めるだけだった。枢機卿猊下というのは、意識の上澄みでの認識。本人でも言葉にするのが難しい意識の澱んだ部分では、ゼメキンスに逆らう恐ろしさを存分に悟っている。
 ゼメキンスがアクメリンの裸身を執拗に検分した意味は、大休止が終わって出発の準備が始まると、すぐに明白となった。
 三度、アクメリンは十字架に磔けられたが、その縛り方は先のどちらとも異なっていた。両脚の縄で裸体を曳いて股間に三角柱を食い込ませるのは朝と同じだったが、十字架の頭部につながれた二本の縄が乳房を巻き、曳き馬が四頭に増やされて、梯形に配置された。内側で先導する二頭には乳房に巻いた縄尻がつながれ、斜め後方の二頭には足首の縄がつながれた。
 先導の二頭が前へ進むと乳房が下へ引き伸ばされ、次いで十字架の頭部も引っ張られる。アクメリンは背中が十字架から浮くほどになるが、身体はそれほど下へずれない。しかし後続の二頭も歩き始めると、朝と同じように股間に食い込む杭で十字架を引きずることになる。乗手の四人がうまく息を合わせれば、乳房と股間に負荷が分散される。息が合わないと、アクメリンは不規則に乳房を引っ張られて、あるいは脚を左右ばらばらに開閉させられて股間をいっそう抉られる。
 もっとも、それをうまく利用すれば、乳房に掛かる負担を増やして股間を休ませたり、その反対もできる。つまり、同じ部位ばかりを責めて傷を(あまり)広げることなく、(幾らかは)長時間の輓曳が可能となったのである。ゼメキンスが最初からこの形を考えていて、アクメリンの活きがいいうちは過度に痛めつけようとしていたのか、それぞれの曳き方を試しているうちに着想したのか――それは分からないが。
 ともかく午後は、小休止のときもアクメリンは磔のまま放置して、夕暮れ時まで常歩を保って進み続けたのだった。
 夜にはやはり、アクメリンは立ち木に個縛されて、兵士たちに裸身を弄ばれながら咀嚼物を与えられた。アクメリンは諦めきって凌辱を受け容れ、あまり我慢することもなく恥辱の噴水も披露した。
 そして、兵士たちが――さすがに見慣れてしまった若い娘の傷だらけの裸身などうっちゃって、焚火を囲みながら馬鹿話に興じる傍らで。心身ともに疲弊していたアクメリンは、この二日間の仕打ちに凌辱とか屈辱の文字を宛てるのが大袈裟に思えるほどの無惨苛烈な拷虐が待ち構えているとは知らず、絶望に閉ざされた束の間の安息へと落ちていった。
========================================

 このあと、3日目の行程があります。
 初日と同じように、十字架を背負わされて、いよいよ街へ入るので、何故に裸の娘が斯くも酷い目に遭わされているか一目が燎原の火にしようと。乳首とクリから木札をぶらさげられます。一枚は”Heretic”、もう一枚は”Maga”。
 そして、彼女の身分も――王族の証しの指輪と首飾と額冠を着けさせられます。全裸にアクセサリーというのも、筆者の大好物です。


 とにかく、後編は。導入部で説明とかをひとまとめに片付けて。後は、拷問アラカルトでございます。
 最初の街では、魔女嫌疑とかをでっちあげた少女と新妻が、ヒロインを威す目的もあって、読者サービスの意味もあって、尺を稼ぐために拷問されたりします。ちなみに、二人の助演女優は
   ジョイエ・ショーザン ← エンザイショージョ
   ニレナ・ツァイワーマ ← アワレナニイツマ
 庶民には名字が無いので「ショーザンの娘、ジョイエ」、「ツァイワーマの妻、エレナ」です。
 さらに。 枢機卿猊下ともあろうお方が、あぶく銭を稼ごうとて、見世締の磔展示とか公開拷問とかを、立ち寄った街で興行して、それだけ長く滞在します。尺を稼いでいるうちに、奪還の手配りとかされちまうわけですね。
 ああ、御安心ください。救出されても、メスマン首長国へ護送されて、サルタンを謀ろうとした罪で、めだたくエクスターシャと並んで磔処刑……されかけるのですが。それは『終章』にて。



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