Making of 娘女敵討:Final

 最終章は短いので、その前とまとめて一気に。

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婚礼討入

 祝言は暮れ六つの鐘を聞いて始められる。この頃には来客の出入りもなく、近隣も邪魔をせぬよう鳴りをひそめているが。その一刻前くらいまでは、なにかと慌ただしい。
 農民としてなら一張羅くらいの着物を纏って、それらしい荷物を裏口から運び入れる。名も用件も聞かれずに素通り。物陰に隠れていては、見つかったときに怪しまれる。あれこれ手伝うふりをしながら、時を稼いで。
 いざ祝言が始まると、台所の片隅で堂々と素早く身支度をする。兵之輔は、むしろそれまでより襤褸い着流しに脇差。美代は黒猫褌の素肌に白装束。手には抜き身の大刀。襷掛の暇(いとま)もない。
 立ち騒ぐ下女たちを突き飛ばすように掻き分けて奥座敷へ突進する兵之輔。ぴたりと後に続く美代。襖を蹴破ったところで、兵之輔は脇へ引く。後は美代の独り舞台。兵之輔には、助太刀するつもりなど端から無かった。また、必要とも思わぬ。
 抜き身の大刀を引っ提げた白装束女の乱入。婚礼の場はたちまち阿鼻叫喚の修羅場――になど、ならなかった。あまりに突拍子もない椿事に、その場で固まってしまう烏合の衆。
 刀が鴨居につかえぬよう、正眼に構えて座敷の中央を美代は突き進んだ。
 さすがに忠則は状況を幾らかは理解して。片膝立ちになって脇差を抜いた。ときには、すでに大刀の撃尺の間。
「田上忠則殿。女の恨みっ。覚悟」
「うわわわわっ」
 忠則は、振り下ろされる刀身を脇差で横へ払う――というよりも、顔をそむけながら闇雲に振り回すだけ。
「ええいっ」
 裂帛の気合もろとも大刀が忠則の頭頂を襲った。
「ぎゃわああっ……」
 忠則は脇差を放り出し、頭を押さえて尻餅をついた――だけだった。
 美代は敢えて十二分にも十五分にも踏み込んで。真剣勝負に望む心構え通りに、刀の鍔を相手の額に叩きつけたのだった。
「思い知ったか」
 会心を叫ぶ美代。
 一太刀を浴びせれば斬り殺されても善しという決心は、敵のあまりな不甲斐なさに立ち消えて、憐愍さえ湧いたのであろう。あるいは、己れの生への執着が湧いたか。
 呆然とする一同のうちで、最初に我を取り戻したのは、なんと花嫁だった。忠則を婿養子に迎える立花家の長女、菊江。
「婚礼の場で狼藉を働き、あまつさえ婿殿を傷つけた慮外者。討ち取れ、討ち取ってくだされ」
 叱咤督励されて、男たちの半数ばかりが脇差に手を掛けた。
 うぬ……と、兵之輔が瞠目する。と同時に、美代を取り巻く相関図の中に菊江の名が大きく浮かび上がった。
 手切れ金めいて小森家に渡された二十五両。八十石の貧乏武家が、おいそれと出せる額ではない。さらに。破落戸どもを手懐けるにも五両十両を要したはず。小娘のへそくりでは追い付かないが、二百石取りの武家ならば難しくはなかろう。二十五両を工面したのは立花家であろうが、相手の娘を傷物にするどころか川原に晒すまでは――女の嫉妬が絡んで初めて成し得る所業ではなかろうか。
 それに思い至ったのは兵之輔だけではなかった。美代が、殺気のこもった眼差しを菊江に向けた。
「何をなされておられる。取り押さえてください。いっそ、無礼討ちに」
 まだ尻餅をついたままの新婿を見捨てて立ち上がるや、廊下へ逃げようとする菊江。
「待て……」
 美代が追いすがろうとする――よりも早く。蹴破った襖の陰に身をひそめていた兵之輔が、案山子の間をすり抜けるようにして菊江の行く手をふさいだ。と同時に。
「むんっ」
 電光石火の抜刀から逆袈裟に斬り上げた。
 怪我を負わせては面倒という遠慮が、わずかに切っ先を萎縮させて、切断されたのは帯だけだった。しかし、それでじゅうぶん。兵之輔は花嫁衣裳の前襟をつかんで花嫁に足払いを掛けた。
「きゃああっ」
 胸元を大きくはだけられて廊下に転がる菊江。一同は元より、美代までもがぽかんと突っ立っている。少なくとも、殺気は失せていた。
「この喧嘩、神崎外流の柴里兵之輔が預かった」
 女の一大事を掛けた討入を喧嘩とは、第一に美代が納得しないであろうが。
 仮に忠則が美代に斬り殺されたとしても、仕掛を使ってみる腹を固めていた。忠則は浅手すら負わなかったとなれば、事を丸く納められなければ『其他諸々承候』の看板を降ろさねばならない。
 兵之輔は脇差を腰に納めて、周囲を睥睨する。
「お手前方が抜けば、拙者も改めて抜くぞ」
 美代を背中にかばって一同と対峙する。
 かなりに毒気を抜かれているが、ひとつきっかけがあれば抜刀して襲いかかる気配は消えていない。
 兵之輔が懐から呼子笛を取り出した。
 ピリリリ、ピリ、ピリ、ピリリリリ。断続的に甲高く吹き鳴らした。
 と、ひと呼吸を置いて。
 ふおおお、ぼお、ぼお、ふおおおおお。遠くから尺八の音が反ってきた。
 ピイイイ、ピッ、ピッ、ピイイイイ。滑らかな按摩笛が別の方角から響く。
「すでに、美代のカワラケサラシから田上家との破談、立花家と田上家の慌ただしい縁組までは、瓦版に刷り上がっておる。討入の顛末も――それ、そこの松の木じゃ」
 塀に沿って立つ松を、兵之輔は指差した。仲間が潜んで一部始終を見届けている――というハッタリである。しかし、「討入の首尾や如何に」という尻切れ蜻蛉で瓦版を出す手筈は実際に調えてあった。猫探しとは違って、向こうからネタ料をくれようかという、大スクープである。実行出来るところはきちんと実行してこそ、ハッタリが迫真を帯びてくるのだ。
 兵之輔と美代が無事に立花家の屋敷から退去できれば、刷り上がっている瓦版をまとめて引き取って――兵之輔の懐具合が無事でなくなる。とはいえ。これまでに堪能したあれこれを蹴転相手に仕掛けようものなら、二十五両では追いつかない。以て瞑すべしではあろう。


