Progress Report 7:生贄王女と簒奪侍女
いよいよ第四コーナーを回って、最後の追い込み。後編を終わって、終章に突入しました。
疾走するベクトル感覚(Ⓒ平井和正……ちょい違)を緩めてじっくり腰を据えて書き込むか、このまま突っ走るか。尾道どの道、今日(OFF)で目処を着けて、明後日のOFFは40秒×5なら決勝進出ですが。その次のOFFの25,26で脱稿でしょう。
今回は、後編の最後を御紹介……ですが。爆裂弾は転がるわ、ロケット兵器は飛び交うわと、PLOT段階では考えてもいなかったスペクタクルアクションになっちゃいました。いえね。いきなり飛び出した近代兵器でもないですよ。前編でも後編でも、「大砲がこの地に伝わるのは半世紀後」とか書いて――西方社会では知られていなくても、中近東ならばという微弱な(巧まずして)伏線はありましたし。狼煙通信で赤い煙とか描写して、ケミストリーの発達を暗示したり。うん、そういうことにしときます。
しかし、好き勝手に書いてるなあ……
========================================
処刑執行直後の救出
アクメリンは円環の晒し台から降ろされ、地上に寝かされている十字架に鎖で縛りつけられた。釘で手足を固定するのは古の処刑作法であるが、救世主と同じでは畏れ多いとして、基督教では(明文規定こそないが)禁止されている。
アクメリンを磔けた十字架が立てられて。十字架のまわりに薪が並べられていく。積み上げるというほど多くはない。
死刑を司るのは聖職者であっても、実際に手を下すのは下人である。ゼメキンス子飼の三人がマライボとズブアで執行に携わったのは――あれは処刑ではなく、強弁すれば教会の慈善事業であるから、話は異なっている。
下人は被差別的な扱いを受けているか、罪人の烙印を捺された者がほとんどである。だから、肌の浅黒い者が混じっていても、人目を引かない。下人の一人が、小さな樽から石炭の粉のような物を撒きながら、十字架を取り囲んだ薪のまわりをぐるりと巡っても――ゼメキンスは教会が手配した者だと考えるし、教会から公式に任命された処刑執行人はゼメキンスの独走かと苦々しく黙認する。つまりは、指揮系統のねじれにつけこまれたわけだが、話を先へ進めよう。
準備万端調って。フィションク準王国第二王女たるエクスターシャ・コモニレルを魔女として処刑する旨が宣せられて。刑吏が松明を持って十字架の前に進み出て。その火が薪に転じられた途端。
しゅぼおおおおおおおおおっ……!
真っ赤な火の輪が薪の外側に奔って、同時に十字架をおおい尽くす白煙が噴き上がった。
群衆から驚きの声が上がったが、悪魔の所業か神の御業かと、戸惑いが大勢を占めている。天に向かって噴き上げる煙に注意を奪われて、下人のひとりが梯子を抱えて煙の中へ駆け込んだのも、下級兵士の服装をした男が別の方角から突入したのも、ほとんどの者は気づかなかった。
下級兵士の服装をした男は、手早く上着を脱ぎ捨てた。男は梯子を駆け登って、十字架の頂部に立った。下の者から投げ上げられた奇妙な道具を受け止めて、それを口に当てた。
上腕ほどの長さの末広がりの筒が三本、左右に広がっている。それは拡声筒というよりも、悪魔の牙のように見えた。
「聞け、人の子らよ!」
筒に反響して歪んだ声が、広場に轟き渡った。人の子という場合、基督教徒にとって第一義的には救世主を示すが、複数形で使えば――話者が人外の存在であることを暗示する。少なくとも、群衆も貴顕もそのように受け取った。聖職者は、もうすこしだけ分別があったかもしれない。
「我はメスマン君主国よりの使者である」
噴き上がった煙はすでに薄れ、十字架の頂部に立つ男の全貌が群衆の目に曝されている。裸の上半身に描かれた東方風の文様が、三連の拡声筒と相俟って、男を人外の存在に見せかけている。
「この娘は、フィションク王国から我が君に献上された寵姫である。故に、我が君は奪われた寵姫を取り返す。人の子らよ、我が君の所有物を掠取した罪に慄くがよい!」
群衆の中から二人の男が走り出る。梯子を支えていた下人が途中まで登って、アクメリンを縛している鎖を手斧で断ち切った。ずり落ちるアクメリンの裸身を、駆け寄った二人が受け止める。
「何をしている、衛兵。あやつらは異教徒だ。成敗せよ! 魔女を奪われるな!」
エクスターシャが実はアクメリンであり、魔女ではないと知悉しているゼメキンスが、真っ先に我に還って拡声筒に負けぬほどの大音声で怒鳴った。
群衆の整理に当たっていた衛兵が、てんでに槍や短剣を構えて十字架目がけて突進した――その刹那、下の二人がアクメリンを地面に放りだすと、懐から握り拳の倍ほどの大きさの玉を取り出し、突き出ている短い紐を小さな箱に押しつけてから、殺到する衛兵に向かって転がした。
ひと呼吸をおいて。
バガアンッ!
バガアンッ!
玉が破裂して、炎と煙が噴き上げる。飛び散った破片で傷ついた兵士もいたが、驚天動地の出来事に兵も群衆も逃げ惑う。
水で薄めた葡萄酒と干し肉を挟んだ麺包を売っていた屋台馬車が、いつの間に支度を調えていたのか、二頭の馬をつなぎ天板はかなぐり捨てて、馬体で群衆を掻き分けながら、処刑台の手前へ馳せつけた。
十字架から飛び降りた立役者とその相方がアクメリンを馬車に放り込み、みずからも乗り込む。爆裂弾を投じた二人は馬車の先に立って、群衆に向かって突進した。
聖なる書物の記述もかくや。人の海がまっぷたつに割れて――馬車は、無人の野を突っ走るごとく。広場を突っ切り、大門に続く広路を駆け抜ける。
大門を護る衛兵からも、広場の方角から噴き上げる煙は見えていた。なにやら騒動が持ち上がっているらしいのも聞こえていた。しかし、その渦中の阿鼻叫喚は知らない。こちらへ向かって駆けてくる人馬を認めれば、広場の騒ぎと考え合わせて、それなりの迎撃体制を敷く。大門を閉じて、手前に十人を配置して、城の上には五張の長弓。
しかし、先手を取ったのは馬車のほうだった。荷台に立ちはだかった二人が半弓を射た。鏃が異様に太い。その鏃の後ろから白煙が噴き出した。
シュウウウウウ……白煙を引きながら弧を描くこともなく一直線に飛翔した矢は弓兵から逸れたが、その後方で爆裂弾同様に破裂した。
パアアン!
パアアン!
肝を潰した弓兵が、呆然としているうちに、馬車が間合いを詰める。先頭を駆ける二人が両手に、棍棒にしては細く木刀にしては太い得物を握った。
ブシュウウ……二本の棒から、赤い煙と黄色い煙が噴き出す。まさに、地獄の劫火と硫黄の煙を撒き散らす悪魔の軍勢――と、兵士たちの目には映った。
算を乱して逃げ惑う兵士を蹴散らし、前衛の二人が開け放った大門を、悠々と馬車は駆け抜けた。そのまま街道を東へと進む。いつしか、馬車の前後には十騎ばかりが隊列を組んでいた。服装はまちまちだが、その服装にふさわしい態度を取り繕おうとはしていない。明らかに統制の取れた部隊であった。
アクメリンは荷馬車の上で意識を取り戻したが、そのときには手足を緩く縛られたうえで袋に押し込められていた――ので、救け出されてどこかへ運ばれているのか、焼け死んで墓地へと運ばれているのかも、最初のうちは分からなかった。やがて袋から出されて縄を解かれて、気付けの酒を与えられたあたりで、生き永らえたとは知ったのだが。しかし、アクメリンの問い掛けには無言が返されるのみだった。
昼は袋に詰められて馬車で運ばれ、夜は袋から出されても馬車の荷台を天板でふさがれて、地面に降り立てるのは、朝晩二回の排泄のときだけ。
アクメリンを拐ったのか救出したのか、その男たちが交わす会話に耳を澄ましても、異教徒国の言葉らしく、一言半句も理解できなかった。
この男たちは西方の言葉を話せないのだろうと、アクメリンは半ば確信するに至った。しかし、それにしても。人語を介さない家畜や愛玩動物にさえ、なにくれと話し掛けるのが人の習性であってみれば。何か含むところがあるのも、間違いはないであろう。
不安はあったが、アクメリンは逃げようなどと考えなかった。
魔女として焚刑に処されていたはずの、この身。あるいは――簒奪など試みなかったとしても、海賊どもに大嵐の海に連れ出されて海神への生贄にされていたかもしれない。いずれにしても、ここにこうして生きているのが間違いに思える。
アクメリンは意識を失っていたので、広場での騒動は見聞きしていないが、男たちが異教徒ならば――メスマン首長国の君主が寵姫を奪還しようと事を起こしたのかもしれない。と、かなりに正鵠を得た推測もしていた。それならば、紆余曲折はあったものの、終わり良ければ全て善し……でも、なかった。生贄の牝山羊を奪われたデチカンが、どう出るか。フィションクにどう対処するか。ひいては、リョナルデ家がどうなるか。それが気懸かりではあった。