永年修行

 二人は打ち揃って台所へ引き返し、美代だけが衣服を改めた。白装束で外を歩けば、瓦版を押えても噂千里を奔る。
 無人の野を行くごとくに、田上の屋敷を裏から退散して。十三夜月を背に横河の村へ向かう。今さら実家へ戻れぬ美代も、ひっそりとついて来る。胸に抱えているのは白装束の風呂敷包み。菰に包んで持ち込んだ大刀は、兵之輔の腰にあった。
 さて、これからどのように事を運べば良いものやらと、兵之輔は思案する。瓦版まで用意周到に手配りした男も、こちらは何も考えていなかった。
 しかし美代は考えていたらしかった。あるいは、忠則を仕留めた後に、この場で決心したのか。
「お陰様をもちまして、私を穢した男に一太刀を浴びせる悲願が叶いました」
 兵之輔を追いながら、はっきりとした声で礼を――述べているふうでもなかった。
「ですが。あの男よりも酷く私を穢した男が、まだ残っています」
 俺のことかと、苦笑できる雰囲気でもない。何を言い出すのかと、正面を見据えて歩きながら、兵之輔は全身を耳にしていた。
「この憎き男にも一太刀を浴びせとうございます」
 立ち会って俺に斬られるつもりかと――見当はずれな当て推量。
「でも、今の私の腕では返り討ちにされるだけです。この男の技に勝てるようになるまで、これまで通りの住み込み稽古をつけていただきとうございます」
 さすがに立ち止まらざるを得なかった。そして振り向けば、撃尺の間合どころか、抱き寄せられる間近に美代の身体があった。その表情を読むどころではない。
「うむ……」
 不意打ちに脳天を唐竹割にされた想い。ああでもないこうでもないと、頭は空回りをして。咄嗟にしては、なかなかに洒落た言葉を口に出来た。
「修業を積むごとに、一太刀では済まぬ恨みを重ねることになるぞ。それで良いのだな」
 ここでこうせねば、男として恰好がつかぬ。道端とはいえ、さいわいに人通りも絶えている。
 ――兵之輔は一歩を進んで、美代をきつく抱き締めた。

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紹介画像/娘女敵討



 これで宿題をひとつ片付けた。そんな気分ですね。
 ずっと前に某剣客小説を読んで、それ以来の念願ではありました。
 もっと『悲剣肌風』に即したストーリイとか。男の門弟に混じってアレコレとか。そういうエピソードでまとめれば、二百や三百はいっていたでしょう。でも、某文庫書き下ろしとかでなく商業誌に掲載となると、これくらいの尺でないと無理です。
 まあ。どっちにしても。「商業誌に載っていてもおかしくない」レベルでしかありません。20世紀末くらいにSM小説誌が氾濫していたとしても、「新人というリスクを冒してまで、敢えて掲載する必然性」は無いレベルです。


 さてさて。これは実は9/1に仕込んだ予定稿です。
 この記事がリリースされたときには、『宿題を忘れたら……』の「15章:縄とトコロテン」を脱稿しているか、執筆中か。
 しかし、すでに、心は。「その次」に飛んでいるのです。
 挫折した『昭和集団羞辱史:物売編(夜)』に取り組んでいるか。
 まるきり新規着想の長編『公女巡虐~娼婦から性隷への長い道程』に着手しているか。
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