しかし、そのことを含めて、アクメリンはあれこれ思い悩むことはやめた。我が身は無力なれど、それなりに我が身を犠牲にして父母兄姉を護ろうとしたのだ。ここらあたりで、一切を(我らのか異国のかはともかく)神の御手に委ねてもよいのではないかしら。曲がりなりにも死線を乗り越えて、そんなふうに達観――せざるを得なかった。
袋詰めにされはしたが、傷の手当てもきちんとされていた。医術は東のほうが、西よりもはるかに進んでいる。正確には、西方では古典国家の時代から万事が退歩している。
四日目からは、アクメリンは馬車の荷物ではなくなって、馬の背で運ばれた。逃げられぬように、手首を鞍壷に縛りつけられ、落ちぬように馬腹をまわして足首も縛られたが。
しかし、なによりもアクメリンが驚きながら喜んだのは――裸身を隠すための布を与えられたことだった。傷は風に当てておいたほうが治りが早いと信じられていたから、衣服と呼べるほどの代物ではなかった。乗馬の妨げにならないように丈の短い腰巻と、乳房が揺れて傷に障らないための胸巻。
すっかり全裸に狎らされていたアクメリンは、久しぶりに女の羞恥を取り戻した。そして、それは――当時の人間にしてはそれほど短命ともいえない彼女の生涯において、恥部を隠すという贅沢に与れた、最後の日々であった。
一行はアクメリンを乗せた馬を追い立てて。一か月ほどもかけて、アクメリンが歩かされたり引きずられたりした道を六日で駆け抜けた。
アルイェットのある半島からさほど遠くない海岸から小舟で漕ぎ出して、沖繋りしている二檣三角帆の快速船でメスマンへと渡った。
そこからは、また馬で――アクメリンは救出されて二週間と経たないうちに、メスマンの首都アリエザラムの土を(裸足で)踏んだのだった。
そして、せっかくの布切れを剥ぎ取られて、直ちに投獄された。
========================================

残念ながら、上のようなシーンはないです。
終章は、前編のヒロイン(エクスターシャ)と後編のヒロイン(アクメリン)が牢獄の中で再会して。
あっさりと公開処刑され……る直前。
「誰か、この女たちに死罪よりも厳しい罰を与えようと思う者はいるか」
という名目で、競売が始まります。
あちこちに焼印を捺され、乳首とクリにはでかい穴を明けられ、鞭痕も半永久的に残りそうなアクメリンは
「金貨十枚から始める……声が掛からんな。では、八枚……五枚でどうだ。誰も名乗り出ぬなら処刑しかないぞ」
で、買い取られて。買主(飼主になります)は、買い取った女罪人をどんなふうに処罰するか、群衆に納得させなければなりません。鉱山でケコロ(蹴って転がして抱く)くらいでは、ブーイングの嵐。昼は男と同じに重労働を課して、ノルマを達成できなければ、飯抜きと鞭打ちと、他にも鉱夫からリクエストがあれば、その罰も追加。
まあ『偽りの殉難~香世裸責』の二番か三番煎じです。
一方のエクスターシャは、
「二十枚……三十枚……」と競り上がるところへ。
「金貨百枚だ」と、暴虐な専制君主セセイン・シュンク・ボギャックの歳の離れた甥で暫定太子である、バイでリバでサドなバリバイ・デサド・セセインが鶴の一声。
「わたしは、ぜったいにまけません」と宣言して、ぶちのめされ気絶しても降参しなかったエクスターシャを、負けを認めるまで毎日痛め付け、さらには君主の寵姫を弄辱した罪を(寵姫たちに玩具にさせて)償わせる――と宣告して、拍手喝采。
それぞれ、新たな悦虐と淫虐の場へ連行されるシーンで、一巻の終わりと相成る予定です。
さて、書き始めるとしましょう。
疾走するベクトル感覚(Ⓒ平井和正……ちょい違)を緩めてじっくり腰を据えて書き込むか、このまま突っ走るか。尾道どの道、今日(OFF)で目処を着けて、明後日のOFFは40秒×5なら決勝進出ですが。その次のOFFの25,26で脱稿でしょう。
今回は、後編の最後を御紹介……ですが。爆裂弾は転がるわ、ロケット兵器は飛び交うわと、PLOT段階では考えてもいなかったスペクタクルアクションになっちゃいました。いえね。いきなり飛び出した近代兵器でもないですよ。前編でも後編でも、「大砲がこの地に伝わるのは半世紀後」とか書いて――西方社会では知られていなくても、中近東ならばという微弱な(巧まずして)伏線はありましたし。狼煙通信で赤い煙とか描写して、ケミストリーの発達を暗示したり。うん、そういうことにしときます。
しかし、好き勝手に書いてるなあ……
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処刑執行直後の救出
アクメリンは円環の晒し台から降ろされ、地上に寝かされている十字架に鎖で縛りつけられた。釘で手足を固定するのは古の処刑作法であるが、救世主と同じでは畏れ多いとして、基督教では(明文規定こそないが)禁止されている。
アクメリンを磔けた十字架が立てられて。十字架のまわりに薪が並べられていく。積み上げるというほど多くはない。
死刑を司るのは聖職者であっても、実際に手を下すのは下人である。ゼメキンス子飼の三人がマライボとズブアで執行に携わったのは――あれは処刑ではなく、強弁すれば教会の慈善事業であるから、話は異なっている。
下人は被差別的な扱いを受けているか、罪人の烙印を捺された者がほとんどである。だから、肌の浅黒い者が混じっていても、人目を引かない。下人の一人が、小さな樽から石炭の粉のような物を撒きながら、十字架を取り囲んだ薪のまわりをぐるりと巡っても――ゼメキンスは教会が手配した者だと考えるし、教会から公式に任命された処刑執行人はゼメキンスの独走かと苦々しく黙認する。つまりは、指揮系統のねじれにつけこまれたわけだが、話を先へ進めよう。
準備万端調って。フィションク準王国第二王女たるエクスターシャ・コモニレルを魔女として処刑する旨が宣せられて。刑吏が松明を持って十字架の前に進み出て。その火が薪に転じられた途端。
しゅぼおおおおおおおおおっ……!
真っ赤な火の輪が薪の外側に奔って、同時に十字架をおおい尽くす白煙が噴き上がった。
群衆から驚きの声が上がったが、悪魔の所業か神の御業かと、戸惑いが大勢を占めている。天に向かって噴き上げる煙に注意を奪われて、下人のひとりが梯子を抱えて煙の中へ駆け込んだのも、下級兵士の服装をした男が別の方角から突入したのも、ほとんどの者は気づかなかった。
下級兵士の服装をした男は、手早く上着を脱ぎ捨てた。男は梯子を駆け登って、十字架の頂部に立った。下の者から投げ上げられた奇妙な道具を受け止めて、それを口に当てた。
上腕ほどの長さの末広がりの筒が三本、左右に広がっている。それは拡声筒というよりも、悪魔の牙のように見えた。
「聞け、人の子らよ!」
筒に反響して歪んだ声が、広場に轟き渡った。人の子という場合、基督教徒にとって第一義的には救世主を示すが、複数形で使えば――話者が人外の存在であることを暗示する。少なくとも、群衆も貴顕もそのように受け取った。聖職者は、もうすこしだけ分別があったかもしれない。
「我はメスマン君主国よりの使者である」
噴き上がった煙はすでに薄れ、十字架の頂部に立つ男の全貌が群衆の目に曝されている。裸の上半身に描かれた東方風の文様が、三連の拡声筒と相俟って、男を人外の存在に見せかけている。
「この娘は、フィションク王国から我が君に献上された寵姫である。故に、我が君は奪われた寵姫を取り返す。人の子らよ、我が君の所有物を掠取した罪に慄くがよい!」
群衆の中から二人の男が走り出る。梯子を支えていた下人が途中まで登って、アクメリンを縛している鎖を手斧で断ち切った。ずり落ちるアクメリンの裸身を、駆け寄った二人が受け止める。
「何をしている、衛兵。あやつらは異教徒だ。成敗せよ! 魔女を奪われるな!」
エクスターシャが実はアクメリンであり、魔女ではないと知悉しているゼメキンスが、真っ先に我に還って拡声筒に負けぬほどの大音声で怒鳴った。
群衆の整理に当たっていた衛兵が、てんでに槍や短剣を構えて十字架目がけて突進した――その刹那、下の二人がアクメリンを地面に放りだすと、懐から握り拳の倍ほどの大きさの玉を取り出し、突き出ている短い紐を小さな箱に押しつけてから、殺到する衛兵に向かって転がした。
ひと呼吸をおいて。
バガアンッ!
バガアンッ!
玉が破裂して、炎と煙が噴き上げる。飛び散った破片で傷ついた兵士もいたが、驚天動地の出来事に兵も群衆も逃げ惑う。
水で薄めた葡萄酒と干し肉を挟んだ麺包を売っていた屋台馬車が、いつの間に支度を調えていたのか、二頭の馬をつなぎ天板はかなぐり捨てて、馬体で群衆を掻き分けながら、処刑台の手前へ馳せつけた。
十字架から飛び降りた立役者とその相方がアクメリンを馬車に放り込み、みずからも乗り込む。爆裂弾を投じた二人は馬車の先に立って、群衆に向かって突進した。
聖なる書物の記述もかくや。人の海がまっぷたつに割れて――馬車は、無人の野を突っ走るごとく。広場を突っ切り、大門に続く広路を駆け抜ける。
大門を護る衛兵からも、広場の方角から噴き上げる煙は見えていた。なにやら騒動が持ち上がっているらしいのも聞こえていた。しかし、その渦中の阿鼻叫喚は知らない。こちらへ向かって駆けてくる人馬を認めれば、広場の騒ぎと考え合わせて、それなりの迎撃体制を敷く。大門を閉じて、手前に十人を配置して、城の上には五張の長弓。
しかし、先手を取ったのは馬車のほうだった。荷台に立ちはだかった二人が半弓を射た。鏃が異様に太い。その鏃の後ろから白煙が噴き出した。
シュウウウウウ……白煙を引きながら弧を描くこともなく一直線に飛翔した矢は弓兵から逸れたが、その後方で爆裂弾同様に破裂した。
パアアン!
パアアン!
肝を潰した弓兵が、呆然としているうちに、馬車が間合いを詰める。先頭を駆ける二人が両手に、棍棒にしては細く木刀にしては太い得物を握った。
ブシュウウ……二本の棒から、赤い煙と黄色い煙が噴き出す。まさに、地獄の劫火と硫黄の煙を撒き散らす悪魔の軍勢――と、兵士たちの目には映った。
算を乱して逃げ惑う兵士を蹴散らし、前衛の二人が開け放った大門を、悠々と馬車は駆け抜けた。そのまま街道を東へと進む。いつしか、馬車の前後には十騎ばかりが隊列を組んでいた。服装はまちまちだが、その服装にふさわしい態度を取り繕おうとはしていない。明らかに統制の取れた部隊であった。
アクメリンは荷馬車の上で意識を取り戻したが、そのときには手足を緩く縛られたうえで袋に押し込められていた――ので、救け出されてどこかへ運ばれているのか、焼け死んで墓地へと運ばれているのかも、最初のうちは分からなかった。やがて袋から出されて縄を解かれて、気付けの酒を与えられたあたりで、生き永らえたとは知ったのだが。しかし、アクメリンの問い掛けには無言が返されるのみだった。
昼は袋に詰められて馬車で運ばれ、夜は袋から出されても馬車の荷台を天板でふさがれて、地面に降り立てるのは、朝晩二回の排泄のときだけ。
アクメリンを拐ったのか救出したのか、その男たちが交わす会話に耳を澄ましても、異教徒国の言葉らしく、一言半句も理解できなかった。
この男たちは西方の言葉を話せないのだろうと、アクメリンは半ば確信するに至った。しかし、それにしても。人語を介さない家畜や愛玩動物にさえ、なにくれと話し掛けるのが人の習性であってみれば。何か含むところがあるのも、間違いはないであろう。
不安はあったが、アクメリンは逃げようなどと考えなかった。
魔女として焚刑に処されていたはずの、この身。あるいは――簒奪など試みなかったとしても、海賊どもに大嵐の海に連れ出されて海神への生贄にされていたかもしれない。いずれにしても、ここにこうして生きているのが間違いに思える。
アクメリンは意識を失っていたので、広場での騒動は見聞きしていないが、男たちが異教徒ならば――メスマン首長国の君主が寵姫を奪還しようと事を起こしたのかもしれない。と、かなりに正鵠を得た推測もしていた。それならば、紆余曲折はあったものの、終わり良ければ全て善し……でも、なかった。生贄の牝山羊を奪われたデチカンが、どう出るか。フィションクにどう対処するか。ひいては、リョナルデ家がどうなるか。それが気懸かりではあった。
しかし、そのことを含めて、アクメリンはあれこれ思い悩むことはやめた。我が身は無力なれど、それなりに我が身を犠牲にして父母兄姉を護ろうとしたのだ。ここらあたりで、一切を(我らのか異国のかはともかく)神の御手に委ねてもよいのではないかしら。曲がりなりにも死線を乗り越えて、そんなふうに達観――せざるを得なかった。
袋詰めにされはしたが、傷の手当てもきちんとされていた。医術は東のほうが、西よりもはるかに進んでいる。正確には、西方では古典国家の時代から万事が退歩している。
四日目からは、アクメリンは馬車の荷物ではなくなって、馬の背で運ばれた。逃げられぬように、手首を鞍壷に縛りつけられ、落ちぬように馬腹をまわして足首も縛られたが。
しかし、なによりもアクメリンが驚きながら喜んだのは――裸身を隠すための布を与えられたことだった。傷は風に当てておいたほうが治りが早いと信じられていたから、衣服と呼べるほどの代物ではなかった。乗馬の妨げにならないように丈の短い腰巻と、乳房が揺れて傷に障らないための胸巻。
すっかり全裸に狎らされていたアクメリンは、久しぶりに女の羞恥を取り戻した。そして、それは――当時の人間にしてはそれほど短命ともいえない彼女の生涯において、恥部を隠すという贅沢に与れた、最後の日々であった。
一行はアクメリンを乗せた馬を追い立てて。一か月ほどもかけて、アクメリンが歩かされたり引きずられたりした道を六日で駆け抜けた。
アルイェットのある半島からさほど遠くない海岸から小舟で漕ぎ出して、沖繋りしている二檣三角帆の快速船でメスマンへと渡った。
そこからは、また馬で――アクメリンは救出されて二週間と経たないうちに、メスマンの首都アリエザラムの土を(裸足で)踏んだのだった。
そして、せっかくの布切れを剥ぎ取られて、直ちに投獄された。
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残念ながら、上のようなシーンはないです。
終章は、前編のヒロイン(エクスターシャ)と後編のヒロイン(アクメリン)が牢獄の中で再会して。
あっさりと公開処刑され……る直前。
「誰か、この女たちに死罪よりも厳しい罰を与えようと思う者はいるか」
という名目で、競売が始まります。
あちこちに焼印を捺され、乳首とクリにはでかい穴を明けられ、鞭痕も半永久的に残りそうなアクメリンは
「金貨十枚から始める……声が掛からんな。では、八枚……五枚でどうだ。誰も名乗り出ぬなら処刑しかないぞ」
で、買い取られて。買主(飼主になります)は、買い取った女罪人をどんなふうに処罰するか、群衆に納得させなければなりません。鉱山でケコロ(蹴って転がして抱く)くらいでは、ブーイングの嵐。昼は男と同じに重労働を課して、ノルマを達成できなければ、飯抜きと鞭打ちと、他にも鉱夫からリクエストがあれば、その罰も追加。
まあ『偽りの殉難~香世裸責』の二番か三番煎じです。
一方のエクスターシャは、
「二十枚……三十枚……」と競り上がるところへ。
「金貨百枚だ」と、暴虐な専制君主セセイン・シュンク・ボギャックの歳の離れた甥で暫定太子である、バイでリバでサドなバリバイ・デサド・セセインが鶴の一声。
「わたしは、ぜったいにまけません」と宣言して、ぶちのめされ気絶しても降参しなかったエクスターシャを、負けを認めるまで毎日痛め付け、さらには君主の寵姫を弄辱した罪を(寵姫たちに玩具にさせて)償わせる――と宣告して、拍手喝采。
それぞれ、新たな悦虐と淫虐の場へ連行されるシーンで、一巻の終わりと相成る予定です。
さて、書き始めるとしましょう。
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